⚙︎「異変の始まり」2/4
「お爺さん!お待たせしちゃってごめんなさい。」
「大丈夫じゃよ。まだ、少し時間があるんでのぉ。」
ナタリーは停留所に待たせていたお爺さんに頭を下げる。
「なにか、良いものでもあったかの?」
「えぇ、これ!」
そういうとナタリーは三つの時計を取り出して見せた。
「どうして、3つも?」
「えへへ、秘密ですよ。」
「そうかい、そうかい。何にせよ楽しめたようでなりよりだよ。」
プー、ブゥーーン。
バスが停留所に入ってきた。
「それでは、行くとしようかの。」
「えぇ!」
二人はバスに乗り込む。
プー、ブゥーーン。
「ところで、お爺さん名前はなんて言うんですか?あた・・・私はナタリー=ガンデイユ。」
「これは、ご丁寧にどうも。儂の名前はイライジャ。イライジャ=アレキサンドロス。」
バスに揺られながら二人は互いに自己紹介し、それから他愛もない会話をしていた。
丁度その頃、光が遮られ見通しの悪い路地にレオはいた。
(彼らが何を考えているか分かれば、エドゥさんを助けられるかもしれないって思ったけど。
本当に良かったのかな?一応ピザファットさんに任せたけど、シャルルさんに助けを求めた方が確実だったかもしれないし。)
グルグルと頭の中で考えが駆け巡っていた。
薄暗い路地を進んでいくと更に暗い場所へと続いていく階段に辿り着いた。
(もしかして、僕は騙されているのではなかろうか。)
レオは目の前の男に警戒心を抱くようになっていた。
そんな様子を察してか、男はある方向を指す。
[あれを見て。]
「なんですか?あれ?」
その方向には、ジョン・ドウズ達が建物に入る様子が見えた。
[ここが私たちの住処だ。]
「どうして、こんな場所に?」
[さて、どこから話そうかな。]
ジョン・ドウズの男はレオに様々なことを歩きながら教えてくれた。
何故、自分たちがジョン・ドウズと呼ばれているのか。
何故、このようなカラスの被り物をしているのか。
「呪い?」
[うん、"ファラシャエナ"という神獣を知っているかい?]
「?…いいえ。」
レオはそのような名前の神獣を知らなかった。
神の使いである獣は全部で4体。
空から人々を見守り、心優しきものには祝福を、心悪しきものには天罰を与えるとされる
「雲」の名前を冠した「ヌー・ヴォラ」
大地の豊穣を願いながら地中深くに潜り、世界を一つに繋げているとされる「ダイ・ムリアー」
海を彷徨い、迷えるものを導くとされる「ラ・メール」
この世の全ての闇を照らし、人々を正しき道に誘うとされる「エー・ドラム」
この4体が、教会が出来る前に神に付き従った獣として伝承されている。
だが、ファラシャエナという神獣はこれまで聞いたことがなかった。
[知らないのも無理はない。新たに作られた"人工"の神獣なんて誰も知らないに決まってる。]
「人工の神獣?」
[うん。教会の裏切り者、ニヒル神父率いる抵抗軍が作り出したらしい。]
「そんな、簡単に作れるものなんですか?」
[細かいことは分からないが、彼らはそれで新たな神を作ろうとしているらしいんだ。]
「なるほど…。」
[ピンと来てないだろ。]
「えぇ、正直。」
[うん。僕もチンプンカンプンだ。それで呪いの話に戻るが。]
「はい。」
[そのファラシャエナという神獣がまき散らした鱗粉こそが呪いなんだよ。]
「鱗粉ってことは、蝶や蛾みたいな生き物ってことですか?」
[多分そうなんだろうね。僕たちは訳も分からないうちにその鱗粉を吸っていたからね。その姿は見ていないのさ。]
「鱗粉を吸うとどうなるんですか?」
[うん、どういっていいものか。]
レオは男から呪いについて詳しく教えてもらった。
その鱗粉は非常に小さな粒子らしく、血管を透過する。
そのため鱗粉を吸うと、粉が全身を駆け巡る感覚がするらしい。
それで終わりならまだマシだっただろう。
この呪いが恐ろしいのはここからなのだ。
粉が全身に行き渡ると、粉は体内の水分を吸収し固まる。
固まった粉はある一点にまで伸び続け新たな臓器を生成する。
「臓器?」
[子供を作る場所だ。]
男は淡々と語る。
[僕らが、一部から"母体"と呼ばれているのはそのせいなんだ。]
「まさか、その中に・・・?」
[触ってみるかい?」
男は、袖を捲り腕をレオの前に出した。
レオは一瞬躊躇ったが、彼の腕に手を当てる。
ドクン、ドクン。グルグル。
「っひ!?」
レオは驚き、手を離した。
「ごめんなさい。驚いて・・・。」
[いや、無理もない。自分でもおぞましいと思うよ。]
「他の人も同じところに?」
[いや、この臓器は適当な場所に生成される。皆がここにあるわけじゃない。]
ゴホンと男は咳払いする。
[この粉を他の人に撒き散らさないためのマスクなんだよ。]
「なるほど、そしてそれを外す為に離れた場所に住んでいるわけですね。」
[そういうこと。だから君は、ここからはマスクをしてくれ。]
男はレオに烏のマスクを手渡した。
[安心していいよ。新品だからそれ。]
「ありがとう・・・ございます!」
レオはマスクを被る。
[ここが僕の家だよ。]
[へぇ、ここですか。中々大きい建物じゃないですか。]
今度は男がマスクを外す。
「ただいま!今日はお客さんを連れてきたぞ!」
「あら、珍しい。マスク被って落ち着かないでしょうけど、ゆっくりしていってくださいね。」
「お父さん、その人だぁ〜れ?」
家の中から、男の家族が顔をだした。
「俺の女房と愛しい娘だ。」
[よろしくお願いします。僕はレオ=カンパノと言います。]
「よろしくお願いしますね、レオさん。」
「レオっていうの?あたしはねー。」
レオはしばらく男の家族との何気ない会話を楽しんだ。
「さて、じゃあ。僕たちについて聞きたいんだよね。」
[えぇ、貴方達の呪いについては理解しました。]
レオは本題に入る。
[でも、エドゥさんを狙っているのは何故なんですか?]
「っふー。最初に言っておくと個人的には興味はないんだ。」
[なら何故?]
「僕らがこの呪いのせいで医者の仕事を失った話はしただろう?」
[えぇ、代わりにオートマタが医療をするようになったと。]
こくりと男は頷き、窓を見つめていた。
「みんな仕事に戻りたがっているんだ。」
[どういうことですか?]
「オートマタのせいで死者が増えたと見せれば、また仕事が来るって考えてるんだよ。」
[そんな、それだけのために…。]
「ほんと、僕もそう思うよ。でもね、そうでもしないとやっていけない人もいるんだよ。」
(彼らの目的が分かった。彼らを医者に戻すことが出来れば…。)
「聞きたいことは大体聞けたかい?」
レオはもう一つ気になる事があることを思い出した。
[もう一つ、聞いてもいいですか?]
「どうぞ。」
[あなたがたとシャルルさんの関係について教えてもらえますか。]
「……。」
男はしばらく答えることをしなかった。
先ほど、別のジョン・ドウズがシャルルの名前を聞いた途端こちらに殺意を向けた。
少なからず関係はあるはずだが。
(聞いてよかったのだろうか。いや、何か情報があるなら聞きたい。あの人は何者なんだ。)
ふーっ。
しばらくの沈黙が続いていたが、男は決心をするように溜息をついた。
「彼女はね、僕たちを助けてくれた救世主であり、同時に僕らを苦しめる宿敵なんだよ。」
[どういうことですか。詳しく教えてください。]
レオは男の次のセリフを待った。
ピロリロリロ
その時だった、レオの電話が鳴った。
[すいません。]
レオは男に断りを入れてから電話に出た。
[はい。もしもし?]
「レオか?俺っち。ピザファットだぜ。相棒を取り戻したぜ。さっきの病院まで来てくれ。」
[はい、すぐ行きます!]
レオは電話を切った。
「急用らしい。また、後でおいでよ。いくらでも話をしてあげよう。」
[すいません。失礼します。]
レオは扉を開けると病院へと走っていった。




