わたくしの侍女が前世がどうとか言い出したのだけれど…
「あ、ああああ!」
ある日の夜、ルーナ王国王都エルミナーゼにある一番大きなお城の一室で一人の侍女、ミラの突然の叫び声が響き渡った。
突然の叫び声に少しだけ体を跳ねさせたこの部屋の主は心底驚いた顔で彼女を振り返った。
手にしていた紅茶のカップは何とか水面を揺らしただけで済んだようだ。
「何なのよ、うるさいわよ?!突然大きな声を出したらびっくりするじゃないの!」
「ルーナ王国、ロゼリア様、君と見る空、攻略者、この世界は、嘘。」
「ちょっとミラ聴こえてるの?!」
突然ぶつぶつと意味のわからない単語を呟き始めた侍女にこの部屋の主――そしてこの国の第一王女ロゼリア・ルーナ――は眉を潜めた。
この侍女は至って真面目で細かい所にも気が利き、紅茶をとても上手に入れる優秀な侍女だと記憶していた。
それが突然叫び声を上げた上によくわからない単語を呟き出すときたら愈々意味が分からない。
「ちょっとミラ!!私の話を聞きなさい!さっきからどうしたのよ!」
「は、はい。すみません…ロゼリア第一王女様。少し、ほんの少しだけ落ち着いて参りました…。あの今から申し上げる事は嘘ひとつない事実で御座います。お聞きいただけますか…?」
「貴女が突然大きな声を出して私のお茶の時間を邪魔した理由ね。良いわ話して頂戴。このままでは意味が全く分からないもの。」
大きく深呼吸をして、息の吸いすぎて少し噎せたミラを訝しげに見つめる。
ミラの口から紡がれた言葉、そしてゲームとやらの話は全く理解できない上にすぐに医者を呼ぶべきか疑う物だった。この子は突然頭がおかしくなってしまったのかしら。
「…で、貴方は突然前世?とやらを思い出してこのルーナ王国がげぇむ?になっていたと。…今すぐお医者様をお呼びした方がいいかしら?」
「ロゼリア様ぁ…!本当なんです、本当に前世でしていた『君とみる空』というゲームと王国名、王女様のお名前等一緒なんです…。何故か先程急に思い出しまして取り乱してしまいました…申し訳ありません。しかし、この記憶は本当だと混乱の中で確信もしております。」
「俄に信じられないけれど…。貴女が意味もなく私に嘘をつく方がもっと信じられないわ。………貴女の話だと私は国をめちゃくちゃにしてそれを止めたヒロインさん達に断罪されると。私はこの国をとても大切に思っている心に偽りはないわ。…そんなことするとは私自身思えないのだけれど。そしてどうしてその話を私に?」
ミラ曰く理由は私の欲望が大きすぎたこと。
私利私欲の為にこの国の第一王女であるという権力を振りかざし全てを手に入れようとしたことが原因、…らしい。
「た、確かにロゼリア様は記憶のゲームの性格とは少し違いますし…。ゲームの時より親しみやすさが増しているような…?」
首を傾げて疑問符を飛ばす彼女はゲームとやらの私と現実の私にどうやら違う所を感じているらしい。
「お話させて頂いたのは数年お仕えさせて頂いて私自身がロゼリア様の良い所をたくさん拝見して参りました。その中で、とてもこの国を大切に思ってらっしゃる方だと思っております。
しかし、大好きなロゼリア様が断罪される可能性が少しでもあるのでしたら黙って見ている事も出来ないのです!差し出がましいですが私の微々たる力でもロゼリア様が悲しむ未来を変えられたらと。ゲームのストーリーが始まるまではまだ数年ありますので…。」
そう言いながらどんどん小さくなっていくミラ。
私の事を案じて話をしてくれたらしい。素敵な侍女に恵まれた物だと少し誇らしくなると共にその攻略者とやらに興味が沸いてしまった。
だって、将来私が好意を抱くかもしれない、手に入れたいと思うかもしれない方でしょう?
私自身そのゲームの私と同一人物なんて思っていないから、その通りに好意を抱くかは分からないのだけれど。
これからミラは私やこの王国がどのような未来を辿るのかはゲームとやらで知ってしまっているのだろう。
未来の話は知ってしまってはこれからの人生に面白味が欠けてしまうが、この国に不利益となりそうな出来事がある場合は国のため積極的に情報を開示してもらうつもりでいる。
「ねぇ、ミラ。私に攻略者とやらにどんな方がいるのか名前と職業程度で良いから教えてくれないかしら?」
「えっ、それは勿論構いませんが…どうするおつもりですか?」
「どうにもしないわよ。ただの興味。どのような方がいらっしゃるのか気になっただけよ。」
「かしこまりました。では、お話しさせて頂きますね。」
ミラは計6人の名前と職業をスラスラと述べた。名前の中には既にお会いしたことのある方からまだ見掛けたことのない方まで。
我が国の王――お父様――からも信頼の厚い頼れる宰相の息子、我が騎士団で頭角を現しつつある二人(将来双璧をなす二人らしい)、魔術師達の集団、魔術団に最年少で所属している神童少年、近隣国の王子。そして最後に希代の暗殺者。
私があった事がある人は今のところ二人のようだ。
「…以上になります。」
「ありがとうミラ。貴女も突然で疲れたでしょう、今日はこれでゆっくりお休みなさい。」
「お心遣いありがとうございます。……お言葉に甘えて退出させて頂きますね。いつでもお呼びくださいませ。」
静かに一礼をし、重厚な扉を開け部屋を後にした。
途端に広い部屋に静寂がやってきた。護衛の騎士が部屋の外に控えている。
ふと、部屋に新たな気配を感じた。
「――――――――――――。と、いうことらしいのだけれど。万が一私がこの国にとって不利益となる行動を取った場合は貴方がその手で終わりにして。私はこの国をとてもいとおしく大切に思っているの。」
「この希代の暗殺者―――――様に依頼する最初の依頼が主人を手にかけろってか?ご主人様も酷な依頼をするもんだな。」
「万が一よ。貴方にしか頼めないの。そんな日が来ないのが一番なのだけど…」
「ふーん。…ま、"頼む"なんて可愛らしいことしなくても"命令"されれば俺は逆らえねぇんだからその時が来たら好きなように命令しろよ。」
すっと影より現れた一人の青年は口角を上げると首もとにつけられた痕をトン、と指で触った。
そこに浮かび上がった模様は一輪の花。
絶対の服従を強いられる隸属の契約印。
「私はその印を私利私欲で使うつもりはないわ。貴方と隸属の契約を結んだけれど、本当に縛ろうとは思っていないの。その印に命令として組み込まれている罪のない人を傷つけない、私以外の命令を受け付けないという点。あとこの国の為となる命令しかする気はない。そして基本的には貴方自身に選んで欲しいの。」
「この俺の力を好きに使えるのに真面目なやつだな。気に入らないから始末してこい~とか思うままだってのに。」
男は顔に笑顔を張り付けたまま言葉を発する。
彼は今まで何人もの依頼を受け、その全てを完璧に遂行してきた。
依頼されるまま、報酬さえ払うことが出来るならばどんな殺しも行ってきた暗殺者だ。
そんな彼は今まで自分で選択するということを行ってこなかった。
依頼されるまま行動する。そんな彼に私は自分で選択をして欲しかった。
たとえ甘いと言われても。
「ま、その時になったら考えてやるよ。」
ヒラヒラと手を振ると影に消える。
いつも突然現れては突然消える彼はまだ謎に包まれている部分も多かった。
普段何をしているのか、という疑問はあるものの契約があるので大丈夫だろうと考えている。
それにしてもミラから聞いた話は驚くことが多かった。
彼女が前世とやらの記憶を思い出したというのは何よりの驚きではあった。
だが、これによってこの先に起こる危機を回避できるのならば彼女の協力によってより民が安心して暮らせる国としていけるのならば。
私はこの国の第一王女、ロゼリア=ルーナ。
国の民の幸せと平和、より暮らしやすい国にするのが私の責務であり喜びである。
他の短編作品(狗)と同じくこちらも連載するかは未定です。
評価と気分(?)次第な所。
もし連載しよっかな、ってなったら構想練りたい所存。




