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研鑽の過去と泥臭い宝くじ


 *



 一週間後。


 早朝。


「掘り起こし始め!」


≪了解≫


 アカガネ達は昨日からまた違うスポットで発掘していた。


 結局、この一週間、アカガネは同じ場所を掘り続けたが得られたのは僅かばかりの銅のみであり、採算を取るのには程遠かった。


 このままでは赤字である。


「お兄様、発掘場所を変えるのは英断だと思いますが、何故、また、誰も発掘作業をしていない未開地で作業をしているんですか?」


 だと言うのに、シロガネの言うとおり、アカガネは先週と同じ様に誰も手を付けていない――銅の埋蔵量が少ない――場所で発掘作業をすると決めた。


 シロガネはそれが不思議でしょうがないようだ。


「言ったろ? 冒険心だ。後三日ここで粘って何も出なければ諦めていつもの場所で銅を探すさ」


 実の所、銅の需要も昔に比べれば高まっている。銅は通電性が高いらしく、魔術電子機構を作る際に銅線と呼ばれる物に加工するのだ。


 これで銅に希少価値があればアカガネ達はウハウハだったのだが、如何せんそんな事は無く、値段の高騰はそこそこに収まっている。


 とはいえ、高騰は高騰だ。十日近く成果が無くとも、銅の採掘ポイントでひたすら掘り続ければ路頭に迷う事は無い。


 ガガガガガガガガガガガガガガガ!


 岩モグラの削岩音を聞きながら、アカガネは岩肌を見続ける。


 その集中具合に変化は無い。


「……お兄様、私、少し歩いてきます」


「分かった。気を付けろよ」


 シロガネはこの一週間の代わり映えしない仕事風景に飽きてきたようだった。




 昼になり、岩モグラからカガリ達三人が一度降りてきた。


 昼食の時間である。


 日差しは高く、立っているだけで汗が噴出す。定期的に休憩を取らなければすぐに蒸し蛸だ。


 地上に降り立った三人はまず初めにキョロキョロとシロガネの姿を探した。


 シロガネの存在がもたらす社員達のやる気上昇効果は凄まじく、誰一人として仕事に文句を言わなかった。


 むしろ、シロガネに良いところを見せようと、こぞっていつも以上のパフォーマンスを繰り出すほどである。


「ん? アカガネ、シロガネちゃんは?」


「散歩。そろそろ帰ってくるだろ」


 カガリの質問への答えに、三人は見るからに顔を落ち込ませ、やれやれと弁当を置いた台車の方へ向かっていく。


 アカガネも昼食を取るかと三人に続くが、弁当箱を開く直前でハヤテが声を出した。


「アカガネ、探しに行こう」


「大丈夫だろ。あいつももう子供じゃないんだし」


「いや、探しに行こう。食事に花が欲しい」


 ハヤテの後ろでカガリとリュウジがこれでもかと頷いている。


「……分かった。俺が探しに行くから待ってろ」


 溜息を飲み込んで、アカガネはシロガネを探しに行った。


 何となくだが、目星は付いている。


 おそらくだが、来る途中に見えた川原にシロガネは居るであろう。




 果たして、アカガネの予想を裏切る事無く、シロガネはヒヒイロ鉱山近くにあった川原でポツンと立っていた。


 川は溶け出した銅などの所為で濁り、泳ぐ事はできない。


 そんな赤橙色に濁った川へ、シロガネは川岸の石を一つ、また一つと放り投げいれていた。


 兄が近づいてきた事に気付き、シロガネは持っていた最後の石を投げ、アカガネへと振り向く。


 ボチャン。


「お兄様。どうしたんですか?」


「飯の時間だ」


「あら? もうそんなに経っていたんですか」


 シロガネは太陽を見上げ、眼を細める。


 一週間近く外に出ていた事により、真っ白だったシロガネの肌が薄らと赤く日焼けしていた。


 シロガネは元々あまり体が強くなかった。部屋で読書や魔術の勉強ばかりをしている様な子供だった。


「……体は大丈夫か?」


「いつの話をしているんですか? 子供の頃じゃあるまいし。私は今では立派な土魔術師ですよ」


 土魔術師の主な仕事は発掘や地質調査などでありとにかくアウトドアだ。


「その割には肌が白いままじゃねえか。体質かね? 子供の時から全然変わらない」


「そういうお兄様も昔と変わらず日焼け塗れですね。泥遊びが好きだった頃と何にも変わらない」


 ほう、とどうにもなく沈黙が降りた。


 気まずいわけではない。何かを言おうとしている訳ではない。


 ただ、言葉がアカガネの頭に浮かばなかった。


 アカガネはシロガネの隣に立ち、川原の石を一つ持ってそれを一定の周期で叩いた。


 トン、トン、トン。


 魔力を込め、魔法が発動し、石が褐色に弱く輝く。


「『重量増加』ですか」


「ん」


 ずしりと手の平大の石ころの重さが増す。


 土魔法の基本的な発動条件は〝触る〟事である。


 火、水、風、光、闇、他のどの属性よりも実体に近い。それが土魔法だ。


「そおら!」


 右腕を振り子の様に前へ大きく振って、石を川へと放り込む。


 放物線を描いた石ころはその大きさに見合わない水柱を立てて川へと落ちた。


 川の色は濁っていても、水滴となれば透明に見える。


「ねえ、お兄様。一緒にツチミカドへ帰りましょうよ」


「嫌だね。俺はミチガネマテリアルと生きるのさ」




 この日も成果は無く、アカガネ達はやれやれとエクウスへと帰還した。




 *




 次の日も、その次の日も、アカガネ達は何の成果も上げる事ができなかった。


 得られた物はせいぜい銅が数十キロ。黒字には程遠い。


 仕事に着いてくるシロガネの表情は曇っていた。


 きっと、この妹は、立派な兄が立ち上げた会社なのだから、やりがいがあり、困難に向かって創意工夫をしながら立ち向かっていくと言う物を創造していたに違いない。


 だが、少なくともアカガネにとって困難に立ち向かう方法と言うのは〝創意工夫〟ではない。


 困難を打ち砕く唯一の方法は頭を捻った〝創意〟ではなく体を動かした〝試行〟である。


 土魔術師としてアカガネに出来る事はアタリを付けて掘り進む事だけなのだ。


 そんな切り貼りした様な成果の出ない変化の無い日々。


 アカガネは今日も昨日と同じ発掘ポイントに居た。


 すなわち、全く成果が出ない、銅が埋まっていないという産出ポイントだ。


 もしも、今日も何も出なければ、ここを発掘するのは最後だとアカガネは決めていた。


 そろそろ銅を掘っておかないと赤字が馬鹿に成らなくなる。




 時刻は午後六時。


 未だ日差しは高いが、それそろ夕暮れと言っても良い時間だ。


 ガガガガガガガガガガガガ!


 岩モグラのドリルの音ばかりがアカガネ達が居るスペースに響く。


 数日前まで綺麗だった山肌は無遠慮な削岩によって無様に削られていた。


「……何も出なかったですね」


「そうだな」


 シロガネの平坦な声がアカガネの耳に届く。


 言うとおり、何かが発掘される事は無さそうだった。


 それはそれとしてアカガネは全力で眼を凝らし、削られていく山肌を見た。


「もう、そんなに集中して観察する事も無いんじゃないですか?」


「これが俺の仕事だからな」


 シロガネには眼を向けない。


 他へ眼を向けたその一瞬で鉱石を見逃したらアカガネが此処に居る意味が無い。


 しかし、発掘を終了すると決めたその時間まで、ついに何か素晴らしい鉱石が見つかる事は無かった。




 ガタガタガタガタ。


 帰り道。


 アカガネはシロガネと共に岩モグラに引かれる荷台に乗っていた。


 リュウジが「たまには妹と話しながら帰れば?」と言ったからだ。


 とは言え、この十日間近く、アカガネはシロガネと文字通り寝食を共にしており、今更話すことは無い。


 何より、シロガネの表情は沈んでおり、話が弾む雰囲気でもなかった。


「……お兄様、この十日間はなんだったんですか? 十日間汗に塗れながら立ち続け、何も得られない。これがお兄様のしたかった仕事なのですか?」


 シロガネはどこからか拾ってきた手頃な石を手で弄びながらアカガネへと問い掛ける。


「痛い事を言うね、お前は。確かに理想の仕事ではないな。正直、もっと簡単に行くもんだと思っていたよ」


 アカガネは苦笑しながら空を仰ぐ。


 この十日間。結果だけを見れば徒労に終わった。成果は何も無い。こんな事なら大人しく普段の場所で銅を発掘しておいた方がマシだっただろう。


「だがね、シロガネ、お前の考え方は間違っているよ」


「何がですか? お兄様がツチミカドで高めてきた魔術、培ってきた教養、研鑽してきた魔法、そのどれも使っていないじゃないですか。あの頃のお兄様の努力が何も報われていないじゃないですか」


「そこだ。お前と俺の、いや、ツチミカドと俺の考え方の違いはそこだよ。何で、過去に頑張った事を、今の俺が使わなきゃいけない?」


「え?」


「そんなの不自由じゃないか。ああ、過去の俺は頑張っただろうよ。ツチミカド三当主の次期候補にまで行ったんだから。相当すごかったと思うぜ。我ながら尊敬するさ」


 ツチミカド家は代々三人の当主を立て、それらが一族を取り仕切るのが生業である。


 この三人は三当主と呼ばれ、土魔術会での権力の一角を担う存在と成るのだ。


「そうです。そうなんです! お兄様はもっとすごい人に成れた筈なんです! 私なんかよりも、もっと、もっともっと凄い人に!」


「お前の評価を買いかぶりとは言わないよ。でもな、俺は今まで頑張ってきた事の全てが意味の無い、泥まみれで宝くじを引いている様なこんな日々が好きなんだよ」


「……宝、くじ」


「そう、宝くじ。だって、あるとも分からない鉱石を求めて山を掘っては移動し、掘っては移動しの繰り返しなんだぜ? これが宝くじと言わないで何て言うんだよ」


 アカガネは笑った。ギャンブルが好きなのではない。


 だが、アカガネは〝報われないかもしれない〟日々を過ごせる今がとても好きだったのだ。


「……私はお兄様をツチミカドへ引き戻すのを諦めませんよ」


「そうかい。無理はするなよって言ってやるよ」


「……はぁ」


 トン、トン、トン。


 シロガネは溜息を吐いて、弄んでいた石を数回叩いた。


 僅かに石が褐色に発光し、魔法が発動する。


「『重量増加』か。上手くなったな」


「頑張りましたからね」


 片手じゃ重いのか、シロガネは重くなったその石を両手で放り投げた。


 石は放物線を描きながら、岩モグラの後方へと飛び去っていき、地面に激突した。


 そして、パキンと半分に割れる。


 夕陽の光に破断面が反射し、キラリと輝いた。


 瞬間、アカガネは左手に持っていた『共鳴』の魔法石へ叫んだ。


「岩モグラを止めろぉ!」


 キキーッ!


 突然の叫び声に岩モグラは急停止し、シロガネが「きゃあ!」と必死に荷台に捕まる。


「ちょっとお兄様!」


 シロガネの文句を無視し、アカガネは荷台から飛び降りてたった今、シロガネが投げ、そして割れた石へと走り出した。


「何処だ何処だ何処だ!?」


 眼を皿のように見開いて、顔を振り、数十秒後、アカガネは見つけた。


 真っ二つに割れた石。


 表面は綺麗に割れている。


 右手で持ち上げ、アカガネは良く見た。


 その表面、夕陽を反射したそこには銀白色と銅灰色の六角形の光沢を持った花が二つあった。


 タタタ! 後ろからシロガネが走ってくる。


 足音から怒っているのが分かる。


 それを無視して、アカガネは真後ろまで来たシロガネへと振り向き、その肩を掴んだ。


「シロガネ! この石は何処で拾った!?」


「……はい?」


 突然の兄の剣幕にシロガネは眼をパチクリと開閉させた。

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