合言葉は〝一攫千金〟
*
二階の居住スペースの寝室用三畳間にて、アカガネは卓袱台を挟んでシロガネと向かい合い胡坐を掻いていた。
アカガネは眉をこれ以上無いほど潜めているのに対して、シロガネは楚々とした振る舞いでアカガネが入れた麦茶を飲んでいる。
「……で、何しに来たって?」
「お兄様を我らがツチミカドマテリアルに引き戻しに来ました」
「そのためにわざわざティグリスから来たのかお前?」
ツチミカドマテリアルの本社がある第三蒸気機関都市ティグリス。アカガネが暮らす第七蒸気機関都市エクウスからは風魔術師の運び屋集団〝グリーンクロウ〟に頼んでも一週間は掛かる距離にある。
この妹はわざわざそんな長い時間をかけてアカガネに会いに来たというのだ。
「ええ、お兄様にはそれだけの価値がありますもの」
「無い無い。お前の勘違いだよ。ちょっと歳が離れた兄貴だから色眼鏡で見てるだけだって」
シロガネはアカガネから八歳下の二十歳である。大学は飛び級して卒業しており、去年からツチミカドマテリアルで働いていた筈だ。
この優秀な妹は何故か昔からアカガネを尊敬しているのである。
「お兄様は自分の実力を過小評価していますわ。お兄様の鉱石を発見する才能は私よりも遥かに優れています。実際、お兄様がツチミカドマテリアルに入社して一年で止めるまでに二つの鉱石発掘ポイントを発見しているではありませんか」
「あんなもん運だよ、運。たまたまだ」
「運も実力の内です!」
キラキラとしたシロガネの眼にアカガネはやれやれと頭を掻いた。
「まあ、評価してくれるのはありがたいがね。俺にはこのミチガネマテリアルがあるんだよ。うちの会社には戻れない」
「ならば、この会社ごと買い取ります。従業員の方達も全員うちで雇用します。それなら良いでしょう?」
「何も良くない。それじゃあ結局、ツチミカドマテリアルじゃねえか。俺は自由にやりたいんだよ」
「平行線ですね。言っては何ですが、この様な小さな会社を存続させるのにお兄様が力を割くのは勿体無いです。この蒸気から電子へと移っていく文明の変革期、今レアメタルの鉱脈を確保した一族がこの先の世界を支配することに成るでしょう。そして、それは我々ツチミカドでなければ成りません。そのためにはお兄様の鉱脈を発見する力が必要なのです」
シロガネは全くもってアカガネのスカウトを諦める気が無いらしい。
確かにツチミカドマテリアルは魅力的な会社だ。
重々アカガネも知っている。自分達ツチミカド一族のグループ会社だから、その業績、企業規模、安定性、将来性、嫌と言うほど知っていた。
センブリア大学を卒業してアカガネは一族の言うままにツチミカドマテリアルに入社した。あのままあそこに居れば今頃部長クラスには成っていたに違いない。
当然、結果も求められるが、あれだけの設備と教育、下手な事をしなければ一定以上の評価は確実だった。
それが嫌でアカガネは同期だった大学からの学友三人を引き連れてミチガネマテリアルを立ち上げたのだ。
何から何までレールに引かれた人生。それはそれで素晴らしいだろう。
圧倒的な安定性。
前途有望な将来。
人によっては喉から手が出るほど欲しい人生設計だ。
しかし、アカガネはたとえ破天荒で先行きが見えなくても、自分で決めた人生を送りたかったのである。
幸い、アカガネには鉱山発見の報奨金があった。
安定を捨て、夢を追ったのだ。
今更、道半ばで帰る事などできない。
アカガネは深く溜息を付いた。
時計を見ると時刻はそろそろ十二時を回る。
明日も仕事だ。発掘だ。肉体労働だ。
「とりあえず、続きはまた今度な。お前はさっさと帰れ。兄は寝る」
「分かりました。続きは明日にしましょう。私はまだ帰りません。あと二週間はここに居られます。お兄様、できれば布団などを貸していただけないでしょうか?」
「……薄々そんな気はしてたんだよ。だってお前キャリーバック持ってんだもんな」
もう一度アカガネは深く溜息を吐いて、シロガネと共に一階の物置から滅多に使わない来客用の布団を取りに行った。
*
次の日の未明。ミチガネマテリアルに激震が走った。
「「「女子が居る!? 何で!?」」」
「俺の妹のシロガネ。俺達をツチミカドマテリアルに呼び戻しに来たんだってよ」
「「「マジで!?」」」
「まあ、正確には〝お兄様〟を、なんですけどね」
出社してきたカガリ、リュウジ、ハヤテにアカガネはシロガネを紹介した。
それだけでこの反応である。
確かに考えてみれば五年間、ほとんど見知った男達だけで過ごしてきた。
常日頃、アカガネの耳には女性社員を入れろという苦情が届き、そんな金は無いと返答する毎日であった。
おかげで全員独身である。
兄のアカガネの眼から見てもシロガネは中々の美人だ。目尻は多少鋭いが、それが好きな男も居るだろう。
いわば、シロガネは突如としてミチガネマテリアルに出てきたオアシスである。
「ええー、アカガネ。こんなに可愛い妹さんが居るなんて聞いてないぞ?」
「何でわざわざお前らに妹を紹介せないかんのだ」
カガリの質問をアカガネは溜息を吐きながら一蹴し、仕事モードへと頭を切り替える。
「さて、シロガネの事は良いだろ。今日の仕事だ。昨日とは違う場所を発掘する。目指せレアメタル。合言葉は?」
「「「一攫千金」」」
良し。アカガネは満足そうに頷き、ミチガネマテリアルの外へと出る。
ミチガネマテリアルの隣の倉庫に岩モグラは置いてあるのだ。
アカガネ達はヒヒイロ鉱山へは岩モグラで移動していた。
ちなみに、タイタン一式やその他道具類は岩モグラの後方に台車を括り付けて運んでいる。
「お兄様、私も連れて行ってください。仕事の邪魔は致しません」
「え、やだよ。岩モグラは狭いんだから」
外にまで付いて来たシロガネの要望をアカガネは却下する。
岩モグラは三人乗り。移動時はその中にミチガネマテリアル四人が乗るのだ。
これ以上、搭乗員を増やしたくは無い。
「台車の方に乗りますから大丈夫ですよ」
「そもそも付いて来てどうする?」
「お兄様が立ち上げた会社の仕事ぶりを見たいのです」
どうやって諦めさせたものか。アカガネは頭を掻いて思案する。
岩モグラに乗り込もうとしているカガリ達三人は眼を輝かせてシロガネを見ていた。
「……台車は揺れるから気をつけろよ」
「はい!」
「「「シャアッ!」」」
ガッツポーズを上げる社員三人の姿にアカガネはやれやれと溜息を吐いた。
ヒヒイロ鉱山までは岩モグラを走らせて一時間である。
移動だけで蒸し風呂と化した岩モグラだったが、アカガネ以外の搭乗員の顔はいつもと違い笑顔だった。
「リュウジ、ハヤテ、俺達今女子を連れて仕事してるよ。この日をどれほど夢見た事か! 出力も上がっちまうね!」
「分かる分かるぞカガリ。岩モグラに乗ってる所為で見えないが、確かに俺達が動かす岩モグラが彼女を仕事場へと運んでいるんだ! さっきから『霧』の魔法を彼女へ送っているから熱さ対策も万全。パーフェクトだ!」
「奇遇だな。ボクも『送風』を岩モグラじゃなく、あの子へと送っている」
「……馬鹿じゃねえの?」
そんな移動中のやりとりがあったが、何の問題も無く、というかいつもよりも早くヒヒイロ鉱山へとアカガネ達は辿り付いた。
途中、チラホラと他の鉱業者達の車体が岩モグラの窓から見えた。
アカガネ達と同じヒヒイロ鉱山の発掘権を購入した同業者兼競合相手達である。
今日、アカガネ達が発掘する場所は、ほとんど発掘がされていない新スポットだった。
「お兄様? 何でここは他の場所と違って掘られていないんですか?」
岩モグラに乗り込み移動用に開けていた窓を全て閉じるというカガリ、リュウジ、ハヤテの発掘準備を眺めながら、シロガネがアカガネへと問い掛けた。
「少なくとも銅がほとんど埋まっていないって確認されたからだよ」
発掘作業をする前、土魔術師達による『地質調査』などの魔法から大まかにどんな材質の鉱物が埋まっているのかを調査する。
高値で売れるレアメタルなどの残存量などは分からないが、それ以外の銅や鉄などの残存量ならばわざわざ掘り起こさないでも分かるのである。
「? それじゃあわざわざここを掘り起こしても徒労ではありませんか? お兄様の会社の主力鉱石は銅が九割九分、コバルトが一分ですよね? とにもかくにも銅を掘り起こさなければ話にならないのでは?」
「何でうちみたいな弱小会社の売り上げの詳細を知ってるんだよ。怖いわ」
「だって、お兄様の事ですもの。知っていて当たり前です」
アカガネがこのスポットを選んだ事に特に大きな理由は無い。
「強いて言うのなら冒険心だ」
「はい?」
シロガネが片眉を上げたのを無視して、アカガネは『共鳴』の魔術式が刻まれた魔法石へ声を投げかけた。
「良し! 掘り起こし始めてくれ。昨日と違って地盤が緩いから注意しろよ!」
≪了解≫
対となる魔法石を持った岩モグラ内に居るハヤテからの返事が聞こえ、数秒後。
キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
岩モグラが尻尾から強烈な蒸気を出しながらそのドリルを回転させ、緑の残る岩肌へと突撃した。
ガガガガガガガガガガガガガガガ!
リュウジによる『水鉄砲』の魔法との連携によって岩肌は泥となりながら見る見ると削られていく。
「………………」
そんな形を変えて無残に壊れていく山肌をアカガネはジッと見つめた。
飛んでいく泥の飛沫。割れていく岩。
そこに生まれる色、形、音、全てで今何が見えているのかを判断する。
岩モグラの内部からでは、自分達が何を削っているのかは見えない。
これがこの場に置いてのアカガネの仕事。搭乗員の変わりに眼となって指示を出す。
そんな兄の横顔をシロガネは黙って見つめていた。
「無かったかー」
結局。この日、レアメタルはおろか銅の一欠けらでさえ発掘する事はできなかった。
ミチガネマテリアルの社長席でアカガネは残念そうに溜息を吐いた。
朝から夕方ギリギリまで粘ったが、土塊ばかりである。
あれでは徒に山肌を削っただけだ。
「お疲れ様です」
コトッ。
シロガネが麦茶をアカガネの机へと置く。
「ん? ありがとう」
礼を言ってアカガネは麦茶を飲んだ。
冷たさに脳が冷え、思考が少しだけクールになる。
「明日はどうするのですか?」
「もう少しあそこで粘る」
「帰る前に私も軽く調べてみましたけれど、あの辺りには何の鉱石も埋まって無さそうでしたよ?」
「知ってる。それでもあそこをもう少し掘り起こす」
「お兄様お得意の勘ですか! あそこにレアメタルがあると睨んでいるんですね!」
「違う違う。眼を輝かせるな。誰も手を付けてないから試してるだけだ」
アカガネが狙っているのはコバルトである。
コバルトは雷魔法が発見される前まではガラスに混ぜると綺麗な青に成るという事以外に特に価値の無かった。
だが、近年、コバルトはレアメタルの一つリチウムと組み合わせる事により、高品質な〝電池〟と呼ばれる物を作れる事が発覚。
需要と価値が急速に高まり、コバルト百グラムもあればアカガネ達が一年暮らせるだけの金が手に入るのである。
正に一攫千金。ヒヒイロ鉱山に集まった者達は皆コバルトを求めていた。
コバルトは銅を採掘している時に副産物として取れる事が多い。
普通ならば銅の埋蔵量が多い場所で探すのが常だが、アカガネは今回その逆を突くことにした。
ただそれだけの話なのである。
なのであるのだが、シロガネは期待を込めた眼でアカガネを見るばかりだった。