ミチガネマテリアル
魔術暦1802年。
かの有名な土魔術の賢者、クロガネ・ツチミカド達が雷魔術を発見してしまって五十年。
ガガガガガガガガガガガ!
とある夏の真昼間。苛烈な水蒸気と共に、アカガネ・ツチミカドの目の前で山が削られていく。
ジリジリと肌を焼く太陽の光に、アカガネはうんざりした様に癖毛が入った茶髪を掻き上げた。
火、水、風属性の三魔術師が魔力を全力で注ぎ込み、魔術蒸気削岩機〝ロックドリル七型〟通称、岩モグラのドリルが急速に回転し、岩肌を削いでいく。
削られていく土の中、キラキラとした鉱石が見え始めた。
「ストーップ!」
アカガネは『共鳴』の魔術式が書き込まれた緑の魔法石へ大声を出し、岩モグラ内部に居るドリルを操作する三人へ指示を出す。
岩モグラ内部にあるもう一方の『共鳴』の魔術式が書き込まれた魔法石が、アカガネの声を内部へ伝えているだろう。
ガガガガガ、ガガガ、ガガ、ガ、ガ、ガ。
ドリルの回転がゆっくりと止まり、岩モグラの車輪が後方へと逆回転した。
岩肌を急速に削っていた大モグラは十メートルほどバックした所で後進を止め、プシュー! と蒸気が尻尾に当たるパイプから噴出した。
それと同時に岩モグラの上方にあるハッチから、アカガネの同僚達が飛び出てきた。
「「「あっつい!」」」
火魔術師、カガリ・イオリ
水魔術師、リュウジ・ミナセ
風魔術師、ハヤテ・ウキジマ
いずれもアカガネとは十年来の付き合いだ。
「無理! もう無理! こんな熱いサウナ小屋の中で仕事なんてできるか!」
「うるせえ! お前の火がもう少し小さければこんな事に成らないで済んだんだよ」
「……死ぬ」
カガリ、リュウジ、ハヤテは汗だくで息も絶え絶えである。
岩モグラの中に冷房設備は無い。それを買う金がアカガネ達には無かったからだ。
一応、ハヤテが内部で風を起こしているらしいが気休めにも成らないらしい。
こういう時、土属性で良かったとアカガネは思った。
よろよろと水分補給に行った三人を見送り、アカガネは岩モグラが削った岩肌へと歩いて行く。
無遠慮に削られた岩肌には、光沢のある赤橙色の鉱石が見えていた。
「さてさて、何の金属かね?」
アカガネは見えているその鉱石部分へ右手を当て、人差し指を使い、一定の周期叩く。
トン、トン、トン、トン。
叩く周期を定期的に変えながらアカガネは魔力を込め、『材質調査』の魔法を発動した。
「……銅、か」
大ハズレではなかったが、アタリでも無かった結果にアカガネは肩を落とす。
大体重さにして三百キロ程度の銅が取れるだろう。
採算は取れている。だが、一攫千金には程遠い。
「アカガネ、どうだったよ?」
水分補給を済ませたリュウジが戻って来た。
生気を取り戻した顔であり、それにアカガネは肩を竦めることで返事をした。
「色で薄々分かっていたけど、銅だな」
「そうか。目当てのレアメタルは無いか」
アカガネ達が居るのはアステヘ地方に南にあるヒヒイロ鉱山。
そして、アカガネ達の仕事は銅、及び、レアメタルの発掘だった。
「しゃあない。銅だけでも持って帰ろう。もしかしたら、もっと深くに埋まっているかもしれない」
アカガネはジーンズのポケットから茶色い腕輪を取り出し、右腕に装着する。
そして、右手で眼前の赤橙色の鉱石、銅へ手を当て、魔力を込めた。
腕輪は褐色に輝き、魔法を発動する。
腕輪の魔法石に刻まれた魔術式は『振動』。特定成分の鉱石を微量に振動させる魔法だ。
この腕輪は銅専用の『振動』の魔法が発動できる。
アカガネの右手を通して岩肌に埋まった銅全体が微量に振動し、パキパキと音を鳴らして周りの岩肌から離れていった。
銅のみが振動する為、銅の回りにくっ付いていた土や岩が剥がれて行く。
「……こんなもんか」
銅の塊とその回りの岩肌に目に見えた隙間が出来た所でアカガネは魔力を込めるのを止める。
これ以上込めたら銅の塊がひび割れ破壊されてしまう。
「んじゃ、掘り出しますか」
「オーケー」
リュウジが伸びをしながら左手に水の魔法石を持つ。
ここからは、水魔術師と火魔術師が使う蒸気機関の仕事である。
「カガリ! もう一頑張り頼む!」
「分かったー! 今行く!」
ガシャガシャガシャ!
カガリが蒸気式削岩用パワードスーツ、〝タイタン一式〟を着込んで現れる。
高さ三メートルほどのツギハギだらけの鉄の巨人の姿と成ったカガリがガシャンガシャンと音を立てながら岩肌へと近付いた。
「アカガネー! ココカー!」
鉄ドラムの中から出した様な声がアカガネの耳に届く。
「そうだー! 頼むぞー!」
「ラジャー!」
ブクブクブクブクブクブクブクブクブクブクブク!
タイタン一式が背負ったタンクがカガリの『発熱』の魔法で急速に温められ、内部の水がすぐさま水蒸気へと変わっていく。
排熱排気用の肩と腰のパイプから真っ白な水蒸気が噴出した。
キュイイイイイイイイン!
魔法に依って生まれた強烈な蒸気圧がタイタン一式の両手に付いたドリルを回転させる。
そして、カガリはその両手のドリルを銅の塊の周りの岩肌へと突き立てた。
続いて、それを待っていた様にリュウジが『水鉄砲』の魔法石へ魔力を込め、カガリのドリルが当たっている岩肌部分へと水流を流し込む。
ガガガガガガガガ!
ガガガガガガガガ!
ガガガガガガガガ!
ドリルと水流によって見る見ると岩肌は削られていき、銅塊が露出していく。
アカガネはリュウジに大まかな支持を出しながら、作業を見つめていた。
「……ん? リュウジ、ハヤテはどうした?」
ハヤテの仕事は本日これで終了だが、先程から姿を見ていない。
アカガネの質問にリュウジは簡潔に答えた。
「熱中症でノビてる」
「マジかよ」
蒸気扇風機を本格的に岩モグラへ取り付けた方が良いのかもしれない。
アカガネは金勘定を脳内でしながら、岩モグラの裏、ハヤテがノビていると言う日陰へと歩いていった。
*
午後九時。アカガネは第七蒸気機関都市、〝エクウス〟にある〝ミチガネマテリアル〟と言う会社にて一人顔を顰めていた。
ミチガネマテリアルはアカガネがカガリ、リュウジ、ハヤテと共に五年前に立ち上げた会社である。
未知の金属を発掘し、それを販売する会社。それがミチガネマテリアルの掲げたキャッチフレーズだった。
そもそも、ミチガネマテリアルを立ち上げられたのは当時センブリア大学三回生だったアカガネがレアメタルの眠る鉱山を材料発掘の実習中に偶々発見したからだ。
その褒賞金を足掛かりに設立したのがミチガネマテリアルである。
だが、会社を立ち上げて五年。幸いにして食べるのに困っていないが、当初夢に見ていた〝未知なる金属〟等と出会えた回数は数える程しかない。
結局、今日掘り出された銅はアカガネの調査どおり三百キロ程度だった。
銅発掘に掛かった費用を差し引くと、僅かな利益でしかない。
カガリ、リュウジ、ハヤテに給料を払えば残るのは岩モグラやタイタン一式のメンテナンス費くらいだ。
「社員を増やした方が良いのかねぇ」
今は未だ暮らしていける。生きていけている。だが、アカガネは今二十八歳。そろそろ三十歳に成ろうかという歳だ。体が動く今の内に社員を増やし、地盤を固めるべきなのでは無いだろうか?
ミチガネマテリアルの日常は、昼間の内にヒヒイロ鉱山から鉱石を発掘し、夕方に発掘した鉱石の詳しい成分解析を行い、その後、全国鉱物商会に現在ミチガネマテリアルが保有している鉱石の名前と量を登録すると言う物である。
これら全てを立ち上げた四人で回していた。
というか後半の事務仕事はほぼ全てアカガネがやっている。
岩モグラをもう一つ動かせれば、発掘の範囲を広く出来るのだが、今のペースで金を貯めて行っては岩モグラ購入とその搭乗員を雇えるのはアカガネ達が老人に成った頃だろう。
「どっかで一発掘り起こさなけりゃいけねえなぁ」
何か一発レアメタルの塊を掘り起こさなければ、ミチガネマテリアルを拡大するのは難しいそうである。
アカガネは溜息を吐いて椅子から立ち上がり、今日の発掘結果をまとめた紙を机へと投げた。
そのままの足で部屋の階段を登り、二階へと向かっていく。
ミチガネマテリアルは一階が事務所兼職場であり、二階でアカガネは寝食をしていた。
今日の仕事はこれで終了する事にした。
アカガネは腹が減ったのだ。
*
「さて、作りますかね」
アカガネは耐熱手袋を着けて部屋の中央に山積みされていた『発熱』の魔法石を手に取り、調理用鉄板へと取り付ける。
発掘、加工、製作、補強において土魔術師の右に出る者は居ないが、こと日常生活において最も便利な属性は火属性だとアカガネは思っていた。
調理、風呂、消毒、エトセトラエトセトラ。何だかんだでもっとも使用頻度が多い。
魔術蒸気機関を使用する際に一番相性の良い属性である事もアカガネにとっては羨ましい。
アカガネ達土魔術師は単車などの高出力である事を求められる魔術蒸気機関を動かせない。
魔術蒸気文明を築くのに土魔術は必要だが、土魔術師はその恩恵をあまり受けられない。
「まあ、魔法石があるからまだ良いけどな」
月単位で契約している魔法石屋から買い占めた生活用魔法石。
『発熱』、『放水』、『送風』、『発光』の四点セット。魔術文明社会での必需品だ
これらがある限り、どの属性の魔術師も最低限の文明社会に生きていける。
そうこうしている内に調理用の鉄板が『発熱』の魔術で温められた。
鉄鍋を鉄板に置き、昼間買っておいたキャベツとジャガイモ、それに部屋に残っていたベーコンでアカガネは簡単にポトフの様な物を作った。
味はそこそこ。不味くも旨くも無い。
「うん。旨い旨い」
だが、アカガネはこの味が好きだった。
五年前、ミチガネマテリアルを立ち上げたあの時に比べたら随分と上達した物だと自画自賛する。
まだまだ仕事は山積みで、ミチガネマテリアルの未来は不透明。
だからこそ、この時間をアカガネは楽しみにしていた。
ジャッジャッジャッジャ!
「ん?」
ポトフもどきを半分ほど食べた頃である
アカガネは一階のシャッターを誰かが叩く音に気付いた。
ジャッジャッジャッジャ!
酔っ払いが叩いているにしては強く、何より規則だ。
スプーンを皿に置き、アカガネは窓を開けて下を見た。
「ぶっ!」
そこにはアカガネの見知った顔があった。
髪は茶色のショート。アカガネと違って癖毛は無く真っ直ぐだ。目元は鋭く、肌の色は真っ白だった。
そんな女がキャリーバックを片手にミチガネマテリアルのシャッターを叩いていた。
「……シロガネ、お前何やってんの?」
「お兄様!」
そこに居たのはアカガネの妹、ツチミカド一族の次代三当主の一人、シロガネ・ツチミカドだった。