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魔術師達の就労白書 ~文明開化の時代を生きた魔術師達の話~  作者: 満月小僧
カトリーナ・フェニックスは燃やしたい!
3/8

十連変化大花火


 *



 それから幾つかの出店を回り、カトリーナとキトリーがクニークル中央部の花火会場に到達した時には丁度花火大会が開催する時間に成っていた。


 見物人の数は多く、目ぼしい場所は既に取られている。


 頭上では風魔術師達が気球を制御して絶好の位置取り争いをしていた。


 更に上空では気球に乗った花火師達が花火の準備をしている。


「こういう時は風属性に生まれたかったよね」


「分かります。こと移動にかけて風属性の右に出る物は居ないですもの」


 カトリーナとキトリーは少し離れた場所から花火を見る事にした。近い場所だと見物客達の影に成ってまともに見られそうに無い。


 花火会場から少しだけ距離を取って、いざ、カトリーナとキトリーは花火の到来を待った。


 花火とは東洋の魔術師達が磨いた火の芸術である


 主に使われる魔術属性は、火、土、風。


 炎色反応と呼ばれる現象を起こす材料を土魔法で火薬に混ぜ、その特別製火薬が込められた爆弾を風魔術で上空へと飛ばし、火魔術で着火するというのが主な仕組みだ。


 セレモニー等に度々登場する火の芸術。


 此度の夜空は彼らが主役らしい。


 今か今かと、カトリーナは花火の到来を待った。正直、楽しみで仕方なかった。


 LaLaLa~!


 風魔術行使の際に生まれる歌声の様な音が周囲一帯へと響き渡り、「始まりますのね!」とカトリーナは色めき立った。


≪大変長らくお待たせいたしました! それでは皆様、花火大会の始まりです!≫


『音声拡散』の術式だろう。カトリーナの居る場所からは見えないが司会の声がクニークル一帯へと響く。


 ヒュ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!


 風を切り裂く音が聞こえる。実際は風を切り裂いているのではなく、『移送』の風魔法が空気圧を変える際に発生する音だ。


「あ、キトリーキトリー! アレですわ! アレが花火ですわ!」


 傍らのキトリーの肩を叩きながら、カトリーナは夜空へと上がっていく爆弾を見上げた。


 そして、


 ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!


 赤、青、黄、緑、紫、色とりどりの花火が夜空を包み込む。


「わぁ」


 次は特等席で見よう。カトリーナはそう決めた。特等席から離れた此処でさえ、こんなに美しいのだ。もっと近くで見られたらどんなに美しいのだろう。


「んん? おかしいな?」


「どうしましたの?」


 キトリーの怪訝な声にカトリーナが次々と上がっていく花火から眼を逸らさずに問い掛ける。


「私の知っているプログラムと花火の順番が違う。何かあったのかもね」


「というと?」


「今のもだけどさっきから出ている花火は導火線が付いてる普通の奴。本当は一番最初に十連大花火っていう火魔術を全力で使った大技が出る筈だったんだよ。どうしたんだろ?」


 十連の大花火。それは見てみたい。


 キトリーが首を捻っていると、カトリーナ達の耳にこんな言葉が届いた。


「おい、火魔術師の代役は見つからないのか!?」


「『時間差着火』なんてニッチな火魔術修めてる奴が偶々見つかる筈が無いッスよ!」


 ん? とカトリーナとキトリーは顔を合わせ、声が聞こえた方へと顔を向けた。


 そこでは花火師の格好をした茶色と緑色の二人の男が「どうしたもんかなぁ~」と頭を抱えていた。


 何が起きたのかは分からないが、トラブルの様である。


 カトリーナは別に関わる気は無く、再び花火を見上げる動作に戻った。


 キトリーも同様で、話の種に今の会話のネタをカトリーナに振ってくる。


「カトちゃんカトちゃん。『時間差着火』って何? あんまり人気無いの?」


「その名の通り、時間差で炎を生む術式ですわ。戦争の時代には使われていたようですけれど、今の時代だと微妙ですわね」


「ちなみにカトちゃんは使える?」


 何を隠そう『時間差着火』の術式はカトリーナの曾祖母が作り出した物である。


「当たり前です。我々フェニックス家が作り出した術式ですもの」


 カトリーナがほとんど反射的にキトリーの質問に答えたその直後、


「「本当か!?」」


「きゃあ!」


 急に大の男二人に詰め寄られ、カトリーナは悲鳴を上げながらその前方の茶髪の男の股間へとKINTEKI蹴りを放った。


 母直伝の護身術である。




「はぁ、つまり、今回の花火大会の開幕の一番をやる筈だったあなた達三人組みの火魔術担当が始まる直前になって魔女の一撃にあったと」


「そうなんですよ。オヤカタはそれでも花火を上げるって言ったんすけど、もしもの事が有ったら大惨事じゃないですか」


 股間を押さえて蹲る茶髪の大男を無視して、カトリーナとキトリーは緑髪の青年から話を聞いた。


「それでワタクシに何をして欲しいって?」


「お願いします! オヤカタの代わりに『時間差着火』の魔術を使ってください!」


 緑髪の青年は激しく直角に頭を下げた。余りの速度に風圧がカトリーナの髪を揺らす。


「ええー」


 カトリーナは気乗りがしなかった。


 確かに十連大花火とやらが見られないのは残念だが、既に現在進行形で夜空を彩る普通の花火でカトリーナの心はそれなりに満足している。


 花火を見る側には成りたかったが、花火を打ち上げる側に成る気は無かった。


 ついでに言うなら『時間差着火』の術式は結構扱いが面倒くさいのだ。


「キトリー? どうしましょう?」


「私はどっちでも良いよー」


 キトリーは面白そうな顔をしていた。役に立たない同僚である。


「お願いします! 報酬なら出すんで!」


「たとえば?」


「お嬢さんが望む物ならば出来る限り何でも揃えます!」


 気風の良い啖呵である。こう言う人間をカトリーナは嫌いではない。


 カトリーナは夜空を見上げた。


 火の花が空に咲き誇り、美しく散っていく。


「キトリー、花火大会は後どれくらいですか?」


「一時間ジャストって所かな」


「なるほど」


 一つ、カトリーナは報酬が思いついた。


「それじゃあ、気球と運転手を貸してくださる?」


「喜んで!」



 *



 二十分後、カトリーナとキトリーは緑髪の花火師が操作する気球に乗ってクニークルから上空五十メートルに居た。


 ヒュ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!


 ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!


「キトリーキトリー! すごいです! すごいです! こんなに綺麗なんて! 大迫力ですわ!」


「いやぁ、絶景絶景!」


「お嬢さん方! あんまり暴れないでください!」


 カトリーナは周囲を見る。


 下方に他の火と風の花火師達が花火を点火しては放っている。


 だが、カトリーナ達と同じ高さに居る者は誰一人として居なかった。


 視界を遮る物は何も無い。


 ヒュ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!


 ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!


 また、カトリーナの目の前で大きな花火が爆発した。


 円ではなく、球の爆発であると理解できるほどの高さと距離、キトリーに肩を抑えられていなければカトリーナはピョンピョン跳び上がっている事だろう。


 カトリーナが求めた報酬は花火鑑賞最高の特等席。


 花火大会の客達は最大でも高度二十メートルまでしか上がってはならない事になっている。


 それ以上の特等席と成ると、それはすなわち風の花火師達のみに許される飛行高度にしかない。




 四十分後。一頻りの花火が上がり、いよいよ花火大会も終幕だった。


「火のお嬢さん!」


「カトリーナです!」


「カトリーナさん! じゃあそろそろお願いしますよ!」


「ええ!」


 緑髪の花火師から大玉の花火がカトリーナに渡される。


 十連変化大花火〝虹玉〟。


 本来は、今回の花火大会開幕の一発を担当する筈だった花火だ。


 開幕から終幕の一発へ早代わりである。


 特等席の為とは言え、結構な重役を任された物だとカトリーナは笑った。


「時間差の秒数は?」


「七秒ごとに一発ずつ。初めの一発は投げてから十秒後に」


「分かりました」


 カトリーナはポケットから火の魔法石で作られた腕輪を二つ取り出し、ゴツゴツとした無骨な方を左の手首に、シュッとしたシンプルな方を右の手首に嵌める。


 これはカトリーナ専用の魔法石。二つ合わせてインフェルノ。カトリーナが今まで修めた魔法式が全て刻まれていた。


 魔術師達はそれぞれ専用の魔法石を所持している。カトリーナはこのインフェルノに全ての魔法式を刻み込んでいるが、魔術師によっては複数の専用魔法石を持つ者も居る。


「おお、カトちゃんの魔法石、久しぶりに見たね」


「フフン。ワタクシ自慢の相棒ですわ」


 ドヤ顔だけして、カトリーナは集中する。このインフェルノは左と右の魔力量比によって発動する魔術式が変わるのだ。


 どの魔力量比ならば『時間差着火』が発動するのかはカトリーナにしか分からない。


 ゴクリ。


 緑髪の花火師が緊張で唾を鳴らしたのが分かる。


 自分から頼んだ事とは言え、良く良く考えるとどこぞと知れぬ火の小娘が繊細な花火へ魔力を込めているのだ。内心後悔しているに違いない。


「安心してくれて良くってよ」


 一切の無駄なく、カトリーナは左と右の魔力量比を探し出し、『時間差着火』を発動する。


 カトリーナが『時間差着火』を発動するのに掛かる時間は一回に付き三秒。


 求められた秒間隔で花火が生まれる様に頭で計算しながら魔力を花火へ込めていく。


「さあ、出来ましたわ!」


「了解! 投げて!」


 魔力が込め終わったジャスト三十秒。カトリーナは大玉花火を前方へと放り投げた。


「飛べぇ! 虹玉!」


 直後、緑髪の花火師が魔法を発動する。魔法石を使わない。発声による古典的な方法だ。


 LaLaLa~!


 風魔術師の歌の様な魔術式によって、魔法の風が虹玉を包んだ。


≪皆様! 本日の花火大会最後の一発! 花火師一座〝虹組〟による十連変化大花火です!≫


 ヒュ~~~~~~~ヒュヒュ~~~~~~~~~~~~~~~!


 司会の声と共にカトリーナが魔力を込めた大玉が風魔法による音を立てながらクニークルの夜空を疾駆した。


 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~~~~~~~ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~~~~~~~ヒュヒュヒュヒュ~~~~~~~~!


 速く、早く、疾く! 大玉は音だけで観客達を魅了する。


 今か今か今か。


 魔力を込めたカトリーナ以外にはいつ咲くのか分からない夢の大玉。


 カトリーナにしか分からない。


 あの大玉は必ず咲くのだ。


「キトリー、来ますわよ!」


「オッケー」


 カトリーナは意味も無く、左手をピストルの形にして、虹玉へと向ける。


 そして、カトリーナが夜空へ放ってピッタリ十秒後。


「Fire!」


 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~~~ヒュヒュヒ――!


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 花火が見事、夜空へと散り咲いた。


 今日の花火の何よりも大きな大花火。


 一発目は鮮烈な赤だ。


 土魔法と火魔法が混ざったこの花火は中々夜空から色を消さない。


 七秒後、赤の花が咲いたまま、次の花が全く同じ地点から咲いた。


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 爽快な橙。


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 快活な黄。


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 幻想の緑。


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 静謐な青


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 慈愛の藍


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 未来の紫


 初めの七色の花火は完全に重なり合い、時間差に依るブレから見事な虹色の花火へと変化する。


「――」


 カトリーナは言葉も出なかった。


 これほどまでに美しい炎がこの世にあったのか。


 残り三発。


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 気高き白。


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 儚き黒。


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 淡き白。


 白と黒の円弧の花火が虹の花火をすっぽりと囲む。


 そこに生まれたのはモノクロの円に包まれた荘厳なる虹の花だった。


 ワアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!


 カトリーナの耳に地上からの拍手喝采が届いた。




「ありがとうございました! 本当に助かりました!」


 花火大会が終わった地上にてカトリーナは土と風の花火師からDOGEZAされていた。


 東洋での究極的謝罪と感謝を表す体勢らしい。


「いえいえ、ワタクシも素晴らしい物が見られましたわ」


 カトリーナはまだ感動から冷め切っておらず顔が火照っていた。


 パタパタと手で熱を持った顔へ風を送っていると、杖を付いた赤髪の老人がカトリーナの元へとゆっくり歩いてくる。


 本来、『時間差着火』の術式を行う筈だったオヤカタである。


「「オヤカタ!」」


 すぐさまDOGEZAしていた花火師達がオヤカタへと駆け寄り、肩を貸す。


 肩を貸された直後、オヤカタがワチャワチャと暴れ出した。


「ええい、恩人の前で止めねえか!」


「いやいやオヤカタ無理ッスよ! ぎっくり腰なんスから!」


「そうです! というか何で歩いてきてるんですか!」


 ワーギャー! 風と土の花火師の文句を無視して、オヤカタはカトリーナへ頭を下げた。


「ありがとう、カトリーナ。お主のおかげで、ワシ等の虹玉が無駄に成らんで済んだ」


「ワタクシはアレを見られただけで満足ですわ」


「良い出来だっただろう? 今年のは自信作だったんだ」


「ええ。あんなに美しい炎がこの世にあるのですね。きっとワタクシはあの花火を一生忘れませんわ」


 オヤカタはとても嬉しそうに頬を綻ばせ、「そうかい」と何度も頷いた。


 カトリーナは夜空を見上げた。


 もう花火は無い。


 でも、網膜には先程の花火が焼き付いている。


 久しぶりの、久方忘れていた満足感をカトリーナは味わっていた。


 全力の炎だった訳ではない。


 だが、カトリーナ・フェニックスの魔法を今日使えたのだ。


 夜空を見上げるカトリーナにキトリーがニヤニヤと笑いながら抱き付いた。


「カトちゃん大活躍だったね」


「ワタクシの凄さを再確認しまして?」


「すごいのはずっと知ってるよ」


「あら?」

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