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#007 毛利黄門爆誕!

 皇上劉弁の裏表のない微笑みが毛利に向けられた途端、諸将百官からの様々な悪感情もまた、彼に向けられた。

 しかし、


「詔である! 傾聴せよ!」


 劉協の一言でそれは霧散する。

 お陰で、毛利は胸を撫で下ろす事が出来た。

 その直後、董卓が声を発した。


「何進大将軍、何苗将軍が宦官であった張譲と段珪らの計りにより謀殺されるに至った。御二方は共に皇伯叔父(こうはくしゅくふ)。実に嘆かわしい事であり、許されざる行いである。よって、三族縁者根絶やしとする!」


 広間の空気が再び、大きく揺らいだ。

 宦官を輩出した一族にたいする刑罰の重さ故か、董卓が劉協の代わりに声を発したからか、そのいずれかであろう。

 空気が落ち着くよりも早く、


「次に北宮宦官に関する旨を述べる!」


 新たな言葉が発せられた。

 言い終えた董卓は一つ間を空け、辺りを睥睨する。

 軍閥と思わしき者らが、体を小さく震わせた。


「何進大将軍、何苗将軍の謀殺に北宮の宦官が如何程関わっていたか不明である! これを先ずは明らかに致す!」


 それは事実上不可能である。

 北宮にいたほぼ全ての宦官が、袁紹らによって殺されたのだから。

 何進大将軍を殺された事による義憤に駆り立てられて。

 加えて、宦官でない者も死んだ。

 宦官を殺し回る兵以外は敵だ、との理由で。

 集団狂気、現代で言う所のモラル・パニックである。

 自らが仕出かした事をまるで覚えていない、そんな輩も多いに違いなかった。


「そして、その任は并州牧にして前将軍である、この董卓が担う!」


 袁紹と袁術は互いに視線を交わす。

 慮植は眉間に谷間を作り、曹操は僅かに口角を上げた。

 口上を述べる役が再び、劉協に戻る。


「よって此度の論功明らかなる者は二者のみとする! 董卓! 洛陽までの役、誠に大儀であった! 汝を司空に任ずる!」


「はっ! 有り難き幸せ!」


「お、お待ち下され、劉協様! 司空はこの劉弘めが……」


「長らく雨が降らなかった故、その任を解く。洛陽までの地に緑は少なく、実に寂しい限りであった、と皇上は仰せだ」


「そ、そんな……」


 理不尽な、と劉弘がその場で崩れ落ちた。

 劉協はそれに構わず、


「次に毛利!」


 叫んだ。

 「誰?」と言わんばかりの空気がその場に広がる。


「汝を……こ……黄……くっ…………殺…………」


 当の劉協は、顔を真っ赤に染め上げつつ、両の拳をワナつかせつつ、見えぬ何かと葛藤していた。


「劉協……」


 劉弁が思わず、といった体で声を掛ける。

 相手にしか聞こえぬであろう、小さな声音で。

 劉協は振り返った。

 そして、劉弁の懇願するかのような上目遣いを目にした。

 劉協はそれに屈してしまう。


「黄門とする!」


 広間の空気再び、大いに揺れ動いた。




  ◇




 空が茜色に染まり始めた頃合い。

 謁見は滞りなく終わった、表向きは。

 司空(官の最高位、三公の一つ。一品)であった劉弘の任が解かれ、董卓が新たに任じられた際などは、息が苦しくなるほど広間の空気が張り詰めもしたが。

 何処の馬の骨とも分からぬ怪しげな若造が黄門に任じられた際などは、目をむかんばかりの怒気が毛利に向けられもした。

 それも、黄門の下に就く身である宦官からだけでなく、袁紹を筆頭とする名門軍閥、劉弘が代表していた官吏などからも「御政道を壟断した蹇碩(けんせき)の再来か!」と言わんばかりに。

 だがそのお陰で、助かる者もいた。


董旻(とうびん)、我が弟にして半身よ。宮中の様子は如何であった?」


 董卓だ。

 二人は実の兄弟だからだろう、互いによく似た雰囲気を醸し出している。

 違いと言えば衣装と、座する膝の上に乗る白兎の有無、であろうか。


「董卓様へ四、毛利へ六、といった塩梅ですな」


「ふむ、毛利様様だな。この董卓への風当たりがあの者がいるといないでは、まるで大違いだけに」


「逃亡奴隷ないしは乞食、良くて寒門の生まれ。それが黄門など、常軌を逸しております。御主もそう思うだろ、牛輔」


 董旻はさも楽し気に、牛輔に話を振る。

 振られた者は難しい顔をしていた。


「董卓様の御慧眼(けいがん)、この牛輔は驚きました。しかし……」


「牛輔が言いたき事は分かるぞ。確かに些か不憫でもある」


「黄門に任じられた際のあの者の顔。加えて、向けられた悪意。あの場で卒倒しかねませんでした」


「ふむ。彼奴が儂らに頭を垂れるなら、いざと言う時は助けてやらねばならぬな」


 問題はそのタイミングが何時か、であった。


「……牛輔」


 董卓が何かに気付いた。


「はっ!」


「その毛利だが、今は何処で何をしておる?」


「先の広間の前から動かぬよう、きつく命じております」


「誰かを傍に置いて来たか?」


「いえ?」


 そう答えた牛輔自身が拙いと思ったのだろう。

 喉を鳴らし、顔を顰めた。


「一旦戻ります。ここに連れて来ても?」


「いや、不要だ。毛利の世話をし、そのまま夜半までゆるりと休め」


「ははっ!」


 董卓に最敬礼するやいなや飛び出した牛輔。


「おいおい、ちょっと目を離しただけだぞ! 頼むから、死んでくれるなよ!」


 走ってはならぬ宮中を、可能な限り早く歩いた。


 一方、その頃の毛利が何をしていたかと言うと——


(黄門? 近侍で黄門? 近侍な黄門? 水戸黄門? ってことは……これから諸国漫遊? ……そんな事させられたら三日で死ねる自信があるぞ。何たって今は三国時代、戦乱の世みたいだからな。どう考えても、ちりめん問屋を隠居した爺さんなんて、直ぐ様賊の類に襲われるだろ。そもそも、ちりめんって何さ)


 暇を持て余しつつ、軽く錯乱していた。

 故に、


(あー、暇。本当に暇。それにお腹空いた。誰も声を掛けてくれないし、そもそも、謁見以来誰も通り掛からないし。……折角だから、この……前殿? とか言う場所を探検してみる? 何か食べ物が見つかるかも知れないし)


 余計な事を思い付くのだ。

 あれ程の、害意と言う言葉すらも生易しく感じる視線を浴びたと言うのに、彼には危機感が皆無。

 複雑な問題を前にすると妄想に逃げる傾向が見受けられる、そんな現代っ子の一人だからであろうか?

 否! そうではない。

 脳が自発的に嫌な思いをせぬ様、記憶に制限をかけているのだ。

 その上で、気になること先ずは試すという、毛利の生来の性分が発露した所為であった。


「へぇー、この模様、色、如何にも中華って感じ!」


 今の毛利を一言で言うならば「おのぼりさん」だろうか。

 完全に観光客気分である。

 だが、それは致し方のない事であった。

 この日の早くから秋葉原に向かい、気が付いたら黄河の前。

 それから一度も休む事なく強い日差しの下を逃げ続け、更には洛陽までの長い道のりを歩き続けていたのだから。

 計り知れない疲労。

 故に気が緩み、注意が散漫となったのだ。


 いや、それだけではなかった。

 人と言う生物は極度な疲労時、咄嗟の危険に会っても体が動かせる様、脳内に興奮物質が分泌される仕組みを持つ。

 それ故に、軽い興奮状態となるのである。

 要するに酷く疲れている今の毛利は、ナチュラルハイ、なのだ。

 そんな状態の毛利が、


「あれ? こんな所に子猫? おいでー、子猫ちゃーん」


 背後から迫る危機を察知出来ない、それは致し方なかった。


「おい、貴様! 黄門・毛利だな!?」


「え!?」


 背後を振り返る毛利。

 彼の瞳には、夕焼けに染まる白刃が映った。




  ◇




 北宮のとある一角。

 そこは劉弁の母であり摂政皇太后せっしょうこうたいごうでもある何太后(かたいごう)の室として割り当てられていた。

 流行りなのだろうか? 所謂西洋ないしはアラビア風の家具や装飾品の類で飾り立てられている。

 毛利が目にすれば、「おぉ! ここだけ現代風!」と驚く事この上なかった。

 もしくは、慣れ親しみ過ぎた所為で何も感じないか。


 今、そこに人が集う。

 いずれも、やんごとなき身分の者らである。

 背の高い、それでいて場にいる誰よりも美しい女性が口を開いた。


「劉弁や、董卓は本当に大丈夫なの?」


 恐れに満ちた声。

 劉弁への慈愛、も幾分含まれている。

 恐れが先に出たのは、宮中で手にした大斧を縦横無尽に振るう慮植将軍、それによって引き起こされた惨劇をその目で見た所為だ。

 その際、近くの窓から飛び降り痛めたので、足を摩っている。


「大丈夫も何も、僕らが頼りにしていた中常侍や他の宦官は皆、袁紹達に殺されてしまったもの。彼に頼るほかないよ。それに、どう言う訳か僕の秘密は知られてしまったみたいだから」


「そう……。遂に外の者にも秘密が……」


 何太后(かたいごう)の眉間に深い谷間が表れる。

 傍らにいる劉協が悔しそうに唇を噛み締めていた。


「貴方が黄門に固執した毛利もそうなのかしら?」


「分からない。でも、毛利とは少しでも一緒にいたいんだ。だから、董卓に色々とお願いした」


 「だから、早く明日が来ないかなぁ」と零す劉弁。

 その様子に、母として何太后は嬉しく思う反面、酷く悲しくも感じていた。

 故に、


唐姫(とうき)


 劉弁の傍らに控える少女の名を呼んだのだ。


「はっ!」


 小柄だが、見るからに気の強そうな少女が応じた。


「誰が何と言おうと、貴女が劉弁の正室です。確と見極めなさい」


「ははっ!」


 小柄な少女の口が、大きく釣り上がる。

 それはまるで、夜叉、であった。

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