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#006 謀殺が待ったなし!?

 洛陽城南宮前殿。

 それがこの時帰洛し、集められた諸将百官を前にして皇上が謁見を執り行いし場所、であった。

 数百名は優に入れる宮殿、床には黒い石材が敷き詰められている。

 奥の数段高い位置には、煌びやかな玉座が設けられていた。

 北宮に向かった筈の皇上とその一団が南宮にいるその訳は、「後片付けがまだ済んでないから」である。


「後片付け?」


「入洛した際に西園八校尉ってぇのが居ただろ? 彼奴ら、北宮にいた宦官の大半を斬り殺したらしくてな。まだ南宮の方が〝マシ〟なんだとさ」


 牛輔は嬉しそうに頬を緩ませ答える。

 尋ねた毛利は南宮の至る所で清掃する人々を思い出し、げんなりした。


「時に牛輔様」


「なんだ、毛利」


「入城以来、付かず離れずですよね? 俺、何かしました?」


 途端に、毛利の頭に拳骨が落ちた。

 お互いが瞳に涙を蓄え、痛みを堪える。


「(イタタタタ……)……こ、今度は一体何が理由!?」


「ほんと、なんて石頭なんだ貴様はよ!」


「石頭が理由だ、なんてもう言わないで下さいよ!」


「んな事誰が口にするか! それとな、董卓様の右腕である俺様が貴様如きの側にいるのはな、その董卓様に命じられたからよ!」


「えぇぇ!?」


 毛利には、董卓にそうされる覚えが、なくはなかった。


(あれか? 洛陽に入る前、劉弁がどうの、董卓がどうの……とか言ってたよな?)


 さりげなく「確か……俺を近侍にする、とか言ってなかったか?」と口にした毛利。

 今度は後頭部を平手で叩かれた。


「馬鹿野郎、滅多な事を口にするんじゃねぇ!」


「す、すいません!」


「それとな、この牛輔様が貴様を殴るのには訳がある。それは……」


 意味深な間を置き、毛利の顔を睨みつける牛輔。

 毛利の喉がゴクリと鳴った。


「貴様の言葉遣いがなってねぇからだ! このままだと、明日の朝日が拝めなくなっちまうぞ?」


 この当時、城内に務める官吏の多くが儒教、儒学を深く学んでいた。

 儒教・儒学とは古代中国の思想家である孔子の教えを基礎とした教義である。

 学ぶ範囲は広く、歴史は勿論の事、古き御世の書や詩歌は言うまでもなく礼節をも含み、果ては易学(占い)にまで及んだ。

 その中で何よりも厳格なのが、上下間の礼儀作法、であった。

 至らぬ場合、時には血の雨が降る事も。

 面子に拘るお国柄が偲ばれる、そんな一例である。


「畏れ多くも皇上は、貴様に助けられた恩がある、と申された。その恩を返す為、貴様になんらかの形で報いるだろう。ここまでは良いな?」


「は、はい!」


「でだ、そこで貴様が礼を失した態度を取り続けたとしたら……一体どうなるか。流石に言わなくても分かるよな?」


 毛利は幾度も頷き返した。

 まだマシと言われた南宮の其処彼処(そこかしこ)に、動かなくなった人が転がっていたであろう跡があったのだから。


「ちなみにだが、城内での佩刀は一部にしか許されていねぇ。だが……貴様を殺るのに、俺様は刀を必要としないぜ?」


 牛輔は素早く毛利の背後を取ったかと思うと、腕を回し首を絞め上げた。

 鬱血したのだろう、毛利の顔が見る間に赤黒く変わる。


「とまぁ、こんな感じだ。分かったか、毛利?」


 毛利の体が尻からドサリと落ちた。

 彼の首には、締め付けられた跡がありありと残っていた。


「ケホッ、ケホッ……」


「苦しいか? だが、刺された時はもっと痛ぇぞ?」


「し、知ってますよ。く、来る時、だ、誰かさんに、ほ、頬を斬られましたから、ね」


「馬鹿、そういう態度がなってねぇって言ってんだよ」


 荒く息する毛利を、牛輔が優しく助け起こす。

 いつの間にか、広間にいる人々の視線が二人に集まっていた。


「チッ、目立っちまったな」


「牛輔様の所為です」


「そう言うなよ。その代わり、貴様に有益な情報を教えてやるからよ」


「なんですかそれは?」


「例えばだな……ほれ、玉座の一番前にいる輩。あの中で一番偉そうにしている奴がいるだろ?」


「ええ、こちらをじーっと見てますね」


 その者は、実に戦士らしい風格があった。

 威厳があり、品もある。

 大きな体は如何にも部将然としていた。

 年の頃は三十代の半ばだろうか。

 長い顎髭が綺麗に整えられている。


「あの顔を覚えておいて損はないぞ」


「どうしてです?」


「貴様をいの一番に殺しかねないからよ」


 最早毛利には、絶句するより他なかった。


「かの御仁こそが、先帝直々に西園八校尉(近衛軍)は中軍の将に任じられた袁紹だ」


「えっ!?」


 更に毛利は目を丸くする。


(あ、あれが袁紹!? 三国志ネタで見た、優柔不断な武将のイメージと全然違う! 正に生粋の武人! それも即断即決しそうなタイプの! そんな人が俺の命を狙う!? ひぇええええ!)


 声なき叫び、それが毛利の体に鳥肌として表れた。

 牛輔は満足気に頷き、先を続ける。


「袁紹の右隣にいる美丈夫が、袁紹と同じく汝南袁家の出である袁術(えんじゅつ)だ」


「その隣、俺たちに背を向けている小男が西園八校尉典軍の将・曹操(そうそう)


(曹操ってあの、未亡人を寝取って甥に殺されそうになった……じゃなくて、魏を興した曹操!? 董卓、袁紹に続いて曹操の名前まで……。と言う事は本当に今は三国志の時代なのか。これは本格的に拙くなってきたぞ……)


「宦官・曹騰(そうとう)の孫でもある。その顔、去勢した宦官がどうやって子供を? って思ってるのだろうが養子だ、馬鹿たれ!」


「あいたっ!(ち、違うのに……)」


「袁紹の左隣にいる、誰よりも背の高い壮年の偉丈夫が慮植(ろしょく)だ。生来生真面目な性格をし、儒学の大家でもあるらしいが此度は大斧を担ぎ、幾人もの宦官をその手で殺めたらしいな」


 以上の、曹操を除く三名の将と手勢がその中心となり、多くの宦官を斬り殺した。

 加えて、宦官を擁護していた何皇太后の異父兄、何苗(かびょう)将軍もどさくさに紛れて討ち取ったとか。

 つまり、彼らが事実上、今回のクーデターの実行犯にして指導者なのである。


「あれら軍閥だけではないぞ。文官も貴様の命を狙う。何せ貴様は常識がまるで無く、何の才も無く、身一つ故に財もなければ戦う力もないからな。あるのはただ一つ、皇上からの覚えが目出度いだけ。自らの能力と血筋を頼りに官吏となった者、金で官位を買った者からすると、まるで受け入れられない」


 そんな官吏の面々がまた違う場所で一塊を為していた。

 司空(しくう)(囚人と土木工事を司る役所の長。官吏の不正も取り締まる)・劉弘(りゅうこう)に始まり、百官が何やら毛利をチラ見しながら、ヒソヒソと囁きあっているのだ。


「そして最後が宦官共だ。二千にも及ぶ彼奴等が殺されたとは言え、やがては元に戻る。在野から復したりしてな。そんな宦官が、去勢もせずに成り上がった貴様を良く思う訳がない」


 例え、宦官の多くを失ったとは言え、後宮に自由に出入り出来る彼らは必要とされるが故に速やかにその力を回復し、やがては後宮を我が物顔に闊歩する者が現れるだろう。


「雨後の筍の如くな」


 その時、皇上の覚え目出度きだけの毛利に居場所は残っているだろうか?

 否である。

 力なき者、能なき者は去る、それが宮廷政治という代物であるのだから。


「何処も彼処も貴様の命を狙うだろう。さぁ、どうする? 毛利、貴様は何処に泣きつく?」


 牛輔はいやらしく含み笑いした。

 それを他所に、眉間に皺寄せ悩み始める毛利。

 だが、幾ら考えても良い答えは出て来はしない。


(てか、詰んでる……。どの陣営も俺を殺しかねないんだから)


 しかし、そんな毛利に対し、とある一つの勢力だけが毛利に興味を持っていた。

 それが——


「あ、あのう。董卓様は俺を……っ痛!」


「董卓様がなにを?」


「わ、私を殺そうと思わないのですか?」


「良い所に気がついたな。そう、董卓様は貴様の命を狙わぬ。なんでか分かるか?」


「いえ、全く」


「……少しは貴様のお頭で考えるか、悩む素振りを見せろ。直ぐに聞いてばかりいると馬鹿者扱いされるぞ」


「そうなんですか?」


「そんな事も知らんのか? ったく、董卓様はこんな奴の何処に興味を抱いたのやら……」


「それを本人を目の前にして言う事ではないと思うのですが。流石に傷つきます」


「だが、傷ついてないだろ?」


「ええ、これっぽっちも……あいたっ!」


 この日何度目かの拳骨を牛輔が見舞い、二人は共に痛がった。

 少し離れた所で、クスリと笑いが生じた。

 そこには如何にも異民族らしい風貌をした者たちが集う。

 小麦色した肌に、明るい色の髪をした、目鼻立ちの通った者達が。

 中でも一際目立つ美丈夫が毛利らを見て、笑みを堪えているのだ。


「ん? あの方達は?」


「あれは……丁原(ていげん)呂布(りょふ)、それに張遼(ちょうりょう)だ」


 執金吾(しつきんご)(洛陽の警備を担う長官・三品)・丁原。

 後漢王朝の初代皇帝劉秀(りゅうしゅう)も官吏になるなら就きたいと願った、この当時の花形と言っても過言ではないお役目である。

 だが、そんな事を知る由もない毛利が俄かに色めき立った。


(りょ、呂布! 三国志最強の武将!)


 毛利は目を皿の様にし、呂布を見つめる。

 当の呂布はと言うと、金色の髪を靡かせながら、ススッと丁原の背に隠れた。


(恥ずかしがった!?)


「……アレらは俺達と似た、辺境の出だ。ちなみに、あいつらは強いぞ。何度か共に戦ってるが、相手を不憫に思うぐらいにな」


「……つまり、董卓様の味方?」


「今の所はな」


「なら……」


 最強とお近づきになり、あわよくば助けて貰いたい。

 毛利はそう考え、取り敢えずは董卓と誼を通じよう、と表明し掛けたその刹那、銅鑼の音が広間に轟いたのである。

 途端に、一斉に拝礼する諸将に百官。

 毛利も慌てて後に続いた。


「皇上万歳、万歳、万々歳!!!」


 劉弁が広間に現れたのだ。

 やがて、玉座に腰掛けたであろう音が耳に入る。


「大儀である。面を上げよ」


 よく通る劉協の声が響いた。

 顔を上げる際に発した衣擦れの音が、一斉に鳴る。


「!」


 直後、皆、息を呑んだ。

 皇上の側に侍る董卓を目にしたからだ。

 広間に不穏な空気が俄かに立ち上った。

 一方の毛利はと言うと、その目は玉座に座る劉弁だけを捉えていた。


(何かキョロキョロしてんなー)


 しかしそれは、毛利を探しての事。

 皇上である劉弁は毛利の姿を認めると顔の動きを止め、ニコリと微笑んだのだから。


(え? 俺? いや、同性にそこまで嬉しそうにされてもなぁ……)


 劉弁のそれは、混じり気のない好意、であった。

 が、それは正反対の物を広間に生み出した。

 それにより、辺りの空気がブワッと揺らめく。

 最前列に立つ董卓に向けられていた敵意が、最後尾に座する毛利に向かったからだ。

 それも一斉に。

 前を向く者の背中越しに届く数多の意識、それも居心地の悪い類の。

 そんな代物を、身を守る術が何もない状況で一身に受けた毛利は、


(ちょっ、何コレ!? 悪意? それとも妬み? 兎にも角にも、劉弁の好意で俺の謀殺が待ったなし!?)


 只々絶望を味わっていた。

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