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#055 銅銭不足

「掘れー!」


 華雄が旗を振る。

 それに従い、麾下の将機が一斉に、


『おー!』


 盾を振り下ろし、土を掘り始めた。


「出た土を運べー!」


『おー!』


 これまた盾持ちの将機が行う。

 掘る邪魔にならぬ様、他の場所へと移すのだ。

 その土が集められた場所には、地図に無い丘が新たに出来上がっていた。


「この土が、貴様らの新たな家となり、街となるのだ!」


「おー!」


 それを、一輪車を操る男達が運び出す。


「気合いを入れろー!」


「おー!」


 遠目から見れば、砂糖に集る蟻に見えただろう。


 そう、華雄らは絶賛灌漑工事中であった。

 良く見れば、毛利も将機・麒麟を駆って土掘りに加わっている。

 長安を追い出された彼は、知己である華雄の仕事を手伝っていた。


「精が出るな、毛利!」


『他にやる事がありませんからね!』


「お前は体を動かすよりは、頭を働かせていた方が向いてるだろうに!」


『それはまた如何してです?』


「貴様が考え出した〝手押し車〟よ! あんな物、普通では考え付かぬ!」


(確かに。車輪が一つしか無い車で物を運ぶとか、考え出した奴は異常だよ)


 と考えつつ、毛利は盾を振り下ろす。

 その時、彼は遅まきながら異変に気付いた。


『あれれ?』


 麒麟の将機が首を傾げる。


「どうした! そろそろ交代するか!?」


『いえ、まだ大丈夫です、華雄様』


「良い加減華雄で良い! で、何がどうした!?」


『いや、今気付いたのですが、以前より盾の形が変わって来てる気がしまして……』


 見れば確かに、両盾の先が幅広に尖っている。

 土も以前より多く掬えていた。

 まるで、園芸用スコップの様に。


「当たり前だ! 土ばかり掘ってるからな!」


 何故なのか。


『え?』


「ああ、毛利は知らぬか! だが、良く考えてみよ、将機が操者の得意とする得物を持って顕現するのだぞ。繰り返し使う得物が何時迄もそのまま、と言うこともあるまい!」


『つまり、最適化、でしょうか?』


「小難しい言葉を使われても分からぬわ!」


 そんな二人の下に、橙色した将機が現る。

 後ろには豪奢な馬車を引いて。


「あれは慮植様の!」


 毛利は将機を降り、馬車に手を振る。

 慮植もまた将機を降りて現れた。


「壮健そうで何よりじゃ!」


「慮植様も!」


「主のチーズリゾットのお陰じゃよ」


「そうでしょう、そうでしょう。董卓様も好んで食べられてるらしいですからね」毛利は顔を綻ばせる。「時に何しにここへ?」


「一つはお主に頼まれた件じゃ」


「え、もう分かったのですか!?」


「残念ながらまだじゃ。ただ、件の香を贈られた者同士で連携し、探りを入れておる。じゃが、問題がない訳でもない」


「何でしょう?」


「漢中に至る道を塞がれたらしくてな」


「そ、それは……」


「ま、時間は思うたより掛かる。じゃが、いずれ分かろう」


「それで十分です。有り難うございます」


 毛利はぺこりと頭を下げた。


「で、ここからが本題なのじゃが……」


 と慮植が馬車を振り返ると、丁度一人降りて来る。

 それは何と、


「劉弁様!」


 であった。

 毛利の顔が大いに破顔した。

 劉弁の後からは幼女も。

 蔡邕が娘、


「何故に蔡琰?」


 だ。


「会いたかったぞ、毛利!」


 今にも抱き付かんばかりの勢いで迫る劉弁。

 その後に続く蔡琰が、


「先の扱いの違いを説明して頂きたい」


 と物静かに詰め寄った。


「まさか、劉弁様がこの様な所に参られるとは! 宜しかったのですか?」


「宜しいも何も、毛利がここに居るから仕方が無いじゃないか」


「それもこれも、根回しもせずに女を小黄門にすべしと上表したからでしょうに。宦官どころか官吏まで敵に回すとは、父は開いた口が暫く塞がりませんでしたぞ」


 男女雇用機会均等法が施行されたのは西暦一九八六年。

 毛利の奇策を実現するには、千七百年程早過ぎたのだ。

 そもそも、儒教が罷り通る古代中国は男尊女卑な世界。

 故に、毛利は現在政治を実際に動かしている文官、宦官、武官の内、実に三分の二を敵に回し、その結果(と言うか、本人も知らぬ内に)政争に敗れ、長安を追い出される事に。


 そのまま一人ふらふらしていると暗殺されてしまう。

 そう危惧した者が、毛利を華雄の隊に紛れ込ませたのであった。


「そうでしたか。ご迷惑をお掛けして真に申し訳ありません」


「僕に謝る必要は無いよ?」


「この蔡琰には謝って頂きたい」


「え、どうして?」


 劉弁が首を傾げる。


「劉協様付きの女官にされたが為、書を読む暇が随分と減りましたので」


 と蔡琰が答えた。


「そっか、ごめんね蔡琰」


 劉弁は蔡琰の頭を撫でた。


「劉弁様に謝って頂く事では有りません。また、ここまでの無礼の段、平にお許し下さい」


 良く分からぬが、二人は仲が良いらしい。

 毛利はそう思う事にした。


「時に劉弁様、本題に入りましょうぞ」


「本題?」


「ああ、そうだった。実は先日、大変な問題が発覚したんだ!」


 何とそれは、


「銅銭が足りない?」


 であるらしい。


「何故に?」


 鋳潰して鍋でも作ったのか。

 毛利が知る銅の使い道など、その程度だ。


「実は王允が銅銭を運び出す荷車を勝手に徴集してね、木簡を運ばせてみたいなんだ」


 木簡自体は古くから伝わる大切な書物。

 一時的に優先するのは仕方が無かった。

 だが、その後に銅銭を運ぶ手配を失念していたらしい。

 結果、長安は銅銭が足りない事態に陥った。


「直ぐに洛陽から運び出せば良いのでは無いでしょうか? それこそ、将機を使って」


「それが儘ならぬのです」


「蔡琰、それは如何してだい?」


「孫堅の軍が上洛の兆しを見せ始めたらしく。洛陽に配した将機は一つも動かせぬとか」


「え、こんな時に孫堅が?」


 まるで連動しているかの様に。

 正に、万事休す、である。


「近々華雄も軍を率いて洛陽に向かうじゃろう。つまり、お主もじゃ」


 と慮植が言った。


「だからその前にと、僕達が急いで相談に来たんだ」


 劉弁の無邪気な瞳が毛利を捉えて離さない。

 当の毛利は、


(くっ……)


 とある意味蛇に睨まれた蛙の如く、固まっていた。


(こんなに綺麗な蛇になら、寧ろ食べられたい……)


(じゃなかった。孫堅が洛陽を目指す兆しを見せた、それは良い)


(華雄様が洛陽に異動する、まぁそうなるよな。隊として、孫堅軍の進撃を止めた実績あるし)


(そこに何故俺が? 孫堅を止めたから? あんなの、ラッキーパンチが当たっただけだろうに! 二人してさも当然の様に話すから、危うく納得しかけたよ!)


(加えて、銅銭不足を解消しろ、だと!? 一年前まで高校生だったんですけど!)


(長安、どんだけ人材不足だよ!)


(いや、居ない筈が無い。荀攸様らがいるのだから)


(つまり、やはり誰かがサボタージュしてる。可能性が一番高いのは例のあの人だけど……)


 いや、頭を激しく働かせていた。

 そんな毛利を、劉弁が上目遣いで窺う。


「駄目かな?」


「駄目じゃないさ」


 毛利は脊髄反射的に答えてしまった。

 刹那、


「本当!? 流石は毛利! 僕の黄門だ!」


 抱きつく劉弁に。

 いつか嗅いだ甘い香りに、毛利は鼻の下が大いに伸びた。


「不様」


「え?」


「何でもありませぬ。して、策を思いつかれたのですか?」


「その前に確認だけど、長安に銅銭が全く無い訳は無いよね? 遷都前から多くの人々が住んでたのだから」


「良い所に気が付かれた。実は長安の商家が率先して銅銭を集めているのは分かっているのです」


「それは何故?」


「世には損耗した悪銭が多い事が一つ。その為、選り抜きの良貨は贈答の品として最適なのです」


(ははぁ、その結果死蔵していると)


「加えて、戦が続くと見ているからでしょう」


「んん?」


「戦乱が長引けば、物の価値が上がります。良い貨幣の価値も言わずもがな」


(つまり、足りなければ、作れば良いじゃない。ほら、簡単でしょ? と言う具合に銅銭を作るだけでは駄目と言う事?)


 ならばと、毛利は一計を案じた。

 それは自身の現代における経験を活かした代物だった。


「そんな物、欲しがるかな?」


「少なくとも、この蔡琰は欲しません」


「いや、儂なら買うのう」


「ほら、中にはこう言う残念な御仁もいるのです」


「儂が残念な老将じゃと……」


「試しに大店の商家にだけ、〝一品物〟と耳元で囁いてみて下さい。で、世の反応が上々なら、別の一品物を用意します」


「なるほど。その様な手で良貨を集めると」


「力付くで奪っては、後に禍根を残すからね」


「しかし、それでも退蔵した良貨が全て出て来るとは思えぬのじゃ」


「そのタイミングで禁じ手を打ちます」


「たいみんぐ、じゃと?」


「僕知ってる。遥か西方の言葉で、丁度良い時期って意味だよ」


「この蔡琰も、初めて耳にした次第。流石と言えましょう」


 劉弁が毛利をチラリと見た後、鼻を高くした。


「……続き、話しても良いかな?」


「どうぞ、どうぞ」


「……」


 劉弁に促され、毛利はとある手を語った。


「何とまぁ、言葉が出ませぬ」


「お主は鬼か……」


「僕は良い手だと思うけど?」


「やるやらないはお任せします。ただ、やるなら、最後の一手まで実行して下さい。でないと、下々が一番割りを食うと思うので。そうなりますと、また黄巾の乱みたいなのが起きるでしょうから」


 その後、毛利は将機を駆り西に向かう。

 暫く進むと、建設途中で放棄された小城が見えてきた。

 外壁と外堀だけが出来ている。

 中を覗くと、中心に小さな掘建て小屋。

 毛利は長安を放逐されて以降、ここで夜露をしのいでいたのだ。


「へー、これが郿城。毛利はこんな所から、長安にまで通ってくれてたんだね」


 劉弁の言葉に、


「え、ええ、まぁ……」


 毛利は困惑気味に首肯した。

「この後の続きが気になる」と思っていただけましたら、

是非ともブクマや評価、感想などを頂けたらと思います。

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