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#054 驚愕

 遷都の影響なのか、久しく停滞していた政治。

 それが動き出した。


「劉表様が荊州刺史に? 真ですか、荀攸様」


「ええ、袁術の背後を突く。それが狙いです」


「あの御方は景帝の血を引いておられるし、何よりも荒れに荒れた荊州の地を落ち着かせる威厳をお持ちだ。袁術に対抗する者として適任だろう」


 と言ったのは華佗だ。

 それに毛利が応じる。


「ああ、背の高い美丈夫らしいですからね」


「威厳と背格好の関係性か。ふむ、興味深い」


 と、蔡琰と零した。

 彼女はこの所毛利に付き従っているのだ。


「新たな動きはそれだけですか?」


 毛利の問いに、荀攸が答えた。


「并州刺史に張楊殿が任じられました。幽州牧・劉虞様と共に冀州に居る賊軍に対する牽制の命が下るとか」


「着々と進んでますね」


 毛利が言わんとしているのは、袁紹ら賊軍に対する官軍の反転攻勢だ。


「内憂外患を嘆いていた官吏も、日に日に顔が晴れやかに。変われば変わる物です」


「それもこれも、華佗様のお陰です」


 と毛利が口にすると、当の華佗が顔を顰めた。


「私は薬香も過ぎれば毒になると、蔡邕様を介して上表しただけで御座います。しかも、あれは毛利殿が……」


「いえいえ、華佗様の知見があればこそ。それ以外の何物でも有りません」


「しかし、僅か三日で太医院下の、それも八品の医官や七品の医官長では無く、六品の教授に任じられるとは。医を志す者に新たな道を作って頂けただけでも十分でしたのに」


 太医院とは新たに設けられし官職である。

 主に医療技術と従事する官吏の管理を行う。

 太医院自体には蔡邕が採用された。


「近頃では良く有る事」


 袁紹や袁術に加担した官吏は少なくなく、長安は空前の人材不足に喘いでいた。

 今や、庶人から黄門侍郎になった毛利さえ、「その程度の任用は珍しくも無い」扱いである。


「華佗教授がお気になさる事では有りません」


 ただし、洛陽から出奔した宦官・李黒の代わりとして蔡琰の登用を打診したが、それは許されず。

 女性を軽視する儒学思想の壁は、毛利が思う以上に厚かった。


「寧ろ、董卓様をも診て頂くのですから当然です」


「その董卓様ですが、如何でしょう?」


 と急に話題を変えたのは荀攸である。


「董卓様が倒れた際に頭から血を吹き出した点、更にはこの華佗が直に診た内容を鑑みるに、恐らくは頭骨内の負傷が原因かと思われます」


(ああ成る程。ストレスによる一時的な白痴化や自閉症では無く、脳溢血だったのか……)


 華佗の見立てに、顔を曇らせる毛利。

 そんな彼に、蔡琰が色の無い瞳を向けていた。


(拙い、これは大変拙いぞ)


(董卓様が倒れられて既に数ヶ月。奇跡でも起きない限り、董卓様の完全復帰は無理だ)


(一体、如何したら……)


 華佗がそんな毛利に気付く。


「毛利殿、如何されましたか?」


「(華佗様になら話しても良いか)ここだけの話、董卓様の快癒が難しいのではと思いまして」


 現代の医療水準でも、脳溢血後に元通りの生活に戻れる人は少ない。

 それは明らかだ。

 ところがである、


「御心配無用。董卓様は間違いなく政務に戻られます」


 と華佗が言い切った。


「ほ、本当でしょうか!?」


 驚きの声を上げた毛利に、華佗が応じる。


「実はですな、董卓様自ら身体を動かす事が増えております」


「何と!? 華佗教授、それは誠に御座いますか!」


 一番驚いたのは荀攸であった。


「はい。それどころか、瞳を動かし意思を伝える時も」


「何と、まぁ。思いもしませんでした……」


「このまま動物介在療法を続けつつ、手足の按摩を繰り返し行えば、いずれは必ず快癒すると思われます」


(……流石は董卓様、と言った所だろうか。後世にまで名を残す偉人は生命力が違うな)


「時に、荀攸様。毛利殿に何か用があったのでは?」


「ああ、そうでした!」


 と荀攸。

 彼の用とは、


「また劉協様が私を?」


 であった。




「蔡邕中郎将ならびに毛利黄門、大義である」


「ははっ」


 毛利は蔡邕と共に、食糧問題解決への道筋を付けた事を評される。


「蔡邕を高陽郷侯に封ず」


「有り難き幸せ」


 などの遣り取りを経て、いつしか本題に移った。

 場所は未央宮における皇上専用執務室。

 ここが、長安遷都を機に半ば廃止された朝議に代わり、政治の場となっていた。

 新たな皇上劉協が未だ十歳だから、と言うのが表向きの理由であり、実は女性で余人に悟られぬよう隠した、が真の理由である。


 今回は毛利が以前に呼ばれた際と異なり、董旻、王允、李儒、皇甫嵩ら政権の主だった面々がいた。


(この中に俺が? 場違い感半端ないな)


 口火を切ったのは、司会役である王允に促された、


「李儒殿が先ずは話されよ」


 である。


(……何だ?)


 彼はついぞ最近まで、長安の二百五十里(約百キロメートル)西に位置する郿に堅牢な城を築こうと躍起になっていた。

 その李儒が毛利に鋭い視線を向ける。


(え、俺? 何かしたか!?)


 次の瞬間、


「毛利黄門、感謝する」


 と勢いよく頭を下げた。


「な、何がでしょう?」


 困惑する毛利。

 そんな彼に、李儒が語ったのは恐るべき計画の全貌であった。


「洛陽で董卓様が倒れた際、この李儒は暫く時を置けば元に戻ると見込んでいた。だが、長安に移っても董卓様が癒える兆しは見られず。ほとほと困った私は……」


 董旻らと協議を重ね、董卓を人目から隠し且つ、その一族を何十年にも亘って守れる城を築く事にしたとか。


(いやいやいや、深い堀に囲われた長安の方が遥かに堅牢だって)


「今董卓様が健在でないと知れ渡ったら、袁紹らが一気呵成に攻め寄せるは確実」


(だから、長安とは別の城に移し、時折健在を知らしめる為長安に通勤している様に見せ掛ける手を考えたのか)


「私は危うく、不名誉な形で歴史に名を残す所でした」


「そ、そうでしたか(でも、遷都しちゃったからなぁ)……」


 李儒は董卓に遷都を進言した、暴君の腰巾着代表として名が残る。

 なので、既に遅きに失する、とは言えない毛利であった。


「わ、私の事を恨んで無ければ構いません」


「恨むも何も、毛利殿のお陰で董卓相国の快癒著しいとか。この李儒、足を向けて眠らぬ程感謝しております」


 李儒が董卓を何故崇拝するのかは定かでは無い。

 が、毛利は、


(これで、名実共に同じ陣営に属す仲間になったと考えて良いよな?)


 と前向きに捉える事にした。


(となると、本日呼ばれたのはこの件か?)


 その直後、


「では、本題に移る」


 王允の発した言葉で雰囲気が一変する。

 毛利を除いた者達の顔もまた急に厳しく。

 議題の重さを物語っていた。


(流石に先のは本題じゃ無かったのか。では、一体何があった?)


 戦々恐々とする毛利。

 そんな彼に対して、遂に劉協が口を開いた。


「毛利黄門……」


「な、何んで御座いましょう、劉協様」


「糧食の問題を解決に導いたその方の考え、見事である」


「とんでもない。臣の戯言を形にされた蔡邕殿のお力があればこそです」


「また、薬香の過ぎたるは毒になると見い出したのもその方と聞く」


「然に非ず。華佗教授の功績に御座います」


「近頃、董卓めが自ら身体を動かす事が増えたとか?」


「火山を始め、子犬や子猫、子兎が董卓相国に侍る様取り計らった何前皇太后のお陰に御座います」


(曰く、稀に目で「子兎を愛でたい」と意思を示す時が有るとか。董卓様の執念を感じるね)


「数々の難事を悉く解決へと導く才、重ね重ね見事」


(褒め過ぎだよ。さては……何か有るな?)


 毛利は身構えた。

 直後、


「その様な毛利にか様な命を下すのは、この劉協の本意にあらず。が、王允」


「はっ!」


 劉協に呼ばれた王允が口にした台詞は毛利を大いに驚愕させる。


「毛利黄門に長安からの退去を命ず」

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