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#052 五斗米道

 蔡邕に頼まれ、最近めっきり弱った慮植に滋養強壮効果のある料理を振る舞う事となった毛利。

 早速、頭の中でレシピを組み立てていた。


(胃も弱ってそうだから、お粥ならぬチーズリゾットが良いだろう。となると米か。手に入るだろうか? 無ければ麦で代用するか。それで美味しく出来れば良いが……)


 それも、


「……その様な訳で、都合の良い日にでも儂の娘に会って見ぬかぁ?」


 熟考の余り、蔡邕の話を聞き逃す程に。


「え?」


「器量良しじゃぞ?」


「(何それ、見合い話?)蔡邕様、あのですね……」


「ああ、そうそう。歳は十三じゃ」


「中一!」


「中いち?」


「い、いえ、こちらの話です。それよりも、考えに耽ってた所為か、話が見えぬのですが……」


「ああ、そう言う事じゃったか。てっきり儂の娘が気に入らぬのかと思うたわい」


「差し支えなかれば、今一度お話し下さい」


「無論じゃ。要は、儂がもう歳なので誰かに娘を預けたいと常日頃考えておってな」


「まだまだお元気そうですが? 失礼ながら、蔡邕様は今お幾つですか?」


「五十九歳じゃ」


「えぇ!?」


(と言う事は、四十六歳の頃に作った子供ですか!?)


「それ程までに意外か? もっとも、件の香の影響じゃったかも知れぬがな」


 そこで蔡邕は考えた。

 娘の年齢に合う、将来有望な若者に託そうと。

 問題はその相手だ。

 めぼしい門下生は歳が離れ過ぎている。

 年が近く、特に優れている者はいるが、残念な事に病弱。

 そこに現れたのが麒麟児・毛利だ。


「麒麟児……私の操る将機が麒麟と呼ばれてるからですよね?」


「そうかも知れぬし、そうでは無いかも知れぬ」そう口にした蔡邕自身が毛利を見て首を傾げる。「……皇上からの信も厚い、じゃろう?」


 それは皇上劉協が女であると知っているからだ。

 そしてそれは、蔡邕も同じ。


(待てよ。もしかして蔡邕様は、娘さんも秘密を知っている、そう言いたいのか? だとしたら……)


 毛利には良い考えがある。


「この件、少し預からせて頂いても?」


「前向きに考えて貰えるなら、構わぬのじゃ」


「いや、まだお若い娘様の為に、もっと良い手がございます」


「聞いても良いか?」


「今暫く、お待ち下さい。決して悪い様には致しません」毛利は自信ありげに答えた。「さて、私はそろそろ戻ります」


「何処に行くんじゃ?」


「実は恩人が病に伏して倒れておりまして。そのお見舞いに」


「ああ……」


 と言ったのは蔡邕。

 毛利の恩人は幾人か居るが、病に倒れた者は一人しかいない。


「上奏はこの蔡邕が書いておいく。心置きなく見舞うが良い」


「ありがとうございます、蔡邕様」ここで初めて、毛利は華佗に振り返った。「ご一緒して頂けますか?」


「勿論だ。今日一日付き添わせて貰いたいと言ったのは私だからな」


「有難う御座います」



 毛利達が長楽宮に入ると、董旻が待ち受けていた。


「毛利、其奴は何者だ?」


「豫州一の名医と名高い、華佗様に御座います」


「おお、蔡邕や慮植、皇甫嵩も癒した、あの華佗か!」董旻は大いに喜んだ。「最早御主に頼る他無い。是非とも董卓様を治してくれ!」


 今や華佗の名声は止まる所を知らない。

 だが、当の華佗自身が顔を青くしていた。


「我が見識が及ぶならば……」


「何を言う! 今や長安一の名医と、この董旻の耳に聞こえておる!」


 董旻自らの案内で董卓の居る部屋を訪れる。

 そこにはこの日も、劉弁とその侍女が居た。


「毛利、今日も来てくれたんだ」


「ええ、何か力になれる事があればと思いまして」


 そして彼は気付く、


(相変わらず臭い。それに、何処となく呂布様の所で嗅いだのに似ているな)


 に。


「この匂いは……」


 と言ったのは華佗だ。


「華佗よ、何か分かったのか?」


「これは、慮植様の屋敷でも嗅いだ臭いです」


「それが如何した?」


「薬香の一つと思われますが、過ぎると体に差し障る代物かと」


(やっぱり!)


 と毛利が思うと同時に、


「何!?」


 董旻が声を荒げた。


「使わぬ方が良い代物です」


「し、しかし、これは……」


(まぁ、煙の件は華佗様に任せて……)


 二人がその様な会話を繰り広げている間、毛利は部屋を見渡す。

 そして、彼は今一つ別な問題に気付いた。


「いませんね」


「何がです?」


 と問うたのは華佗だ。

 彼は毛利の一挙手一投足に注意を払っていた。


「華佗様は存じておられないと思いますが、董卓様が洛陽におられた際、居室には多くの動物がおりました」


「動物?」


「はい。犬や猫、それに兎です。それがここには一匹も。それどころか、火山も居りません」


「火山?」


「董卓様が飼われている犬です」毛利はそれを董旻に問うた。「火山は戻っておりませんか?」


 あの赤犬は、毛利が戦場に出ている間に、洛陽から消えていたのだ。


「戻ってるぞ。厩舎に預けてある」


(人が乗れる大きさだから?)


 毛利は首を傾げた。

 だが直ぐに、


(これだ!)


 何かを閃く。


「火山をここに連れて来て下さい」


「何故だ?」


 今度は董旻が首を傾げた。


(臭いに敏感な犬なら、何らかの反応をするかも! それに……)


「董卓様は火山を筆頭に、動物をこよなく愛でておられました。もしかしたら、何か反応を見せるかも知れません」


「分かった。直ぐに連れて来させる」


 だがしかし、連れて来られた火山は、


「おい、部屋に入ろうとしないんだが……」


 足を踏ん張り拒絶する。

 それでも入れようとすると、唸り声を上げ始めた。


「(やはり。)もしかしたらですが、この匂いが嫌なのかも知れません」


 試しに匂いを発する香を持ち出し火山に近付けると、


——ウゥー!


 牙を剥き出し威嚇し始める。

 やはりか、(酷い臭いだもんな、これ)と毛利が思ったその瞬間、


「毛利!」


 劉弁が叫んだ。


「如何しました!?」


「火山が唸った時、董卓の目が火山の方を向いたんだ!」


「劉弁様、真に御座いますか!?」董旻は喜びも、ますます頭を悩ませる。「何前皇太后が用意した香だぞ!?」


「董卓様が反応を示した以上、仕方がありません。取り敢えず、余所へ」


 だが、香の始末をしても火山は部屋に入ろうとしなかった。

 部屋に匂いが染み付いていたからだろう。

 毛利達は仕方なく、


「この辺りに空いてる部屋はありますか?」


「有る。案内しよう」


「火山」


「ばう?」


「董卓様を匂いのしない部屋に移すから、手を貸してくれ」


「ばうっ!」


 火山は鼻をふんふん鳴らしながら董卓の側へと近づき、伏せた。

 そんな火山に董卓を載せ、部屋を移動する一行。


「ここは良いですね」


 そこは打って変わり、日当たりと風通しの良さそうな部屋であった。

 臭いのしない、新しい敷物を敷き、その上に董卓を座らせる。


(またしても、パンダ座り……)


 そこに、火山が近付く。

 大柄な董卓を背に乗せた影響か、這々の体、と言った感じで。

 巨大な赤犬が、董卓の丸まった背の後ろに横たわった。

 刹那、


「え!?」


 劉弁が声を出して驚く出来事が。

 何と、件の董卓が火山に背を預けたのだ。


「うぉおおおおお!」


 今度は董旻が勝ち鬨の如き声を上げる。

 まるで、鬼の首を取ったかの様に。


「この騒ぎは何事です!?」


 そこに突然現れたのが、何前皇太后。

 その彼女ですら、火山に寄り掛かった董卓を目にして「董卓が楽にしておる!」と涙を浮かべる始末。

 董卓の症状が如何に重篤であり、如何に彼らの心を悩ませていたかが、如実に分かる光景である。

 毛利も釣られて瞳を潤ませた。


「お母様!」


「弁や!」


 ひしっと抱き合う母娘。

 諸悪の根源とも言える二人だが、抱き合う姿は美しかった。


「それに毛利、お手柄ですよ!」


「いえ、お褒めの言葉はこちらの華佗様にお願いします」


「何故ですか?」


「薬香の香りが、弱った体には逆に差し障ると明らかにされたからです」


「何!?」


 何前皇太后の顔から血の気が引く。

 それと同じ様に、華佗も真っ青になっていた。


「この華佗を売りましたね?」


 彼の目がそう物語っていた。

 そんな華佗に毛利は微笑み返す。

 そして、何前皇太后に、


「華佗様は医術に明るいだけでなく、薬草、薬木の大家で御座います。出なければ、董卓様も反応を示されなかったでしょう」


 と伝えた。

 それに、董旻が乗る。


「おお、毛利の言う通りだ。華佗殿が言わねば、何も変わらなかった!」


「そう言う事でしたら……何か褒美を与えましょう。但し、妾が叶えられる範囲で、となりますが」


 何前皇太后の言葉に、華佗が飛び付く。


「では、我ら医師の地位向上を取り計らって頂けませぬか?」


 この当時、医師の身分は低かった。

 病に侵される多くの貴人が医師の力に頼り、金銭を与えるがそれまで。

 その事実に、華佗を含めた多くの医師が心を痛めていたのだ。


「董卓様の典医で良いか?」


 と董旻が尋ねた。


「そうでは無く、歴とした官職を頂戴したいのです」


「太医令を望むか!」


 太医令とは時の皇上を診る医師である。

 少府の下に属し、毛利の就く黄門侍郎と同じ六百石を与えられていた。

 医師としての最高位である。


「それで良いですか、華佗?」


「いえ、それでは足りません」


「何だと!? その上の少府を望むか! 董卓様が反応を示されたとは言え、治った訳でも無い! あまり増長するならば……」


 董旻は華佗に詰め寄った。


「そうではありません!」


 だが、華佗は引かない。

 そう出来ぬ訳があったのだ。


「では、どうしろと!」


「ですから、私が望むのは医師の地位向上、ただ一つなのです!」


 そして、最初に戻る。

 正に堂々巡りであった。


「毛利……」疲れた声が、他人事と決め込んでいた毛利を呼ぶ。「何とかしろ」


「え、この私が!?」


「お前が連れて来たのだから当然だ!」


「もしや、この場で解決策を出せと?」


「猶予はやる」


「……分かりました。考えておきます」


 こうして、毛利に華佗の望みを叶える手を考えよと命じた裏で、何前皇太后の香が有毒だった件、は歴史の闇に葬り去られた。


「それはそうと、僕は董卓が自ら動いたのが見れて良かったよ!」


「(それはそうって……ま、いっか)そうですね、劉弁様!」


「これで、妾の罪の意識も少しは晴れる」


(あったんだ、罪の意識)


「そう遠くない日に快癒されるやも知れぬ!」


 皆、喜びの声を上げた。


(いや、そこまで安心しては駄目でしょ)


 と危惧した毛利は彼らに釘を差す。


「これはまだまだ、始まりに過ぎませんよ」


「そうだったな。では毛利よ、如何すれば良いと考える?」


(華佗がいるのに、なぜ俺に問う)


 その華佗に毛利が目を向けると、彼は首を傾げ、考え込んでいた。


(流石の名医も、立ち所に治療方針は決められないか。ならば……)


 毛利は、好転した現状を維持する策を提示する。


「董卓様はご覧の通り、火山に反応を示されました。なので、始終火山が董卓様のお側に居られる様にします」


「当然だな!」


 董旻が叫んだ。


「その上で……」


「その上で何じゃ?」


 何前皇太后が首を突き出した。


「董卓様が以前洛陽にいらした時の様に、多くの動物を傍に置きます。特に兎を」


「何と!?」


「つまり、動物介在療法(アニマルセラピー)、ですね」


「何!?」


 と声を張り上げたのは華佗だ。

 それに続く形で、何前皇太后が声を張った。


「ほう、然様な療法があるのか!」


 この時代の名医として名高い、華佗も知らぬ治療法が世に出た瞬間である。


 暫く後、毛利と華佗の二人は董卓の下を辞した。

 その際、


「そう言えば、聞きそびれてた事があるのですが……」


 と毛利が口を開いた。


「何でしょう、毛利黄門」


(急に毛利黄門って……)


「毛利で良いですよ」


「いや、しかし……」


「それよりも、あの香を治療に用いるのは普通なのですか?」


「いえ、恐らくはこの辺りの民だけでしょう」


「何故です?」


「それは……」華佗の口から出たのは衝撃的な事実。「あれは、とある集団で呪術的な儀式で用いられる薬香だからです」


「呪術!?」


 毛利は、


(なんて前時代的な)


 と思うも、忘れてはいけない。

 ここは古代中国だと言う事を。

 そして、更なる衝撃的な言葉が華佗の口から伝えられる。


「はい。その集団こそが、今や長安の南に位置する漢中を支配する〝五斗米道〟なのです!」


 但し、


「五斗米道……?」


 毛利はそれを知らなかった。

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