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#051 我が師の名は

 呂布の家庭問題、もとい漢王朝滅亡の危機を現代知識により解決へと導いた翌日。

 毛利は、


(呂布様はたいそう喜んでたけど、あれで本当に良かったのかな?)


 などと考えつつ、とある者と共に長安一帯を見渡せる丘に居た。

 その人物とは、食料問題解決の上役に配された、蔡邕(さいよう)

 一種独特な雰囲気を醸し出している。

 例えるならば、木洩れ陽の様な優しさ。


「蔡邕様、この毛利を黄門侍郎へ推して頂き、誠に有難う御座います」


 だからだろう、宮中でも彼の周りには人が自然と集うらしい。

 その所為か、要らぬ恨みを買う事も良くあるとか。

 だがそれは、


「なんの、なんの。一人泥舟から上手く降りたのを、許せなかっただけじゃ」


 毛利にも言えた。


「(私怨か!)さ、然様でしたか……」


「にも関わらず礼を言われ、この蔡邕困惑した次第」


「(正直者か!)それはそれは」


「時に……」


「はい?」


「そろそろ、この様な場所に連れて参った訳を聞こうか」


(いや、来る時話したでしょ、お爺ちゃん!)


 毛利は祖父に語り掛ける様に、


「……と言う訳で御足労頂いたのです」


 この日二度目となる、皇上に呼ばれた際の一部始終を語る。

 すると蔡邕は、


「成る程、成る程」


 と和かに答えた。


(本当に聞こえてる? それに、理解してる? まるで、呆け老人だ。とてもじゃないが、不貞腐れて出仕を拒む程の気概が有るとは思えないんだが……)


 毛利はそんな感想をおくびにも出さず、


「時に貴方様はどちら様で?」


 今一人いる老人に声を掛けた。

 何故か蔡邕の屋敷から、蔡邕と共に現れ、今に至るまで付き従っている。

 従僕で無いのだけは、確かだ。


「華佗だ」


「え!?」毛利は驚いた。「も、もしかして、豫州一の名医と名高い、あの華佗様ですか?」


「然様」


「もしや……長安の食料問題にご興味が?」


「そんな訳が無かろう!」


 何故か華佗に切れられる毛利。

 彼は、


(じゃ、何でいるのさ!)


 と口にするのをぐっと堪えた。


「荀攸様の話を聞き、お主に興味が湧いたのだ。良ければ今日一日付き添わせてくれぬか。決して邪魔はせぬ」


「私の一存では……」


 と答え、毛利は蔡邕に視線を向ける。


「儂は構わんのじゃ」


 時間が勿体無いので、「ならばと」と毛利は話を進める事にした。


「早速ですが、蔡邕様」


「なんじゃ?」


「長安の周辺では農作物が育たぬと聞きましたが、何が原因だと思われますか?」


「元来、この地は土が痩せておるからじゃろう」


 蔡邕曰く、三百年程前にも時の皇帝が白渠(はくきょ)なる用水路(全長八十キロにも及ぶ。長安の北を流れる涇水と長安至近を西から東へと流れ黄河へと通ずる渭水を結んだ)を灌漑した。

 未曾有の大工事だった。

 しかも、僅か、


「たった三年で! 嘘でしょ!?」


「誠じゃ。当時は大きな災害もあった所為か、人手は有り余ってたそうじゃ」


 寧ろ、被害にあった民を救う公共工事の側面が強かったとか。


「それに将機も今より大きゅうて、強力じゃったそうな」


(今より大きい将機!? つまり、縮んだのか? 何故に?)


「じゃが、新たに生まれた畑は大いなる実りを齎すも、長くは続かなかったのじゃ」


「何故です?」


「作物が根を張らなくなったからじゃ」蔡邕の人好きしそうな目が毛利に向けられた。「先に申した様に、土に作物を育む力が無かったのじゃ。そう、この蔡邕は考えておる」


「成る程、成る程……」


 農業の〝の〟の字も知らぬ毛利は、納得するしか無かった。


 因みにだが、本当の原因はアルカリ性の強い土地に水を撒く事によって起こる、再生アルカリ化による土壌汚染らしい。

 現代でも土壌改良を行わない限り改善されない、大変な環境問題だと知られている。


「分ったなら、諦めるのじゃ」


 蔡邕の言葉に毛利は首を横に振った。


「解決策があるのにですか?」


「ほえ!?」蔡邕の目が大きく見開かれた。「……いや、この蔡邕を驚かせようと、冗談で口にしたのじゃろ? じゃが、これは勅命ぞ? 冗談で済む問題では……」


(勅命をあっさりと諦めようとしていたのに?)


「冗談でその様な事を口走りません。痩せた土地でも、工夫次第で何とかなる作物があるんです」


 蔡邕の目が更に大きく開かれた。


「その様な物が……」


「あるのです!」


「真なのか?」


「ええ!」


「それは一体何じゃ!?」


 蔡邕の目が、急に輝きだした。

 まるで空腹で目覚めて仕方なく冷蔵庫を物色してみると、美味しそうなケーキを目にした子供の様に。

 そんな彼に対して、毛利は胸を張り、


「それは〝米〟です!」


 と答えた。


「〝米〟……長江以南で取れる、あの米か!?」


「畝を作り、土を耕し、川から水を引き入れて栽培する作物であれば、そうです」


「何故、荒れた土地でも米だと育つのじゃ?」


「私が聞くところによると、川を流れる水には養分が沢山含まれてまして、痩せた土地でも育つのだとか」


(某先生が雑学番組で言ってた)


「真か!?」


「聞いた事は有りませんか? 洪水の起きた地は、翌年豊作になると」


「おお、それなら存じておるのじゃ!」


「そればかりでは有りません。米は麦や粟などよりも倍は収穫出来るそうです」


「それは存じておるのじゃ」


「最後に、栄養が高いです。師曰く、米と水さえ有れば人は生きていける、とか」


(ただの米大好き人間の戯言だと思うがな!)


「な、何じゃと!?」蔡邕はこれでもかと目を見開いた。「して、その師の名は!?」


「林お……」毛利は言い直した。「(りん)先生です」


「林……南方の姓じゃな。で有れば存じて当然かのう」


 毛利は胸を撫で下ろした。


「だが、問題があるのじゃ」


「何でしょう?」


「水田を為すには水が大量に必要じゃ。それも水田の側まで引かねばならぬ」


 確かにその通りである。

 だが毛利は既に解決策を見出していた。


「新しい用水路を引けば良いのです。それも将機を用いて」


「将機か。確かに良い手じゃな」


「それに、手すきの兵にも手伝わせましょう」


 反董卓軍が瓦解し、孫堅や袁術、更には袁紹も動かぬ今、兵は余っていた。

 このままでは新たな問題が、この長安で起こるのは火を見るよりも明らかである。

 加えて、毛利の念頭にあったのは、長安のそこかしこで目に入るホームレス達であった。


「ほうむれす?」


「長安の路上で生活する者達の事ですよ」


「あの様な者など、役に立ちはせぬぞ?」


「そんな事は有りませんよ。だって……」


 路上生活者も、元は家と家族を持つ普通の人であった者が大半。

 ただ、放っておけくと、間違いなく犯罪に走る。

 すると被害者が生まれ、下手をするとその被害者の家族が路上生活者に落ちてしまうのだ。

 つまり必要なのはセーフティネット。

 毛利はそう考えた。


「成る程、成る程」


「なので、彼らに務めを与えます」


 セーフティネット(強制労働)だった。


「な、何をさせる気じゃ?」


「最初は彼ら自身が住まう、住居造りでしょうか」


 長安は大きな都だ。

 とは言え、流石に洛陽から連れて来られた全住民分の家屋は無かった。

 それもまた、長安の至る所でホームレスが見受けられる原因である。


「雨風が防げる住まいが出来たなら、先の工事に人手を振り分ければ良いでしょう」


「良きかな、良きかな」


「ああ、そうだ!」


「急に大きな声を出すでない!」


「失礼しました。ですが、妙案が浮かんだのです」


「と申すと?」


「先の灌漑作業は涼州兵と并州兵との混成隊による作業としましょう!」


「何故じゃ?」


「そうする事により、ともすれば涼州と并州で壁を作りがちな両者に仲間意識が芽生える筈!」


(トップである董卓様が伏せっている今、底辺から融和の雰囲気を醸成するしか無い!)


「おお、それは名案じゃ! 早速、皇上に上奏しようかのう!」


 話はそれで終わらなかった。


「じゃが、水路を整備してもじゃ、田に水を流すには、一旦汲み上げねばならぬ。それはどうするのじゃ?」


(え、そうなの?)


 毛利は焦った。


「そ、それは……」


 考えもしていなかったからだ。

 気付いた蔡邕は流石、と言える。

 だが、毛利は直ぐに解決策を見い出す。

 いや、思い出した。


「そうか、水車や風車で汲み上げれば良いんだ!」


「水車は兎も角、風車じゃと? 何じゃそれは?」


「え? 蔡邕様とあろう御方が風車をご存じない?」


 当たり前だ。

 毛利は知らぬが、十世紀頃世に広まったのだから。


「羽で受けた風の力で、水を汲み上げる機械です」


「ど、どんな物なのじゃ!?」


「うーん、口では説明し辛いなぁ……」


「なら、これを使うのじゃ!」


 蔡邕が懐から取り出したのは、鉛筆と厚い紙であった。


「では、お借りして」


 毛利は風車だけでなく、水車やアルキメデススクリューの絵をサラサラサラリと書き上げる。


「これが!? 水車すらこの蔡邕が知る代物とまるで違う!」


「風の吹く地は風車、水の流れの早い地は水車と使い分ければ宜しいかと」


「うーん、果たして作れるじゃろうか……」


 口ではそう言うも、蔡邕の顔はニマニマしている。

 だが、何かに気付いたのか、直ぐに顔を曇らせるた。


「それでも数年は掛かるのう。直ぐに効果が出る策は無いじゃろうか?」


(直ぐに? 痩せた土地でかぁ……。サツマイモ……は無いだろうし……。あ、あれが有ったか!)


「蓮華草はどうでしょう?」


「何故じゃ?」


「蓮華草は育てるだけで土壌改良になります。何でも、根に何か丸い粒が出来て、それが土に良いとか」


「それはまた、突飛な話じゃのう」


「しかも、蓮華からは蜂蜜が穫れます」


「何と!? 蓮華の花から蜂蜜が獲れるじゃと!?」


「養蜂家がですよ?」


「それは知っておるのじゃ!」


「花が食べられるのは?」


「うっ……知らぬ」


「残った葉や茎は家畜の餌になります」


「無駄が無いのう!」


「それだけでは有りません。家畜の糞は肥料となり、乳と肉は人の糧となります」


「肉は兎も角、乳がか?」


「ええ。乳は栄養価が高く、体を育みます。それに、何年も保管可能な保存食になりますから」


「保存食!? そ、それは一体どうしたら作れるのじゃ!?」


「呂布様が作り方を手に入れてくれる筈です。手に入ったら試してみましょうか?」


「是非に頼むのじゃ!」


(ふっ、遂に始まってしまったか。三国時代に栄養食品チーズを作ろうの巻、が。チーズまんにチーズリゾット、ピザまんが食べられる日も近い。後、バターな)


 いつの間にか、蔡邕が毛利の両の手を握っていた。


「毛利黄門!」


「は、はい?」


「出来たら慮植に食わせてやってくれぬか。儂も昨夜までそうじゃったが、近頃めっきり声に張りがなくてなー」


「(昨夜まで?) え、ええ、勿論ですとも」

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