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#049 漢王朝滅亡が今正に迫っていた

 毛利の前に突如現われたのは、


「いや、探しましたよ!」


「な、なんでしょう!? ん!? ああ、誰かと思えば、荀攸(じゅんゆう)様ではありませんか!」


 毛利にとっては黄門としての先任者でもあり、何かと相談に乗って貰った恩人でもある荀攸であった。


「御無事で何よりです!」


「それは毛利黄門こそでしょうに!」


 数ヶ月振りの再会。

 その間に一方は長安への遷都と言う死の強行軍を、今一方は幾つもの戦いを経ていた。

 だからだろう、二人は互いの無事を殊更喜んだ。


「涼州軍の部将として、活躍したそうですね。ここ長安にも届きましたよ」


「大袈裟ですよ。命からがら生き残っただけです」


「謙遜も過ぎれば、嫌味となります。胸を張りなさい」


 毛利は素直に「はい」と頷き返した。


「時に、この毛利めを探していたご様子」


「ああ、そうでした。皇上が毛利黄門を直ぐに連れて参れ、と申されましてね」


「劉協様が?」毛利は首を傾げた。「と、その前に。荀攸様を始め、皆この毛利は黄門と申されるのですが、確か役目を解かれた筈では?」


 黄門、正式名称は黄門侍郎。

 皇上の側仕え、取次ぎ役の様な役目を担う重職だ。


「ああ、その事ですか。実は毛利が洛陽入りしたと耳にした蔡邕(さいよう)殿が、再任用を上表したのですよ」


「蔡邕様が?」


 毛利の中で蔡邕は、清流派有数の知識人であり、その為宦官らにより(まつりごと)から遠ざけられ、その後隠棲していた洛陽で紙を漉いていた所を董卓に見出され、倒れる前の董卓が最も頼りにしていた相談相手となり、先日の戦いで王匡軍を撃破した将軍その人であった。

 董卓が嫌がる蔡邕を半ば強引に登用した、その端緒は毛利にあったのは有名である。


(一時は蔡邕様が逆恨みしていると聞いたが……)


 毛利は一気に腰が引けた。


「蔡邕様が意趣返しで上表した訳では御座いませんよ」


「そうでしょうか?」


「毛利黄門は今少し、自身の為した事を顧みるべきです」荀攸は大きく溜息を吐いた。「その様な事よりも、参りますよ」


「何処にです?」


「ですから、劉協様の御前にですよ」


 毛利が荀攸に連れて行かれたのは、未央宮における皇上専用執務室、とも言うべき場所であった。

 荀攸に促されるまま足を踏み入れる。

 すると、


「毛利、良くぞ戻った!」


 劉協自ら立ち上がり、毛利を出迎えた。


(あれ? 以前と違い、随分と友好的だな。それに、何だか可愛くなった様に感じる。女だと意識して見てるからか?)


 毛利は内心首を傾げるも、


「はい。劉協様の御為に、この毛利帰参致しました」


 西洋の騎士の如く膝を折る。

 刹那、劉協の顔に朱色がほんのり差した。


「あ、当たり前だ! 毛利はこの劉協の黄門なのだから!」


「みたいですね」


「い、嫌なのか!?」


「滅相も御座いません!」


 毛利は慌てて答えた。


(寧ろ、戻れたのは大変好都合)


 と考えていたからだ。


「時に、この様な面々が集う中、この毛利が呼ばれる意味が分からないのですが?」


 毛利を呼びに来た荀攸だけでなく、司馬朗(しばろう)皇甫嵩(こうほすう)までもが揃っていたからだ。


「毛利の知恵を借りたいのだ」


(また!?)


「はぁ……」と毛利。「とその前に、劉協様、今少し確認したき事が御座います」


「なんだ? 私が女である事は、ここに居る者なれば知っておるぞ」


(まじか……)


 だが、漏れがあっては敵わない。


「他にも居られますか?」


 と毛利は尋ねた。


「董旻は勿論の事、慮植(ろしょく)李儒(りじゅ)、蔡邕それに荀爽(じゅんそう)と王允、と言ったところだ」


(思った以上に多い)


「董旻様以外の御歴々は何方に?」


「慮植は病に臥せってる。荀爽と王允めは洛陽から運び出した書物の整理、李儒は董卓の秘密を守る為と称して城作りに忙しくしておる」


(あの老人性ボディビルダー症候群に罹患してそうな慮植様が他の病に臥せっている事も含め、どれも一々ツッコミたい内容だ。が、それにしてもだ。秘密を守るために城!? スケールでかいな!)


「して、問題とは?」


 毛利の問いに、何故か皇上である劉協が居ずまいを正す。


「実はだな、今すぐと言う訳では無いのだが、長安の糧食が尽きそうなのだ」


「(ほほう、これまた問題のスケールがでかいな……)一大事でございますね」


 と毛利は口にしてみたが、焦りはしなかった。

 そんな大問題は偉くて賢い人が考えれば良い事。

 日々垂れ流されていたニュースと同じで、自分では如何しようも無い事柄だと感じていた。


「当座の分は漕渠(そうきょ)(長安北部を西から東へと流れる川である渭水と平行して設けられた運河。黄河に通じる)を用いて成皋(せいこう)より糧食を運ばせるのだが、先行き甚だ不安。故に勅を命ずる。毛利黄門、糧食の問題を解決せよ」


「……は?」


 毛利は耳を疑った。


「は?、では無い。復命せい!」


「ははっ! この毛利……では有りませんぞ、劉協様!」


 毛利は思わず、目尻を吊り上げた。


「何がだ?」


「私の様な若輩者に、その様な大任が務まる筈が有りましょうか!」


「つまり、皇上たる劉協の考えが浅はかだと、毛利黄門は申すのだな!?」


 今度は劉協が気色ばむ番であった。


(クッ、正直言えば、その通りだ。だが、口にすると俺の首が物理的に飛ぶ。となると……)


「劉協様の思し召しなれば、この毛利幾らでも頭を悩ませ、無い知恵を絞り出しましょう。ですが、先程も申した通り、若輩の身。なれば、何方か有力者の名をお借りしなければ、下々が従わぬのでは無いか、と愚考する次第です!」


「何だ、そう言う事であったか」


 劉協が「なら、早くそう申せば良いものを!」とプリプリするのを尻目に毛利は、


「高度な政治力が必要となります。その点、くれぐれもお忘れなき様に」


 と暗に決まるまで何もしない、と仄めかす。

 だと言うのに、


「決めた。蔡邕に毛利の上役を命ずる」


 劉協は至極簡単に決めた。


「え?」


「聞こえなかったか? 左中郎将の蔡邕だ。名誉挽回に丁度良かろうしな」


「(名誉挽回?)それは一体?」


 毛利のその問いには、司馬防が答えた。


「賊軍王匡を破った折の上奏文(報告書)に多数の誤りがあってな。それを王允様がきつく咎めたら、屋敷に篭ってしまわれたのだ」


 具体的には、さる高官の名前や配置を間違ったらしい。

 慣れぬ戦さに駆り出され、親しくしていた知己相手に泣く泣く大勝したと言うのに帰ったら叱責処分の上で減給。

 不貞腐れても仕方が無かった。


「では、決まりだな! ああ、報告は密に致せ。勿論、毛利自ら、この劉協に行うのだぞ!」


 と口にした劉協の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。




(如何してこうも無茶振りが続く?)


 そんな事を考えながら、毛利は宮中を歩いていた。

 すると、


「不思議ですか?」


 並んで歩いていた荀攸が問うた。


「何がです?」


「皆が毛利黄門を頼りにしている事がです」


 毛利は素直に頷き返した。


「それは、面白いからです」


「面白い?」


「ええ。とても」


 納得のいかない毛利は「むっ」とするも、荀攸は言葉を続ける。

 曰く、世人離れした知識の偏り。


(三国時代の一般常識は皆無だしなぁ……)


 それが起因となったであろう突飛な行動。


(そんな事したかな? ……あ、してたかも)


 そして、


「未曾有の騒乱が続く中、何処か泰然とした物腰。まるで、物事の有り様を知っているかの如く」


 それらは全て、毛利が遠い未来からタイムスリップした者だから、で片付けられる内容であった。

 肯定出来ない、したくない毛利は、


「そ、そうですか……」


 と答えるに留めた。

 そんな彼に、更なる無茶振りが舞い込む事に。


「ああ、毛利殿! 探しましたよ!」


 声の主は三国志一の万夫不当と名高い、


「おや、呂布様では有りませんか? 共に長安入りした、先程振りですね」


 美丈夫であった。


(相変わらず、格好の良いお人だ。だと言うのに……)


 その実力は飛び抜けており、遠い未来の現代においては「戦略ゲームの中に、一人だけ無双ゲームのキャラクターがいる」とまで言われる程。


(戦場では鬼神の如しだとか。だが、本当に凄いのは……)


 毛利はこの呂布こそが董卓政権、ひいては漢王朝存亡の鍵を握っていると考えていたのだ。


(董卓様と呂布様を互いに遠ざける事は出来なかった。なら今度は、決して歪み合わぬ様にしなくてはならない。女を巡っての争いなど、以っての外だ! と言っても、現状の董卓様があれでは杞憂に終わりそうだがな)


「この毛利めに何か御座いましたでしょうか?」


 そう答えた毛利の両肩を、呂布が鷲掴みにした。


(す、凄く痛いんですけど!)


「帰ったら、身重の妻が……」


 間近で見ると、呂布の目は血走っていた。


(ひっ!?)


「このまま貂蝉と腹の中の子に何かあったら、私は……」呂布は悲壮な覚悟をしていた。「涼州の者を一人残らず殺してしまうかも知れません」


 毛利が詳しく尋ねると、遷都の影響で妊娠中の貂蝉が体調を崩した、と言われたとか。


(嘘だろ……)


 毛利の顔から、血の気が引いた。

 董卓と涼州軍に、いや、結果的には漢王朝滅亡の主因となる危機が今正に迫っていたのだ。

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