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#048 長安

 長安。

 紀元前二百年頃に築き始め、同一九〇年に完成した前漢の帝都である。

 その規模は大変大きく、東側と南側の城壁は六キロ前後もあったとか。

 形は西側の壁が短い所為か台形に近く、少々歪である。

 中央には東西を分断する大路が走り、それぞれに巨大な宮殿を抱えていた。

 東にあるのが長楽宮、高祖・劉邦が死ぬその日まで過ごした宮殿である。

 南にあるのは未央宮(びおうきゅう)と言い、劉邦の後を継いだ恵帝以降はこちらを使った。


 一九〇年四月、毛利はその長安に入った。

 彼はその足で時の為政者にして恩人でもある董卓を見舞う。

 春の日差しを受けながら、


(あれ? ホームレスが多くない?)


 と思いつつ、足早に急ぐ毛利。


「落ち着け、毛利。董卓様は今日明日の命では無い」


 そんな彼を、長楽宮に設けられた董卓の居室で真っ先に出迎えたのが、


「毛利!」


「劉弁様!?」


 前皇上である彼女だった。

 予想外に現れた、白百合の如く可憐な女性を前に毛利は目を見張る。

 更には、


「綺麗だ……」


 とまで口にした。


「うん、僕もそう思ったよ。だって、相国董卓の孫娘董白だから。衣装もそれなりにね」


「いや、お召し物の話ではなくてですね」


「そんな事よりも、先ず君に言う事があったんだ」


「何でしょう?」


「お帰り、毛利。無事にまた会えて本当に良かった」


 見つめ合う二人は正に春うらら。

 そこに、雲の邪魔が入った。


「劉弁様、董卓様の様子に変わりはございませぬか?」


 董旻だ。


(そ、そうだった。思わず、目的を忘れて話し込む所だった)


 毛利も続いた。


「董卓様のお加減が大変宜しくないと伺ったのですが」


「そうなんだ。お母様が何度も問い掛けたり、目の前に手を翳したり、摩ったりしてるのだけど、眦一つ動かさなくて……」


 董卓は廃人同然となっていたのだから。


(劉協様が女だと知った直後、頭に昇った血を吹き出しながら倒れた、とか)


「でも、董卓が健在だと思わせないと駄目だから、時折輿に乗せて表に出るのだけど……」


「今度は、誰が挨拶しても無視する、まるで自身が皇帝にでもなったかの様だ、と噂が広まり始めてな」


 董旻は頭を痛めていた。

 これ以上悪評が広がれば(まつりごと)に差し障るのもそうだが、董卓が居てこその涼州軍、ひいては涼州の安定が成り立っているからだ。


「そこで毛利、御主の出番なのだ」


「(何で!? いや、この問題もあったからこそ、長安に召し出されたのだろうけどさ)……と申しますと?」


「これを見ろ」


「そ、それはもしや!?」


 炭を硬く固めた芯を木の軸で挟んだ、


「鉛筆!」


 であった。


「御主が考えたそうではないか」


 毛利は声を大にして、違う、と言いたかったが堪え、


「たまたま存じていただけです」


 事実を述べた。

 しかし、その毛利を待っていたのは、


「蔡邕が手放しで褒めた、何処か奇妙な知識に賭けてみよう、そう言う訳だ」


 無茶振りである。


(何でそうなる……)


 だが、董卓に回復して貰いたいと、毛利もまた強く望んでいた。


「分かりました。それには先ず、董卓様のご様子を拝見致しませんと」


「ああ、こっちだ」


 案内された場所は人気の少ない、如何にも日当たりの悪そうな場所であった。


「こ、この様な場所に……」


「人目を忍んで、な。儂とて、この様な場所に兄者を押し込めるなど……」


 董旻が忸怩たる思いを吐露した。

 刹那、毛利の鼻を刺激する物が。


「この臭いは?」


「以前、妾に献上された香薬です」


 答えたのは、何前皇太后であった。


(な、何でここに……って、そう言えば、劉弁様が見舞ってるとか言ってたな)


「御無沙汰しております」


 毛利は直ぐ様、拝礼の姿勢を取る。

 それを、彼女は手で制した。


「要りません。それよりも毛利黄門、其方の知恵を董卓の回復に役立てて貰えませんか」


「はっ、董卓様はこの毛利の恩人なれば、微力ながら尽力致す所存です」


「頼みますよ」


 何前皇太后は今にも拝みそうな勢いで懇願した後、「少し休みます」と部屋を後にした。


「さて」


 と気を取り直し、部屋に踏み入る毛利。

 その彼が目にしたのは足を投げ出して座し、背を丸めた姿の董卓であった。


(……パンダ座り)


 嘗ての覇気など微塵も感じられない。

 毛利は劉弁が言った様に、先ずは名を呼び、手を翳してみた。

 が、返ってきた反応は、


(無反応……か)


 である。


(ほとんど脳死状態だな。気になるのは……)


「便などの排泄はありますか?」


「ある。だが、垂れ流しだ」


(なるほど。つまり……)


「食欲はあるのですね?」


「口元に運べば食うな」


(生存本能が働いてるから?)


 医者でない毛利の知識量では、分かる事は少ない。


「普段は何方が世話を?」


「劉弁様と共に参った老女が主だな。時折、恐れ多い事に何前皇太后や劉弁様、それを見かねた唐姫が人目を偲びながら手伝っていると聞く」


(止ん事無い身分の貴婦人方が人目を忍んで訪れる……大丈夫なのか、それ?)


「どうだ? 何か分かったか?」


「いえ、今の所は何も」


「そうか。まぁ、当然か。華佗なる者に人伝てに尋ねさせたが、何も分からぬ、と返って来たからな」


「華佗……」


 毛利も以前耳にした名前である。


「知らぬか? 荀攸が申すには、豫州一の名医と名高かったらしいぞ」


(その様な方が長安に……)


「ま、毛利が分からぬのも致し方無い」董旻は一人納得していた。「だが、何か良い知恵が浮かんだら直ぐに知らせよ」


「勿論です」


 毛利はそう答え、董卓の前を辞した。


(董卓様が廃人になった世界、か。一体、何が如何なってるんだ? そんな状況で董卓様の暗殺を防げるのか?)


 と考えつつ。

 自身に割り当てられた官舎へと向ったのだ。


(それにしても、こうして宮中を一人で歩いていると、劉弁様の思し召しで黄門に就いた事を妬まれ、顔も名前も知らない官吏に襲われた事を思い出すなぁ)


 過去を懐かしみながら。


(後四ヶ月でこの時代に来てから一年、か……)


 すると、


「ああ、毛利黄門! お待ちを!」


 誰かが彼を呼び止めた。


(そうそう、あの時もそんな風に呼び止められて……あ、嫌な予感!?)


 毛利は声のする方を見向きもせず、その場を去ろうとする。

 だが、声の主は突然影の中から現れ、


「お待ちなさい!」


 と立ち塞がった。

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