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#047 孫堅の首を獲れ!

「盾を使って地面を掘り返し、水を撒きます。その上に乾いた砂を被せる。遠目からは分かりませんが、下は酷く泥濘んだ地面となります」


 孫堅は言うに及ばず、後から続く孫堅軍将機の多くが、毛利の罠に掛かった。

 態勢を崩す白き将機が、赤い壁に弾き返されたのも当然である。

 この結果、孫堅軍は完全に勢いを無くし、更には隊列を崩した。

 そこを、


「閉じよ!」


 両翼に布陣した隊が襲い掛かる。

 先ずは将機が、続いて騎馬が。

 隊同士が散り散りになった所を、弓兵が射かけた。

 そこに、一度駆け抜けた将機と騎馬が戻って散々に打ちのめす。

 涼州軍に囲まれた孫堅軍は瞬く間に打ち減らされていった。


 だが問題もあった。


「雑兵に構うな! 孫堅の首を獲れ!」


 孫堅の姿が見当たらないのだ。

 毛利渾身のシールドバッシュを受け後方に飛ばされた以降、とんと。


「居たぞ! 白虹だ!」


「孫堅を発見!」


 と駆け付けて見るも、良く似た違う将機であった。


『あれは孫堅が副将、祖茂だ!』


『逃すな! 追え!』


『これは運命です! 華雄さん、一機打ちで!』


『一機打ちは禁止だった筈だが?』


 そこに、


「これ以上の追撃は不要だ!」


 徐栄が登場した。


『そんな、徐栄様! 追うべきです!』


「ならん! これ以上は無駄に追い詰める事となる! 手負いの獅子を侮るな!」


 毛利は反論を口にしようとするも、思い返した。


(でも、今ここで孫堅を討てれば、後の憂いが! ……あれ、孫堅って確か、洛陽の井戸から玉璽? を引き上げた後、大した事も為さずに何処かで横死してたな。あ、それ以前に関羽が立ちはだかるか!)


 毛利は意を決した。


『分かりました。止めましょう』


 この時、徐栄は考えた。

 大将の董旻から、もし毛利が出たいと行ったら妨げるな、と言い含められていたからだ。

 だが、出たく無いと言った場合は?


「確かに、必要最小限の追撃は必要だ」


『そんな事は一言も言ってませんよ!?』


「命ずる。毛利よ、追撃して参れ」


『クッ……』


 毛利は致し方なく出た。

 関羽の襲来を恐れながら。

 だからだろう、それ以上何も得る物は無かった。




  ◇




 直後の酸棗では、曹操が胸の内から溢れ出る、鉄砲水の如き激情を抑えきれないでいた。


「おのれ、腰抜けどもが!」


「彼奴らは孫堅すらも退けた、涼州軍の武威に恐れをなしております」


「だからこそよ! 孫堅相手では徐栄の軍と言えども疲弊しておる! 今なれば、成皋(せいこう)を容易く獲れると言うのに!」


 その考えを曹操は諸侯に幾度となく説いた。

 だが、理解は決して得られなかったのだ。


「徐栄だけでは御座いません。例の将機にも恐れ慄いております」


「何が、麒麟か! 夏侯惇相手に手も足も出なかったではないか!」


 曹操は知らなかった。

 孫堅相手にも、手も足も出していない事を。

 毛利はただ、罠に掛けた相手に体当たりしただけである。


「夏侯惇!」


「はっ!」


「孫堅を破った麒麟の将機とは、真に噂通りの実力であろうか!?」


「いえ、然様な事は決して。時さえ有れば、この夏侯惇が討ち取っていたでしょう」


「やはりか!」


 曹操は力強く頷いた。

 かと思うと、


「ここにこれ以上居ても何もならぬ!」


 話題を突然切り替えた。

 無駄な会話を止め、立ち所に次善策を纏めたのだ。

 頭の回転が早い証左である。


「では!」


 と曹洪が応じた。


「これより兵を集めに行く!」


「曹洪!」


「はっ!」


「御主の申す伝手を頼りに揚州へと参る! そこで、新たな兵を手に入れるのだ!」


 こうして曹操は酸棗を一時的に離れ、揚州へ向かった。




  ◇




 一方、同じく徐栄率いる涼州軍に負けた孫堅はと言うと……


「このまま魯陽には戻らぬぞ! 戻らば、負けたみたいではないか!」


 梁から少し離れた場所に身を潜ませていた。

 顔の左半分を大きく腫らして。

 毛利の体当たりを顔で受けた所為だ。


「負けたのですよ! それはもう、完膚無きまでに!」


「故に、陽人に向かう!」


 陽人とは梁から北西に位置する。

 洛陽のほぼ真南にある集落であった。


「何が、故に、なのでしょう?」


「梁よりも洛陽に近い!」


「だから、何故!? 黄蓋、何を頷く!? 貴様は分かったのか!?」


「いや、相変わらず、大将は話が通じねぇなぁ、と思ってな」


「はっはっはっ! 祖茂、突貫!」


「お、おい!? あーっ! 黄蓋、後は頼んだ! 突貫!」


「はいはい。あっしは逃げ延びた兵を纏めてから、合流しますかねぇ」




  ◇




 孫堅が梁にて大敗した報せは、河内郡に駐屯する王匡をも激しく揺さぶった。


「孫堅が討たれただと!?」


「いえ、敗けたは事実なれど存命、と聞き及んでおります!」


「真か!」


 王匡は破顔する。

 しかし直ぐに、顔を顰めた。


「孫堅を退ける程の豪の者とは一体……。もしや、音に聞く呂布か?」


 この時、王匡はそうであって欲しいと願っていた。

 飛将と名高い呂布が居ると居ないでは大違い故に。

 それに加え、


「妹婿の胡毋班が使者として遣わされたお陰で、袁紹に疑われておる。このままでは濡れ衣を着せられ、軍を奪われてしまうわ!」


 尻に火がついていた。

 兵を動かす必要に駆られていたのだ。

 その様な心の内を見透かしたかの様に、


「洛陽から出撃した涼州軍が平陰津(洛陽の西に位置する渡し場)から黄河を渡河する模様!」


 報せが齎されたのであった。


「兵の数は!?」


「凡そ一万!」


「率し将は!?」


蔡邕(さいよう)殿です!」


「何と、これは天恵!」


 王匡は手放しで喜んだ。

 何故ならば、彼の軍は敵の数倍を数えるだけで無く、彼と蔡邕はごく親しい間柄であったからだ。


(蔡邕を説き、こちら側に引き込めたならば、袁紹もこれ以上疑うまい)


 王匡は忘れていた。

 自身の妹婿を袁紹に売った事を。

 そんな男に説かれる蔡邕では無いのだから。

 そもそも、蔡邕は董卓に負けず劣らずの尊皇の士であった。

 逆賊に堕ちるなど、有り得ないのだから。


 王匡の軍が平陰津に向かい西進する。

 それを黄河の南岸で見届ける者が居た。


「王匡めが餌に食い付いたな」


 董旻である。


「賈詡の申した通りとは言え、実に恐ろしい」


 これは牛輔だ。


「だが、これで勝利は確実だ」


「では……」


「今少し待ち、小平津から一気に渡河する。後は、分かるな?」


「はっ!」


 この後、王匡の軍は全滅と言って良い程の大敗を喫した。




 一九〇年四月の洛陽は度重なる戦勝を互いに寿いでいた。

 そんな最中に、更なる吉報が届く。


「酸棗の賊軍が解散したのですか?」


「ああ、そうらしい」毛利の問いに、牛輔が答えた。「何でも、最初は小競り合いとも言えない、小さな諍いが元らしくてな」


 何がどう発展したのか不明だが、兗州刺史・劉岱が兗州は東郡太守・橋瑁(きょうぼう)の殺害に至った。


「劉岱曰く、姿の見えぬ将機が突然現れた、とか。だが、そんな戯言誰が信じよう」


「確かにそうですね」


 そして、互いが疑心暗鬼となり、内紛へと発展したとか。

 つまり、賈詡の予測がピタリと当たったのだ。


「それに、これから農繁期となる。いつまでも兵を戦場に縛り付けられん」


 雑兵の多くは農民だった。


「逆賊の盟主、袁紹は何も手を打たず?」


「ああ、袁紹の奴は河内郡の奥から一歩も動いてないらしい。何を考えているのやら」


「孫堅も未だ行方不明ですか?」


「いや、孫堅は逃げた兵を纏め、陽人で砦を築いているらしいな」


「なら次は、孫堅を攻めるのですか?」


「そうじゃねぇ、和睦の使者を送る。こちらが圧倒的に優位、故に乗る可能性が高い」


「そうですか。ではしばらく洛陽でゆっくり出来ますね」


「な訳ねーだろうが!」


 毛利の先の言葉に、牛輔が突然噛み付いた。


「え!?」


「貴様には長安に行って貰う。劉弁様がお呼びだからよ!」


 と言いながら、何処から取り出したのか牛輔は何通もの竹簡を毛利に見せつける。


「もしや、それ全てが劉弁様から!?」


 毛利は殊更目を丸くした。


「ああ、そうだ! 全部だ! 劉弁様がこの牛輔宛にわざわざ認めた書状だ! ああ、何と恐れ多い事か……」


 牛輔は今にも蕩けそうな顔で言った。


(どうしてそんなに嬉しいの!? ……いや、良く良く考えれば当然か。もし俺が、握手会に参加したアイドルから個人アドレスがメモされた紙を貰ったとしたら、あんな顔をしただろうしな。……ん!?)


「あ、あの、中を拝見しても(まさか、劉弁の個人アドレスが)!?」


「言い訳ねーだろが! 全部、俺様に対して劉弁様が手すがら認められた物なのだぞ!」


「そ、そうですよね……」


「だが、俺も鬼では無い。持つことは許そう」


 毛利は言われるがまま、竹簡の束を抱えてみる。


「お、重い……」


「俺様に宛てた、劉弁様の思いだけにな」


(まさかの駄洒落!?)


 それから数日後、毛利は董旻らと共に長安へと向かった。


(念願の長安だ。どのくらいの期間居られるか不明だけど、何とか呂布様が董卓様を裏切らぬ秘策を為さないと劉弁様が……)


 決意を秘めて。

 だが、毛利は知らなかった。

 そこで更なる難問が彼を待ち受けているのを。

 漢王朝の滅亡が意外な形で齎されようとしていたのだ。

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