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#045 我が名は夏侯惇!

『我が名は夏侯惇! 高祖にお仕えせし夏侯嬰の末裔よ!』


 青い将機が雷鳴の如く名乗りを上げた。

 直後、稲光を目にしたかの様に毛利の動きがピタリと止まる。


(夏侯惇……あの夏侯惇か!? 武力九十六の!)


 毛利の良く知る、某ゲームではだ。

 だが、ここで驚くのはおかしい。

 そもそも、彼が狙っていた曹操も某ゲームでは武力九十なのだから。


『我が名乗ったのだ、貴公も名乗られよ』


 夏侯惇の言葉に、毛利も答える。


『……毛利だ!』


 しかも、完全に気圧されながら。


『参るぞ』


『……こ、来い!』


 何と言う気の抜けた名乗り合いか。

 だが、そこは歴戦の勇士でもある夏侯惇。

 決して、事前の空気に流されたりしなかった。


『時が無い故、この一撃で決めさせて貰う!!』


 電光石火の一撃が、毛利の駆る麒麟を襲う。

 平原に、一際甲高い音が鳴り渡った。


『くっ……その二枚の大盾は伊達では無いと言う事か!』


 そう、毛利は夏侯惇による渾身の一撃を防いでみせたのだ。


『(ほ、殆ど見えなかった)流石は盲夏侯……』


『なにぃ!?』


 それは目にも止まらぬ剣閃になぞらえて付けられた二つ名ではなく、魏王となった曹操に特別扱いされる夏侯惇を羨んで付けられた、ただの悪口である。


(でも、呂布様みたいに、まるで見えない訳じゃ無い)


 それは特訓の成果であった。


『この夏侯惇を盲だと申したか! おのれ! 必ずやその守りの隙を見い出し、崩してくれよう!!』


 これは自業自得。

 次の瞬間毛利を襲ったのは、さながら剣の嵐であった。

 しかも、ただの剣では無い。


(一撃を受けただけで、腕が捥げそうに痛いってのに!)


 全てが必殺の剛剣。

 重い音が響く。

 地盤が弱い所為か、麒麟の将機がじわりじわりと埋没していった。


 その様子を遠目から見守る者が居た。


「夏侯惇を引き付けるとは中々の成果。だがあのままじゃ、時間の問題だな」


 徐栄である。

 彼は目を細めたかと思うと、


「陣を前に動かすぞ」


「お、お待ち下さい、徐栄様! 既に勝敗は決しております! それなのに、総大将自ら追撃に入るなど……」


「追撃には出ない。陣を少し前に進めるだけだ」


「そ、それは……」


「この徐栄が良いと言うまで、前進!」




 他にも居た。


『劉兄! 如何する!? このままじゃ拙いぜ!』


『この戦さは曹操の負けだ。尻尾巻いて逃げるぞ! 関羽も分かったな!』


『承知!』


(しかし、何てけったいな将機だ。だがそんなのが、夏侯惇の武に持ち堪えている。あれは、関羽や張飛と並ぶ部将だってのにな)


 劉備だ。


(玉の違いか?)


『でもよう、劉兄』


『如何した?』


『今度は何処に逃げるんですかい?』


『そうだなぁ。北に向かってみるか。あっちは山が多く、良い玉が出るって話だからな』


『兄者、それは良いお考えです』



 丁度その時、曹操の陣営から銅鑼がけたゝましく鳴り渡った。


『ぬぅ、時が来たか』


 と残念そうに口にしたのは夏侯惇である。

 彼は未だ、亀の甲羅の如く守りに徹した毛利を崩せずにいたのだ。


『この勝負、またの時まで預ける!』


 夏侯惇はそう言い残し、毛利の前から去って行った。

 そう、毛利は辛うじて生き延びたのだ。

 そこに、折良く徐栄が馬に乗って現れた。


「生きてるか、毛利!?」


 毛利は全身を包む汗の匂いに(むせ)ながら答えた。


『な、なんとか』


「これが戦さだ! 今は生き残った事を喜べ!」


『……はい』


「そう、ガッカリするな。初陣を大勝で飾れたんだ。寧ろ喜ぶが良い。それに、次の戦さは既に決まっている。貴様ならそこで、手柄を上げられるであろうよ!」




 こうして、曹操は初戦に大敗した。

 しかも、盟友である鮑信は怪我を負い、その実弟は戦死。

 それだけでなく、必ず死守したいと願った衛茲(えいじ)を失ったのだ。

 まさに痛恨の極み、である。

 その後、敗残兵を纏めた曹操は、這う這うの体で酸棗に辿り着いた。

 そんな彼を待ち受けていたのが、


「だから、言ったのだ。まだ早い、とな」


「兵が少ないなら、少ないなりにやる事があろうに。諸将の領地から糧食を無事に運ぶ、などがな」


「宦官の孫の分際で、指揮を執ろうなどと思うからよ」


 苦言、諫言、嘲笑であった。


 だが暫くすると、


「いや、良く良く考えれば、曹操殿のお陰で酸棗強襲が防げたのでは無いか?」


「おお、確かにそうじゃ! もし、かように弛んだ中、涼州軍に攻められていたならば、あっと言うまに殲滅されていたやも知れぬ」


「つまり……」


「奮武将軍は偉大なり!」


「曹将軍、万歳!」


「曹将軍、万々歳!」


 見事な手の平返し。

 そして、


「酒だ! 酒をもっと持って来ーい!」


 新たな宴が始まる。


「無いだと!? なら、近隣から奪えば良かろう!」


 勿論、曹操はその様な騒ぎに加わる事は無かった。

 差配する兵が居なくなった彼はその代わりにと、才ある者を集め新たな策を練っていたのだ。


「袁紹殿を筆頭とする河内郡(かだいぐん)の軍勢で洛陽に最も近い黄河の渡し場・小平津(しょうへいしん)に進んで頂く。我々酸棗(さんそう)勢は成皋(せいこう)を抑え、洛陽の南にある二つの関、轘轅関(かんえんかん)太谷関(たいこくかん)に至る道を閉ざす。その上で、袁術殿が南陽郡から兵を率ひきいて武関(ぶかん)から長安を目指せば、たちまち董卓を討つ事ができよう!」


 だが、この策を伝え聞いた、今や酸棗勢の盟主と目されていた陳留太守・張邈(ちょうばく)が、


「兵が居らぬ癖に偉そうにするな!」


 と反発した。

 ただ、これには訳があった。

 実は先の戦いで死んだ衛茲、張邈にとっても無二の人であったからだ。


 一方、曹操の作戦を伝え聞いた南陽郡魯陽の袁術はと言うと、


「確かに、良い作戦だ。が……」


「気に入りませんか?」


「当然であろう。我らに汗を流させるだけの策など聞けるか。それに……」


「はて?」


「洛陽に入る者こそが、次代の帝王となるであろうからな」


 と妖艶な笑みを浮かべる。


「では……」


「うむ、孫堅に兵を進ませよ!」


「ははっ!」




  ◇




 一九〇年二月の上旬。

 荊州は南陽郡にある魯陽を出陣した孫堅軍は、


「はっはっはっ! 洛陽まで休まず突貫!」


 そのまま北上。

 洛陽のある司隷(しれい)河南尹(かなんい)(りょう)に到った。

 洛陽からは南東に歩いて二日三日の距離である。

 そこで彼等を待ち受けていたのが、


「孫堅様!」


「如何した祖茂!」


「この先で、涼州軍が待ち構えております!」


 であった。

 両軍はそのまま、互いに陣を張り始める。

 その数、孫堅軍が二万に対し、涼州軍は五万。

 孫堅軍は多勢に無勢であった。

 故に、


「祖茂!!」


「はっ!」


「魚鱗を敷け!」


 少数で一気に突き崩す陣を選んだ。


 対する涼州軍は鶴翼。

 多勢な側が小勢を包む事で為す、包囲殲滅を目論んでいた。

 その涼州軍では次の様な言葉が発せられる。


「良いか! この戦さ、孫堅を討ち取る好機である!」


 徐栄だ。


「この徐栄はあの者を知っている! 城攻めに際して、自ら先頭を切って乗り込む猪武者よ!」


「文に才なく、武のみ功として烏程侯に封じられた!」


「数多の戦に孫堅は勝利した! だが、この徐栄は知っている!」


「あの者の策は一つしか無い事を!」


「見よ! 此度も孫堅は魚鱗であろう!」


「この徐栄は知っているぞ! 魚鱗を破りし策を!」


 その後、彼は傍の毛利に話し掛ける。


「毛利、貴様の部隊は……」


 先の一戦後、毛利は何故か部隊持ちに。

 しかも、全てが盾歩兵な将機で構成されていた。


「ここだ!」


 木版画にて粗悪な紙に写された、この辺り一帯の地図を見せながら。

 朱墨で鶴翼の陣形が描かれている。

 その丁度中心を、徐栄の指は差していた。


「先の演説によると、そこは孫堅が先頭を切って攻めて来る場所だと思うのですが……」


 毛利は震える声で答えた。


「その通りだ」


「なら、何故?」


「この大任を任せられるのは貴様と、貴様に貸し与える部隊しかおらぬからだー」


「そんな心の篭っていない言葉で私が騙されるとでも?」


「なら、確と命じてやる。孫堅文台を止めよ。然すれば、貴様の望みを一つ叶えてやろう」


(魔王か!)


「今まさに、私の配置を両翼のどちらかに変えて欲しいのですが……」


 文字通り高所から毛利を見下ろす徐栄の瞳が鈍く輝き始めた。

 短い付き合いながらも毛利は知っている。

 それは徐栄が真に怒る前触れである事を。


(抗命罪で見せしめで殺される!?)


 徐栄は規律に煩かったのだ。


「わ、分かりました。必ずや私と貸して頂ける隊で孫堅を止めて見せます!」


「以前の様に間違えるな。孫堅の将機は白に虹が差した将機だからな」


 徐栄が釘を刺したのは、薄黄色の将機に曹操が乗っていると勘違いし、周りを確かめもせず単騎で挑んだ件だ。

 毛利は危うく、意味もなく夏侯惇に討たれるところであった。


「はい……」




 そして、その時は来た。

 孫堅軍の将機が、鶴翼の中心である徐栄本陣目掛けて一斉に動き出したのだ。

 それはまるで、川を遡上するポロロッカの如き白波。

 いや、勢いを鑑みると雪崩の方が近い。

 その先端には、一際目立つ色合いが輝いている。


『白に虹!? 本当に孫堅が来た!』


 と毛利は叫んだ。

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