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#004 げぇ董卓!?

(と、董卓!?)


 その名を耳にしただけで、毛利の体は小刻みに震えた。

 何故ならば、


(古代中国で酒池肉林、車裂き、牛裂き、人を釜茹でしながら楽しげに酒を呑んだ、などの悪逆非道の限りを尽くした、あの董卓!?)


 であったからだ。

 しかし、残念ながらそれ以上の情報は出てこない。

 彼は歴史に学ぼうとする賢者ではなく、経験にて行動を左右される愚者、普通の高校生故に。

 三国志の舞台となった時代で起きた、群雄達が織り成す今や伝説とも言えるその足跡など、一切知らないのだ。

 多少覚えている事と言えば、物語のあらすじ程度、に加えて漫画を元にした三国志小話だろうか。

 現代の日本で十六年しか生きておらず、同年代間と言う矮小な人間関係と、その中から知り得た著しく偏った知識では、致し方のない事であった。

 だからだろう、彼は頭を悩ます、


(って事は、俺は中華風パラレルワールドではなく、過去の中国にタイムスリップしたのか? そう言えば、黄巾の乱とも……。で、でも、人型兵器の存在が説明出来ないぞ? あんな物が存在するんだ、過去な訳ない。中華風の甲冑は劉弁や劉協と同じく、流行りの中華コスプレ。董卓と名乗ったこの人は……役になりきってるだけだよな? つまり……未来人による董卓プレイ?)


 と。

 その董卓が顔を上げた。

 視界の角に入っただけだと言うのに、毛利の背に冷たいものが走った。


「御迎えにあがりました。北宮までこの董卓が一命に代えましても、御守り致します」


 これに答えたのは、またもや劉協である。


「大儀である!」


 それも見事な声音で。

 これ程肝の据わった子供はまたといない、この場にいた誰もがそう思っだろう。

 董卓が深々と首を垂れたのも、その証かもしれない。


「では、あちらにご足労願います。車駕(しゃが)(皇帝用馬車)とは参りませんが車を用意させますので」


(車!? 良かった、少なくとも十九世紀以降だ!)


 毛利は一人、胸を撫で下ろした。


「左様か、ならば案内して貰おう」


 堂々たる振る舞いを見せる劉協。

 その袖を皇上劉弁が「クイ、クイクイッ」と引き、ついで口を寄せて「ヒソヒソ」とし始めた。


「……」


「え? 足が痛い?」


「違う? 足が痛いから?」


「え? えええ!? いや、でも流石にそれは……」


「兄様ぁぁ……」


 劉協の顔が毛利に向けられる、それは鬼の形相をしていた。

 そのあまりの迫力に、向けられた者は自然と直立不動となる。


「……むぅぅぅ……毛利!」


「は、はは!」


「名を呼ばれた時は〝はっ〟とだけ応じよ!」


「はっ!」


「そこは〝ははっ!〟だ!」


「ははっ!」


 毛利は「しまった」といった表情を浮かべる。

 脱力した劉協は小さな溜息を吐くと、力なく言葉を連ねた


「……もう良い。皇上の所望だ。先程と同じく、車までお運び致せ」


「ははっ!」


 とんだ茶番である。

 だが、そうは問屋がおろさなかった。


「お待ちを。その者は何者でしょうか?」


 董卓だ。

 彼は見るだけで人を殺められそうな視線を毛利に向ける。

 それを遮るかの様に体を入れた劉協、静かに答えた。


「皇上が命を助けれらた故、召し抱えると約した者だ」


「見るからに怪しい奴。他国の間者かも知れません」


「それはない」


「しかし……」


「この陳留王・劉協の言葉が信じられぬのか? それにこれは皇上のお言葉ぞ?」


 それでも、疑う、と言わんばかりの董卓。

 すると、何を思ったのか赤い犬が毛利に近づき、「スンスン」と嗅いだ。

 更には立ち上がり、


「うわっ!」


 毛利の顔をベロンと大きな舌で舐めたかと思うと、董卓に向かって「ウォン」と小さく吠えた。

 董卓は渋々答えた。


「……信じましょう」


(……皇上よりも犬の判断を?)


 そう思ったのは毛利だけではあるまい。


 毛利は再び、劉弁をその背に乗せ歩く。

 少し離れた場所に見える、


(車、って馬車にしか見えないが……。しかも、如何にも古代っぽい造り……)


 に向かって。

 すると劉弁は顔を首元に近づけ、誰にも聞かれぬよう小声で囁いた。


「毛利、君を馬車には乗せられないんだ。だから、僕に聞きたい事あるなら今の内だよ?」


 毛利は「えぇ、そんな!? 疲れてるのに!」と口にするのを堪え、喫緊の問題を口にした。


「……あの、ここは一体何処なの?」


「ここは洛陽の北東。僕らが出会った場所は小平津と言う黄河河畔だよ」


(黄河!? ま、まじで中国!? そ、そう言えば、最初に気が付いた時、黄色く濁った河と雄大な山脈が目の前にあったな。しかも……洛陽って確か、三国志で董卓が悪道の限りを尽くし、破壊した都じゃ……。まさか本当に古代中国、それも三国志の時代なのか!? 嘘だろ! だとしたら、実際に何が起こるか知らないけど、洛陽にだけは行きたくないんだけど! ……あれ? 俺が背負っている奴、「皇上」って呼ばれてた気が……)


「と言う事は!?」


「こ、声が大きいよ……」


「ご、ごめん。それじゃ、今更だけど劉弁の素性を……」


 声は聞こえずとも姿は見える。

 董卓とその配下が怪しい光を目に宿し、毛利と皇上劉弁の姿を追いながら言葉を交わしていた。


「義兄、あらぁ、匂うぜ。ぷんぷん匂う。小便の臭さとは別の類だ。折角綺麗になった宮がまた汚れちまうかもな」


「……牛輔(ぎゅうほ)、洛陽までの間、あの毛利とか言う若者に付き、探れ。着いた以降も監視を怠るな」


「分かってる。これ以上売官や宦官どもの好きにさせたら、この国が滅ぶって言うんだろ」


 毛利と、毛利の背に乗る劉弁を見つめながら。

 その彼らの視界に赤い何かが割って入った。


「ぬ、火山の奴め……」


 巨大な赤犬、現代で言うところのチベタン・マスティフだろうか。

 これもまた、二人に対して興味を覚えたらしい。

 犬はのそりと歩み寄ったかと思うと、鼻面を毛利と劉弁に近づけた。

 突如大きな赤犬に後ろから近づかれ、ギョッとする毛利と劉弁。


「よさぬか、火山!」


 終始冷静だった董卓が、珍しくも慌てる。

 だが、些か遅かった。

 火山と呼ばれた赤犬は不敬にも、皇上劉弁の尻の匂いを深く嗅いでしまったのだから。

 刹那、にへらっ、と相好を崩した火山。

 かと思えば、長い長い遠吠えを発した。

 董卓は自らの愛犬がしでかした一連の動作を前に、いや、寧ろその動作をした相手が相手だからこそ驚愕を浮かべた。

 彼は、


「将機〝赤兎〟は手の者にでも運ばせよ!」


 と命じたかと思うと、直ぐ様劉弁が乗り込む馬車に向かい走り、


「無礼の段、平にご容赦を。しかし、内密な話がございます」


 とだけ言うと、あろう事か無理やり乗り込んだ。

--更新履歴

2018/06/29 赤兎馬を赤兎に修正

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