#038 将機強襲
『そこで見ていろ』
一瞬の間が空いた後、
「きゃぁ!?」
毛利達の乗る馬車が横転した。
倒れた先に黄土が剥き出しとなり積もっていたからだろう、辺りを黄色い土煙が覆う。
「劉弁様! ご無事にございますか!? 毛利光禄大夫、劉弁様をお守りしたであろうな!?」咄嗟に御者台から飛び降りたのか、難を逃れた荀彧が激しく憤る「おのれ貴様、何をするか!」
土煙から逃れ出て来た荀彧を、将機が見下ろした。
『婦女の如し顔で目を吊り上げし官吏……貴様、荀彧だな』
「荀家に仇なす気が無いなら退くがよい!」
相手が自家の名を出した事を好機と捉え、荀彧は名家の一員として命じた。
しかし一
『真に遺憾ながら、貴公を殺すよう命じられていてな』
「何者にだ!」
『ふふふ、これから死ぬ者に語ってどうする』
将機が矛を大きく振りかぶる。
切っ先が太陽の光を受け、キラリと輝いた。
『真に惜しい漢よ。が、主命故にな』
姿形を一切残さぬ様にと、勢いよく振り下ろされんとしていた。
「荀彧が……クソッ! 俺にも将機が有れば、皆を守れるのに! 伏羲ィィィイイイ!!」
——欲するなら、呉れてやろう。人の為に、人を殺める力を、人を守る力として欲する貴様に! カーッカッカッカッ! 見せよ、我に! 矛と盾、いずれが勝るかを! カーッカッカッカッ……
(え!?)
刹那、腕の中にいた劉弁が何かに気付いた。
「毛利! 左手首を見て!」
毛利が見れば、自身の左手首が淡い光を放っている。
それもリングを描くかの様に。
「な、なんだ!?」
毛利は未知の事象に困惑する。
だが劉弁は、これが何かを見知っていた。
「この光は、毛利が将機に目覚めた証だよ! そうだ! 御母様の宝玉が!」
劉弁は辺りを見回した。
そして、見つける。
手向けとして貰った宝玉の入った袋を。
劉弁はその中に手を入れ、毛利の光る左手首に宝玉をデタラメに嵌めた。
(黒、赤、赤、青、黒、黒、黄……て、適当! 色によって特性があるとか言ってなかった!?)
その直後、
「さ、出して!」
「う、うん! (将機、顕現!)」
そいつは現れた。
「す、凄い!」
「こ、これは!」
土煙の中を切り裂く様に。
頭が黒く輝き、双腕は赤く、逆に胸は青く、両脚は黒い七星将機がだ。
手にする武具は何と、
「両手盾!」
いずれの盾は黄色く輝いている。
しかも、
「毛利! 頭にも!」
なんと頭部からは一本の角が生えていた。
言うなれば、双盾のユニコーン、それが毛利達が隠れる馬車の傍に顕現したのだ。
ちなみにだが、下部が鋭く尖った、五角形気味の盾が二つなのは毛利がこの組み合わせを最も良く鍛練し、体に馴染んているからである。
使い慣れた武具を装備して顕現する、それが将機の仕様であるが故に。
一本の角は、毛利の頭が武器になるとの表れ、なのかもしれない。
しかし、毛利の解釈は違った。
(童貞だから、ユニコーン!?)
本人がこうなのだから、毛利達を襲った将機も当然戸惑っていた。
こちらは意外にも、
「き、麒麟の将機だと!?」
どちらかと言えば、毛利達にとっては良い意味での狼狽を示したのである。
頭部や盾に施された多面体模様が、一見すると鱗に見える所為だ。
「毛利、今のうちに乗って!」
「分かった!」
毛利は将機に手を触れる。
次の瞬間、彼は五メートルの高さから、地上を見下ろしていた。
「急いで、毛利! 荀彧が!」
束の間、惚けていた毛利。
だが、劉弁の叫びにより我に返った。
運良く、襲撃者の将機も唖然としていた様子。
その間に荀彧は御者を伴い、劉弁の下へと逃げていた。
『おら!』
先制とばかりに、毛利のシールドバッシュを喰らう襲撃者の凡将機。
態勢を崩しつつ、矛を振るった。
『くっ! 将機が出せるなど、聞いて無いぞ!』
体勢が崩れた状態で繰り出された、腰の入って無い攻撃は案の定、軽い音を立てて毛利の盾に弾かれる。
結果、更に上体が流れた。
『チャーーーーーンス!』
毛利は力一杯盾を振った。
腕が速度向上を示す赤だからか、その振りが異常に速い。
空気が切り裂かれる音。
毛利の振るった盾先が、凡将機の首元を強かに打った。
巨石が岩の上に落ちたが如く、大きな音が辺りに響いたかと思うと、凡将機の脆さ故か、あっけなく首が飛んだ。
劉弁が「あっ!」と言う間の出来事である。
完全に沈黙した凡将機に対し、
『見たか!』
毛利が勝鬨を上げ、
「やったぁ!!」
劉弁がその場で跳び上がり、戦勝を寿ぐ。
傍に立つ荀彧までもが、「素晴らしい将機による、素晴らしい闘いでした」と顔を紅潮させていた。
しかし、戦いは、
『未だ終わっていないぞ、毛利!』
だったらしい。
いつの間にか、もう一機の将機が顕現していたのだ。
ただし、全身薄灰色の、取り立てて特徴の無い凡将機が。
先の一機と差異を敢えて挙げるならばより重鈍なデザイン、よく言えばパワータイプな外見をしている。
その将機は見かけによらず素早く近づくと、躊躇なく手に持つ武具を振り下ろした。
『グアッ!?』
毛利は危険を察知し咄嗟に身を竦ませるも、右肩に強烈な一撃を貰う。
当たり所が悪かったのか、右腕が動かない事態に陥った。
『誰だ!?』
半ば動転し、為した相手へ視線を向ければ、
『双棍の凡将機!? 一体今まで何処に?』
と、毛利は先の襲撃犯と同じ疑問を口にした。
その答えは、意外にも直ぐに返されたのである。
『貴様如きが将機を顕現できるのだ、この李黒に出来ぬ筈はない!』
『宦官の李黒が将……クッ!?』
毛利が全てを言い終わる前に、李黒が双棍による連続攻撃を仕掛けた。
右手が動かぬ為、左手の盾だけで身を守る。
片手しか動かない事を差し引いても、李黒の攻めは、
『何て手数の多さだ!』
であった。
『毛利! 貴様の両手盾をいつか打ち破れるよう、見ていた甲斐があったと言うものだ!」
『ストーカーか!』
ほんと、その通りである。
『意味が分からぬ事を! これは弛まぬ鍛練の成果。しかも、今や貴様は片腕しか動かせぬ様だな。ほれほれ、先ほどの様に盾での攻撃は最早出来まいて!』
毛利は左盾に攻撃を受け続けた。
李黒の打撃はまるで、乱れ太鼓、の如く。
時折、彼はトリッキーな攻撃を仕掛ける。
それらは盾で防ぎ止め切れず、毛利の将機に損傷が現れ始めた。
(このままでは! かと言って、左盾だけでは、攻撃も出来やしない!)
仕方なく、守勢を解く毛利。
片手剣を有するかの様に盾を開き、構えた。
『如何した、毛利! 片方の盾だけでは攻撃出来ないと知り、諦めたか?』
李黒は、自分が口にした台詞が何処かおかしいと気付いているのだろうか。
『そもそも、盾は武具にあらず!』
『毛利、貴様がどの口で言うか!』
頭に血が上ったか、李黒が会心の一撃とばかりに右手に握る棍棒を振り下ろした。
それを「待ってました!」と言わんばかりに左の盾で受け止めつつ流した毛利。
体勢が崩れた李黒に対し、彼は奥の手を放つ準備に移る。
『俺の武器は盾だけじゃない!』
『何!? って言うか、やっぱり武器じゃないか!』
毛利は上半身を大きく逸らした。
まるで、トルコ弓の如く。
それが限界まで引き絞られた直後、
『うるさい! 喰らえっ!』
必殺の一撃が放たれたのだ。
煌めき輝く、一角獣の黒角が李黒の将機に吸い込まれていく。
『なっ!?』
防ごうとしたのだろう、角の軌道上に伸ばされた李黒の左腕。
二の腕辺りから粉々に粉砕された。
しかも、毛利の攻撃は未だ止まらない。
痛みと驚きとで唖然とした李黒の、ガラ空きとなった胸部に打ち込まれたのであった。
この日一番の、大音が辺りを揺るがした。
『どうだ!? やったか?』
毛利が李黒の将機から離れ、様子を伺う。
良く良く確かめるまでもなく、李黒の将機は完全に沈黙していた。
夕日が背中から迫り、大地を赤く染めている。
進む先の空は既に、星明かりを瞬かせ始めていた。
毛利は将機の盾部を裏返し、そこに劉弁と荀彧それに御者を乗せ、当分の間匿って貰える場所である潁川へと向う。
ホバリングしながら移動する将機は、右腕を力無く垂れ下げたままであった。
「あのまま放置して来たけど、大丈夫かな?」
劉弁が問うた。
それに、
「頭部や胸部をあそこまで壊されたなら、しばらく顕現出来ません」
と荀彧が答えた。
二人に割り込む形で、
『それより、早く休める場所を。腕が痛くて痛くて』
毛利が泣き言を口にした。
でも何処か明るい口調。
それは、恩人達を死ぬ運命から逃れさせ漢室存亡の危機を救う、と言う丁原の遺命を粗方成し遂げた、と思っているからでもあった。
「では、この先にある村が……」
彼らを包む雰囲気は、穎川に至るまで変わらないでいた。
一方、毛利が泣き言を口にしていた丁度その頃、話題に上がっていた大破した将機から人影が現れていた。
「う、うぅぅ……も、毛利め……」
李黒である。
顔には真新しい傷が出来き、その周囲には血の跡が残っていた。
「おのれー! 許さん! 絶対に、許さん!! 必ず、この手で殺してやる! 貴様の大切な物全てを奪ってからな!」
彼は東の地平線に向け、声を枯らすまで叫び続けた。