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#003 部将が人型ロボットに乗って戦うなんて、こんなの三国志じゃない!

 辿り着いた林は浅く、三人はあっと言う間に駆け抜けた。

 だが、そこで毛利の体力が突きたのだろう、彼は劉協の兄を乗せたままその場に倒れこんだ。

 何故か背中に担がれていただけの若者もまた、荒い息を吐き続けている。

 一番年若い劉協もまた体を折り曲げ、苦しむ胸を押さえていた。


 浅くとも林を挟んだお蔭か、あの重くも恐ろしい将機の音は遥か遠くに感じられた。

 やがて人心地がついたのだろうか。

 劉協の兄は若者の背から降りて立ち上がり、


「劉協!」


 とその腕で包む。

 そして、起き上がろうとしている毛利を見据えたかと思うと、何かを口走ろうとした。


「君は……」


「兄様! いえ、皇上!」


(……皇上?)


 しかし、彼は弟である劉協に遮られる。

 その上で、一言三言耳打ちされたかと思うと大きく頷き返し、


「ごにょごにょごにょ……」


 と逆に耳打ちした。

 その直後、


「皇上はその方の働きに大層感銘をお覚えだ。名を申すがよい」


 と口にしたのは劉協であった。

 だが、問われた毛利はそれどころではなかった。


(劉協、もとい陳留王が文字通りの王様だとしたら、その王様が恭しく皇上と呼んだ彼はまさか!? 加えて、微かに覚えのある三国志の部将名……。もしかしなくてもここは中華風異世界ではなく、パラレルワールドの古代中国、三国時代か!? でも、例えそうだとして、部将が人型ロボットに乗って戦うなんて、こんなの三国志じゃない!)


 自問自答を繰り返した末に、毛利は大きく溜め息を漏らす。

 劉協の片眉がピクリと吊り上がった。


「おい!」


「なんだい、少年王?」


「き、貴様! 言うに事欠き……」


「(ああ、そういえば名前を問われてた様な……)劉協様、申し訳ありません。私めは毛利、にございまするです、はい」


「へぇ、君の名は毛利(もう り)、ね」


 そう口にしたのは劉協ではなく兄の方であった。

 存外、堪えきれぬ性質らしい。


「兄様!」


「もう良いでしょ、他に誰もいないんだから」


「それでもお立場がございます!」


「僕が良いと思ってるのだから、固いこと言わないの」


 劉協をあしらったその兄は簾の奥から大きな瞳を輝かせ、「毛利、君からも質問どうぞ」と促す。


「え、宜しいのですか? では……まずはお名前をお聞かせいただけないでしょうか?(流石に、劉なんとか、とはこれ以上言えない……)」


 途端に歯を食いしばり、顔を赤く染め上げた劉協。

 一方の兄の方はと言うと、


「この僕に名を訊ねる者がいるとはね! しかし、名を問われる事のなんと面映ゆい事か!」


 腕を胸の前で重ね、その場でくるくる回り始めた。


(仕草がいちいち面白い)


 毛利が小さく笑う。

 それを目にした劉協が、「むっきーっ!」と声に出さんばかりに小さな手を振りかざし、毛利の腰の辺りをパコパコ叩き始めた。


(なにこの少年王。ああ、笑ったのが不敬だから怒ってるのか? 全く、仕方がないなぁ。コレだから子供は……)


 やれやれと言わんばかりに片膝をつく毛利。

 その姿勢は中世の騎士が王に対し忠誠心を示すソレである。

 彼は慇懃に声を発した。


「では改めて最初から……私めの名は毛利、にございまする! どうか御名をこの下賤の身にお教えいただけないでしょうか!」


「あれ? それは変わった礼の仕方だね、毛利(もう り)


「そうですか? あと、〝もう・り〟じゃなくて、〝もうり〟です。中国八ヶ国を治めた、あの毛利……(って、ここは中国地方ならぬ、国家としての中国だったか……いや、そもそも中国って概念あるのかな?)」


「????……!! すまない。僕を背負って逃げる最中、飛んできた石か何かに頭を打ったのだね! あぁ、毛利! 僕の為に負った傷を見せてくれないか!」


 劉協の兄は首を傾げていたかと思うと、毛利に対する憐憫の気持ちと感謝の思いを露わにする。

 それは行動を伴う代物であった。

 彼はススっと近づいたかと思うと、毛利の頭を(かいな)で包んだ。


(えっ! なに!?)


「皇上!」


 劉協は声を荒げた。

 一方の毛利はと言うと、


(あ、なんかいい匂いがする……。あれ? あれれ? へ、変だぞ? お、男の胸に頭を抱かれて、その柔らかな感触にドキドキするって……俺、やばくないか!?)


 激しく困惑していた。


「傷は浅いよ! と言うか、見当たらないよ?」


 それはそうである。

 彼の早とちりなのだから。

 弟の劉協が、全ての努力が無駄になった、かの様な顔で、


「皇上ぉ……」


 と小さく零した。


「どうしたの、劉協。ああ、僕の名か! では告げる! 僕の名は〝劉弁〟だ! ふふふ、やはり恥ずかしい。人に名を告げるなど、生まれて初めてではなかろうか?」


「(りゅ、劉弁ていうのか。男らしい名前で良かったのやら、悪かったのやら。でもまぁ、取り敢えず……)とても素敵なお名前ですね」


「僕の名を耳にした上でその態度、その言葉。君は本当に僕を知らないんだね! なんて、奇妙なの! それなのに、ふふふ、どうしてかな! そんな君を傍に置いておきたい、僕は考えているんだよ!」


「に、兄様!? お、お、おのれ下賤! むっきーっ!」


「ちょっ、やめっ……(腰の入ってない、それも子供のパンチと言えど、何度も同じ所を叩かれたら流石に痛いって!)」


「ねぇ、君。一体何処から来たんだい? 敦煌? それとも更に西の天竺かい? いずれにしても、僕の名を知らないって事は余程遠くから旅して来たんだろうね!」


「痛い、痛いって! えっ!? 生まれ育った場所? (ここが仮に中国だとすると……)海に隔てられた東にある……島国?」


「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! こう見えても渤海王でもあったんだぞ! 渤海の東に、人が住める島なんか無い!」


(えぇ!? このパラレルワールドでは過去に地殻変動でも起きて、日本が沈んじゃったのか?)


「これ、劉協。毛利の顔が青くなってしまったではないか。だが……これはこれで庇護欲がそそられて堪らない……」


 気の緩み過ぎである。

 三体もの将機同士の争いから離れたとは言え、浅い林を間に挟んだだけなのだから。

 一難去ってまた一難、この言葉を思い出して欲しい、と切に願わん。

 だが、その時は訪れた。

 「ゴォッ!」と言う音と共に。

 彼岸花の如き色をした将機が、三人の前を通り過ぎたのだ。


「くっ、風が! にしても真っ赤な人型ロボットってベタな……」


 どこか呑気なままの毛利を他所に、他の二人は身構え始める。


「ぐ、紅蓮の将機!? に、兄様!?」


「まさか、あれは并州牧(へいしゅうぼく)……」


 劉協などは直前までの威勢の良さが霧散していた。

 それどころか、小さな体が後ずさりしている。

 やがて毛利もその理由を理解する事に。

 真っ赤に輝く巨大な人型ロボットが突如目の前に現れただけでも驚くと言うのに、なんとその将機には実に見事な、段平の如き角が生えていたのだから。

 まるで、西洋の古くから伝わるデーモン、ないしは竜。

 それが急旋回したかと思うと、ホバリング走行しながら戻ってくる。

 その後に続くは、全身を豊かな赤毛で覆う大きな犬。

 まるで返り血に染まった赤い獅子、であった。


(悪魔とその使い魔……)


 恐ろしい事この上ない。

 だが、劉協はあらん限りの力を腹に込め、


「竜王の角に、神犬……ま、間違いない! 兄様! あれは〝前将軍〟です!」


 言い切った。


(前将軍? 今確かに、前将軍、って言ったね? つまりは……慮植将軍の前任者かな?)


 毛利の疑問を他所に、兄弟の纏う空気がピリピリし始める。

 それに当てられ、毛利も身構えた。

 劉弁は静かに居住まいを正す。


「毛利よ、すまぬ。戯れはここまでのようだ」


 そして、妙に低い声を作り、毛利に話し掛けた。


「そ、そうなんだ……」


「それとな、毛利」


「ん?」


「悪い様にはせぬと誓うゆえ、決してみだりに声を発したりせず、また、問われた時にだけ、僕の話に合わせてくれないか?」


「え?」


「頼むよ、毛利。君の命を助けるにはそれしか手がないんだ」


「!(い、いつの間にか生死の境に!?)……わかった」


 僅かな会話の間に、将機が目の前で停止していた。

 見ると足元には神犬と呼ばれた獅子に良く似た赤毛の犬、と甲冑を身に纏った一人の男。

 その者は黒く豊かな髪を肩まで伸ばし、立派な顎髭を蓄えている。

 肌の血色は良く、その顔は齢四十代中頃にも見えなくもない。

 袖口から覗く腕は太く逞しく、鍛え抜かれた体を想起させた。

 太く長い眉が、意志の強さを誰にも感じさせる。

 が、何よりも印象深いのはその双眸であった。

 嘘を簡単に見抜くかの様な、鋭い目付き。

 若者の視線が釘付けになっていると、がっしりとした鼻の下の、肉厚な唇が開いた。


「皇上にあらせられましょうか?」


 低くてよく通る声が響く。

 理性的な声が。

 が、それ以上に冷たく、重々しく感じられた。

 劉弁は劉協に耳打ちする事で、それに答える。


「黙れ下郎! 皇上の御前である! まずは跪き、深く頭を下げてから名乗らぬか!」


 齢六、七の少年とは思えぬ言葉と威勢。

 毛利は目をひん剥いた。


(す、凄いな。子供とは思えない迫力だ……)


 だが目の前の前将軍は動じなかった。

 赤い犬にいたっては大きな欠伸を一つすると、その場に寝そべる。

 前将軍は表情一つ変える事なく、言われた通りに跪き頭を下げると、


「ご無礼の段、平にお許し下さい。何分、事態が緊迫しておりまする故に」


「して名は!」


「はっ! この身は并州牧にして前将軍、董卓にございます」


 と名乗った。

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