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#028 袁氏三分の計

 丁原が黄泉路へと旅立った後、毛利が新たに取り組みだした事柄が二つあった。

 一つは、知己を得た官吏と、より一層コミュニケーションを取るようにした事である。

 荀彧、田豊、荀攸、司馬防(しばぼう)司馬朗(しばろう)などとだ。

 今一つは、


「おう、毛利! 随分と早くから鍛錬に励んでおるな!」


「はい、慮植様! 今朝は生憎と居りませんが、普段は呂布様や牛輔様にも鍛えて頂いてます!」


「結構、結構! 皇上の側仕えである黄門はそうであらんとな!」


 であった。

 体付きは以前と然程変わらない。

 が、女の様に柔らかな肌が、鍛えに鍛えた結果引き締まった代物に変わっていた。


「これで御主が将機を扱える部将ならば、言う事がないのじゃ」


 毛利としても、どれ程将機を自ら扱いたかった事か。

 牛輔の将機に乗せて貰った時など、


「人型兵器、うぉおおおお! 〝こいつ、動くぞ……〟。って、いっちゃったよー!」


 と内心、嬉しさで胸が張り裂けそうになっていたのだから。

 だが、彼にはその才が、力が、今のところ表れていない。

 故に——


「それは言わぬ約束です!」


 今や禁句とされていた。


「失敬、失敬」


 慮植が頭を垂れる。

 歳に似合わぬ巨体の所為か、下げた頭の位置が毛利より高い。


「それにしても、今日は清々しい朝じゃ!」


「ええ、絶好の鍛錬日和です」


「言う様になったのう、感心、感心。どれ、儂が直々に扱いてやろうぞ」


「有り難うございます!」


 と答えた毛利、彼は両手に一つずつ盾を構えた。


「……なんじゃそれは?」


「両手盾です!」


「そんなもん、見りゃわかるわい! 何を考えとるんか!」


「皇上や劉弁様の御身を守る事を第一に考えた結果、こうなりました!」


 本当は李傕との訓練の際し、執拗に武具を持つ右手を狙われた事から生まれた苦肉の策である。


「どうやって敵を倒すのじゃ!?」


「やってみれば分かります!」


「言うたな! 御主の考え違いを、その体に教えてやるのじゃ!」


 散々扱かれた後、毛利は董卓の執務室へと向かった。


「おはようございます、董卓様。それに、呂布様、牛輔様」


 既に仕事を始めている所為か、毛利に対しては軽く頷き返すのみ。

 ただひたすら、うず高く重ねられた竹簡の山から一つ取り出しては中を検め、何かを書き足しては近くの籠に放り投げていた。

 相変わらずの人手不足。

 毛利もそれ以上何も言わず、その中に加わった。


 竹簡の山が漸く無くなる頃合い、暫しの休憩となる。

 いずれは次の山が届く。

 それまでの、ごく僅かな一時だ。

 そんな貴重な合間ですら、彼らは如何にしてこの国を良くするかを談じていた。


「董卓様は宦官を味方に引き入れるべきです」


 毛利がそう口にすると、


「宦官!」


 汚物を口にしたかの様に、牛輔が顔を顰めた。

 部屋の主である董卓もまた、顔を曇らせている。

 呂布だけが、


「ああ、去勢した雄の事ですね」


 と言わんばかりに澄ましていた。

 毛利の提案に対し、董卓は一言、


「不要だ」


 と断じた。

 しかも、ギロリとした目を向けながら。

 余程、気に食わなかったのだろう。

 相国となった董卓の不興を買う、それは一介の官吏にとっては死に等しい。

 だが、それでも引かないのが今の毛利なのだ。


「荀攸様も仰られていました、〝国難は未だ続いている。三つに分かたれた宮中が、再び一つにならねば乗り越えられない〟、と」


「でもよう、毛利。人が三人以上集まれば派閥が出来る、て言うじゃねえか。理想はそうだが、中々難しいだろ?」


 色々あるだろ、人の好き嫌いが。

 それが、牛輔の言い分である。

 董卓の気持ちが分かっているからこそ、であった。

 その董卓もまた、


「……やはり、無理だな」


 よくよく考えた上で答えを出した。


「あの者らが屋敷に入るだけで、此奴らが落ち着かぬのだ」


 火山に深くもたれ掛かり、その毛をわしゃわしゃと掻きながら。

 毛利の目には、ただの動物好きにしか見えない。


「わふ!」


 火山の鳴き声が嬉しそうに響いた。


(漢朝の安寧より、自身のペットを優先した!? それで良いのか尊皇の志士董卓!)


 などとはおくびにも出さない毛利。

 彼は随分と成長していた。


「で、では、宦官に近しい官吏を重用し、間接的に協力を願い出ては如何でしょう?」


 実は荀彧の案である。

 彼はこう言う手を好む傾向にあった。


「そりゃ名案だな!」


「うむ、毛利にしては厭らしい、なれど妙策よ」


「ええ、亡き丁原様もあの世で褒めて下さるでしょう」


「え? 死ぬの? 死なないと褒めて貰えないの、呂布様?」


「うふ、うふふ、うふふふふふふ」


 自ら口にした大して面白くもない言葉で一人笑う美丈夫。

 これもまた、丁原の死が齎した変化の一つであった。

 董卓はそんな呂布を「困った奴だ」と一瞥するも、新たな話を振る。


「宦官はそれで良い。なれど、問題は官吏、それも名家出の者らよ」


 相も変わらずの足の引っ張り合い。

 下級官吏へのサボタージュを働き掛けるどころか、強制させる動きも密かに行われていた。

 偽書を作ってまで。

 その最たる事例、犠牲が丁原であったのだ。


「ちなみにですが、名家最大の勢力は何処ですか?」


 毛利が問うた。

 答えたのは董卓だ。


「今の洛陽ならば、袁氏、であろうな」


 汝南郡汝陽の袁氏は、四世三公を輩出した名門中の名門。

 この家に並ぶ家柄は無い、そう言われる程に。

 他には、弘農郡華陰の楊氏、蜀郡成都の趙氏、汝南郡平輿の許氏、汝南郡細陽の張氏、潁川の荀氏、琅邪の王氏、太原の王氏、廬江の周氏、呉郡の陸氏などが挙げられる。

 が、袁氏の、明帝期から続く長さと実績は他を寄せ付けぬ程圧倒的であった。


「袁氏は今、面倒な状況らしいぞ?」


 牛輔が訳知り顔に言った。

 なんでも、


「当主の太傅袁隗(えんかい)は甥の袁紹、袁術と折り合いが悪いらしくてな」


 袁隗としては次代の袁氏当主に袁紹を、と目を掛けていた。

 しかし、それを良く思わない袁術が袁隗を嫌った。

 これはもう袁紹に確定か、と思われたのだが、どうも袁隗の期待に沿わぬ行動が多かったらしく。

 大いに失望し、当主とする考えを改める気配があるとか。

 それを察知した袁紹が、袁隗を疎ましく思っているとかいないとか。

 要するに、お家騒動が勃発しそうな状況であった。


「なにそれ、丁度良いじゃないですか!」


 毛利が言った。

 董卓の目が再び、ギロリと毛利を捉える。


「どういう事だ、毛利?」


 と言わんばかりに。

 彼は臆さず答えた。


「だって、三竦み、ですよ!」


 〝三竦み〟それは、蛇がナメクジを恐れ、ナメクジが蛙を恐れ、蛙が蛇を恐れ、身動きが取れない事。

 つまり、三者が互いの動きを伺う事に終始し、行動が出来ない状態である。


「そして、各個撃破です!」


「言葉が足らなさすぎぞ、小僧!?」


「……まるで話が見えぬ」


 董卓が首を傾げるのは無理もなかった。

 これで分かれば天才である。


「その前に、先のお三方の中で一番友好的な方は何方ですか?」


「太傅袁隗(えんかい)だ。この董卓の話も厭わず聞いてくれる」


「ならば董卓様、袁隗を味方に引き入れてください」


「如何にしてだ?」


「分かりません」


「おい!」


 牛輔が思わず、平手を振り抜いた。

 乾いた音の後に、二つの声が痛みで悶える。


「イタタタタ……」


「相変わらず、何て頭の硬さだ! そこだけは、将機に優るな!」


「褒めても何も出ませんよ、牛輔様?」


「褒めてねぇよ!」


 今時珍しい位程度の低いコント。

 董卓は、


「……良かろう。太傅袁隗(えんかい)を如何にして引き入れるかは、儂と董旻で考えよう」


 何も見なかった事にした。


「お願いします。で、次に残る……」


「待て! って事は袁紹と袁術、その何方か一方も手なづけるって事か?」


「その通りです、牛輔様。勿論、どちらかと言えば……」


「袁術でしょう? それ以外、この呂布は受け入れられませんよ?」


 呂布が朗らかに毛利の言葉を遮る。

 ただし、沸点に達する程の怒りを四方に放ちながら。

 毛利の背を冷たい物が伝った。


「え、ええ、その通りです! 好物が蜜柑らしい袁術さん一択です!」


「妙な事を知ってるな。でもよう、毛利。俺達涼州勢は勿論の事、他の名家に連なる官吏が動いたとしても、袁術は靡き難いんじゃねえかな?」


「名家中の名家、だからですか? なら、それ以上のカードを切れば良いのですよ」


「か、かーど?」


 この時代にトランプなど無い。


「失礼、手札です」


「札?」


 花札すら存在しないのだ。


「……何でも有りません」


 刹那、董卓が身を乗り出した。


「無駄話はもう良い。策を話せ」


 毛利は答えた。


「劉協様です。または劉弁様でも構いません。より高位の者からの言葉を伝え、政に協力する様促して貰うのです」


 董卓が自らの膝を強かに打つ。


「袁氏を三つに分断、内二つを懐柔し、残る一つを討つのだな!」


 言うならば、袁氏三分の計、であろうか。

 牛輔が「やるねぇ」と顎を摩った。

 呂布が一人、


「丁原様を罠に嵌めた袁紹を懐柔するのではないのなら……うん、問題なし、問題なし……ウフフ、ウフフフフフ……」


 と笑っていた。

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