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#026 最初の別れは涙と共に

 并州軍が設けた野営地へは、牛輔だけが毛利に付き添った。


「火山の薄情者……」


 明からさまに饅頭と毛利を比べられた結果である。

 所詮は獣、致し方の無い事であった。


 その并州軍野営地だが、


「げぇ、将機があんなにも……」


「音が響きあってるな。準備万端、ってとこだ」


 人型兵器が幾つも立ち並び、見るからに臨戦態勢が整っていた。

 ただ、幸いな事が一つだけあった。


「しめた! 白狼と緑龍が未だ出て無い!」


「白狼と緑龍?」


「丁原と呂布の将機だ」


 牛輔曰く、その二機が出ていたなら、間違いなく戦が起きる。

 并州軍の大将機と副大将機だからだ。

 逆に言えば、今ならまだ矛を交える事なく、収められる可能性が残っているらしい。

 そんな二人の下に、一台の将機がホバリングしながら近づく。


「ぎゅ、牛輔様! 黒い将機が来ますよ!」


「黒? ……ああ、ありゃ、張遼の黒虎だな」


 黒鉄を七星の玉とした将機。

 まるでフルプレートの鎧であった。

 世が世なら〝黒騎士〟とも呼ばれただろう。

 その黒狼から拡声器を通した声が向けられた。


『洛陽より参りしそこの二人! 名と要件を伝えよ!』


 毛利と牛輔は互いに頷き合う。

 そして、示し合わせた通りに答えた。


「私は毛利! 黄門です! こちらは護衛の牛輔! 太尉董卓より丁原様への書状を預かっています! お通し願いたい!」


『丁原様に会わす事は出来ない! 書状はこの張遼が受け取る故、そうそうに立ち去るが良い!』


「太尉董卓からは直接手渡す様に命じられています! 叶わぬ様でしたらこのまま戻ります! それでも宜しいか!」


 張遼は暫し考えた後、


『良いだろう! ただし、毛利黄門のみだ! 牛輔殿はここに残って貰う!』


 答えを出した。

 毛利と牛輔は再び頷き合った。


「頼んだぞ、毛利。それから死ぬんじゃねぇぞ?」


「いやだなぁ、手紙を渡すだけですよ?」


「敵に遣わされる使者の大半はそうなんだよ。でも、相手の虫の居所が悪けりゃ、コレよ」


 牛輔は手刀で首を打つ。

 毛利は「それ、私を元気づける為にしてます?」と苦笑いを返した。


「わりぃ。でもな、お前の無事を願っている者が、少なくとも一人は居るんだ」


「え!? まさか、董卓様が?」


「ちげーよ! 普通はこういう言い方したら女に決まってるだろうが!」


「ああ、呂布様の娘さんかぁ。でもまぁ、いないよりはマシですかね」


 毛利は「では、行って参ります!」と日本軍よろしく敬礼し、張遼の後に続く。


「……なんだ、今のは? でもまぁ」


 牛輔は何故か毛利の背に向かい、同じポーズをしてみせた。




 そして今、毛利は丁原達の篭る幕舎にいる。

 幾人もの部将に囲まれながら、


「……貂蝉様からの言伝は以上となります」


 二人の、愛する家族の近況を伝えていた。


「董卓め、厭らしい手を使う」


 と丁原が顔を曇らせながら言った。

 呂布もまた、同じ様な顔をしている。


「……だが」


 丁原は一転して晴れやかな顔に。

 続く言葉が、その意味を語った。


「決心が付いた。さて、他にも何かあるのだろう?」


「はい、こちらになります」


 毛利は本命の書状を手渡した。

 受け取った丁原は直ぐ様、呂布に放った。

 呂布は開き、読み上げる。

 書かれていた内容は、董卓が把握した限りの漢朝の置かれた現状。


——正に今、国難である事


 そして、丁原を真の国士であったと褒め称える代物であった。


——嘗ての軍功の数々

——ここで失うには余りにも惜しい、洛陽での功績

——あの様な下劣な罠に掛かりさえしなければ

——皇上、そして弘農王から伝えられし感謝の言葉


 最後に、


「董卓はここに誓う。呂布を我が配下として重用する事を。願わくば、丁原より并州軍を引き継ぎ、この悔しさを終生忘れる事無く、いつの日か必ず共に晴らすべし」


 と結ばれていた。

 見ると、呂布は涙を流している。

 滝の如き涙を。

 そんな彼に、丁原はニコリと微笑んだ。


「我が息子よ、仇を必ずや討ってくれるか?」


「勿論です! この呂布! 必ずや袁紹を! 曹操を! 更には此度の一件に関わりし者と! その一族を! 根絶やしにしてやります!」


 そう答えた呂布に、以前見受けられた弱々しさは皆無。

 それどころか、鬼の如き覇気を漲らせた部将がそこに居た。

 ただし、目からは涙、涙、涙。

 その顔をじっと見詰めた後、丁原は満足そうに頷く。


「ならば良し! さぁ、酒を持て! 并州は新たな盟主を抱くのだ! 祝え! 皆で祝え!」


 宴は夜半まで続いた。

 并州兵全てが泣きながら祝う酒が。

 丁原は兵の一人一人に声を掛けた。

 更には毛利にまで。


「毛利よ、儂の話を聞いてくれるか?」


「ええ、勿論です」


 周りに感化されたのか、毛利の目もまた潤んでいた。


「知っての通り、儂は并州、それも寒門の出だ」


 粗野にして、無学。

 周囲は彼を持て余していた。

 そんな若かりし日々を送っていた丁原だが、ある日転機が訪れる。

 自らの無聊(ぶりょう)を慰める為に参加した賊退治での功績が認められ、官吏の端くれになれたのだ。


「儂は初めて他人に認められたのが嬉しくて嬉しくてなぁ」


 艱難辛苦を厭う事無く、それどころか我先に難事に当たった。

 そんな彼の下に、いつしか多くの者が集う事に。

 それがまた評価され、并州刺史に至ったのだ。


「儂の様な者に畏れ多い事だと思い、当初は断っていたのだ。知っての通り、文字を読めぬしな」


 しかし、大恩ある漢朝たっての願いと言われれば、断わり続けられる訳がなかった。


「失礼ですが、断っていれば、とは考えませんか?」


「真に失礼な問いだな」


 言葉とは裏腹に、丁原は笑っていた。


「毛先ほども思っておらんよ」


「何故です?」


「皇上直々に言葉を賜る事が出来ただけでなく、儂と儂の家族の行く末を案じて頂いた。儂の様な者には過ぎた褒美だ」


 理解できぬ毛利。

 そんな彼に対し、丁原は目尻を下げた。


「本当に分からぬ様だな」


「どうにも私には、縁遠い世界でしたから」


「官吏にならなければ、いや、官吏として地位が上がらねば、儂も同じであったろうな」


「問題はこれからですけどね」


「〝これから〟がある分、ある意味儂よりは恵まれておるな」


 丁原なりの冗談である。

 笑うに笑えない毛利の顔を目にし、丁原が大いに笑った。

 笑いながら毛利の背を強かに打った。

 毛利は余りの痛みに、顔を顰める。


「いや、笑った、笑った。こんな日に腹を痛める程笑えるとはな!」


「私は痛みで笑えませんでしたけどね!」


「そう言うな毛利。それよりも、御主に頼みがある」


「何でしょう、丁原様」


「儂が御主の命を救った事は憶えているな?」


「勿論です」


「つまりは、命の恩人が託す遺命だ」


「畏れ多い事ですが、承りましょう」


「有り難い。では言うが、劉弁様は近い内に必ずやその命を狙われるだろう」


 丁原による衝撃の告白。

 〝三国志〟における一連の出来事を知らない毛利は思わず、


「そ、そんな……」


 と狼狽した。


「董卓が劉協様を推す以上、儂を嵌めた輩は先々帝の嫡子であられる劉弁様を祭り上げるであろう」


「つまり……董卓様が劉弁様を?」


「董卓はせぬだろう。だが……」


「まさか、董卓様の配下が!?」


 丁原は小さく頷き返した。


「盾になれ、とは言わぬ。だが、何としても毛利の能うかぎり劉弁様をお助けせよ。それが儂の願いだ」


「で、でも、私に出来る事など……」


「あの御方もまた、儂と同じよ。身に不相応な役目を背負わされた、な。儂は何とか御救いしたかった。その役目、毛利、御主に託す」


「しかし、何故私なのですか?」


「毛利だからこそよ。御主は劉弁様に……いや、官吏の色に染まっておらぬ御主だからこそ、劉弁様をお救い出来るのだ」


「ですが、私に出来るでしょうか?」


「毛利よ」


「はい……」


「後を託された若者がそんな体たらくでどうする。それにこの流れは、〝我が命を賭して〟と応じねば駄目であろうが」


「……そう、ですかね? い、いえ。わ、分かりました。この毛利、我が命を賭して劉弁様をお守り致します!」


「そう、それで良い。若者に先の世を託して逝ける。こんな幸せな終わり方が他に有ろうか? いや、あるまい。今思えば、儂は何と満ち足りた人生を送れた事か……」


 老将は泣きながら、笑った。




 そして、いよいよ酒が尽きた頃合い。

 兵の一人が詩を諳んじる。

 よく知られた物なのだろう、ほぼ全ての并州兵が声を揃えた。


 死と共に去る者は日に日に疎くなり

 生まれ来る者は日に日に親しくなる

 城門を出て辺りを見れば

 ただただ丘と墳墓が見えるのみ

 墳墓はやがて鋤かれて田畑となり

 故人を偲んで植えた松や柏はいつかは倒されて薪となるだろう

 柳に悲しげな風が幾度も吹いた

 余りに寂しげな音に、私は嘆き悲しむしかない

 故郷の地にて土に還りたいとの思いが募るも

 いまや帰る道が無かった


 丁原は詩の余韻が残る中、皆の前で首元を晒す。


「頃合いだ。さぁ、息子よ。父の首を討つが良い!」


 皆、息を呑んだ。

 耳に入るは篝火が焚かれる音のみ。

 呂布は静かに剣を構えた。

 一際大きな音で篝火が爆ぜた、その刹那、


「父上!! ぁあああああ!!!」


 剣閃が一つの弧を描く。

 直後、二つの物が地を打った。

 丁原の首と、支える力を失ったその体が倒れたのだ。

 一部始終を見届けた毛利の目からも、いつの間にか滂沱の涙が。

 最初の別れは涙と共に訪れ、そして、瞬く間に去った。


 その後、毛利は呂布と共に并州軍の陣を離れた。


「よう……」


 彼らを真っ先に出迎えたのは牛輔である。

 毛利と別れてから以来、ここで待ち続けていたらしい。

 彼は呂布の抱えし包みを目に留めた後、意味ありげな視線を呂布に向けた。


「……丁原様だ」


 呂布が言った。


「……そうか」


 とだけ、牛輔は答えた。

 刹那、中原を一陣の風が吹き抜けた。

 北に向かって。

 丁原の魂が故郷に戻れるよう、運ぶかの様に。


 やがて、彼らは洛陽の門を潜った。

 全ての後始末を付ける為に。

 董卓のいる所へ真っ直ぐに向かったのだ。


「董卓様。牛輔ならびに毛利、無事戻りました次第。また、并州軍の新たな主(・・・・)、呂布殿をお連れ致しました!」


 額突く三名。

 そんな彼らに、


「表を上げよ」


 董卓の低くはあるが、よく通る声が掛けられた。


「ご苦労であった、牛輔。それに毛利よ、大義である」


 顔を上げた毛利は見た、両の眼から溢れ落ちる滂沱の涙を。


「そして呂布よ、丁原の倅よ」


 固く握り締められた拳には、血の跡が残っていた。


「この董卓を嗤え、無能者と罵れ、父の仇と怒りをぶつけよ。御主には、御主にだけはその資格がある」


 呂布は涙ながらに答えた。


「……お願いがございます」


「聞こう」


「父の……丁原の死を無駄には出来ません。どうかこの呂布を……貴方様の養子に迎え入れては頂けませんでしょうか」


 涼州と并州がより一層強固となる。

 それは彼らの政敵からしてみれば最悪の事態であった。

 つまり、これは呂布からの意趣返しなのである。


「願ってもない事。ならば儂からも頼みがある」


「伺いましょう」


「我等が絆の証として、御主に儂の赤兎を預ける。その代わりに、丁原の白狼を儂に貸してくれぬか。此度の責は儂にも有る。それを決して忘れ得ぬ様にしたいのだ」


「董卓様に使われるなら、父丁原も喜ぶでしょう」


 その一部始終を、毛利は涙を流しながら見聞きしていた。


 やがて、呂布が董卓の前を辞する頃合い、毛利は丁原との別れを何度も思い返していた。


(故郷の地にて土に還りたいとの思いが募るも、いまや帰る道が無かった……か。俺も一緒だ。帰る術が無い……)


 その様子を「っと、毛利がやべぇな」牛輔が心配したのだろう、


「大丈夫か、毛利?」


 声を掛けた。

 毛利は驚くも、当たり障りが無いよう答える。


「え? ああ、牛輔様。大丈夫です。ちょっと疲れただけですから」


「そうか?」


「ただ……」


「ただ?」


「并州軍の方々が最後に謳った詩が気になってしまいまして」


「どうしてだ?」


「いまや帰る道が無かった……」毛利は少し誤魔化した「丁原様も故郷に帰りたかったのかな、って」


「いや、そうじゃねぇよ」


「え?」


「俺達辺境の部将は帰れないと覚悟して戦地を回っている。何故だか分かるか?」


 毛利は僅かばかり考えるも諦めた。


「……いえ」


「戦に出れば死ぬ事も有り、勝てば勝ったらで次の戦が待っている。大概は別の辺境だろうが、稀に功績を認められた末の慣れぬ都勤め、有る意味これも戦だ。でもな、誰もそんな事を苦に思っちゃいねぇんだ」


「何故です?」


 毛利には考えられない事である。


「漢室の為に命を捧げているからよ」


 思わぬ答えに、毛利は絶句した。


(国の為に命を!?)


 彼は現代で生まれ育ったのだ。

 分からぬのも当然である。


「その様子だと分かってねぇみてぇだな」


「す、すいません」


「俺ら辺境の出はなぁ、故郷に家族、財、土地を残している。そして、それらは漢の庇護下にあるからこそ成り立っている。だからこそ、俺らは皆、身命を賭して漢室の為に戦えんだ」


「……董卓様も?」


「普段の、そしてあの姿を見て違うって言えんのか?」


 毛利は言えなかった。

 そして、見えなかった。

 加えて、史実における董卓の悪評と実際に彼が目にし、言葉を交わした董卓の姿が重ならなかった。


「丁原様もまた、その一人だった」


 董卓に優るとも劣らぬ程の忠義をもって仕え、漢朝を支えていたのだ。


 その後、官舎の居室に戻った毛利は、


「故郷の地にて土に還りたいとの思いが募るも、いまや帰る道が無かった……」


 と独り口ずさんでいた。


「劉弁を助けよ……漢室の為に戦え……かぁ」


 毛利はゴロンと横になる。

 何かしらの決意が宿ったのか、僅かな光が瞳の中で輝いて見えた。




 翌日、丁原の自害が世に広まった。

 執金吾としての能無き自分を悔やんだ末に、と。

 他方、呂布が丁原を裏切ったとも噂になった。

 寧ろ、此方の方が信じられた。

 そう考えざるを得ない出来事が重なっていたからだ。

 それは、


「呂布が董卓の養子になったとよ」


「丁原を騙し討ちした褒美として、騎都尉に就いたらしいな」


 であり、更には、


「董卓の将機〝赤兎〟が呂布に下賜されたって?」


「丁原から董卓に乗り替えたって訳だ」


「かの万夫不当がねぇ。とどのつまり、董卓が焼け太っただけか」


 であった。


「ちなみにだがよ、丁原の〝白狼〟はどうしたか知ってるかい?」


「董卓が使うんだとよ!」


「はっ! 何でも喰らう、飢えた涼州人には丁度良い代物だな!」


 市井の彼らは知らない。

 噂に上った三名の決断により、洛陽の平安が保たれた事に。

 そしてそれを知らぬばかりに、後の悲劇が起きてしまったのだと。


 時は西暦一八九年、九月の事であった。

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2019/03/01 18:00より新連載!
『煙嫌いのヘビースモーカー 〜最弱の煙魔法で成り上がる。時々世を煙に巻く〜』
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最後まで目を通して頂き、誠にありがとうございました!
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