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#022 皇上廃立


「董卓様にソレを問うて、毛利はどうするつもりか!」


「どうもこうもありません! 確認するだけです!」


「それが目上の者に対する不敬だと分からぬ、今のお前ではなかろう!」


「ですが!」


 司空府内を牛輔と毛利は口を憚る事なく、先を急いでいた。

 向かう先はこの府の主、董卓のいる執務室である。

 だがそこには、先客がいた。


「……が酒席にて皇上の廃立を諮るなど、どうかしている!」


「汝は我を気狂いと面罵する為にわざわざ参ったか!」


「然に非ず! 董卓殿には司空の荷が勝ち過ぎるのでは、と申し上げておる!」


「その奢りがあの惨劇を生んだと何故分からぬ!」


「宦官なぞ殺しても幾らでも代わりがおろうが!」


「それが奢りよ! 古くから続く家の名を持つ者のな!」


「何を!」


「そうで有ろうが! 現に貴様は司空であるこの董卓を前にして礼を失っておるではないか!」


「くっ……」


「それだけではない! 皇上並びにこの司空から再三に渡る求めを徒らに無視し、一族或いは近しい者共に対し! 政に関わらぬ様申し付けたらしいではないか!」


「そ、それは……」


「皇上が如何にお心を痛めになったか! お主に分からぬとは言わせんぞ!」


「えーい、話が逸れ過ぎよ! 落ち着いて話せぬならこれで失礼する!」


 執務室の扉が勢いよく開かれる。

 大柄な男が面に怒気を漲らせながら、


「退け!」


 飛び出てきた。

 慌てて避ける毛利。

 擦れ違い樣に目にした男の顔は、


(袁紹!)


 であった。


「董卓様!」


 青い顔した牛輔が足早に部屋に入る。

 毛利も慌ててその後を追った。

 意外な事に、室内には董卓以外に今一人いた。


「慮植様もおられましたか!」


「うむ、袁紹殿相手に司空殿が一人では、何かあっては取り返しがつかぬでな。来て正解じゃった」


 毛利が慮植の視線を追うと、腰の剣に手を伸ばす董卓の姿がそこに。


(げぇ!)


 驚いたのは毛利だけではなかった。

 牛輔もその一人である。


「董卓様! 一体何が!?」


「あの痴れ者、皇上廃立を諮ったが罪と称し、司空を強請りおった!」


 憤懣やるかたなしといった体で答える董卓。

 それを慮植が宥める様に語りかける。


「こんな事も有ろうかと、昨日の宴席で反意を示してみせたのじゃが。最悪、見せしめとして儂の官職を解けば良かろう。それで事は一旦鎮まる筈じゃ」


 さっぱり話の見えぬ毛利。

 彼は、


「慮植様、一体どういう事ですか?」


 と端的に問うた。


「毛利黄門、知っておるか?」


「何をでしょう?」


「この国の力が如何に失われたかを、じゃ」


 毛利は小さく首を横に振る。

 さしてこの国の歴史に詳しくない彼には、致し方のない事であった。


「全ては人の性、人が生れながら持つ欲望の所為じゃよ」


「はぁ……(もしかしなくても、古今東西でよくある話?)」


「皇上に対し身命を賭して仕えるべき者が皇上のご威光を笠に着て民から奪い、国の費えを浪費する。外戚然り、宦官然り。言うなれば彼奴等は、獅子身中の虫、よ」


「確かに(やっぱり)」


「であろう? これでは国が持たぬ。故に、儂は儒学こそが国の礎になると、先帝に都度都度言上したのじゃ」


「それ(儒学)と皇上の廃立にどの様な関係があるのですか?」


 毛利の問いに答えたのは董卓である。


「……毛利、お主は未だ気付いておらぬのか?」


「何をです?」


「恐れ多くて言えぬわ」


「……では慮植様は?」


「儂はのう、楽し気に語り合うお主と皇上を見て気付いたのじゃ」


「えっ(男相手に頬を染め上げたとこを見られた)!? な、何をでしょう!?」


「言えぬのう」


秘密(内緒にしてくれる)、ですか?」


「そうじゃ」


「そう、ですか……(ほっ)」


「じゃが、これだけは言えよう!」


(ドキッ!)


 その直後、慮植の顔から表情が消え去る。

 まるで、自ら死地に赴く兵の如く。

 続いて消え入りそうな声で、


「皇上には退位して頂く十分な理由がある、とな」


 と言った。


(俺の所為で廃立される、な訳ないよな? なら、一体なんだ?)


 毛利は困り果て牛輔を見るも、彼ですら奥歯に物が詰まった様な顔をしていた。


(牛輔も知っている? 原因はなんだ? とは言え廃立自体は避けられない事態なのか。なら、可能な限り穏便な手を選ばないと。このままでは史実以上の混乱に洛陽が陥ってしまう。其れ即ち、俺の死。……何か無いか? この皇帝廃立と言う大問題を、なるべく穏当に収める術が……)


 毛利は腕を組み、右拳を顎に当てる。


「うーん……。あ、あれなら……。でも……」


 そして、何か思い付いたらしい。

 董卓をチラリと見た。


「この司空・董卓に言いたき事があるなら申してみよ!」


「問答無用で打ち首にはなりませんか?」


「誓おう!」


「なら……」


 毛利は居住まいを正した。


「劉弁さ……」


 直後、慮植が腰の剣に手を伸ばす。


「ちょっ!」


「皇上の御名を気安く口にするとは何事じゃ!」


「牛輔様!?」


「いや、今のはお前が悪い。現に董卓様もほれ」


「え!?」


 恐る恐る目を向けると、董卓は確かに剣を抜き放っていた。

 それどころか、


「語れ! 内容次第では斬る!」


 先の約束を反故にする気満々。

 毛利の喉が大きく鳴った。


「じ、実は……」


 皇上劉弁との会話を、毛利が立て板に水の如く話し始めたのは当然といえば当然である。


「……と言う訳で、皇上は廃立を避けられぬとのお考えを示されておりました。だからこそ私は、董卓に伺いに参った訳で……」


 毛利を除く男達が顔を両の手で覆った。


「皇上が左様な迄、心をお痛めに……」


「自らの力不足を痛感する次第じゃのう」


「陪臣の身とは言え、己の不明を恥じるばかり!」


 沈痛な面持ちとはこの事か、毛利はまざまざと見せつけられる。

 それも大の大人が、今にも涙を零さんばかりに。


(それ程までに主君である皇上劉弁の気持ちを慮るか……。これが儒学、儒教の世界? やだなぁ……)


 だが、朱に交われば赤くなる。

 それに、毛利はこの時代で生きていく以上、その世界に足を踏み入れざるを得なかった。

 故に、彼は先ずは一歩踏み込んだ。


「この毛利に一計がございます」


「……言うてみい」


 董卓は毛利に目を向ける事なく、答えた。


「その前に確認なのですが、皇上にはお勤めを果たす力が無き事、真で御座いましょうか?」


「……相違ない」


「皇上も同意を示されている事はこの毛利が直に承っております。ならば廃立ではなく、譲位を勧められてはいかがでしょうか?」


「譲位、だと?」


「はい。皇上自らが下々に譲位お示しあそばれる。諸将百官も流石に否とは申せないのでは?」


 室内が静まり返る。

 三者が各々、その可能性を考慮しだしたのだ。

 そして、最初に声を発したのが、


「毛利よ、汝を面罵したこの董卓に頭を下げさせてくれ」


 であった。


「いや、そんな困ります!」


 董卓の部下には血気にはやる者が多い故、


(こんな所見られたら俺が殺されるわ!)


 毛利は董卓に面を上げる様必死となった。


「董卓殿、その様な姿を他者に見られれば、毛利黄門にどの様な累が及ぶ事か。顔を上げるのじゃ」


「……確かに。だが毛利よ、我は汝の言葉に千金の価を見出した思いだ。いずれ相応しい礼をしようぞ」


「は、はぁ……」


「なんだよ、毛利! 董卓様がこうまで言って下さってるんだ! 喜ばねば失礼であろうが!」


「そ、そうでした、牛輔様! 有り難き幸せ? でございます!」


「うむ!」


「じゃが、これから忙しくなるぞ! 先の袁紹とその一派が騒ぎ立てる前に動かねばならぬ!」


「明日にでも臨時の朝議を開き、皇上直々の御言葉を賜われる様に致そう」


「その際、董卓殿の酒宴をいたずらに騒がした罪と称し、この慮植様が自ら官職を離れる。けじめ、と言うやつじゃな」


「だが、問題は慮植殿共に反意を示して貰った丁原だ」


「董卓様、既に詫びを入れたと噂を流しましょうぞ」


「それが良かろう。後任の尚書には袁紹一派辺りからの推薦を受け入れるのも手よな」


「良い考えじゃ。それから、皇上の御言葉を賜わり……」


 彼らは密議をこらす。

 終わったのは日が完全に暮れた頃合いであった。




 九月一日、司空董卓が皇上劉弁が陳留王劉協に対し皇位を譲位する旨が布告された。

 合わせて〝永漢〟への改元もだ。

 当初、洛陽の街中は突然の事で人々は驚きを露わにするも、次第に事を受け入れた。


「今度の帝様は何年続くやら」


 と密かに言葉を交わしながら。

 宮城の中もまた同じく。

 朝議の際に董卓を罵倒した皇甫嵩などは洛陽を離れる事になるも、多くの官僚は残った。

 結果的には董卓一派のゴリ推し勝ち、と見える。

 しかし、事はそれだけでは終わらなかった。

 なぜならば、


「丁原様に謀反の疑いが掛けられた!?」


「いえ、確かな証が!」


 が判明したからだ。

 宮城内を再び激震が襲った。

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