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#020 董卓様は赤くて可愛い兎になりたいと思ってる

 八月末。

 九月が近いと言うのに、空気は変わらず乾いている。

 雲は空高くを漂い、夏の日差しを和らげる助けにならず。

 風吹かば剥き出しの土を巻き上げ、口の中をザラザラに変えていた。


 この日、董卓に命じられた城門校尉・皇甫崇が指揮する形で、涼州軍、并州軍、禁軍およびその他諸侯の兵による合同訓練が行われた。

 袁紹、袁術、曹操などの諸侯、軍官、文官らをわざわざ原野を一望出来る丘の上に集めて。

 無論、兵としての経験が浅い毛利は見学側である。

 慮植と丁原に挟まれる形で。

 不測の事態を考慮しての配置でもあるらしい。

 しかもその二人、


「良い加減年だし、実戦は兎も角、模擬戦は御免被るのじゃ」


「私等の実力は今更変わらん。皇甫崇様も承知の上だ」


 訓練免除を申し出た口であった。

 ちなみにだが、合同訓練一番の見所は将機同士の模擬戦。

 陣形をいかに早く変えられるかを涼州軍と并州軍が競っているその端で、何体もの将機が立ち並んでいる。


「お、いよいよ将機同士の模擬戦が始まる様じゃな」


「初戦は儂の娘婿からだな。相手は……ほう、李傕か」


「呂布様が李傕様を選んだ……とは思えません。逆指名されたのかも知れませんよ」


「違いない、違いない」


 そうこうしている間に、二体の将機が向かい合った。

 パッと見、草食獣のガゼル対イタチによる対決。


(李傕の武具が鎌っぽいからカマイタチだな)


 対する呂布の将機が構えし武具は戟。

 L字に突き出た刃が、突くのに良し、掛け切るにも良し、な武器である。


(方天画戟はどこいった)


 無知故に毛利は知らぬが、方天画戟はもっと後の時代に産まれた武器なのだ。

 唯一二体が全く同じ所と言えば、表面の色が共に薄灰色である点、だけであった。

 いや、それを言うならば——


「それにしても薄灰色の将機しか見ませんね」


「模擬戦とはいえ、打ち所が悪いと輝石が割れるからな」


「輝石が割れる?」


 丁原が発した、毛利が初めて耳にするフレーズ。

 慮植がそれを補足する。


「儂の将機を見たことあるか?」


「慮植様のは確か、琥珀色の将機ですね」


「そうじゃ。その輝石がこれだ」


 毛利に対して差し出された掌には、黄色に輝く石が乗せられていた。

 間違いなく琥珀だ。


(琥珀って鉱物……貴石扱い?)


 触ると鉄の様に硬い感触が返ってきた。


「これを腕の七星に重ねると、輝石に応じて部位が琥珀色と為るのじゃ」


「どうして輝石を使うのですか? 見た目が華やかだから?」


「組み込む輝石によって、部位の特性が変わるからよ」


 横合いから丁原が説明を始める。

 それはおおよそ次の内容であった。


 道端の石ころを使うと薄灰色の将機となる。

 特性に秀でた点はなく、しかも装甲が脆い。

 故に凡将機とも言われている。


 対して輝石を用いた場合、先ず挙げられる利点が装甲の変化だ。

 有り体に言えば硬くなり、なまくらな矢が一切刺さらなくなる。

 つまり、防御力が上がるのであった。

 加えて、輝石の発する色に応じた特性が将機に備わるのだ。


 赤い輝石を使うと、部位の速さが増す。

 七星全てを赤い輝石に重ねると将機のトップスピードすら大幅に上がる、と言う具合に。


 黄色い輝石は力。

 緑だと将機の連続稼働時間が延び、青は総じて防御力が上がる、などなど。

 更に黒は将機の発する音が消え、白系は何故か戦場における耳目を集めるらしい。

 因みにだが白い将機で有名なのが〝白虹(はくこう)〟。

 江東の虎と呼ばれ、恐れられる孫堅が有している。


「他にもあるが、大凡は以上だ」


「堪らんじゃろ?」


「(なんて子供心をくすぐる仕様!) はい! 私もいつか必ず将機を得たい、そう強く思いました!」


「そうじゃろう、そうじゃろう。弟子の一人、劉坊も今のお主と同じ様な目をしておったわ。その所為か、儂の話をまるで聞かず、将機の真似事ばかりして遊び呆けておったがな」


「お、試合が始まったな」


 丁原の言葉通りに、睨み合う二体の将機。

 一体は二つの鎌を忙しなく動かし、一体は構えた戟をピクリとも動かさない。

 じわりじわりと近づくのは、鎌を持つ方であった。


——ゴクリ


 誰かの喉が鳴る。

 聞こえる筈のないそれを合図にしたかの様に、二体が互いに踏み込んだ。

 大音が轟く。

 巨体が大地を踏みしめた音だ。

 直後、毛利の体が揺れる。

 巻き上がる土煙が二体を覆い、たまたま吹いた風に流された。


「凄い……まさかここまでとは……」


「なんじゃ、将機同士の戦いを見るのは始めてか?」


「え、ええ……(黄河の河畔でも見たが、あの時は巻き込まれない様に逃げるので必死だったし……白波賊との一戦は一方的だったし……)」


「なれば、刮目して見よ、じゃ。ゆるりと観戦する機会なぞ、戦場でも早々ないからのう。しかも、本番はこれからじゃ!」


 その間も、二体の将機は二合、三合と刃を重ねた。

 やがて、彼らは再び距離を取り合う。

 李傕の将機からは荒い息遣いが聞こえそうだ。


「何て動き! 感動的ですらあります!」


「そんなにか?」


「ええ、あれ程の大きさを有する存在が、ここまで動けるとは。それに、将機同士の一戦がこれ程激しい代物になるとは思いもしませんでした。僕ら一兵卒など、不要なのではないかと思う程です」

「だが、然に非ず」


「そうなのですか?」


「左様、一見堅牢そうな将機でもある程度の腕を持つ兵の弓矢、剣は通るのじゃ。凡将機なら言うに及ばず、じゃ」


「なんと!?(と言いつつ、そう言われてみれば……)」


「でなければ、戦場に兵を出せぬ」


「的になり易い所為か、弓兵には良く良く狙われるでな。痛いは重いはで大変じゃて」


「しかも、足元を狙えば倒せる。這い蹲った将機なぞ、恐れるに足らぬ」


 更に数合重ねた呂布と李傕の将機。

 一方は体力の限界が近いのか、荒い息遣いが外にまで聞こえる。


「……ふむ、呂布の勝ちだな」


 丁原のその言葉通り、次の瞬間には鎌を持った二つの手が空を舞っていた。

 少し遅れて、将機が地を蹴ったであろう音が届く。

 土煙の中、李傕が「あれ?」と言わんばかりに、腕の切断面を交互に検めていた。


「す、凄いですね、呂布様は」


「普段はあんなだがな。あれが董卓の爪の先程もしっかりしてくれたら、儂もはれて隠居出来る、と言うものよ」


「そりゃ、しばらく無理じゃの。あれには覚悟が足りぬ」


 慮植の言葉に、丁原が大きく頷き返した。


「所で、話を戻すのですが……」


「なんじゃ?」


「武器がそれぞれ違うのは何故なのでしょう?」


「個性、だな。其の者が得意とする武器が発現するのだ」


 いい加減、もとい柔軟な仕様である。


「将機によって見た目がぼんやりしてる武器と、そうでない物が見受けられますね。その差はあるのでしょうか?」


「勿論じゃ。毛利も恐らく分かっていて聞いていると思うが、輪郭がはっきりしている方が強度が有り、且つ威力に優れる」


 やがて質問は、核心部へと移る。


「将機はどうしたら得られるのでしょう?」


「将機を得るには将としての器が必要不可欠じゃ」


「将としての器?」


「左様。日々弛まぬ努力と、将として戦う自覚。両方が足りねば、将機は発現せぬ」


 毛利は思わず、首を傾げた。


「なんと言いますか、私には甚だ難しそうです。文官としても力不足を感じてますし、お暇を頂戴するのも時間の問題ですかね。はぁ……」


「そう腐るでない。それに、乗るだけなら他人の将機でも可能じゃぞ。戦はむりじゃがな」


「……ですよね。でも、どうせなら自ら発現した将機に乗りたかったなぁ」


「なぜだ?」


「だって自分の身は自分で守りたいですから」


「普段は女々しいが、そういう所は男の子だな」


「女々しいは余計ですよ」


 情けない顔をして毛利は零す。

 だが、彼は新たな疑問を得たのだろう、身を乗り出し将機を具に眺め始めた。


「今度はなんじゃ?」


「形です。それぞれが違う形なのは何故でしょうか?」


 董卓は兎耳を有し、牛輔の将機には角があった。

 呂布のにも細く長い角が生えているのだ。


「それこそ、人の意思の露われ、だ。こうありたい、というな」


「つまり、慮植様の将機の場合は……」


「強く、そして孤高の虎の姿に憧れたのじゃ」


「丁原様のは?」


「白狼だ。強く、気高く、が一度主人に心を許すと死ぬまで仕える所がな」


 納得したかに思えた毛利。

 だが彼は、更なる疑問を見出す。

 それは、


「だとすると、董卓様は赤くて可愛い兎になりたいと思ってる、って事ですよね?」


 であった。


「……」


「まさかのう……」


 それとも、董卓に限って例外なのだろうか。

 気不味い沈黙が辺りを覆った。


「それはそうと、皇上の下に足繁く通っておるそうじゃのう。権威欲に目覚めたか?」


 あからさまに話題を変えたのは慮植だ。

 空気を読める毛利はそれに応える。


「……それこそ、まさか、です。皇上には良くして頂き、感謝の念を忘れぬ日はございませんが」


「では、傍で仕えるお前から見て、どんなお方だと感じておるのじゃ?」


「うーん……守ってあげたくなる、そんな感じでしょうか?」


「守りたくなる、だと?」


「ええ、皇帝だからでしょうか? あと、やはり命の恩人だからかも知れません。今思えば、皇上が拾ってくれなければ、私は黄河の河原で死んでいました」


 それに、丁原が応じた。


「違いない」


「丁原様も?」


「まぁな。執金吾にまで上り詰められたのは偏に皇上、皇家あってこそ、よ」


 丁原の、皇上への思いは尽きる事がない。


「加えて、皇上あっての国。故に、神聖にして不可侵の存在よ。例え、いかなる問題があろうともな。だが……いや、なんでもない」


「なんじゃそれは。この慮植、気になるではないか」


「そうですよ、丁原様。何です? 悩み事ですか?」


「然に非ず。その御恩を如何にして返すべきか、日々悩んでおるのだ」


「はぁ」


「お前もだぞ、毛利黄門」


「え?」


 毛利は目を丸くした。


「先ほど申していたではないか? 皇上あってこそ今のお前がある、と。それは正に大恩。日々黄門として忠勤に励むだけでは決して返せぬ程の大きな恩だと思うぞ」


 だが、確かにその通りであった。

 死地にいる最中、拾われたのだから。

 しかしそれは、


「身を賭す程の、ですか?」


 と、彼は思い悩む。


「それはな、毛利。御主自身が決める事だ」


 毛利は思はず、ハッとなった。


 その後も、模擬戦は順調に進められた。

 張遼と郭汜はいい勝負となり、最後は郭汜が勝った。

 牛輔と樊稠は牛輔が勝り、徐栄と華雄は徐栄が圧巻とも言える勝利を見せた。


「あれ? そう言えば、董卓様のお姿が見えませんね?」


「彼奴、昼から自ら主催する宴を開くと言うのに、急ぎ皇上に上表せねばならぬ一件がある、と申してな。正に、息つく暇もない忙しさ。真に頭が下がるわい」

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