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#019 董卓が太尉になった

 八月下旬、董卓が太尉(軍の最高権力者。三公の一つ。一品)に任じられた。

 それと前後して、宮中における毛利の立場が一変する。

 その様相はとある日の、朝練での出来事からも垣間見えた。


「おい、そこのヒョロ長いの。貴様が下賤の身で董卓様に取り入った、毛利とやらか?」


 カマキリの如き背の高い男が、突然毛利に喰って掛かったのだ。

 一方の毛利はと言うと、昨夜から夜を徹して涼州兵十数万人の受け入れ作業に従事していた。

 つまり、酷く疲れていたのだ。

 だからだろう、


「は? いきなり何ですか、貴方は?」


 彼は思わず、口を滑らせてしまう。

 よりにもよって、明らかに年のいった相手に対して。

 三国時代の社会は儒教で九割方出来ていると言うのにだ。

 甚だ迂闊であった。

 故に、


「この李傕に向かって、何て口をききやがる! 指導だ!」


 毛利に対して突如振るわれた一撃。

 鈍い音が頭から発した。


「ぐぇっ!」


 倒れ伏す毛利。

 男の手には黒鉄色した棒、二本一対で用いられる双鞭が握られていた。


「どうしました、毛利殿!」


「御主がやったのか! この者を、皇上の覚えめでたき黄門と知っての事であろうな!」


 音に驚き、呂布と張遼が駆け付ける。

 彼らは毛利との朝練に、いつものごとく居合わせていたのだ。


「余計な口出しは無用! 今は董卓様が率いし、涼州軍内での規律を正している最中よ!」


 毛利を助け起こそうとする呂布の前に、李傕が立ち塞がる。

 その後ろから、今一人の偉丈夫が声を張り上げた。


「その通りよ! この毛利とやらは、涼州軍に一介の舎人(しゃじん)(雑用係り)として名を連ねている! 并州人は黙っていて貰おうか!」


「并州とか、涼州とか、この洛陽においては少しも関係ないのでは……」


「お、お待ち下さい、呂布殿。あの者は董卓様麾下にて名を馳せし、胡軫(こしん)やも知れません! 丁原様に累が及ばぬ様に致さねば……」


 呂布が至極まともな正論を口にする。

 それを張遼が諌めた。

 直後、這い蹲っていた毛利がむくりと起き上がる。


「痛ってえぁ……」


 流石の石頭である。

 打たれた場所は赤くなれど、たんこぶにすらなっていない。


「毛利殿、無事なのですね!」


「双鞭で頭を打たれたと知り、この張遼は万が一を覚悟しておりましたぞ!」


「ちっ……何て頭してやがる……」


 最後の声は李傕であった。

 そこに、騒ぎを聞きつけた者達が集う。


「我は慮植、尚書である! この騒ぎは何じゃ!」


「儂は執金吾丁原! 揉め事ならば預からせて貰うぞ!」


「揉めてなどおらぬ! のう、李傕!」


「ええ、訓練と称して〝かわいがった〟だけにございます。躾のなってない新兵を鍛えるには、これが最適でしょうに」


 事実その通りであった。

 統率を乱す新兵はこの様にして使い物にするのだから。

 慮植と丁原は歯噛みする。

 すると、


「おう、胡軫に李傕! 着いた早々、お前らも朝練か? 精が出るな!」


 牛輔が現れた。

 場違いな程爽やかな顔をして。

 だが直ぐ様不穏な空気を察し、顔が歪む。


「……で、何があったんだ?」


 呂布や丁原から一部始終を聞き取り終えた牛輔、彼は盛大な溜息を吐いたかと思うと——


「毛利はなりたくて黄門になった訳ではない。皇上に請われて黄門を務めている。勘違いするな。それと毛利が涼州軍舎人なのは、董卓様が毛利の命を狙う者へ、董卓の庇護下にある事を知らしめる為。それを弁えよ」


 李傕が物凄い形相で丁原と呂布を睨み付けた。


「だがな、躾が甘いのは事実。胡軫と李傕が毛利を諌めたくなる気持ちは当然だな」


 胡軫がニタッと嗤った。


「そこでこうしよう。李傕!」


「は!」


「御主の時間が許す限り、模擬試合にて毛利をしごいてやれ!」


「は! と言う訳だ。小僧、可愛がってやるぜ」


 李傕が舌舐めずりする。

 毛利の口元が歪んだ。


(もう、あったまに来た! 隙を見てやり返してやる!)


 対する李傕も嬉々と笑い返した。


「何か問題はあるか、毛利?」


「否!」


 毛利と李傕は対照的な顔を見合わせながら、互いの得物を相手に向けあった。




 丁度その頃、董卓はとある将軍と密談していた。


皇甫嵩(こうほすう)様、お久しぶりです」


 嘗ての上官である。

 黄巾の乱を鎮めた立役者の一人でもあった。

 だが、二人の関係は決して良好ではない。

 それは董卓が并州牧に就く際、自らが率い育てた軍を皇甫嵩に手放さなかった所為でもあった。


「久しいな、董卓。いや、今や、董卓様、か。随分と上手い事やったではないか」


 董卓は彼の皮肉に動じぬ。

 それは只々、その余裕がない所為でもあった。

 だが、口にした皇甫嵩は目を見張った。


「皇上にお会いなされましたか?」


「無論、お会いした」


「気が付かれましたか?」


「ああ、随分と心労が重なっているご様子。腹を時折おさえられていたな」


 董卓は顔を青褪めさせた。


「それだけか? もしや、お分かりにならなかったのですか?」


「ん? なにを申しておる?」


 途端に影が差した董卓の顔。

 彼は一旦俯き、その後面を上げ、


「召し出した書状に認めた通り、皇甫嵩様には城門校尉に就いて頂きたい。なれど、涼州軍、并州軍、禁軍と軋轢が生じつつある。涼州兵十数万が都入りした今、尚更となるであろう。故に、これを先ずは何とか収める知恵を出して貰いたい」


 話題と口調を変えた。


「涼州兵を帰せば良かろう?」


「ならぬ」


「并州を戻すのは?」


「それもならぬ」


 董卓は言わなかったが、都を追い出された丁原の口から件の秘密が漏れる、それを甚だ恐れたからだ。

 皇甫嵩はふーっと疲れを吐いた。


「董卓、御主何を考えておる?」


「それはいずれ、この董卓が催す宴にて明らかにしましょうぞ」


「だがその前に、先の問題を解いておきたいのだな」


「如何にも」


 腕を組み、首を傾げる皇甫嵩。

 人差し指で「トントン」と腕を何度か叩いた後、口から出た答えは、


「古来より仲違いする者を合力させるには、共通の敵を作る策が常套手。遊牧の民や白波賊が押し寄せてくる兆しが見られると称し、共に調練するが良かろう」


 であった。

 董卓はその意見を入れる。

 更には、後任の司空に楊彪(ようひょう)を、司徒に黄琬(こうえん)太常(たじょう)(九卿の一つ。天文観測、音楽、祭祀を司る。三品)に馬日磾(ばじつてい)を推すと決めた。

 それには、先日無理を言って招聘し、祭酒(学政をつかさどる長官)に任じた蔡邕(さいよう)の意見も多分に含まれていた。




 皇甫嵩との密談が終わった後、やや遅れて毛利が司空府に入る。


「李傕にしごかれたそうだな。怪我はないか?」


「石頭のおかげか、青痣ですみました。その他は全身の打ち身だけです。それよりも董卓様の方が辛そうですよ」


「古い付き合いのある者とすら、中々意思の疎通が上手くいかなくてな。いっその事感情を廃し、何も考えず、只々皇家存続の為だけに邁進すべきなのやも知れぬ」


 董卓が珍しく弱音を吐く。

 毛利は思わず、


「ふふ」


 と笑った。


「……何がおかしい」


 董卓の目が怪しい光を宿す。

 彼は今にも腰に佩た剣を抜き放ちそうだ。


「も、申し訳ありません! ですが、つい董卓様と同じ悩みを持っていた人物を思い出してしまいまして」


「それの何処が面白いのだ」


「実はその人物、とある御伽噺に出てくる鉄面皮、劇薬なる渾名を持つ官吏の事なのですが、崩壊しかけていた自らが仕える国を身を賭して救うのです。それがまた、董卓様に良く良く似ておりましてね(動物を愛でるところなんかが特に)」


「ほう? 詳しく話せるか?」


 身を乗り出す董卓。

 背中を預けられていた火山が「あれ?」と首を捻る。


「うろ覚えの内容で良ければ」


「構わぬ。何かしら参考になる所があるかも知れぬからな」


 毛利は語った。

 その者が諸将と軋轢を生じさせながらも、自らが憎悪を一身に集め、未来を託した若き皇帝と皇子の盾になる生き様を。


「ほう、そんな御伽噺が。して、その目論見は上手くいったのか?」


「まぁ、一応は」


「一応?」


「本人は暗殺されました。皇子の政敵を道連れにして」


「……そうか」


 董卓は暗い笑いを浮かべた。

 流石の毛利も、その意味が分かるほどに。


「お止め下さい。あれは下策です。董卓様の様に家族を持つ者ならば尚更に。それに……」


「それに?」


「慣れない事すると心労で太りますから」


「それは困るな。細君に嫌われてしまう故にな」


「でしょう」


 明るい顔に戻った董卓を目にし、毛利は心持ちホッとする。

 と同時に、部屋の空気が変わった。


「時に、御主と皇上との関係はどうなっておる?」


「皇上との?」


 首を傾げる毛利。

 問うた董卓はと言うと、「まだ分かっておらぬのか」と息を吐いた。

 実はこの董卓、先の皇甫嵩との遣り取りを見るに、秘密を共有できる仲間が欲しいだけなのかもしれない。


「……毛利は、皇上に如何にして接しておるのだ?」


 皇上劉弁は臣下との会話を、弟である劉協を介していた。

 そこに例外は殆どない。

 僅かな例外と言えるのが、この董卓と——


「はい? ごく普通に会話してますよ?」


「なれば、何か気付いた事はないか?」


「うーん……ここ最近、微熱気味かも知れませんね。昨日あたりからいつ見ても、顔がほんのり赤いんです。そう言えば、下腹部が痛いって言ってた様な……」


 董卓が、いよいよ盛大な溜息を吐いた。

 そこに突然、丁原が現る。


「じゃまするぞ、董卓。おっ、茶色いのが増えてるな!」


「て、丁原様! って、本当だ! 猫が一匹増えてる!」


「……ちっ、なに用だ、丁原?」


 だが、丁原は無視して猫を猫かわいがりしていた。

 やがて満足したのか、先の問いに答える。


「呂布が居らず竹簡が読めなくてな。毛利に読んで貰おうと思った次第」


「……」


 さしもの董卓も無言である。


「もしかして、今まで呂布様に読ませてたのですか?」


「その為に主簿として召し抱えたからな。まさか婿に来るとは、あの時は思いもせなんだ。あれから早いもので八年か……」


「いや、その間に字を覚えましょうよ、丁原様」


「辺境の、しかも寒門に育った儂が洛陽に招聘されるなど、しかも、執金吾になるとは思わんもん。分かってたら恥を忍んで教えて貰ってたわい」

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