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#013 洛陽二日目がようやく終わった


「洛陽二日目がようやく終わりました」


「わふっ!」


「朝も早く、今日は本当に大変な一日でしたね」


「わふっ!」


「でも、無事に終える事が出来そうです。それもこれも火山のお陰です」


「わふっ!」


「これは私からのほんのささやかなお礼です。皇上からの頂き物ですが、宜しければお納め下さい」


「わっふー!」


 官舎に戻った毛利と火山は、少し早めの夕飯を摂っていた。

 と言っても、一人と一匹の前に並べられたのは饅頭のみ。

 しかも、餡は毛利に馴染みのある漉し餡ではなく、野菜の餡。

 言うなれば〝パン生地のおやき〟であった。

 大きさは軽く拳大。

 火山はそれを、ペロリ、と平らげる。


(体がでかいだけあって流石だな)


 毛利も負けじと喰らった。


(あれ? 意外と美味しい)


 そこに、


「よお、毛利。おっ、火山もいたか」


 牛輔が登場。

 驚いた事に、彼の目の下の隈は、ますます酷くなっていた。


「こ、これはこれは牛輔様。ご機嫌麗しゅう?」


「……てめぇ、喧嘩売ってんのか?」


「め、滅相もございません」


「ったく。……ってお前ら、美味そうなの食ってるな?」


「ああ、これですか? 皇上に頂いたお土産です」


 途端に、牛輔の顔が「げぇ……」と崩れた。


「こ、皇上から賜った品を火山に食わせてるのか?」


「……と言う事は、いけませんでしたか?」


「わふぅ?」


 「何で、何でこの火山が食べてはいけないの?」と言わんばかりに首を傾げ、更には立ち上がる火山。

 あの牛輔が、一歩下がった。


「お、お、お前はなんでそんな事も分からねぇっ……。って、火山もそんな目で俺を見るな。う、唸るなよ! ……ち、しょうがねぇ。み、見なかった事にしよう。だが、お前も口外するなよ? 下手したら不敬罪で討ち首なんだからな!」


「そんなに!?」


「ったりめーだ! 皇上から賜った品だぞ! 普通は先祖の霊に供え、それからたいそう有難く頂き、その姿を世に見せねばならん!」


 それを受けて毛利は、


(なんて面倒な。もう、劉弁から物を貰うのはよそう……)


 と心に決める。


「では、牛輔様もお一つどーぞ」


「お、悪いな。腹が減ってしょうがなかったんだ」


 毛利は牛輔が豪快に平らげる様を見て、


(しめしめ、これで共犯が増えたぞ)


 小さく口元を緩めた。


「ところで、牛輔様。この毛利に何か用があったのでは?」


「ああ、そうそう。これ、今日の晩飯だ」


「え!? あ、ありがとうございます。でも、どうしてまた……」


「ついでだよ、ついで。お前に新たな命が下ったのでな」


「命令?」


「我らが主、董卓様からだ」


「ん?」


「察しが悪いな、お前。董卓様一派としての、初仕事、だ!」


「ああ、そうでした(俺、董卓の派閥に入ったんだ)!」


「夜半に出かけるから、食ったら直ぐに寝ておけ」


「この真夜中に?」


「そ、今日から七日程毎夜、兵装をして、だな」


「一体何を……」


「言うなれば、夜間行軍の演習、だな。なぁに、大した事はしねぇ。ただし、やった事は皇上にも秘密だからな」


「はぁ……」




 その夜の、草木も眠る丑三つ時。

 毛利は牛輔に連れられ、洛陽を密かに抜け出していた。


「あの、牛輔様。一体何処まで……」


 慣れぬ兵装を身に纏い、それも随分と遠くまで。

 毛利の体感時間にして二時間は歩き続けた。

 何度も同じ問いをするのは致し方のない事であった。

 その度に、毛利に対して、


「静かにしねぇか!」


 牛輔は鬼の形相を返した。

 やがて、目的に辿り着いたのだろう。

 月明かり、星明かりの下に人影が幾つも浮かび上がる。


「董卓様の兵?」


「ああ、涼州兵だ。無論、兵だけではない。彼奴等を率いる部将も当然いる」


 牛輔の指し示す場所、そこには——


「将機だ! それも……」


「ああ、董卓様の赤兎だ」


 見覚えのある巨大な人型兵器が。

 ただし、


「あれ? 月明かりの所為か分かり辛いのですが……もしかして、色が赤くない?」


 色が灰色掛かっていた。


「当たり前だ。紅いと董卓様だとバレちまうだろうが」


「……バレる?」


 シルエットは誰がどう見ても董卓の赤兎。

 色は違えど特徴的な兎耳までも有するのだから。

 加えて、将機の足元には赤い巨犬、火山が嬉しそうにじゃれついてた。


(マーキングしてるのか? いや、そんな事よりも、誰がどう見ても董卓の将機、赤兎、にしか見えないんだが……)


 牛輔が苦々しげに答える。


「良いんだよ、あれは、あれで」


「でも、何でここまでして……(夜毎密かに洛陽を離れては、明け方前に再び入洛する。それを幾日も繰り返す意味なんて……)は! ま、まさか……」


「やめとけ。一兵卒のお前が知らなくても良い事だ」


「兵を多く見せるために?」


「チッ……小賢しいねぇ」


 牛輔は「やれやれ」と頭を掻いた。


「兵だけでなく将……将機もその分……」


「ま、そう言うこった」


「と言う事は、もしかして牛輔様も?」


「まぁな」


 その言葉に、毛利の目が輝く。

 古代中国にいるとは言え、彼は紛う事なき現代っ子。

 新たな人型兵器を目にする事が出来る、と胸を躍らせたのだ。

 だが、そこで毛利は気付く。


(あれ? そもそも、将機って董卓様の赤兎しか見当たらないんだが……)


 辺りにそれらしい物体が、影も形もない事に。

 しかし、当の牛輔はと言うと、どこ吹く風。

 それどころか、左腕を捲り始めた。


「あの、牛輔様?」


「何だ、毛利?」


「牛輔様の将機らしき影が見当たらないのですが……」


「そりゃ、そうだろう。まだ、出してないんだから」


「出してない? (移動要塞的な何かから? もしくは空から降りてくる? って、そんなの有る訳ないか……)」


「お前、俺が事前に将機を出し、この辺りに隠しておいた、そう思ったのか?」


「ええ、まぁ……(出しておく、の意に重大な齟齬があるような、ないような……)」


「いくら俺でも、そこまでの体力はねぇよ」


(一体何処から、身体能力の話に!?)


 混乱に拍車の掛かった毛利を他所に、牛輔はガハハと笑ったかと思うと、左腕の手甲を外した。

 下から表れたのは、飾り石が一つと付いていない簡素な腕輪。

 不意に、牛輔は左腕にグッと力を込めた。

 途端に、幾つもの光点が腕輪に現れる。

 それは、


(一、二、三……)


 七つあった。

 その光に重ねるかの様に、牛輔は付近に落ちていた薄灰色した小石を置く。

 不思議と落ちない。

 それどころか、石自体が燐光を放ち始める。

 七つ全てが置き終わった、その刹那、


「……ぇ、えぇぇぇ!?」


 牛輔の眼前に薄灰色の燐光を纏った将機が、いつのまにか出現していた。

 まるで、逆神隠し、である。


(なんだよ! どうなってんだよ、コレ!? ファンタジー? つまり、三国時代はファンタジー世界だった!?)


 耳慣れぬ鼓動が辺りに響き始めた。


「どうだ? これが俺様の将機だ」


 誇らし気な顔を毛利に向ける牛輔。

 左手が愛おしそうに薄灰色の将機を撫でていた。


「……ぎゅ、牛輔様らしい、素晴らしい将機だと思います!」


 毛利は苦労して言葉を選び、声に出した。

 それは、将機の頭に牛の如き角が生えていた所為でもあった。


「そうだろう、そうだろう。銘は、蚩尤(しゆう)、だ。覚えておけ」


 毛利の言葉にまんざらでもない様子の牛輔。

 因みにだが、蚩尤の由来は中国の神話に出てくる、不死身の戦神である。


蚩尤(しゆう)……。牛輔様らしくない名だ。「牛鬼」とか似合いそうなのに。でも、見た目は凄く良いな。後は……これもホバリングするのか? 赤兎と同じく、これまた脚が細いけど。ってか、あれはヒールブーツだろ。それでいて、硬質なボディ。猛々しい頭部の角。間違いない! これは強い!)


 毛利は食い入る様に将機を仰ぎ見て、更には近づき恐る恐る触れた。

 大理石の様な冷たい感触、


「おほっ」


 毛利は嬉し気な声を上げた。

 だからだろう、彼を良く知る者が聞けば驚く発言をこの後した。


「乗ってみるか?」


 自らの将機に他人を乗せる、人にとっては愛する人を貸すに等しい事であった。


「……え?」


「だから、そんなに目を輝かせるんなら乗ってみるか、と言ったんだ」


「わ、私にも乗れるんですか?」


「当たり前だ。無論、戦は無理だがな。当人の出した将機でないと、力を十全に出せん。ただし、移動させるぐらい、荷を運ぶぐらいなら誰にでも出来る」


「本当ですか!」


「馬鹿! 声がデカい!」


「す、すみません。でも……」


「饅頭の礼だ。この牛輔、余りに過分な品を頂戴した故にな」


「(え、そんなに嬉しかったの? なら……また貰ってこようかな?)……わ、わかりました。でも、どうやったら一体……」


「乗り方か? 馬に乗る様に将機に触れれば乗れるぞ?」


 「何でそんな事も知らないんだ」と牛輔が首を捻る。

 対する毛利はと言うと、


(その馬にすら乗った経験がないんですが……)


 と内心零していた。


「なんだその顔は。取り敢えず、言われた通りにしてみろ」


 毛利は「ままよ」と言わんばかりに軽く触れてみた。

 馬の尻を愛おしそうに撫でるイメージで。

 すると次の瞬間、毛利の視界が大きく変化した事を知る。


(た、高っ!)


 地上五メートルから見下ろす景色にだ。

 それどころか、牛輔の将機と一体となっている自分を知った。

 将機の足が自らの足となり、大地を踏みしめる感触が伝わる。

 将機の腕が自らの腕となり、平原を吹き抜ける風を感じていた。

 加えて——


『こ、こいつ動くぞ!』


 自由に動かせる。


「だから、一々声がデケェよ!」


 つまり、将機の全てが、自らの血肉の如きに成り代わっていたのだ。


(これが、将機!)


 だからだろう、


「おい! 無視すんのか、毛利!?」


『……え!?』


 咄嗟に謝ろうとすると、


『す、すいません、牛輔様!』


 手と手を合わせる全高五メートルの人型兵器。

 昭和のロボットアニメを彷彿とさせる景色である。


「……もう駄目だ。降りろ」


『え、そんなー。ちょっと、後、ほんのちょっとだけ……』


 その「ちょっと」の手つきがいやらしいのは毛利だから、だろうか。


「駄目なものは駄目だ! 大体、そう言う奴に限って、ちょっと、で終わった試しがない!」


『その心は?』


「俺がそうだから、って何余計な事を言わせやがる!」


 直後、強制的に降ろされたのだろう、毛利は地面の上に投げ出されていた。

 そしてその後は夜明け前まで〝董卓軍勢水増し作戦〟に付き合わさる筈であった。

 偶然、賊を発見するまでは。

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