表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

再確認した幸せ

月曜日16時更新に変更しました!

おそらく真昼間、一番忙しくなりそうな時間帯に、俺たちはバイトを終える。怜治が言うには「どうせ客は来ないからいいんだ」とのこと。ちなみにこれで、時給は900円。4時間だが、楽なことを考えたら十分だ。

神社へと向かう。まだ真夏、空は高く、日差しは強く、蝉が鳴き、汗がにじむ。だが、それは、とてもとても平凡で、これが普通の夏で、隣に友達がいて笑っている。

……なぜこんなにも平凡から遠かったのだろう。不思議なほどだった。

神社の階段はきつい。急で長い階段をずっと上っていく。息を切らし、汗を垂らしながら、ようやく平地にたどり着く。木々に囲まれた神社、空気は突然変わる。涼やかで、心地よい、さわやかな空気。それはまるで、さっきまでの階段とこの場所が、結界で区切られているかのようだった。

風が吹き、木の葉が揺れ、さぁと音を立てる。それがまるで合図のように、そこには日和たちの姿があった。


「あら、今日は寝坊しただけ、来るのが遅かったのね、和仁」

「ね……姉ちゃん!」


朝の姿と変わらない、日和がそこにいる。手を腰に当て少しかがむように、和仁を睨む。しかし、その眼光は、鋭いものではなく、優しさと恥じらいを含んでいた。


「覚元くんが寝坊なんて珍しいですね。時間をきっちり守って、何事も真面目な覚元くんも、お茶目なところがあるんですね」


口元に手を当て、上品に、志乃は笑う。紀和志乃、和仁にとっては2年上の先輩で、本来の世界ならば、2年前の事件の際に大けがを負い、それから出会ってなどいなかったはずだが……

おかしい、と、和仁は脳内でつぶやいた。どこからか、記憶が途切れている。いや、あやふやだ。紀和志乃と、2年後の18歳になった和仁は、出会っていただろうか。

いや、今はそれはいいとしよう。ともかく、ケガをしていたはずの志乃が元気である様子を見て、和仁は少し安心した。


「先輩は可愛いなぁ……お兄ちゃんは私に起こされなくても起きてよね!」

「俺、今日は怜花に言われなくても起きたからね!?」

「うっさい! いつもちゃんと起きて!」


怜花は、兄、怜治と言い合った後、頬を膨らまし、顔をそらしてしまった。似非怜花、怜治の2歳下の妹で、和仁のことを先輩と言ってくる少女だ。本来の世界ならば、記憶を失ってから出会った。

……本来の世界ならば、彼女を兄の代わりに守り抜くと誓ったはずだった。

兄である怜治の生きるこの世界で、怜花とどう向き合えばいいのか、和仁はその疑問を頭に浮かべていた。


「ははっ、賑やかで良いものじゃ」


その気配に気づかなかった。いつの間にか、和仁の後ろに、白銀の髪の毛をした幼い少女は立っていた。和仁の記憶では、このしゃべり方、この姿、二神様と呼ばれるこの町の氏神のはずなのだが、本来あるべき、白い角は、今はどこからも生えていない。


「月子ちゃん! どこ行ってたの?」

「おぉ、日和。心配しておったかの? 案ずるな、らむね、とやらを買ってきたのだ。皆の分もあるぞ、飲むとよい!」


二神様、いや月子の手に持ったビニール袋から出てきたのは、6本のラムネだった。みんなはその袋に群がり、自分のラムネを一本取っていく。


「ん? どうした、和仁。お前も飲むとよいぞ」


月子にそのラムネを差し出される。とりあえず受け取り、まじまじと見つめる。いたって普通のラムネだ。付属のふたで、ビー玉を押し込み、ラムネを開ける。そして恐る恐る、それを口にし、飲み込んだ。

程よい冷たさ、しゅわしゅわとした、甘くさわやかな味。体から抜け出た水分を欲しがるように、和仁はそれを飲み干した。よく考えれば、ここにきて何も食していなかった。よく体は保てていたものだ。


「くーっ! うめぇな! これ!」


怜治も和仁とほぼ同時に、ラムネを飲み切る。


「おぉ、和仁、そんなにのどが渇いてたのか? 言ってくれれば、イチゴ味のスポーツドリンクを……」

「……それだけは遠慮しておくよ」


怜治の好きな、まずいイチゴ味のスポーツドリンクは、この世界にもあるんだな。そう思いながら、女子3人と距離を人一人分距離を置いて、地べたに座った。


「そんなことより先輩、今日は何をしますか? 今日は一緒に料理作りませんか? 冷やしそうめん作りましょう、どうですか?」

「あぁ、いいな、それ」


すると、怜花と和仁の会話を聞いていた志乃は、少し顔を赤くして、咳払いをした。


「こ、こほん! 覚元くん、料理もよろしいですが、私と一緒に、近くの川で釣りはどうでしょう。それを今日の晩御飯にしませんこと?」

「あら、紀和先輩、先輩の横取りはいけませんよ? 釣りなんて、暑くてできませんよ?」

「何をおっしゃいますの? 山の中の川なら、涼しく釣れるでしょう。怜花さんこそ、一人占めはいけませんわよ?」

「何をぅ……!」

「あら、私、徹底的に争いますわよ?」


静かな女の戦いが始まる。和仁は一瞬、考えが追い付かなかった。そして、理解し始め、顔を赤くする。いわゆる今日のデートはどちらと行くかの争いだ。そうに違いない!

女の子と二人きり!? バカな! ありえない! 無理だ、精神的に死んでしまう、いつものような会話なんてできるものか! 第一、怜花は可愛い、志乃は美しい、どちらかを選び、どちらかを見捨てるのは、和仁には非常に無理な選択だった。


「覚元くん、今日はどっちと出かけたいです!?」

「先輩はもちろん、インドアですよね? 私と一緒に居ましょう!」

「覚元くんは体力あるのよ、アウトドアよ! 私と一緒に、出ませんこと?」


前のめりになり、ぐいっとどちらにも引き寄せられる。引きちぎりそうな勢い。いや、これがいわゆる、両手に花状態か。しかし、女子と二人きりなんて良心が許すはずもなくもってのほか。それが、本来の和仁と、この世界での特性だった。


「やめなよ、二人とも。和仁が顔真っ赤にして歯を食いしばってるでしょ?」


仲介に入ったのは、日和だった。日和の一言で、前のめりになっていた二人は、一度引く。


「和仁、今日は何する? やっぱりこんな暑い日はゲームかしら?」


日和に手招きされる。思わず、幼心に帰って、日和に駆け寄った。14年前のまだ生きていたころの日和が、そこに見えた。何気ない仕草、何気ないそのセリフに。

思ってもみないほど、体は動く。和仁は日和に抱き着き、こらえていた涙があふれ出た。


「ちょっと……どうしたの? 和仁?」

「姉ちゃんが、生きている……」


朝は忘れていた、その感情。本来ならば、姉、日和は死んでいる。和仁は、日和の死の真相を暴くために、青春を押し殺した。すべてを日和に捧げ、日和のために生きた。

その分、自分の自由がないのは苦しかった。いや、その自由をもって、日和にすべてを捧げることを選んだのか。だが、その閉塞感は、常識をすべて奪った。

だからこそ、この肌の感触が、声が、すべてが愛おしかった。願っても願っても、手に入らなかったぬくもりが、確かにあると確認した。朝は突然のことを理解できなかったが、今は理解できる。

────これは、自分の理想だと。


「悪い夢でも見たのね、和仁。今日は一緒にここに居ましょ? 誰も死なないんだから、ね?」


子供をあやすように、日和は和仁を撫でる。それを見た怜花、志乃も、和仁の背中をさすった。

その中で、ずっと泣き続けた。ようやく苦しみから、解放された。やっとここに、幸せがある。


「やれやれ、参拝にこの階段はきついのぉ」


息を切らし、よっこらしょ、と年寄りの掛け声が聞こえる。和仁は思わず顔を上げて、声のするほうを見た。あの老人────玄理だ。


「おや、最近はここは、子供たちの遊び場になっているのかな? まぁ、良いことよ」


さて、一つ参拝を。そう言って、老人は目の前を通り過ぎていく。そのあと、怜治が和仁のそばに近寄ってきた。


「あぁ、ほら。喫茶店のおじいさんは参拝に来ただろう?」


先ほどの違和感を消せると思い、和仁は怜治を見ながら、老人を指さす。すると、怜治は首を傾げた。


「何言ってんだ、和仁。そこには誰もいねぇぞ?」

「え?」



俺の常識は、少しずつ、壊れ始めていた。


うーん、やっぱり重くなりそうな予感。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ