不思議な老人
更新が一日遅れてすみませんでした。
バイト先であるレストランは、思っていたほど大きくなく、町の中にある小さなレストランといったところだ。いや、一歩間違えれば喫茶店か。見覚えがある気がするが、今は仕事をやり通すしかない。
意気込んでいると、肩をトントンと叩かれた。まるで、気を抜け、と言っているように。
「よぉ、和仁。お前にしては遅い出勤だな」
「あぁ、ちょっとした寝坊だ」
一瞬動揺する。声をかけてきたのは、2年前のあの日、確かに和仁の目の前で息絶えたはずの親友、似非怜治だったからだ。思わず身震いする。確かに和仁の肩には、彼の手の感覚がある。
……この町を襲った脅威、殺人鬼。難しい話を抜きにすれば、その殺人鬼と和仁たちは戦った。だが、真相にいち早く気づいた怜治は、先に殺人鬼に戦いを挑み、そして死んだ。
しかし、その彼がここでバイトをしている。つまり生きているということだ。どこまで世界が修正されているのかわからないが、2年前の事件すらないことを確認した。
「まぁ、いつものことだし、わかってるとは思うが、客はそんなに多くねぇ。和仁の姉さんと、大参先生ぐらいしか来ねぇよ」
あぁ、見覚えがあると思った。14年前、まだ姉、日和が生きていたころ、このレストランで和仁と日和は一緒にオレンジジュースを頼んで飲んだのだ。日和は、大参とよくここで話していた。そうだ、そのレストランだ、ようやく思い出した。
「俺たちの仕事は、メニュー聞いて、客席に運ぶだけ。ずいぶん楽だぜ。客は来ねぇからな」
「なんでこんなに客は来ないんだ?」
ガラガラの店内。おじいさんが一人座ってコーヒーを飲んでいるだけ。この周辺に客を取られるようなことでもあったんだろうか。
「あ? だって、客が少ないもんは少ないだろ。理由なんてあんのか?」
確かにそれもそうか。もともと少ないのか。変なところで納得した。いや、強制的に納得したようにも感じる。作られた世界の修正力か。
ピンポーンとベルが鳴る。
「6番テーブルのじいさんが呼んでるのか。コーヒーのおかわりか? 和仁、行ってくれねぇか」
「あぁ、わかった」
すぐに頭を切り替え、伝票を持ち、客席へ行く。
「いらっしゃいませ、ごちゅう……」
その声は途中で遮られた。その老人の眼光に、思わず怯んでしまったからだ。
「あぁ、君のほうが来てくれてよかったよ。彼は何もわからないからね」
「……?」
「すまない、急に言われてもといったところだろう。私は二上玄理と言ってね、なに、君の世界の、二上隆平の祖父だよ」
二上隆平……この町、二上町に古くからある、二上神社の仮の神主。本当の神主は今、不在と言っていたのを和仁は覚えていた。
「あなたが、本当の二上神社の神主ですか?」
「知っていたか。君の世界では、おそらく、直接的な関係はないだろうから、まったく知らないだろうと思っていたさ」
「なぜ、ここに?」
本来、和仁のいる世界から分岐したこの世界で、前の世界との記憶や繋がりを持つのは、自分しかいないと和仁は思っていた。だが、どうもそうではないらしい。
「あぁ、あっちの世界でのちょっとした失敗さ。あの世界での私は入院して、意識がないだろう。私は意識だけこの世界に来たというわけだ。どうやら、神のいたずらでね」
お茶目に言っていると本人は思っているが、その威厳、眼光は鋭いものがあり、普通の老人とは到底思えない。
「こちらの世界でのサポートをさせてもらうよ。老いぼれだが、よろしく頼むよ」
微笑むが、その微笑みすら、怪しいものに思える。その怪しさに、こちらも思わず表情が硬くなっていた。
「あぁ、そんな堅苦しくいかなくていいさ。敵対することはないからね。さて、コーヒーを一杯」
玄理はコップを手を使わずに持ち上げ、和仁に渡す。やはり、この世界でも、異能とは切っても切れない関係だとため息をつきながらも、和仁はコーヒーカップを持って、怜治に渡す。すると怜治は、コーヒーをポットから注いで「さっさともってけ。コーヒーはこんなもんさ」と顎であしらった。
コーヒーをもう一度、玄理の元へもっていく。玄理は「ありがとう」とつぶやいて、それ以上は何も言わなかった。
「あのじいさんと話してたみたいだが、なんかあったか? クレームか?」
「いいや、少しだけ顔を見かけたことがあったんだ。バイト以外でね」
「ふーん、あのじいさん見かけるなんて、どこでだよ」
その言葉に少し違和感を覚える。怜治は本当に不思議そうに聞いてきたのだ。
「どこでって? 神社……かな?」
「あー、神社ね。でも俺だって神社にはいくんだが……参拝客か? 珍しい」
和仁の言い訳は、この世界ではずいぶん違和感のあるものだったらしい。
「あ、和仁。後で神社行こうぜ!」
「え? なんでだよ」
「は? いつものことだろ? 神社行って、神様と遊ぶんだぜ?」
「二神様か?」
「そうともいうが、月子さんだろ? お前、今日は様子がおかしいな、熱でもあんのか?」
どうやら、逆に怪しまれてしまった。二神様は、精神を操る精神の目と、肉体を操る身体の目を持った、異能の神。その力を分けてもらった和仁は、その後、戦いに巻き込まれていくことになる。簡単に言うならば、特殊な力を持った氏神様といったところだ。
「日和さんも、紀和先輩も、怜花も、いつも、みんなそこにいるぜ」
「みんな……?」
「あぁ、平凡ってのはそんなもんだろ。普遍的にそこにある、みたいなさ」
そう言ってニカッと笑う怜治を見ていると、何か忘れていた、求めていたものを思い出す。
────そうか、いつも、どこにでもある、そんな日常が、欲しかったんだ。
平凡セラピーを和仁には受けてもらおう。