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<R15> 15歳未満の方は移動してください。

死んで幽霊になったのだが、俺の奥さんが毎日悲しんでて辛い

作者:瀬戸メグル
 信号無視のトラック野郎
 に轢かれて俺はあっけなく死んだ。
 ところが今、普通に日本にいるし、思考もちゃんとできる。いわゆる【幽霊】になったからだ。
 空中浮遊しながら、ちゃんと自分の葬式にも参加した。
 正直おかしくて、笑っちゃったよ。でも式では参加者達が皆、号泣してたな……。

 特に妻は酷かった。
 泣くだけじゃなく、棺桶にまで抱きついて俺を離そうとしないのだ。
 さすがの俺も、胸が締め付けられる思いだった。

 そんな葬式から早十日――
 俺達が住んでいたマンションで、今日も妻の紗雪さゆきは目を腫らしている。

「……うっ、どうしてなの、良人よしとさん……」

 ソファーに突っ伏すようにして、もう二時間はああしている。近くには俺との思い出が詰まったアルバムが重なる。

『なあ紗雪……俺は、ここにいるよ。聞こえてるか? アイムヒアー、アイムヒアー!』

 生前と同じ調子でふざけてみるが、反応はない。ずっと、こうなのだ。俺の声は、どうやら人間には届いていない。
 当たり前か!
 幽霊の声が聞こえたら不気味だわ、ガハハハハハ、ハァ……。

 仕方ないので、一脚二十万もした木製の椅子に逆立ちして遊ぶ。別に筋力はいらない。浮いてる感じかな。
 この体、そこそこのスピードで飛べるし、壁も抜けるからね。
 遊んでいると、紗雪が椅子の方にきて愛おしそうに撫で始める。

「ほんの十日前までは、ここに座ってたんだよね。この椅子、好きだったよね……」

 気力のない紗雪に、俺は本音を打ち明ける。

『なあ紗雪……この椅子さ、気に入ってるって言ったじゃん? あれ嘘なんだ。クソ高い割に、本当はケツ痛くて最悪だった』

 人間って不思議なもんで、大金払うとそれがゴミでも好きになろうと努力すんのね。
 でも幽霊になった今だから言える。
 おい椅子、お前は粗悪品だ! 俺の痔を何度悪化させたよ。二十万も払ってこの仕打ちは酷いぞ。

「どうしてこんなことに、なっちゃったんだろうね……」
『なーっ。よそ見運転とか勘弁して欲しいぜ、まったく』
「お互い仕事も順調で、これから、だった……あぁぁっ、置いてかないで、良人さん……私独りじゃ生きていけないよ……」

 あぁ、また泣き崩れた……。
 紗雪ってもっと凜としてて強い女だったのだが、ここまで弱るとはねえ……。
 それだけ、俺の影響がでかかった?
 そう考えると、俺の人生も無駄じゃなかったのかもなー。

『オーケー紗雪、そんな悲しまないでくれ。俺は死んでも元気だぞ。むしろ軽くなってスペックアップした感まである。おーい、この変な踊り見てくれよ』

 ハシャぎ回る。もうバカね〜、と紗雪はいつも笑ってくれたが、今は見えてないので虚しくなってやめる。

『参ったなぁ……。せめて言葉だけでも通じれば、嬉しいんだが』

 幽霊、案外苦しいっす。

  ◇ ◆ ◇

 最近、紗雪の食事量が少ない。
 今朝なんて、食パンを三分の一食べただけで仕事に出た。
 家にいても暇だし、心配なので職場に着いていく。
 紗雪も会社では努力して元気な振る舞いをする。

「三島さん、良かったらこれ飲んでください。自販機で余分に当たったので」

 男性社員が紗雪にジュースを贈る。
 おいアンタ、昨日も当たってなかったかい?
 続々と別な社員がやってくる。

「三島さん、色々大変でしょうし、仕事大変な時はおれに分けてくださいね。体力有り余ってるんで!」
「ありがとう、ございます。でも平気です」

 こんなやり取りが多い。まあね、紗雪はとんでもない美人だから男達の気持ちはわかる。
 スタイル抜群だし、声も透き通ってるし、俺が女なら嫉妬で死んじゃうレベル。
 だが本人は、人と会話するのも嫌みたいだ。

「……ハァ」
『あいかわらずモテるな。しかし、美人未亡人か。昔見たDVDにそんな設定あったぞ。ガハハ!』

 目の前を平泳ぎしながら話しかける。
 でも仕事に集中し出したので、別のところへ移動。ま、いても邪魔にならないけども。

<三島さん、やっぱ元気ないな>
<まだ亡くなって間もないから>
<でも、落ち込んでても綺麗だよな>
<守ってやりたくなるよな>
<旦那さんが羨ましいよ>
<けど死ぬのはかんべんw>

 おい男性社員! アプリで会話するのはやめなさい。
 つーか何かあったら本当に守れよ。俺の役目、しょうがないから譲ってやってもいい。

 仕事が始まると、みんなパソコンに向かいあうので超暇だ。ビルを抜け出して、街へと繰り出す。
 今日は風が強いな~。若いお姉さん方がスカート押さえて大変そう。

「きゃあ!?」
『すまん、見てしまった』
「もうやだぁ、風強い~、何なの」
『じゃスカート選ぶのやめようぜ!』
「でもま、誰にも見られてないしいいか」
『ガン見したごめん! 黒!』

 やべえ、日に日に馬鹿になっていく。
 人の目がないと、人はどこまで堕ちるのか。さすがに女風呂覗いたりはしてないけどな。
 夕方までブラブラして、会社に戻って紗雪と一緒に自宅へ帰る。
 紗雪はスーパーで弁当を買った。ここ最近、弁当ばっかりだ。しかもバランスとか考えてない。
 前は、あんなに栄養にうるさかったのに。
 俺が三食牛丼にしたら、かなり注意されたっけ。

『料理好きなのに、最近全然やらないな……』

 ――ハッ。
 待て待て。
 もしや紗雪のやつ、実は料理が大して好きじゃなかったのでは? 俺がいたから面倒だけど嫌々作ってたとか?
 いや、それはないか。昔から料理ノートとか自主的に作ってたし。

 家に帰ると、小玉だけがついた薄暗い部屋で、紗雪は独り弁当を食べる。

『おい、まだ半分残ってるぞ。もう食べないの? 頼むよ、食ってくれよ』

 どんどん痩せてくじゃねえか。栄養状態とか心配過ぎるんだが……。
 ベッドの上で膝を抱え、紗雪はテレビを放心状態で眺め始める。最近の日課だ。
 あかん、目が死んどる!
 つーか見てる番組も暗い。刑事ドラマで、今殺人鬼と対決している最中である。こいつらがまた酷い会話してる。

「追い詰めたぞ殺人犯、真澄裕太!」
「クク、ク」
「何がおかしい!?」
「まだ偽名に気づかないとはなぁ。俺の本名は、三島良人だよ!」

 なんですとおおお!? 俺と同性同名とかやめろっ。ほら、紗雪が身を乗り出しちゃったじゃねえか。
 刑事と殺人犯が崖の上で取っ組み合いになる。クライマックスのシーン、奴らだけじゃなく紗雪も盛り上がってしまう。

「やだ、負けないで良人さん!」
『そいつ殺人犯だぞ! 五人も殺してるんだぞ!』
「あっ、崖から落ちて、……死んじゃ……ううう、やだよ、どうして良人さんばっかり……」
『くっそおお、脚本家のバカーーッ!』

 「良い人」で良人なんだぞ、快楽殺人鬼にしてんじゃねえよ。そういう奇を衒いました(ドヤ顔)みたいなのいらないから!

 あーどうしよう。
 また紗雪がシーツを濡らしている。号泣だよ。俺も泣きたくなってきたわ。ポジティブの塊と言われた俺はどこいった。

 ――昔、同僚が言ってたな。

「逝った者より、残された者の方が辛いんだぜ」

 当時はスルーしたけど、今ならあいつの言葉が骨身にしみる。
 俺なんかよりずっと、紗雪は苦しんでいる。

『なあ神様。いや仏様かな。もしいるなら、頼むから少しだけでも俺の声を届けてやってくれないかい?』

 星空も見えない東京の夜空に、俺は切に願う。
 少しだけでいいんだ。
 紗雪に、伝えたいことがある。
 でも基本、願いって叶わないよな。  
 困ったもんだ。

  ◇ ◆ ◇

 俺がド派手に死んでから二十日。
 やばい事件が起きた。
 俺の天敵が、俺達の愛の巣にやってきたのである。
 天敵――そう俺を天に召した野郎だ。
 ま、まだ日本にいるけど。
 ともかく、日曜の午前中、インターホンが鳴ったので紗雪はドアを開けた。すると……

「こんにちは。お休みのところ、すみません」
『このやろー、どの面下げてきやがったバーローッ」

 再会がてら怒鳴ってみるがもちろん届かない。
 前回謝罪にきた時は独りだったが、今回は会社の社長と一緒だった。

「どんなご用ですか?」

 紗雪が、感情を押し殺す。

「良人さんの、お線香だけでも、あげさせていただけませんか」
「……手短に、お願いします」

 相当イラついてるな。怒った時に指を握る癖が出ている。
 ちなみに俺を轢いたのはニ十前後のガタイの良い男だ。

 中に入ると、二人は俺の遺骨の前で線香をあげる。そして天敵が、突然土下座をした。

「誠に、申し訳ありませんでした!」
『おいこっちな! 俺はこっちよ』

 まったく全然違う方向に頭下げやがって。礼儀ってもんを教えてやりたいね。
 天敵は立ち上がると紗雪に手土産を差し出すが、受け取ってもらえない。

「要りません」
「……良人さんのこと、本当にすみませんでした。できる限りのことはします。償います」

 爆弾発言だった。

「謝って主人は帰ってくるんですか! 良人さんは、もう生き返らないんですよ! あなたに、できることなんて何もありません」
「すみませ、ん、本当にすみませんっ」
「スマホ……いじってたんですよね。どうして、トラックを運転しながらそんな危険なことできるんですか」
「返す言葉が、ありません」
「私の愛した人を帰して!! できないなら、軽々しく償うなんて言わないでッ。あの人の代わりなんて、この世には何もないのよ!」

 ここまで、紗雪が怒るのは初めて見たな。
 天敵も社長もたじたじで引き返す。

『もう、ながら運転は絶対やめろよ~』

 紗雪の代わりに、見送ってあげた。
 室内に戻ったら、床に頽れていたので、背後から抱きしめる。
 もちろん触れることは叶わない。

『少し、休もう。疲れただろ?』
「――っ!?」

 言った矢先、口元を押さえて紗雪はトイレに駆け込む。どうやら、戻したらしい。
 興奮、し過ぎたのだろうか。
 ……辛い。もどかしい。そして悔しい。
 目の前にいるのに、意思が伝わらないのは。




 死亡から三十日
 ずっと危惧していたことが起きてしまった。
 紗雪が新品のナイフを買ったので妙だと思ったのだが、まさか腕を切るためだとは……。
 三日月の晩、薄暗い部屋の中で手首に刃物を当てている。

「もうすぐ、もうすぐ、そっちに行くからね、良人さん」
『やめろ紗雪!? そっちになんて、いないんだよ、俺はここにいる! だからバカなことはやめてくれ、お願いだからっ』
「もうすぐ、会える……ずっと会いたかったんだよ……」

 このままじゃ最悪の結末になる。俺は意味ないと知りつつ、周囲の物に手を伸ばす。
 やはりすり抜ける。無力だった。
 そうこうしていると刃物が紗雪の手に当たる――


 ピンポーン


 ピンポンピンポーン


『ナイスタイミングだ! 頼む、誰でもいいから入ってきてくれ』

 今なら新聞の押し売りだって大歓迎だ。
 しつこいインターホンに、紗雪もさすがに無視できなくなる。
 ナイフを隠してドアを開けた先にいたのは――

「紗雪さん、ケーキ買ってきたの。一緒に食べましょ」
『おふくろーーーッ』

 まさかの母親登場に叫んでしまった。
 お袋は中に入るとテーブルに美味そうなケーキを並べる。

『なあお袋、まずは息子に挨拶しようぜ』
「あ、良人にもあげとくか」

 俺はついでかーい。
 でも嬉しいよ、来てくれて。
 お袋は紗雪を座らせると、心配そうに話す。

「痩せたんじゃない? ちゃんと食べてるの」
「はい、何とか」
「ねえ、お願いだから変なことは考えちゃダメよ。そんなことしても、良人は喜ばないわ」

 さすがお袋……心情を見抜いている。
 紗雪もこれには感情が動いたようで、急に涙もろくなった。

「お義母さん、私どうしたら、いいんですか……? もう自分でも、わからないんです」

 顔を手で覆う紗雪の隣にお袋は移動して、背中を優しくさする。

「今は、何やっても辛いのかもしれないわね。いっぱい泣いて、思い出に浸ってても良いと思うの」

 紗雪は何か言うが、返事なのか泣き声なのかよくわからなかった。
 お袋はよしよし、と頭を撫でる。

「でもねえ、やっぱり後を追うことだけは考え直してね。良人も絶対そう言うわ。母親だから、わかるのよ」
『その通り! さすが俺のお袋! お袋ぉぉ……』

 俺までジーン。
 危うくもらい泣きするとこだった。
 お袋の説得はかなり効いているし、紗雪も変な真似はやめてくれるかな……?

「そうだ紗雪ちゃん! いいの持ってきたのよ~」

 母親がバックから出したものは、マンガだった。ん、違う。これは小説か?
 可愛いドラゴンなどのイラストが描かれている。

「これねー、この前本屋で見つけたの。主人公がトラックに轢かれて死んじゃったのよ」

 まるで俺じゃないか。

「えっ……死んだのに、話続くんですか?」
「神様にあって輪廻転生するのよ。でも舞台は異世界なの。ちょっと都合がいいところもあるけど、ストレスもなく読めるのよ」

 なるほどね、お袋の言いたいことは、大体わかった。

「読ませていただきます」
「うん、それじゃ今度感想聞かせてねー」

 お袋はニコニコしながら帰る。俺は玄関の外まで着いていって背中を見送った。

『助かったよ、お袋。親不孝してごめんなー』

 肝心の紗雪は一礼した後部屋に戻り、ナイフではなく本を手にする。ホッとした。
 俺も隣で、一緒に読んでみる。
 文章は決して巧くはないが読みやすいな。
 というか、マジで主人公トラックに轢かれて死んでるじゃん! これ、俺より感情移入できるやついないだろ。

『あ、ちょっと、そのページまだ読んでない』

 繰る手が速い。困った。読む速度にかなり差がある。
 さすが頭ぱっかぱぱーんの俺と違って、才色兼備の紗雪だ。俺の方は流し読みで対応することにした。

 内容は、転生した主人公が異世界で活躍しまくるというものだ。
 爽快感を重視してるみたいだな。

『結構面白かったな。どうだった紗雪?』
「…………」

 おや? 紗雪はしばらくボーッとして身じろぎ一つしなかった。
 読後感を楽しんでるのだろうか?
 邪魔しないでおこう。
 元々、影響力ゼロだけども。


 翌日から、紗雪の行動が変化した。
 仕事を終えて家に帰ると、一日中パソコンでネット小説を読みふけるようになったのだ。 
 日本でも一番投稿数が多いサイトらしい。

『なんじゃこら、昨日読んだっぽいのが多いな!』

 ランキングの上位がほとんどファンタジーなのだ。
 紗雪は、トラック転生の話を片っ端から読んでいく。
 よし俺も一緒に…………先生、速読すぎてついてけませーん。
 すんごい集中力で、紗雪は結局朝まで一睡もせずに読みふける。

『仕事あるんだし仮眠くらい取ってくれよ。……お、でも今日はモリモリ食べるな』

 いつもの倍以上朝食を摂取し、キビキビと会社へ向かう。本来の紗雪の片鱗が見えて嬉しくなるな。
 よっ、頑張れキャリアウーマン!

 この日も、紗雪は仕事が終わると速攻で帰宅してネット小説に夢中だった。
 何であれ、熱中できるものができて良かった。
 睡眠不足が、だいぶ心配だけどさ。

  ◇ ◆ ◇

 俺の死亡から三十五日目。
 今日も家で読書かな?
 と思ったら、紗雪は違う行動に出た。
 ワードを立ち上げて、そこに文章を書いていく。仕事の書類作成ではないな。
 書き出しからも明らかだ。

――――――――――

「――あれ? 俺は確かトラックに跳ねられて……」

 白に彩られた神殿の中で、三島良人は不思議そうに首を傾げた。

――――――――――

『あのー紗雪さん? これ主人公俺ですか? ねえ、俺だよね?』

 もはや俺じゃなかったら怖いくらいだが、紗雪は集中して文章を紡いでいく。
 設定は、テンプレと呼ばれるものだ。
 主人公がトラックに跳ねられ、神様に出会う。そこで強い力をもらって異世界転生して大活躍する、と。

『まあ、俺なら現代転生にしてもらうけどな』

 しっかし、中々達者だなぁ。執筆の趣味はないはずだけど、スラスラと文章が打たれていく。
 何より普通に面白れー!!
 俺が本人ってことを抜きにしても、良人に感情移入できるよう計算されている。
 ドキドキハラハラする展開、カタルシス、オリジナリティある設定。

『天才かっ』

 もっと続きが読みたい。俺が一番の読者だっ。……盗み見してごめん。
 一話を書き終わると紗雪は作品を投稿した。引き続き、二話以降も執筆するようだ。
 読者としてはありがたい。
 でも紗雪、忘れないでくれ。
 お前の体が一番、大切なんだからな。


 数日後。
 ミラクルが起きた。
 否、必然と言うべきだろうか。
 なんとなんと!
 我が愛する紗雪の小説が、日間総合一位を獲得したんだあああああ!

『すごすぎる。よっ、文学界の大天才!!』

 このサイトは一日に信じられない量の小説が投稿される。そこを、何の知名度もない素人がたった数日で昇ったのだ。
 しかも二位にトリプルスコアとか!
 でも本人は冷静で、特にハシャぐ様子もない。対比で俺のバカさが浮き彫りになるね。もっとハシャいで。

 紗雪は、机の上にある写真立てを一つ取り、静かに胸に抱くだけだった。
 ちなみに、机上には俺と一緒に移った写真立てが十個ほどある。こんな環境で書いてんだぜ、俺の奥さん。

 彼女の書いた小説は読者にも愛されてるようで、感想欄も賛美で埋まっていた。
 まあ、たまに酷い感想あるけどな。
 明らかに読んでないのとか。

『気にしちゃダメだぞ。紗雪の物語は世界一。これを合い言葉にいこう!』

  ◇ ◆ ◇

 死んでから四十二日。
 俺は、部屋で嬉しさから小躍りしている。

『紗雪先生、書籍化打診おめでとうー! ヒューヒュー!』

 投稿サイトを通じて、紗雪の作品に打診メールが何通も入ってきたのだ。
 絶対百万部超えるわ、うん。最高に面白いし。
 どこから出すかは決めてないっぽいが、この作品ならどこだろうと関係ないだろう。
 そして今、紗雪は三十話目を執筆中だ。
 例のごとく俺は背後から読ませてもらう。

『…………』

 三十話を読み終わった俺は、しばらく声を出せなくなった。
 作中に、こんなセリフがあったからだ。

「皆、俺と一緒にドラゴンと戦ってくれてありがとう。おかげでどうにか倒せた。……こっちの世界に来て色々あるけど、転生して良かった。皆と出会えて、俺は今すげー幸せだよ!」

 三島良人のセリフだ。
 これを見た瞬間、俺は大きな勘違いに気づいた。
 紗雪が作品を書き始めたのは、自分の心を慰めるため、鎮めるためだと思っていた。
 ――そうじゃない。
 これはきっと、俺の冥福を願う、祈りの物語なんだ。
 俺は生前、ポジティブだけが取り柄の男だった。よく笑い、アホなことばっかしてた。
 作中でもそれは活きてる。いや、生前よりもずっと笑うのだ。作中の良人は良い仲間に恵まれ、充実した日々を送っている。

『神様仏様、ほんの少しでもいい。たった一言でもいい。俺は、自分の声を紗雪に届けたいよ』

 毎晩、俺はベランダから星空に願い続けている。

  ◇ ◆ ◇

 死亡から四十五日。
 最近、俺の体調に変化があった。
 体調と言っても痛みとか苦しみはない。ただ、自分にはちゃんと見えていた体が少しずつ薄くなっていくんだ。
 透明化してる、って表現すればいいだろうか。
 死者の魂も四十九日、ってやつなのかね……。
 だとしたら、俺がこの世界に留まれるのはもう数日ってことだ。
 紗雪を見守ることも、できなくなるなぁ……。

『何にも、してやれてないけどな。ごめんな』

 今日も執筆に励む紗雪を、背中から抱きしめる。
 もう一回だけでいい。
 俺の世界一の奥さん、抱きしめてやりたいよ。

  ◇ ◆ ◇

 死んでから四十九日。
 とうとう、最後の日を迎えてしまった。
 今日は、午前中から俺の法要があり、立派な寺のお堂に来ていた。葬式の時と同じくらい、人が集まってくれている。
 施主は紗雪。取り仕切るのも何もかも、紗雪だ。
 お経をあげるのは高名な坊さんで、包むお布施も半端じゃない。

『もっとショボイ人で、良かったんだぞ……。お金は大事に取っておけってば』

 喪服姿の紗雪はとても綺麗だった。
 ただ俺は、心配でもある。最近、彼女の体調が悪いからだ。今日も、無理してんじゃねえのか。適当でいいのに、俺の法事なんてさ……。

 読経が始まると、急にドキドキしてくる。

『うー、あれか。これが終わったら俺は消えるのかぁ。あ、隣にいた方がいいのかな』

 坊さんの隣で正座しておく。

『紗雪、達者でやってくれー。俺のことは気にせず富豪でも見つけて幸せにやれよー』

 別れの言葉もかけた。
 もう準備はオーケーだ。
 しかしお経が終わってもまだ消える様子がない。
 お坊さんが立ち上がる際、こちらを一瞥して呟く。

「夜の十二時までは、留まれますよ」
『――はいッ!?』

 明らかに、俺が見えているようだった。

『すみません、俺が見えてますよね!? 聞きたいことがあるんですけど!』

 必死に話しかけるが、彼はもう二度と反応してくれなかった。
 そうか……。
 死者とは話さない、のかもな。
 なら、あれは親切心なんだろう。一応頭を下げて、お礼を述べていた。
 反応はやっぱりないけど、届いているなら十分だ。



 お坊さんの一言は真実で、深夜十二時の十五分前でも、俺はまだ日本にいる。
 いつものように、部屋で執筆する紗雪の背中にくっついていた。

『もう続き読めないのか……。いやいや、ここまで楽しませてくれたんだ。感謝しないとな!』

 人間、強欲になっちゃいかんよ。
 俺は最後に、室内を見て回る。
 紗雪を過ごした日々、記憶は、例え魂が消滅したって忘れてやるもんか。

『この写真の時、俺の財布がマジでピンチだったんだよなー。あはは』
「……え」

 え? 急に紗雪が振り返る。驚いた様子で室内を見ている。

『何だ? 何かあるのか?』

 俺は背後を確認するが、別に誰もいない。

「よ、良人、さん? うそ、何でっ――――良人さん!!」

 紗雪が俺に真っ直ぐ向かってきて抱きつこうとする。だが、抱擁はできない。すり抜けたからだ。

「あれ。どうして……」
『紗雪、俺が見えるのか!? つーか声が聞こえるのか!?』
「あぁ本当に、本当に良人さんなのね……会いたかった、ずっとっ、会いたかったよぉ……」

 口元を手で覆い、ポロポロと泣き出す紗雪。うん、やっぱ完全に見えてるな。  
 なぜいきなり見えるように――いや、今はいい。残り時間は、十分もないか……。

「ねえ良人さんは生きてるの? 生きてるんだよね?」
『期待させて悪いけど、死んでる……。幽霊ってやつだ。実はさ、死んでからずっとそばにいたんだ』
「そばにって、私の?」
『他に誰がいんだよー』

 Vサインを作って笑いかけると、また泣き出しちゃったよ紗雪は。

『泣くなって。感動の再会じゃないか』
「ううっ、そんなの無理に決まってるよ、だって……」
『なあ、聞いてくれ。実はあんまり時間がないと思う。俺はきっと十二時になったら――』

 天へ召される。とは言い辛い。だが聡明な彼女には伝わったはずだ。
 俺は紗雪の濡れた顔に指を伸ばす。涙を拭ってやることはできないけれど、せめて真似だけでも。

『月を、一緒に見ないか』
「……うん」

 二人でよく、ベランダから月を眺めて酒を飲んだりしていた。いつも二人で笑っていた。
 また。あの時のように。
 俺達は並んで立ち、綺羅星を一緒に見上げる。

『毎晩、こっから紗雪と少しだけでも話したいって頼んでたのよ。叶ってすげー嬉しい』
「ずっと、声をかけてくれていたの?」
『ああ。見てもいたよ。色々と』
「伝えたいこといっぱいあるのに……言葉が、出てこないよ、良人さぁん」

 誰だって、親しい人の死者に会ったら感極まるよな。

『紗雪、俺には伝えたいことが二つある。まず一つ。学生の頃から、こんな俺にずっとついてきてくれて本当にありがとう』

 生前は中々言えなかったこと、ちゃんと伝えて頭を下げる。親しき仲だからこそ大切なことだ。

「これからだって、ずっとついて行くわ! 良人さんのいない世界なんて、もう嫌だよ。もう離れたくないの!」
『……だよな。俺も一緒にいたい。……でもやっぱ、ここで別れることになると思う。だから、俺はもう一つ、言いたいんだよ』

 四十九日、紗雪と一緒に生活していて、俺はずっと辛かった。胸が重苦しかった。

『俺がいなくなっても、ちゃんとご飯は食べてくれ。そして俺の後追いするとか、そういうことはやめてくれ。絶対。俺が、望むのは……そういうことじゃ、ないんだ……』

 くそ、涙が溢れてくる。死んでんのに、何でだよ。視界が歪む。声も震える。

『俺も、一緒なんだ。気持ちは、一緒なんだよ! あの小説、ずっと読んでた。あれと一緒なんだって! 誰と再婚してもいい、どんな生き方してもいい、でも紗雪には笑っててほしい、ほしい、んだ……』

 ダメだうまく言えねえ。
 そしてもう、タイムリミットみたいだ。
 指先から徐々に、淡い光の粒となって夜空に消えていく。

「行かないで良人さん! もっと一緒にいたいのっ……」

 俺だってもっと一緒にいたい。もっと紗雪の顔を見ていたい。

『俺が死んでから、一回も笑ってないだろ? 俺はさ、それが辛くて辛くてしょうがなかったよ……。紗雪は笑ってる時が一番綺麗なのに、もったいないじゃないか』

 今もまだ笑顔は咲かない。紗雪は両手で顔を覆って首をずっと横に振っている。現実に心の折り合いがついていないのかもしれない。
 そして俺の両脚と右腕はもう、消えてなくなった。

『道は分かれても、きっと上手くいく。忘れないでくれ、紗雪が幸せに生きることが俺の幸せだってこと。――紗雪、愛してるぞ』

 じゃあな。
 さよなら。
 そういう言葉は、言いたくない。

「待って! ここに触って!」
『お腹?』

 紗雪に言われるまま、俺はまだ辛うじて残ってる左腕を伸ばした。

「ちょっと前にわかったの。ここに、私と良人さんの――子供がいるよ」
『俺……の……子……』

 何だろうね、頭が上手く働かないや。ははっ。
 でも嬉しいって感情が、爆発したみたいに湧いてくる。
 左腕は光となり、胸もそうなり、顔も最後に失われていく。

「絶対に立派に育てるから! だからまた、またどこかで絶対会おうね!」
『ああ……ああ……絶対、また』
「愛してる」

 紗雪のそれは完全ではなかった。
 相変わらず目は濡れたままだし、口元は震えてたし。
 それでも最後に俺が見たものは――
 最後に俺の目に映ったものは――
 世界で一番大好きだった、紗雪の笑顔だったんだ。

 ありがとう。










  ◇ ◆ ◇


 暗晦を俺の意識が泳ぐ。
 道などないし導きもない。
 どこへ向かっているかもわからない。
 ただふわふわと時の流れに身を任せるだけ。
 思考はできる。
 俺は自分の人生を思い返した。
 何度思い出しても「俺は幸せ者だった」という感想にたどり着いた。
 そりゃ嫌なことだってあったが、素晴らしかったことがそれを凌駕するのだ。
 家族や友人にも感謝するが一番は、やはり紗雪だ。俺が苦境に立たされた時、見捨てずにいつもそばで励ましてくれた。

 誰もが皆、俺のように生きられるわけではない。幼くして亡くなる子もいる。愛を知らずに生涯を終える人もいる。
 もう一度言いたい。

 俺は幸せだった。




『うぉ、明るっ……』

 世界が急に開ける。俺は目を細める。
 少し落ち着くと白い空間、神殿のような場所にいるとわかった。
 奥に、誰かいるな……。

『はて? こんなシーンどこかで』

 ああそうか、イメージの中だ。
 紗雪やあのサイトの人々が書いていた小説の冒頭に似ているんだ。
 けど、これは現実。
 小説のように上手くいくとは限らない。そもそも俺は異世界への転生なんて望まない。可能なら現代に――

『――ごちゃごちゃ考えるのは、俺らしくないか』

 どうせポジティブだけが取り柄の男だ。
 当たって砕けろ、それが俺らしい。
 俺は迷いなく、真っ直ぐに歩いていく。
 それが俺の生き方だから。

作品が良かった
二人に幸せになってほしい

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