87 ダメージ・ペッパー・ソルト
アイソロイスを周回しだして一週間。
早くも、シルビアとエコの龍馬龍王が九段となった。
俺の【剣術】も龍馬龍王が九段となり、【魔術】も《雷属性・肆ノ型》《雷属性・伍ノ型》が九段、【召喚術】も《テイム》が九段となって、それぞれタイトル戦出場資格を得た。
【魔術】に関しては、いずれかの属性が壱~伍ノ型まで九段であれば出場可能である。雷属性というのはメヴィオン時代の俺でさえ一度も耳にしたことのない属性だが、まあ恐らく一属性としてカウントしてもらえるだろう。
……で、だ。
一段落と行きたいところだが、タイトル戦はここからが本番である。
俺はさて置き、シルビアとエコの二人はタイトル戦初出場。現状、対人戦経験が圧倒的に足りていない。
タイトル戦とは、そのスキル同士の決闘。ゆえに組手となれば、【弓術】には【弓術】、【盾術】には【盾術】の相手が必要となる。
シルビアは問題ない、俺が相手をする。しかし、エコの扱う【盾術】に関しては、俺が習得していないため相手をすることができない。
ううむ……どうするべきか。
「ウィンフィルド喚べる?」
あーだこーだと悩んでいる時間がもったいないので、俺はユカリに頼んでアドバイザーを召喚してもらうことにした。
ユカリは一瞬だけ渋い顔をした後に「かしこまりました」と頷いて《精霊召喚》をする。ユカリにはウィンフィルドを召喚したがらない理由が何かあるらしいのだが、シルビアに聞いてみたところ「放っておいていい」らしいので、現状は放置である。
「おー、セカンドさん。久しぶり、だね」
相も変わらずマターリとした喋り方の銀髪ツーブロ長身美人精霊は、少し眠そうな目を更に細めて微笑む。
「久しぶりだな、元気そうで何より。喚び出して早々に悪いが、一つ相談がある」
「うん。何でも、言って。きっと力になる、よ」
頼もしいことだ。
俺はウィンフィルドに状況の説明をした後、エコの訓練をどうしたものかとアドバイスを求めた。
「私が、思うに。セカンドさんは、シルビアさんとエコさんで、訓練時間に差が出ることが、公平じゃないって、感じてるんじゃないかなーと」
なるほど。言われてみればその通りかもしれない。
「だから、同時に訓練を開始できるように、とりあえずは自己研鑽の時間にして、訓練開始までに、セカンドさんが、盾術を覚えてくればいいんじゃない?」
「マジか。となると、組手の開始までに一週間以上はかかりそうだぞ?」
「がっつり、上げ切る必要は、ないと思う。そこそこの段位でも、セカンドさんなら、相手できるでしょ?」
「……おお。そうか、そうだな」
確かに。別に高段まで上げなくても、訓練にはなる。
「習得に丸一日、使えるランクまで上げるのに二日。合わせて三日、ってところかな? 相当、頑張っての話だけど」
「三日間ならそれほど大きなロスにはならないな」
「その間に、何か、二人に教えておきたいこととか、ない?」
「ある。ありまくりだ。ありがとうウィンフィルド。お前のおかげで目処が立った」
「どーいたしましてー」
話が終わると、彼女は「お礼を期待しているよ」とウインクして去っていった。半分冗談で言っているのを分かっていながら、本気でお礼をしたくなる愛らしさがある。しかし、精霊にお礼って、何を渡したらいいんだろうな?
まあいいや、今はシルビアとエコに俺が不在の三日間で何をさせるか考えよう。
ここで教えるべきは、やはり対人戦の極意だろうか。
教えたいことがあり過ぎて困る。何から教えよう。そうだな、組手をせずとも学べる内容となれば……。
「火力の出し方?」
「ああ」
俺はシルビアとエコをリビングに招集し、講義を開始した。
内容は、メヴィオンにおける火力の出し方。経験しなければ分からないような実地的なことではなく、かなり理論的な話だ。
「火力といっても様々ある。瞬間、単発、継戦とかな。今回は瞬間火力について教える」
「瞬間火力か。それはつまり、一瞬でどれだけの威力の攻撃を繰り出せるかという意味か?」
シルビアは根が真面目なだけあって、かなり食いついてくる。一方でエコは、ノートを取りながら黙々と俺の話を聞いていた。
「まあ間違っちゃいないが、更に具体的に知る必要がある。DPSを知っているか?」
「すまん、知らないな」
「ダメージ・パー・セック。つまりスキルの準備時間や硬直時間など全てを含めての戦闘において、秒間に与えられる平均ダメージのことだ」
「30秒間全力で攻撃し続けたとしたら、その総ダメージを30で割って出る値のこと、か?」
「そうだ。対局冠を使えばいちいち計算せずとも計測できる。今日はこの機能を利用して……これはDPSとは特に関係ないが、自身の1秒間の最高ダメージを計測する」
「ややこしいな。最高ダメージ?」
「ああ。色々と計測方法はあるが、今回は対局冠のDPS表示機能を“最初のダメージから1秒間のみ測定”に設定して行う。つまり1割る1だ。二人には、“初撃から1秒経過するまでに最もダメージを与えられる方法”を模索してほしい」
俺の言葉に、二人はハテナ顔をする。仕方ないだろう。1秒間に限って最大ダメージを測るなどそれはそもそもDPSなどではないし、じゃあ何故1秒間なのかという疑問もあるだろうし、一見してタイトル戦に何ら関係がないからな。
ただ、密接に関わってくるんだなぁこれが。「1秒間でどれだけダメージを出せるか」という絶妙な条件に対するトライアルアンドエラーが、結果的に“ゲームとしての深み”を教えてくれる。二人にはその面白さを是非とも知ってほしい。
「うーむ……言っていることは分かるが、それに一体何の意味があるのだ?」
「おっ、どうしてそう思う?」
「ダンジョン周回でも感じたが、飛車弓術が一番火力が出る。既に答えは見えているぞ?」
「ん、まあ、そう感じるのは当然か。だが、やってみて初めて気付くこともある。今日の二人の課題は、対局冠のDPS表示機能を使って1秒間で与えられる最大ダメージを模索することだ。いいか?」
「承知した」
「りょーかーい」
シルビアは渋々、エコは元気良く返事をしてくれた。
俺が【盾術】スキル習得の旅から帰ってきて、二人がどれだけ進化しているか。こりゃ見ものだな。
「一つだけヒントをやろう。火力ってのはな、大まかに言えば、マシンガン・ショットガン・ロケットランチャーの三種類だ」
「まし……?」
おっと、通じないか。
「連続攻撃か、同時にばら撒くか、一発に込めるか。そういうこった」
「……ほう」
よしよし、伝わったようだ。シルビアは何かを掴んだような顔をしている。
「それでは訓練開始だ。二人の答えを期待してるぞ」
「うむ! ところで、セカンド殿は何処へ行くのだ?」
「ああ、今日中に盾術を全部覚えてくる」
「…………ぜ、全部?」
「時間が余ったら経験値も稼いでくる」
「……もう何も言うまい」
* * *
「シルビア様。もうそろそろご休憩を」
「いや、後少し粘る」
昼時。昼食休憩を勧めるメイドのエスの誘いを断って、シルビアは最大ダメージの模索に熱中していた。
今、彼女の頭の中は「面白い!」という思いで一杯だった。
そう、面白いのだ。
【弓術】の中では《飛車弓術》が最も火力の出る単発攻撃……それは揺るぎない事実なのだが、条件が“1秒間”となると話は別なのである。
《歩兵弓術》ならば、1秒間でギリギリ3発撃つことができる。《歩兵弓術》九段ならば、純火力200%の攻撃。3発で合計600%。そう、これは《飛車弓術》九段の600%という倍率に匹敵するのだ。
ここで関わってくるのが“クリティカル”であった。発動すればダメージが3倍となるクリティカルは非常に大きな要素となってくる。1発か3発であれば、後者の方がクリティカルが出る確率は大きい。つまり、《飛車弓術》を1発撃つより《歩兵弓術》を3発撃った方が、クリティカルが出やすい分、堅実なダメージに期待ができるのだ。
また《銀将弓術》ならば、1秒間では2発が限度。九段で300%の攻撃のため、これまた実質600%である。工夫する余地はここにもありそうだと、シルビアが粘る理由も分かるだろう。
「……流石、という他ありませんね」
エスはシルビアの様子を見て、静かに呟いた。
シルビアが対局冠を装着した“ダミー人形”に矢を射続け、気の遠くなるような数字がDPSとして表示される度、エスの中で感動とも呼べる熱い感情が膨れ上がる。
タイトル戦出場者とはかくも凄まじいものなのか、と。それが自身の仕えている主人の仲間だというのだから、誇らしくないはずがなかった。
そして、そんなにも素晴らしい超一流の弓術師よりも更にとんでもない人物が主人なのだ。そう考えたエスは、不意に嬉しくて堪らなくなった。
「軽食を持って参ります」
訓練の邪魔にならないよう良い頃合いでシルビアに昼食を取らせることが今自分のできる最善の応援である、と。エスはファーステストのメイドとして恥じることのない働きをしようと心に誓い、一人密かに奮起した。
一方、エコはというと。
リビングでたらふくご飯を食べた後、カリカリと一心不乱に筆を走らせていた。
ノートに書かれている文字は日本語ではなく獣人語である。だからであろうか、普段の拙い言葉遣いからは想像もつかないような、理路整然とした文章がどんどんと形成されていく。
自身の扱う【盾術】で1秒間に最もダメージを出すにはどうするべきか。彼女は至極論理的に思考し、いくつもの案を次々に導き出す。
彼女も、午前中から抱いていた思いは、シルビアと全く同じであった。
どうしようもなく、面白いのだ。
このような感想を覚えたのは、その16年の人生で初めてのこと。
それは、彼女が初めて人生を“ゲーム的”に捉えた瞬間であった。
そして、深く深く惚れ込んでいく。
【盾術】というスキルは、こんなにも奥が深いのかと。
考えれば考えるほど、身震いするような面白さが奥の奥から湧き出てくる。
【盾術】だけでこうなのだから、もしも他のスキルと組み合わせたのなら一体どうなってしまうのか? そんなふとした考えで、エコは宇宙に解き放たれたような感覚に陥った。
タイトル戦には関係のない思考。しかし、面白くて仕方のない思考。大好きなあの人が、時折見せる少年のように純粋な笑み。エコはその屈託のない笑顔の理由を、少しだけ知った気がしたのだった。
* * *
帰宅。
結局、半日程度で【盾術】スキルを全部覚えてしまい、夕方までアイソロイスをずっと周回していた。《龍馬盾術》の「歩兵~飛車の7種スキルで最低一度ずつ防御、この条件を満たし5種のドラゴンをチームメンバーに仕留めてもらう」という難関も、あんこの協力でちょちょいのパーだった。太陽光があるため龍を岩陰に誘導する必要はあったが、大した苦労ではない。
こうもすんなり行った理由は、やはりあんこの《暗黒転移》と《暗黒召喚》だろう。おかげでわざわざ転移魔術を覚える必要もなくなり、飛龍をテイムして長々と空を移動する必要もなくなった。あんこ様々である。
「さあ、今日の成果を見せてもらおうか!」
夕食前。シルビアとエコに進捗を披露してもらうことにした。
楽しみだったこともあり、若干テンション上がり気味である。
「まずは私からだな」
「よしきた」
シルビアは腕をまくり、弓を構えた。
さて、何をするか……。
「はぁっ!」
初手は、というか、決め手は、《龍馬弓術》だった。
ダミー人形に近付き、ゼロ距離で《龍馬弓術》をお見舞いする。
俺の感想を一言で表すなら、こうだ。
発見したか!
感動がこみ上げてくる。
これは、言わばショットガンだ。《龍馬弓術》は強力な範囲貫通攻撃のスキル。貫通能力を持った矢を遠距離から指定範囲に何十発もばら撒くのだ。それをゼロ距離でぶちかます……つまり、何十発分の貫通攻撃が全てヒットする。一発一発は大した威力でなくとも、それが何十発ともなれば威力は絶大。クリティカルが発生した場合は、一発一発が全てクリティカルヒットとなる。
「どうだ!?」
シルビアはこちらを振り返り、はらはらとした様子で俺の言葉を待った。
「凄いぞ、よく見つけたな! 安心しろ、それが正解だ」
「……うむっ!」
喜色満面の笑み。こっちも嬉しくなる。
俺はシルビアに笑顔でサムズアップした。仲間と一緒にゲームを楽しんでいる感覚。どこか懐かしい気持ちになった。
「さ、次はエコの番だ」
エコはシルビアに促され、盾を構える。
すると、くるりと俺の方を振り向いて、口を開いた。
「せかんど、いっしょにやって?」
「!」
この時点で、俺はもう確信した。エコは“正解”に辿り着いている。
「任せろ。遠慮はいらないぞ」
緩む頬を隠しながら、対局冠を装着し、剣を構える。
もう、言葉はいらないだろう。
俺は《飛車剣術》を発動し、エコに斬りかかった。
「やあっ!」
エコは《銀将盾術》で対応する。それも、俺の剣がエコの体に触れようという、その瞬間に。
「なっ!?」
シルビアが声をあげた。
だろうな。客観的に見れば、実に不思議な光景だと思う。「飛車剣術が当たった!」と思った直後、俺が弾かれているのだから。
《銀将盾術》によるパリィだ。これは単なるパリィとは違って、追加効果が発動する。“反撃”という名の効果が。
「そうだっ」
俺は《飛車盾術》で突進しながら追撃してくるエコを見て、嬉しさのあまり呟いた。
弾いた直後の一瞬に準備して発動すれば、0.0何秒の世界で何とか1秒間に収まるのだ。
……よく模索した。よく発見した。よく挑戦した。いくら褒めても褒めたりない。
バタリ、と。《飛車盾術》を喰らって背中からダウンした俺の頭上に、DPSが表示される。
《銀将盾術》による反撃と《飛車盾術》による突進。この合わせ技で出たダメージは、シルビアのゼロ距離《龍馬弓術》を上回った。
【盾術】なのに何故それほどのダメージを出せたのか。その秘密は“反撃効果”にある。《銀将盾術》の反撃効果は、相手から受けるダメージ量に比例して威力が上がるのだ。つまり、俺の《飛車剣術》の威力が馬鹿に高かった分、シルビアのダメージに勝ることができたのだろう。
「エコ、正解だ。よく調べたな。偉いぞ!」
「わーい! やったー!」
わっしゃわっしゃと頭を撫でまわす。エコは嬉しそうに目を細め、甘えるように俺の手に頬ずりしてきた。
普段は何を考えているのか分からないゆっくりまったりマイペースなエコだが、今日はそんな彼女の隠れた才能が明らかとなった記念すべき日である。文句なしだ。しっかりと【盾術】スキルを分析し、《銀将盾術》の特徴を調べ上げ、《飛車盾術》での追撃という限界ギリギリの最善を尽くしている。これをたった一日で発見し、実現する技術をものにしたエコに掛け値なしの賛辞を贈りたい。
「…………」
おおっと。エコに構い過ぎていたら、シルビアがぶすくれている。
シルビア、お前も凄い。「どうだ」と振り向いた時のあの顔で、全て分かったぞ。一日中、メシも食わずに試行錯誤していたんだろう? 《龍馬弓術》の特徴に気付いた時の喜びといったらもう、小躍りしたいような気分だっただろうな。目の前の課題に直向きに取り組んで、純粋に楽しみながら熱中できるその真面目さと勤勉さは、俺も見習いたいと思うほどだ。
「そう拗ねるな。お前も来い」
俺は少し恥ずかしかったので、シルビアもエコと一緒にわしゃわしゃと過剰に撫でくりまわして褒めたたえた。
よせ、やめろ、と恥ずかしそうに抵抗しながらも、どこか嬉しそうな顔をする彼女に、同じく惜しみない称賛を。
「塩胡椒だな」
「う、む?」
「お前らがステーキなら、今日、塩胡椒がかかった」
「はは、なるほど。セカンド殿が、焼いてくれるのか?」
「あと3週間で、お好きなように仕上げてやろう」
「怖いな。レアで頼むぞ」
「馬鹿言え、お前はウェルダンだ」
「……雉も鳴かずば撃たれまい、か」
お読みいただき、ありがとうございます。