閑話 序列戦(上)
ファーステスト家には序列が存在する。
まず頂点にセカンドが。次に、シルビア、エコ、ユカリの三人が。
ここまでは、絶対不変の序列である。
それよりも下……即ち、使用人たちの序列。ここに、熾烈な競争があった。
序列上位を占めるのは、「十四人」と呼ばれる初期のメンバー。通称、第零期生。
メイド十人による『十傑』と、男四人による『四天王』、合わせて十四人である。
その下に続くは、第一期生。十四人直下の部下として入った大勢の使用人たちだ。
更にその下に第二期生が存在し、そろそろ第三期生も入ってくるのではないかと噂されている。
さて。
彼らは、その序列とやらを一体どのようにして決定しているのか。
それは――「序列戦」。
希望者のみの参加で、定期的に開催されている。
最初のうちは、“こっそり”と、何となく戦って、何となく序列を決めていた。
しかし。ある日、ユカリにバレたのだ。
お叱りを受けると、誰もがそう思ったが……ユカリの口から出てきたのは、意外にも序列戦の提案であった。
1位は2位と、3位は4位と、といった具合に、直近の順位の者同士で対戦し、序列を更新していく方式である。一度の開催で必ず2回対戦が行われ、それぞれに挑戦と防衛のチャンスが均等に与えられる。つまりは、2位と3位、4位と5位の対戦が行われた後、1位と2位、3位と4位の対戦も行われるというシステムだ。使用人たちはこれを偶数頭戦・奇数頭戦と呼んで区別している。
特に、奇数頭戦は熱いものがあった。序列1位が入れ替わる可能性があるのだ。また、ここで2タテする者も少なからず出てくる。盛り上がらないはずがなかった。
「今回は恐らく荒れますね……」
そして、また序列戦開催の時期が来る。
政争終結後、最初の序列戦。久しぶりの開催ということもあり、キュベロの呟き通り、今回は荒れに荒れそうであった。
何故なら、料理長ソブラがカラメリア依存症の治療で一時離脱しているため、序列3位が欠番なのだ。
序列2位 執事キュベロ
序列4位 園丁頭リリィ
序列5位 十傑エル
序列6位 十傑コスモス
序列7位 十傑シャンパーニ
関わりが深いのはこのあたりであろう。そして、序列1位……十傑イヴ。
1~3位までは、今まで不動であった。それが今、動こうとしているのだ。
当然、皆、上を目指す。特にリリィは気合が入っていた。ソブラに阻まれ挑戦できずにいた2位の座が、目の前にあるのだから。
「リリィ以下は序列を一つ繰り上げ、偶数頭戦から開始します。イヴはいつも通り見学です」
ユカリの監督のもと、序列戦が開始される。
偶数頭戦、注目の対決は、やはりキュベロ対リリィ、エル対コスモスの二つであろう。序列1位挑戦者決定戦、そして欠番である3位に食い込む可能性を賭けた一戦。それぞれ闘志が燃え上がっていた。
「キュベちゃんとやるのは、随分と久しぶりねぇ」
「何ヶ月ぶりでしょうか……少々、楽しみなものがあります。リリィちゃん」
「嬉しいわぁ。アタシも、滾っちゃう……!」
向かい合う巨漢と執事。双方、余裕の表情を浮かべつつも、隠しきれない“熱”を放っていた。
序列戦非参加の使用人たちは、観戦しながらその瞳をキラキラと輝かせる。自分もいつかはあんな風に――と、憧れているのだろうか。それとも、単純にハイレベルな戦いが楽しみなのだろうか。恐らくは、その両方の者が殆どであろう。
「行くわよ。“オネエ”っていう生き物が、どれだけ強いか見せてあげる」
「私の方こそ、義賊の漢気を教えて差し上げましょう」
二人が用いるスキルは【体術】である。ゆえに、観客はこう予想した。技のキュベロ、力のリリィ……技と力の勝負になるだろうと。二人の体格差が、そう予想させたのだ。
だが、実際は――。
「良い拳です!」
「キュベちゃんこそっ!」
ガツンという音を立てて、二人の《銀将体術》が正面から衝突する。
どちらも、その特徴を語るならば“力”であった。拳一つで義賊R6の若頭まで上り詰めたキュベロと、その大きな体躯を存分に活かしたリリィ。パワーとパワーのぶつかり合いである。
「ウフフ。ねえ、何故オネエが強いか分かるかしら?」
「失礼。浅学非才の身で御座いまして」
「それはね。男の筋力に、女の繊細さ。相反する二つを兼ね備えているからよぉんっ!」
瞬間。リリィは間合いを詰め、空を舞った。
一見して隙だらけの愚行。しかしその予想外の行動に、キュベロは一瞬たじろいだ。ソブラならば「馬鹿じゃねえの」と一笑に付すだろう行動が、クソ真面目なキュベロには効果抜群だったのだ。その舞に「何か意味があるのではないか」と考えてしまったのである。
「くっ……!」
上から押し潰すようにして放たれたリリィの《銀将体術》がキュベロを襲う。その巨体と相まって、途轍もない威圧感であった。
「う、受けきるなんて、やるじゃないっ、キュベちゃん」
「……お褒めに与り、光栄です。では、今度は私の番ですよ」
キュベロは躱さず、あえて真正面から受け止めた。力勝負で、上を行く。でなければ意味がない。それが彼の言う“漢気”であった。
そして、耐えた。
この時点で、リリィは負けを覚悟する。
自分の拳を真正面から受け止められたのだ。自分だけ躱すことなど、できない。たとえ負けると分かっていても、同じように真正面から受け止める。それが礼儀と知っていた。
「来てぇん!」
「参ります」
キュベロの《銀将体術》が、リリィの体を数センチ浮き上がらせる。リリィは後方へ3歩後退し、そのまま、仰向けに倒れた。
勝負あり――序列、変わらず。
「おう……って、今回はお前かぁ」
「いやあ、お世話になってます。エルっち」
向かい合うは、万能メイド隊『十傑』同士。エルとコスモスである。
エルは言わずと知れた赤毛の凸凹姉妹、その姉の方。誰もが恐れる「武闘派エル隊」の隊長だ。
一方で、コスモスというメイドは……方々で“嫌がられて”いた。別に嫌われているわけではない。しかし、あまり良いイメージはないのである。
「エルっち、今日も太ももが眩しいですねー。ぜひ匂いを嗅ぎたいです」
「相変わらずブッ飛んでんなオイ……」
何故なら――彼女は、ド変態であった。
口を開けば下ネタばかり。歩く猥褻物とは彼女のことを言う。
趣味は絵を描くこと。芸術的センスに秀でており、屋敷の内装は殆ど彼女のセンスで決まるといっても過言ではないほどに非凡な才能の持ち主である。絵の才能も天才的で、廊下に彼女の描いた絵画を飾ることもあるとか。
しかしその実態は、何とも変態的なものである。彼女はドぎつい下ネタを絵画の題材として抽象的に表現し、他人に公開することで、人知れず興奮しているのだ。部下のメイドを相手に、自身の描いた花の蜜を啜る芋虫の絵画を前に「あれは女性器と男性器が云々」などと懇切丁寧に解説することも多々あった。
ゆえに、コスモスのそんな変態性を知っているメイドたちは、彼女のことを“なんとなーく嫌がる”のである。
「うっし、やるか」
「お願いしまンす」
「…………」
男勝りで「細けぇこたぁ気にしねぇ」タイプのエルでさえ呆れるような言動は、いつものことであった。
そのくせ、見た目だけは黒髪ロングの正統派な美少女と、まさに清楚そのものである。そして……
「おっとぉ」
やはり、強いのだ。
エルの鋭い《歩兵体術》を、いとも簡単に躱す。
当然であった。でなければ、序列6位になどなれない。
彼女は自身の得物である【杖術】の棒を取り出し、ゆるりと構えた。
「変態のクセにやるじゃねーか」
「そんなに褒められると下着を履き替えなきゃいけなくなりそうです」
「てンめぇ、舐めるのもいい加減に」
「あっ!!」
「な、なんだよ」
「大丈夫でした。今日そもそも履いてなかったです」
「……おちょくってんのかオラァ!」
「いやーん!」
コスモスはわざとらしく体をひねり、エルのパンチを避けるフリをしてすっ転ぶ。
ロングスカートがひらりとめくれて、中身があらわとなる。実に巧妙に、エルにだけ見えるような角度で計算されていた。
「マジじゃねぇか!!」
「つるつるでしょう? ふっふっふー、私もエルっちみたいにミニスカートのメイド服にしましょうかねー」
「ぜってぇーやめろ! ユカリ様に言いつけるぞ」
「わあ! それだけは勘弁してください!」
コスモスは体をビクッとさせて、遠くでキュベロとリリィの対決を観戦しているユカリの様子をちらりと見やる。
いくら変態といえど、鬼のメイド長は怖かった。
その一瞬の隙を、エルは見逃さない。
「そこだァッ!」
大股で間合いを詰めて、すかさず《香車体術》を発動する。
《香車体術》は、足技。つまりは……ハイキック。
「が、眼福……!」
コスモスは何故か満足気な表情でダウンする。一瞬のできごとであった。
勝負あり――序列、変わらず。
偶数頭戦が終わり。
同日午後、奇数頭戦が開催される。
「これはこれはエセお嬢様、ご機嫌よう」
「おーっほっほ! ご機嫌よう、露出狂さん。良い天気ですわね」
序列6位コスモス VS 序列7位シャンパーニ
二人は犬猿の仲であった。
コスモスは偶数頭戦の時とは打って変わって、本気の表情をしている。絶対に負けたくないという気持ちがにじみ出ていた。
もう一方、万能メイド隊十傑の一人シャンパーニは、何とも優雅な表情でコスモスを見下している。
ふわふわの金髪はエレガントなウェーブを描き、そこそこ高い身長にそこそこ大きな胸、つり目で高慢そうな表情。どこからどう見ても“お嬢様”であった。
よく見ると、メイド服もところどころにアレンジが加えられていて、煌びやかに装飾が施されている。
彼女はファッションや身嗜みに関しては決して手を抜かない。毎朝一時間以上かけて髪をセットするし、メイクも非常に丁寧で、メイド服の装飾は毎日変える。立ち居振る舞いも上品で、行動に一切の隙はなく、喋り方は常にお嬢様然としていて、「おーっほっほっほ!」と冗談みたいな笑い方をする。
そう、彼女は“お嬢様”に憧れていた。何故そんなにも憧れているのかは、メイドの誰も知らない。だが、シャンパーニがメイドでありながらお嬢様であろうと日々努力していることは、メイド全員が知っていた。
だからこそ。コスモスはシャンパーニを嫌い、シャンパーニはコスモスを嫌う。
これは、“6位と7位の対決”ではない――“下品と上品の対決”なのだ。
「早く杖をお出しになったらいかが?」
「パニっちこそ、さっさと黒くて長くてカッチカチのものを出したらどうですか」
「……貴女、そのあだ名で呼ぶのはやめてって何度も言わなかったかしら」
「えー、いいじゃないですかパニっちぃ。パニっちのパイっちもプニっちしてそうですよねー」
「ムキィーッ! 今日という今日は許しませんわよ! そこに直りなさいコスモス! わたくしが粛清して差し上げます!」
「うわあ。ムキィーとか口で言う人、初めて見ました……興奮しますね」
コスモスは【杖術】を使うため棒を、シャンパーニは【剣術】を使うため木剣を構える。
双方、睨み合い……そして、息を合わせたかのように同時に踏み出した。
「あ、相変わらずの、ヘンタイ杖術、ですわねっ」
「パニっちこそ、剣の扱い方、上手いですねえ。床上手なんじゃないですか?」
「減らず口を!」
「フェ○すぐしろ?」
「~~っ! んもうっ!」
「ほらほら怒ってばっかりじゃなくて。私がパンティを脱ぎ始める前に勝たないと大変なことになりますよー」
「何を言ってるんですの!?」
執拗なセクハラ攻撃と、うねうねと変幻自在な【杖術】でシャンパーニを翻弄するコスモス。二人の対決はいつも、序盤はこうであった。
しかし、シャンパーニも負けてはいない。偶数頭戦では7位の馬丁頭ジャストから6位の座を防衛しているのだ。その実力は紛れもなく本物であった。
「このっ……いい加減に、なさいっ!」
「わっ、とと」
シャンパーニは《桂馬剣術》の鋭い突きを放ち、コスモスの鳩尾を狙う。コスモスは間一髪で体をひねり躱した。木剣は、コスモスの脇腹を掠める。
「あ痛たた」
「おーっほっほっほ! 蝶のように舞い蜂のように刺す。リリィちゃんを見て学びましたわっ」
「……突くのがお好きですよね、パニっち」
「ええ。今は木剣ですけれど、普段はレイピアを使っておりますのよ。おほほっ!」
「じゃあ、突かれるのも好きと見ましたっ!」
「――っ!」
脇腹を押さえて痛がるフリをしていたコスモスが、シャンパーニの不意を突いて《香車杖術・突》を発動する。貫通効果を持つ素早い突き――コスモスお気に入りのスキルである。
完全に勝ったつもりで油断しまくり高笑いしていたシャンパーニは、コスモスの《香車杖術・突》をもろに喰らい、白目をむいて気絶する。
…………というのが、いつものパターンであった。
「そう何度も同じ手が通用すると思ったら大間違いですわっ!」
流石に、対策していたようである。
シャンパーニはひらりと身を躱して、すぐさま《歩兵剣術》を発動し、コスモスの後頭部めがけて木剣を振り下ろした。
……積年の恨み、とでも言うべきか。瞬間、これまでコスモスにされてきたセクハラの数々が脳裏にフラッシュバックし、その手に握る木剣に必要以上の力が込められる。
「おほぉ!?」
人様に見せられないような顔で気絶するコスモス。黒髪ロングの清楚な美少女ルックは、今や見る影もなかった。
「やったー! やりましたわ! やりましたわっ! 勝ちましたわ~っ!」
勝負あり――序列、変更。
シャンパーニは、6位へと上がった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回も閑話です。