85 生けし境遇、良き私刑
誰もサブタイトルの回文に言及してくれない今日この頃。
ほどなくして、王城は完全に制圧された。
第一王子派の兵士はみな拘束され、肉塊となった宰相以外の重要人物たちも次々と捕まる。
クラウス第一王子は、慚悔の表情で俯き、何一つ抵抗しなかった。
ジャなんとか第三騎士団長は、ションベンまみれでガクガクと震えながら泣いていた。
ホワイト第一王妃は……ちょっと見るに耐えなかった。キチ○イとはああいう奴のことを言うんだろう。
まあ、そんなことは最早どうだっていい。
やっと長らく続いたゴタゴタのカタがついたんだ。俺はこの実に晴れやかな気分のまま飯食って風呂入って寝たい一心で、スキップしながら家路についた。
「ユカリ、どうだ、約束守っただろうが」
深夜だというのに、豪勢な晩酌。使用人には足向けて寝られないな。
酔っ払った俺は、ふと思い立ち、おもむろにユカリへと話しかける。
「はい。ご主人様は、なんとかしてくださいました」
ユカリはやはり約束を覚えていたようで、過去の俺の言葉に重ねるようにそう言うと、珍しいことに微笑を浮かべた。
「公爵家を取り潰しに追いやったのはホワイト第一王妃だと言っていたが、裏にいたのはやはり宰相だった。洗脳魔術の存在に気付き、それを恐れた宰相が第一王妃を利用して謀略を企てていたらしい」
「ええ、ウィンフィルドから聞きました」
「そうか。じゃあ、宰相の最期も知っているな」
「……はい。それはそれは大層なものだったと」
「見なくて良かったぞ。今夜のハンバーグが食えなくなるところだった」
「ご主人様。しっかり完食されてからそう申されましても説得力が御座いません」
確かに。でも美味しかったんだもの。
「そうだ、キュベロはいるか?」
「は、ここに」
いた。何時でも何処でもいるなこいつ。
「仇は討てたと思うが、どうだ?」
「これ以上ない結果で御座います。義賊弾圧隊による奇襲が騙し討ちであったことは国民に知れ渡り、卑怯な真似をした男は死にました。亡き親分と、私のために死んでいった部下たちの無念も、晴れたことでしょう」
「後は生き残りの捜索だな。大丈夫だ、もう弾圧はされない。きっとすぐに出てくるさ」
「……はいっ」
キュベロは声を殺し、泣いた。
それが悔しさや悲しさの涙ではないということは、すぐに分かった。
「それと、ビサイドに伝えておけ。よかったらうちで働いてくれ、と。新たにメンバーが見つかったら、そいつも雇う準備がある」
瞬間、ギリギリ堪えられていた嗚咽が決壊する。
キュベロは男泣きに泣いた。
こいつ結構我慢強いと思っていたが、意外と涙もろいのかもしれない。
「えーと、後は……」
マインとの義理も、果たした。女公爵から託された王国の未来も、しばらくは明るいだろう。そしたら、残すところは。
「ウィンフィルド」
「はい。セカンドさん」
こいつだな。
彼女には、色々と世話になった。一から十まで、それはもう色々と。
だが、そこに謝罪や感謝など、必要ない。俺と彼女は、ただ盤上で戯れていただけなのだから。
「面白かったか?」
「つまらなくして、ごめんね。私、まだ、幼かった」
「勝ちに必死だったか」
「うん。勝ち急いじゃった、かな」
偉いな。つい数時間前まで感情的になってわんわん泣いてたのに、もう自分の反省点を客観的に分析している。
「セカンドさんは、すごいよ。雑念が、全く、なかった。なのに、私、なんて……」
「あーやめろやめろ。俺のことはもっと褒めていいが、反省は自分の部屋でやってくれ」
「うん。じゃあ、褒める。セカンドさん、かっこいい! セカンドさん、世界一位! セカンドさん、大好きっ!」
「わはは、今日は楽しい夜だ」
程よく酔いも回り、最高の気分である。
しかし話が終わった途端、ウィンフィルドは《送還》されていった。彼女が何をしたというんだ。
「……さて」
気を取り直して、視線をシルビアへと向ける。
シルビアは俺と目が合うと、すーすーと寝息を立てて眠るエコを膝の上に乗せたまま苦笑いした。
「らしくないことは、とりあえず全て終わった。これからは、らしいことに戻ろうと思うんだ」
「うむ。というと?」
「手始めにメティオダンジョンでドラゴン狩りでもするか。明日」
「明日!?」
「善は急げだ。あ、明日じゃなくてもう今日か」
「ま、待て、切り替え早すぎないか!? その、何か、こう、打ち上げみたいな、そういうのをやって少しゆっくりしてからでも……」
シルビアめ、政争でゴタゴタしている間にまた随分と気が緩んでいたみたいだな。よぉし、来たるタイトル戦へ向けて一から叩き直してやる。
「決めた。メティオじゃなくてアイソロイスにしよう」
「こここ甲等級ダンジョンではないかぁ! 無理、無理無理っ! 私にはとても無理だ!」
「問答無用」
「そんなぁ……」
折角休めると思ったのに、と絶望顔をするシルビア。うーん、ちょっとだけ不憫に思えてきたので、アメを用意してみる。
「帰りにショッピングでもするか。お前とエコに、褒美を買うって約束したもんな」
「そ、そうかっ、それは楽しみだな!」
……甘やかしすぎたかもしれない。
まあいいや。
こうして。俺たちが首を突っ込んだ政争は、一夜にして幕を閉じた。
と、思ったのだが。
翌朝。
俺の家を、マインが直々に訪れた。
「……ようこそマイン国王陛下」
「ちょ、やめてくださいよ! まだ即位してません」
「じゃあマイン次期国王陛下」
「もうっ! そういうのは一切ナシです。ボクとセカンドさんは、と、友達なんですから」
友達という単語を口にするだけで何故か赤面するマイン。こっ恥ずかしいなら言わなけりゃいいのに。
「言ったな? じゃあ言わせてもらうが、こんな朝っぱらから来るな鬱陶しい。自分の立場を考えろ立場を。無視したくてもできねえんだよ」
「あっ、ひどい! 折角お礼の品の希望でも聞こうかなって思ってたのに」
「よくぞ来たマイン。俺の友よ!」
「調子が良いんだからもう……」
「クラウスの処罰ぅ?」
「はい……」
マインが訪れたのは俺への褒賞の話だけではなく、相談でもあったみたいである。何か騙された気分だ。
「俺が知ったこっちゃねえよ面倒臭い。死刑でいいだろうが。それか私刑」
「しかし、母上が反対してまして」
へえ、フロン第二王妃が。確かに、あの人無駄に優しそうだもんなあ。
「ウィンフィルド、お前はどう思う?」
「私も、死刑、かなあ。副団長に、ついても、死刑で」
「副団長?」
「第二騎士団副団長のガラムですね。セカンドさんに瞬殺されたと聞きました」
「ああ、あのオッサン」
俺としては、あのオッサンは別に死刑でなくてもいいと思う。シルビアとエコの鼻っ柱をへし折ってくれた働きはデカイ。ただクラウスは何となく気に食わない。
「問題の焦点は、兄上が宰相に利用されていたという部分なんです。兄上自身は、ずっと王国のためを思って行動していたみたいですから……」
「そりゃつまり、あいつが馬鹿だから良いように担ぎ上げられてこんな事態になったと、そういうことだろ?」
「ええ、まあ、端的に言うとそうですね」
「じゃあ駄目じゃん」
「駄目なんですけど……母上が」
なるほど。マインのやつ、王立魔術学校でマザコンって陰口叩かれていただけはあるな。
「マイン、お前が決めろ。お前が自分で考えて決めないと、お前の母親が国王になるのと何ら変わらんぞ」
「……ですよね」
あー、駄目だこりゃ。
「もういっそのこと、あいつをお前の奴隷にしちまったらどうだ?」
「考えました。ボクもそれが良いと思ったんです。でもハイライ大臣やメンフィス団長は、王子が奴隷になるなど国の恥だと」
「だっはは! 国の恥ってオイ、帝国にこんだけ内部を食い荒らされて今更そんなこと言われても、それこそ他国のお笑い種だぞ」
「身も蓋もないですね」
「事実だろうが」
「はぁ……政治って難しいです」
なーにを当たり前のことを……。
「大丈夫だ。お前が暴君にならないように俺たちが見張っといてやるから、好きなようにやってみろ。そんで間違ってたら、反省して、またやり直しゃいい」
「セカンドさん……」
「だから、きちんと冬季タイトル戦を開催しろよ。あと四大属性の魔導書を壱ノ型から肆ノ型まで全部よこせ」
「それが本音ですよね」
「これも、本音だ」
マインは呆れたように笑って「仕方ない人だなあ」と呟く。オッケーってことだよな。よっしゃ、これで身内全員に全属性の【魔術】を覚えさせられる。伍ノ型の魔導書については俺が手に入れるから無問題だ。
他にも欲しいものは数多くあったが、今回はこれで妥協しておいた。別にこのために頑張っていたわけではないのだ。手間が省けてラッキー、程度の感覚のものでいい。
「……分かりました。ボク、自分の思うようにやってみます」
俺の適切かつ妥当なアドバイスで何かを掴んだのか、マインはしっかりした眼差しで宣言した。
ああ、それでいい。キャスタル王国がそれなりに良い形で存続して、タイトル戦が開かれるなら、それでいいのだ。
「では、最後にセカンドさんの処遇を伝えますね」
すると、マインが急に真面目な顔をしてそんなことを言い出す。何やら重要な話のようだ。
「キャスタル王国は、貴殿をキャスタル王国駐箚ジパング国特命全権大使として認め、合意するものとします」
「はあ」
「……ええと。つまり、セカンドさんはこのままキャスタル王国に住んでいてもいいですよってことです。この馬鹿みたいに広い土地もジパング大使館として認めますし、まあ、色々と便宜も図りますよと」
「おお」
何か色々と無理があるような気もするが、どうにか問題にならないようにと俺の処遇を苦心して考えてくれたみたいだ。うん、実にありがたい境遇だと思う。
俺は感謝を言うのも少しおかしな気がしたので、「謹んでお受けします」とマインに倣って大真面目に書状を受け取った。ちなみにこれが何の書状なのかはサッパリ分からん。
……こうして。
政争が終わり。俺は、在りもしない国の大使となった。
* * *
「…………っ」
皇帝ゴルド・マルベルの娘メルソン・マルベルは、戦慄を覚える。
父親に呼ばれ、そこで目にしたのは、彼女の想像を絶したものであった。
「これはバル・モローのペンダントであるな。余が贈与した品と同じだ」
「父上は、こ、これが、バル・モローの亡骸だと……そう、仰るので?」
「違いあるまい。はっはっは」
「笑いごとではありません! こんな、このような……!」
メルソンは変色した肉塊から目を背ける。
こんなものが人の死体だなどと、俄かには信じ難い。しかしながら。もし、それが、本当なら。そう考えただけで、身震いするほどに恐ろしかったのだ。
「よいか。相手は、皇帝に挽肉を送りつけてくるような輩である。絶対に手ぬるい真似などしてはならんぞ」
「…………」
「神国は敗走したのだ。その男一人によってだ。メルソンよ、決して戦って勝とうなどと思うな。さすれば次はお前がこうなる。お前は、余の背を見て学ぶのだ。余の良きところを学び、悪しきところを学び、己の糧とせよ」
「……はい、父上」
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、不本意ながら本編より面白いと評判の閑話です。