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84 はい終わり


ごおる

うぃ





 で、何この状況。



 物は試しとばかりにシルビアの影へと《暗黒転移》してみたはいいものの、だ。


 シルビアは白目むいてぶっ倒れてるし、エコはボロボロでうずくまってるし。ウィンフィルドはこっちを見て、目を丸くして驚き……それから、涙を流した。えっ、こいつが泣くって……よっぽどだな。



「お前がやったの?」


 ウィンフィルドと対峙している大剣のオッサンに話しかける。オッサンはギロリと目を鋭くして口を開いた。


「何者だ?」


 おお、隙のない構え。結構やるなこいつ。


 なるほど、シルビアとエコはこのオッサンにのされたんだろう。確かにPvP慣れしてるっぽいからな、ダンジョン攻略しか経験のない二人だと“力押し”では少々厳しいかもしれない。


 メヴィオンはそこそこのステータス差などいとも簡単にPSプレイヤースキルでひっくり返るゲームである。それが二対一といえどもだ。こいつぁ一度は経験しないと分からない大きな“差”だな。いや、“壁”と言った方がいいか。誰もがいずれ突き当たる壁。ぶち破れるかどうかは、そこからどれだけ真面目に取り組んだかで決まる。


 二人には良い薬になったことだろう。タイトル戦出場資格を得る頃ってのは、自分が上級者にでもなったつもりで変に自信をつけて自分より弱いやつらを相手に威張ったり優越感に浸ったりと、自然に増長してしまうものだ。一度こっ酷くやられるのも、今後のための勉強ってなもんだな。



「あんこお疲れ。送還するから休んでていいぞ。それとも見ていくか?」

「主様、つれないことは仰らないでくださいまし。是非にその勇姿をこの目へ焼き付けとう存じます」

「そうか。じゃあその辺で見てろ」


 えーと、あいつは【剣術】か。よし、じゃあ俺も。


「おっ、宰相もおるやんけ! お前も見とけよー」


 誰に喧嘩を売ったのか知らしめる良い機会だ。



 俺はミスリルソードをインベントリから取り出して、オッサンと向かい合う。


「コインが落ちたら開始の合図だ。いいか?」

「待て。お前は何者だ。その黒衣の女は、一体何だ?」


「どうでもいいじゃん。俺さあ、もう、久しぶり過ぎて……アー駄目、我慢できない」



 ピンと、コインを弾く。



 瞬間、オッサンが身を引き締めたのが分かった。切り替えが早い。流石、俺の目に狂いはなかったな。



 そして……




 ――コインが、落ちる。





「はい終わり」



 前言撤回。開幕で「ビュッ」とオッサンの右腕を斬り落とし、勝敗は一瞬で決した。クソ雑魚だった。


 初動が遅すぎる。《角行剣術》のフェイクにすら反応できていない。俺の足ばっか見てっから出遅れるんだよ。間合いすらはかれてないし。



「な、なん、何だお前!? 何をした!」

「何って、歩兵剣術だろ」

「その剣は、何だ! 剣が、伸びたぞ!?」

「そりゃこんくらい伸びるだろ。柄の先っぽを持つんだよ」

「な……!」


 あー、それを知らなかったからこんなに詰めてたのか。


「基本を勉強し直せ。あと足を見ずに全体を見ろ。それとさあ、大剣はやめた方がいいんじゃない? ちっとも対人戦向きじゃないけど」


 アドバイスしてやると、オッサンは絶望するようにガクリと項垂れて、その場に膝をついた。自信があったんだろうな、ざまあ味噌漬けたくあんポリポリだぜ。



「エコエコー。あ、気絶してんのか? 目ぇ覚ませー」


 地面にうずくまり意識を失っているエコに、状態異常回復ポーションとついでに高級ポーションを飲ませる。すると、見る見るうちに元気を取り戻した。「せかんど!」と満面の笑みで絡みついてくる。


 次いでシルビアの気絶を状態異常回復ポーションで解く。シルビアは「なっ!?」と声をあげて飛び起きると、俺の方を向いて「はぇっ?」と目を点にした。寝ぼけているみたいで少し可愛い。



「ウィンフィルド、説明頼む…………あれ、ウィンフィルド?」


 今どんな状況か聞こうと思い、ウィンフィルドを振り返ると、彼女はまだ泣いていた。マジかよ。どんだけショックなことがあったんだろうか。


「よか、よかったぁ、よかった、よぉ……うぇぇぇん」


 ガチ泣きやんけ……。


 仕方がないので「せいれいもにんげんみたいに泣くんだなあ せかを」とかどうでもいいことを考えながら抱きしめて、泣き止むのを待つ。



 ……背負わせすぎたのかもな、色々と。思えば、全て任せっきりだった。ユカリに召喚させて以来、人間界は初めてだろう彼女をちょっとでも労ろうなんて、これっぽっちも考えたことなどなかった。特に何の根拠もなく、頭が良いというだけで「こいつなら大丈夫だろう」と思ってしまっていたが、こいつだってチームメンバーの一員だ。もっと気にかけてやるべきだったのかもしれない。


「わたっ、私、セカンドさん、来なくてもっ、上手く、解決、できるように、してたのに、それが、最善だと、思ってたけど、でも、でも、本当は、消えたくなかった! もっと、方法、あったかも、しれないけどっ、でも、これで、いいんだって、昨日は、納得してたのに! でも、ダメだった! なかなか、決断、できなかった、の! ごめん、ね、役立たずで、ごめんっ!」


 ちょっと何言ってるか分かんない。


 ただ何となくニュアンスは伝わった。「役立たずでごめんなさい」と、必死に謝っている。何かミスったんだろうな多分。というか俺の服に鼻水が……まあいいや、どうせこいつのマスターが洗濯するんだし。


「誰だってミスはするぞ。俺なんかあんこの転移の汎用性に昨日の夜中に気がついたからな」

「違う、違うの! 相手が、強いって、分かってたけど、慢心したの! 皆を、危ない目に、遭わせちゃった! 私が、もっと、早く、決断してたら、こんな、ことにはっ」

「冷静になれ。そもそもお前が役立たずならシルビアはどうなる」


 横で「酷くないか?」とツッコミを入れるシルビアを無視して、俺は言葉を続ける。


「なあ、半月足らずで宰相たちをここまで追い詰めたやつは誰だ? たった半日で城を落としたのは誰だ? 被害がメチャクソ少ないのは誰のおかげだ?」

「……せ、セカンド、さん?」

「違うわッ! てめェーだよてめェー!」


 過小評価も大概だな。


「お前はついこの間までずっと完璧超人で過ごしてきたんだろう。常に最善手を指し続けてきたんだ。だから一つ二つのミスでこれほどヘコむ。真っ白で綺麗なシャツほどシミが気になるものだからな。その気持ちは分からんでもない」

「でも、最善手、じゃないと、皆の、命が」

「そう背負い込むな。次善手でもいいし、負けない手でもいい。これは“遊戯”なんだろ? だったらもっと余裕を持って遊べ」

「……!」

「お前、自分一人で全てを綺麗さっぱり解決しようとしたんだろ。そんなことしてもつまらんぞ。遊戯だからって簡単に命を賭けるな。遊戯だからこそ命を賭けろ。ここぞという時にだ。そしたらきっと面白くなる。もっと楽しめる。どうだ、俺の言ってること分かったか? 分かったらもうメソメソするな」


 ウィンフィルドは未だ泣いたままだが、胸の中でこくこくと頷いている。


 そうかそうか、分かったか。なら……



「……じゃあ、お仕置きだな」


 ビクッと、その肩が震えた。


「な、何故だ、セカンド殿? 私が言うのも何だが、ウィンフィルドはよくやったと思うぞ?」

「そりゃ知ってる。シルビアさんよ、お前がぶっ倒れてたのはお前が一人で勝手に暴走してドジ踏んだってだけだろ? それはよぉ~く知ってる」

「……う、うむ。心からすまないと思っている」

「だが、エコが手酷くやられたのは気に食わん。それはウィンフィルドに監督責任が……あ゛ぁ゛? ちょっと待てよ? これってウィンフィルドのせいというより、勝手に気絶したシルビアの――」



「死ねぇッ!!」


 俺が真犯人へと辿りつきそうだったその瞬間、実に空気の読めない宰相が俺に何かを投げてきた。そういえば放置したまんまだった。



「あ、主様に向かって、刃物を投げつけるなど……! それも、毒を! 塗って……!」


 途中でキャッチしたあんこが、わなわなと怒りに震えながら言う。ナイフをクンクンしただけで毒が塗ってあると分かるのか。流石は狼、鼻が良いな。


 というかどんだけ悪足掻きするんだ宰相。往生際が悪いったらない。最早何が目的なのかすら分からん。今も現在進行形で意味がよく分からないことをあーだこーだと喚き散らしている。何だこのオッサン……だんだんアワレに思えてきたな。


「さ、宰相閣下! ににに、逃げましょうぞ、宰相閣下!」


 宰相を何とか正気に戻そうと隣で声をかけ続けるオッサンもかわいそうだ。誰だっけこいつ。第三騎士団長だっけ。


 ジュ、えーと、ジュ……ジュゲム? いや、ジュル……あれ、ジャだったか? ジャジャジャ、ジャ……



「きええええッ」



 ……ほんの一瞬。宰相から目を離した、その瞬間だった。



 俺が目にしたのは、奇声をあげながら突進する宰相が、何処から持ってきたのか細長い剣を手に持って、あんこの背中に斬りかからんとする光景。




「あっ」



 ――と、言う間だった。


 ハウスとか、ステイとか。殺すな、とか、口に出す間もなく。《送還》すら、する余地もなく。



 あんこは体をねじって振り返り、ひゅるりと、下から上へと左手を振った。


 爪攻撃。歴としたあんこの“スキル”である。



 ……だから、だろう。宰相の最期は、それはもう酷いものだった。




「うわマジかよ……」


 一言で表せば、壁にこびり付いた血肉。クレーターのように凹んだ壁に、宰相だった肉の塊がめり込んでいる。


 常軌を逸した圧力で「ギュッ」となっており、あちこちから骨らしき白いものが飛び出していた。



 ぼとり。


 何処の部位かも分からないようなぐちゃぐちゃの肉片が床に落下する。よく見ると、天井には夥しい量の血と肉が飛び散っていた。こりゃ掃除が大変だぁ……。



「ぃ……ひっ……!」


 第三騎士団長が短い悲鳴をあげて、カクっと尻から崩れ落ちた。数秒経って、大理石の床に水たまりができる。あーあ、シェリった。



「もっ、申し訳御座いません、主様! またしても私、勝手な振る舞いを! 手が、手が滑ってしまったのです! 嗚呼、この手が!」

「あんこ」

「は……はい」

「今のは仕方ない」


 真後ろにあんな気持ちの悪い汗だくのオッサンが迫ってきてたら、そりゃ手くらい出るわ。


「なんと寛大なご処置。頭が下がるばかりで御座います……」


 俺はあんこの頭をぽんぽんとして、ついでに耳をもふもふっとして、宰相殺しを許した。


 あー……しかし、呆気なかった。捕まえたところで死刑は免れなかっただろうが、何か有用な情報を持っていたかもしれないので、ここで殺すのは少しもったいなかったかもしれない。


 まあ、いいや。情報を持ってそうなオッサンはもう一人いるからな。


「ひいぃ!」


 ちらりと視線をやると、第三騎士団長はずりずりと尻を引きずって後ずさった。汚水の汚染が広がるので是非やめてほしい。


「……え、あれ? クラウス?」


 キショイなぁと視線を逸らしたところで、俺は初めてクラウス第一王子の存在に気がついた。


 クラウスは、未だ絶望の表情を浮かべる大剣のオッサンの横で、ぼーっと突っ立っている。抵抗する様子は全くない。宰相とは打って変わって潔いな。良いことだ。



「よし、一件落着だな!」


 晴れやかに言って、ぐぐーっと伸びをする。


 カメル神国は追っ払った。カラメリアの規制も始めた。宰相と第三騎士団長と第一王子は捕まえた。第一王妃もまあ捕まってんだろ多分。城もそろそろ落ちるだろう。なら、もう国内で憂慮すべきことは大方ない。後は……


「じゃ、この宰相だった肉を箱に詰めて帝国に送ろう」

「ほ、本気か? セカンド殿」

「ああ。腐るといけないから、クール便で送ろう」

「……本気なのだな」


 当然だ。


「ムカつくんだよ。自分だけ安全圏でぬくぬくと高みの見物か? どうせ国王暗殺の指示を出したのも皇帝だろ。そのくせ援軍を送らなかったのも皇帝だ。土壇場で保身に走りやがった。腹立たしいったらないね。だろ? 俺はもう決めたんだ。これから一生、皇帝には一日たりとも安眠なんてさせねえからな。クソほど嫌がらせしてやる。いつ俺が攻め込んでくるか、ビクビクしながら暮らしてりゃいい。そして願わくばストレスでくたばれ」


「よ、よかった。私はてっきり、これから帝国と全面戦争でもおっ始めるのではないかと思ったぞ」

「馬鹿そんな暇ねえよ」

「暇……?」

「ああ。だって――」


 マインなら、俺との約束をしっかり守るだろう。だったら、そう、そろそろだ。



「そろそろ、冬季タイトル戦の時期だからな」



お読みいただき、ありがとうございます。


第六章は残すところ一話+閑話です。

また第七章までの間に登場人物紹介と簡易スキル一覧表の掲載を予定しています。

どうぞよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
精霊軍師、強すぎるカードだけにストーリーに相容れなかったね。もっと伏線があった王様の死や今回の劣勢も読者が納得出来たんだろうけど。強いカードだっただけに残念
[一言] ウィンフィルドのお仕置は夜のお仕置かな?
[良い点] 気持ちよく一気読みできる俺tueee物語な所 [気になる点] クライマックスでヒーロー登場からの爽快感を味わえる場面のはずが、前後のシーンの展開のせいで没入感が無くなってしまった点 [一言…
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