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83 最後の抵抗


ゴールデン・ウィーク




 夜。

 日没とともに、王城はぐるりと取り囲まれ。


 城内へと突入した第二王子の兵士たちは、次々に内部を制圧していった。


 狙うは宰相、第三騎士団長、第一王妃、そして第一王子の身柄である。


 しかし、一筋縄ではいかない。逆転に次ぐ逆転に次ぐ逆転とはいえ、相手もまた更に策を打っていた。


 城内の5割ほどを落としたところで、第一王子派は決死隊を差し向ける。命を賭してまで時間を稼ぐ。それは宰相の指示であったが、しかし、今となっては時間を稼ぐ意味などない。帝国の援軍は、いくら待てども来ないのだから。


 それでも第一王子派による必死の抵抗は続き、城内での戦いは予想以上に長引いた。


 シルビアとエコ、そしてミスリル合金武装兵の活躍で、その一つ一つを慎重に、着実に突破していく。


 捨て身の相手とは違って、こちらはまだ命が惜しい者ばかり。ほんの少しの油断が命取りである。焦る必要はないのだ。王城の外は第二王子派の兵士が取り囲んでおり、抜け道の先も調べ上げ封じてある現状、いくら時間がかかろうと被害を出さずに制圧することが最優先であった。


 そうして、どれほどの時間を制圧に費やしたのか。夜はすっかりと深まった。


 宰相たちの姿は、未だ見えない。恐らくは、最奥――玉座の間。



「道ができたよ。玉座の間に、先行しよう。宰相たちは、きっと、そこ」

「了解した」

「りょーかい」


 ウィンフィルドは敵の隊列が崩れた隙を突き、最大戦力であるシルビアとエコに指示を出して、共に玉座の間へと疾駆する。


 何故、行動を共にするのか。それは彼女なりの懸念があってのことだった。



「見つけたっ!」


 シルビアが声をあげる。その視線の先には、バル宰相とジャルム第三騎士団長の姿。そして、もう一人……



「……マズいな」


 その人物の顔を目にした瞬間、シルビアは強張った顔を見せる。



 第二騎士団副団長ガラム――王国の騎士にその名を知らぬ者などいない、豪傑中の豪傑。


 ガラムは2メートル近い身の丈ほどの大剣を静かに構え、バルとジャルムを護衛するように立ちはだかる。それはつまり、ガラムは“向こう側”だということを意味していた。



「ガラム副団長殿! 貴方ほどの男が悪に魂を売ったか!」

「…………」


 シルビアの言葉を無視するガラム。その顔は40歳とは思えぬほどに若々しいが、しかし、どこか疲れたような表情をしていた。


 どうして今になって表に出てきたのか。それも、宰相側に。シルビアの浮かべた疑問に答えるように、ウィンフィルドは口を開く。


「多分、人質、かな。家族とか。彼、ここのところ、王国にいなかったでしょ。遠征? その隙に、とられたんじゃない?」

「なるほど……どこまでも外道な!」


 冷静な指摘。シルビアの怒りは宰相たちへと向けられる。


 ……だが。できれば、シルビアはガラムとの交戦は避けたかった。何故なら。



「やっぱり、彼、タイトル戦、出場経験者、だよね」


 二の足を踏むシルビアの様子を見て、ウィンフィルドが気付く。


 その通りであった。ガラムは、過去に何度か【剣術】のタイトル戦に出場した経験がある。


 それは、つまり。【剣術】スキルが、歩兵~龍王まで、全て九段であるということ。


 紛れもない猛者であった。



「で。勝て、そう?」

「問題ない」

「がんばる」


 三人の見解は、昨日から一致していた。もしも“タイトル戦出場経験者”が奴らの護衛として現れたなら――二対一であれば勝てる、と。


 ウィンフィルドも、客観的視点から推察し、十分に勝てると踏んでいた。シルビアもエコもそのメインスキルは殆どが九段である。更には前衛と後衛という相性抜群のコンビ。負ける要素はなかった。


 ……ただ、一点。“対人戦経験”という、極めて小さいようで、意外なまでに大きな一点以外は。



「分かった。シルビアさんと、エコさんで、無力化して。絶対に、油断しちゃ、ダメ」


 言われなくとも、という風に、シルビアとエコが躍り出る。


 そこで、ようやくガラムが口を開いた。



「シルビア・ヴァージニア。お前の父親はよく知っている。二対一など、騎士の誇りを捨てたか?」

「……っ!」


 実に巧妙な煽りである。

 正義感が強く騎士に憧れているだろうシルビアの性格を見越し、父親を引き合いに出してから、そのプライドをつつく。熟練した盤外戦術だった。


「ダメ、だよ。冷静に、なって」

「うむ。分かっている。分かっているが……私にも退けない時はある」

「……あーあ」


 ウィンフィルドは一度だけ止めて、やはり止まらないシルビアを見て、早々に諦める。


 シルビアはセカンドに何か悪い影響でも受けているんじゃないかというくらい、非常に頑固であった。正義と誇りのためなら当然とばかりに命を賭ける人間だった。


 ゆえに、ガラムの挑発に、乗ってしまう。それは必然と言えた。



「舐めるなよ、一対一だ」


 シルビアは弓を構え、矢をつがえ――



「馬鹿だな、お前」


「なっ!?」



 ――次の瞬間、ガラムはシルビアの目の前まで迫っていた。



 そして、大剣が、無慈悲にも振り下ろされる。



「くぅっ……!」


 受け止めたのは、エコだった。苦しそうな表情で、大盾を何とか支える。


「おお、凄いぞお前。これを受け止めるなんてな」


 ガラムは急に饒舌になり、エコを褒めたたえる。しかし、その動きは止まらない。


 二歩下がったかと思えば、大剣を下段に構える。


 何が来るのか。シルビアは判断がつかず、後退しながら《銀将弓術》を準備する。


「!」


 するりと剣を地面と平行にしたまま動き出すガラム。「突きだ!」そう直感したシルビアは、横へと体を躱しながら《銀将弓術》を――



「素直すぎる」


 突如、ガラムは直線の動きから曲線の動きへと変化した。《桂馬剣術》を途中でキャンセルし、《歩兵剣術》で斬りかかる。たったそれだけのことだが、その間には幾重ものフェイクと誘導があり、初見で回避するなど不可能なほどに老練された技へと昇華されていた。


「ぐあっ!!」


 斬撃を受けるシルビア。肩から鮮血が舞い、よろよろと後ずさり、3メートルほど後方で膝をついた。



「…………っ」


 しかし、流石は乙等級ダンジョンにこもっていただけはある。肩の傷などものともせずにすぐさま立ち上がると、ガラムから距離を取りつつ落ち着いてポーションを飲み、HPを全回復させた。


「えいやーっ!」

「うおっ!」


 ガラムの敵はシルビアだけではない。いつの間にやら二対一になっており、エコがガラムに対して突進を仕掛ける。攻城で大活躍したスキル《飛車盾術》だ。だが……


「それは、隙が大きすぎるな」


 当たらなければ、意味はない。ガラムはギリギリで躱し、通り過ぎていったエコの背中めがけて《歩兵剣術》を――



「……危ないところだ」



 発動できなかった。その隙を狙い、シルビアが《歩兵弓術》を放ったのだ。


 ガラムは振り向きざまに矢を大剣で弾くと、その勢いのままシルビアとの距離を詰める。


「副団長殿の火力は大方把握した」


 シルビアは一言呟いて、《金将弓術》を準備した。範囲攻撃+ノックバック効果を持つ、【弓術】では珍しい近接対応スキルだ。


「――っ」


 目敏くシルビアのスキルを読み取ったガラムは、その場で歩みを止める。そして、戦法を変えた。急接近して《銀将剣術》で仕留める狙いから……中距離での《龍王剣術》で仕留める狙いへと。


 準備時間は約4秒。隙は大きいが、射程も威力も大きい。


「それを待っていたぞ!」


 シルビアはガラムが《龍王剣術》の準備を始めた瞬間を見計らって《金将弓術》をキャンセルすると、《飛車弓術》の準備を始めた。後から準備しても、向こうの準備時間は4秒もあるため、間に合って然るべきと考えたのだ。


「まあ、悪くないが、付け焼刃だな」


 ガラムは余裕の表情で《龍王剣術》をキャンセルする。そこでシルビアは勝利を確信した。流石に、もう《飛車弓術》に対応できるようなスキルは間に合わないと踏んでいたのだ。


「ほざけ! これで終わりだ!」


 シルビアが準備完了と同時に《飛車弓術》を放つ。当たれば、いかなタイトル戦出場経験者といえど、大ダメージは避けられないだろう。



「これが銀将なら一発入っていたかもしれん」



 だが。ガラムは悠長にそのようなことを呟き……《金将剣術》でシルビアの《飛車弓術》を弾いた。



「なんだと!」

「この距離なら寸前で間に合うんだ」



 対人戦における経験の差が出た。スキルの準備時間や、その対応方法など。ガラムはいちいち思考せずとも、体が完璧に覚えている。一方、シルビアは逐次考えて行動している。その差は、あまりにも大きすぎた。


「ふっ!」


 直後、その背後まで迫っていたエコを、ガラムは《銀将剣術》であしらう。


 ガツンと大盾に攻撃が当たり、エコはよろめいた。《銀将剣術》といえど、相手はタイトル戦レベルの猛者。一発一発が途轍もなく重かった。


「どうだ!」


 更に、追撃。エコはスキルが間に合わず、ガラムの《銀将剣術》を大盾で単に受けることしかできなかった。


「あ、う……」


 よろよろと後ずさり、尻餅をつく。あまりの衝撃で脳震盪が起きたのだ。



「…………」


 玉座の間を沈黙が流れる。


 このままでは、負ける――シルビアは直感した。エコとの二対一にも関わらず、負ける。それは屈辱であり、そして。



「燃えるな」


 久方ぶりの“強敵”。チーム・ファーステストの一員である彼女の闘志が、燃えないわけがなかった。


「ダメ! こればっかりは、ダメ。退こう、シルビアさん。別に、急ぐ必要は、ないよ。あいつらに、逃げ場なんて、ないんだから」

「否だ。もし副団長が操り人形のまま表で暴れまわってみろ。こっちの被害は百ではきかないかもしれん」

「でも、危険。やめた方が、いい」

「ウィンフィルド……すまない」


 一言だけそう告げて、シルビアは背を向ける。彼女にもまた、譲れない正義があった。


「バル宰相、ジャルム第三騎士団長。今のうちに、自分の罪を数えておくことだ」

「はは、女騎士風情が何を言う? 手も足も出ておらんではないか」

「私が貴様らを断罪する――変身ッ!」

「!?」


 シルビアは六段の《変身》を行う。何が何でも、ここで決着をつけるつもりなのだ。


 炎の仮面に、炎のマント。身に着けている軽鎧からは燃え盛る火炎が迸り、その姿はさながら炎の化身であった。


「チッ……!」


 ガラムは舌打ち一つ、《龍王剣術》を準備する。この一瞬で「変身には時間がかかる」ということを見抜き、その時間を有効に利用したのだ。



 ……互いに、賭けだった。


 《龍王剣術》を耐え切れば、シルビアの勝利。《龍王剣術》で押し切れば、ガラムの勝利。



「来い!」

「行くぞ小娘!」


 見計らったかのように、タイミングが合わさる。


 シルビアは、変身完了から無敵時間2秒のうちに準備できる最大限のスキル《飛車弓術》を発動した。それと同時に、ガラムの《龍王剣術》が発動する。


 互いのスキルがぶつかり合い、相殺し、そして――




「 」



 ――シルビアは、気絶し、地面へと倒れた。



 ダメージは大したことはない。しかし相殺しきれなかったのだ。範囲攻撃である《龍王剣術》に対して単体攻撃である《飛車弓術》は相性が悪かったという他ない。ゆえに、《龍王剣術》の“スタン効果”をもろに喰らってしまった。



「は、はははッ! よくやったぞガラム!」

「素晴らしい! その調子でここにいる者どもを、そして第二王子までをも葬ってしまえ!」


 バルとジャルムは喜びの声をあげる。一番の脅威だと思われた相手を気絶させたのだ。それまではどうしようもない窮地であったのに、今風向きは自分たちにあると考えてしまっても不思議ではない。



「うーっ……!」


 シルビアが気絶させられた光景を見て、エコは立ち上がると、威嚇するように唸り声をあげる。


 相対するガラムは、大剣を担ぎ直し、額の冷や汗をぬぐった。変身状態のシルビアを倒せたのは、運が良かったからだと、倒れ伏してなお全くダメージを負っていない様子を見て気付いたのだ。


 そして、気付く。まさか、この小娘も……。



「へん、しんっ!」



 やはり、と。ガラムは警戒レベルを格段に引き上げる。


「……遊びは終わりだ」


 ここはタイトル戦の舞台。そう思い込むことで、ガラムの集中力は何倍にも増していく。


 相手はただの小娘ではない。共にタイトル奪取を狙う、猛者中の猛者の一人である。そうして、ガラムは深く深く集中し、次第に、油断が、雑念が、消え失せていった。


「ねえ、家族、もう助かってる、よ。宰相の、味方する必要、ないよ」


 ウィンフィルドがガラムを惑わせる。しかし、ガラムはそんな言葉に見向きもしなかった。聞こえていないのだ。その異常なまでの集中力、まさに“没入”状態と言えた。


「くぁっ!」


 ガツンと大きな音をたててぶつかり合う。ガラムの《飛車剣術》をエコの《桂馬盾術》が受け止める。《桂馬盾術》は防御+ノックバックの効果を持つ。しかし、ノックバックしたのはガラムだけではなかった。エコもまた《飛車剣術》の威力を受け止めきれずに跳ね飛ばされたのだ。


「そうはさせん!」

「きゃあ!」


 《金将盾術》を準備しようとするエコに対して、ガラムは間髪を容れずに接近し《香車剣術》で追撃した。香車は貫通効果が付与される。エコは盾を構えているにも関わらず、本体へとダメージが通ってしまった。



 ……それからは、一方的だった。


 基本的に【盾術】とは防御を主としたスキル。一対一に適してはないのだ。


 エコはただ必死にガラムの攻撃を受け続けるしかない。ガラムは《香車剣術》や《角行剣術》などの貫通攻撃を交えながら、じわじわとエコのHPを削っていった。



「シルビアさん! シルビアさん!」


 ウィンフィルドは何とかシルビアを起こそうと奮闘する。しかしシルビアは目覚めない。精霊であるがゆえインベントリが存在しないため、状態異常回復ポーションなどを用いることもできなかった。


 エコのHPはどんどんと削れていく。流石は“筋肉僧侶”というべきか、現状は自分自身で回復して耐えられているようだが、それでも《変身》が解けてしまってはとても耐え切れるものではなくなるだろう。


 残された時間は少ない。誰かに状態異常回復ポーションを貰いに行くべきか……彼女がそんなことを考えていると、玉座の間を意外な人物が訪れた。




「……第一王子、クラウス……」


 静かに呟き、下唇を噛むウィンフィルド。タイミングとしては、最悪だった。



「良きタイミングです殿下! そこに寝ている女と、その灰髪の女を殺すのです!」


 バル宰相が喜び勇んで指示を出す。


 クラウスは無言でその腰から剣を抜き、ウィンフィルドへ向けて構えた。


「剣術、得意、なんだっけ。しまったなぁ」


 第一王子クラウスは若くして第一騎士団長を務めるほど【剣術】に長けていた。その腕前は、タイトル戦を除き、王国一を争うほどと言われている。


 ウィンフィルドは、シルビアを庇うようにクラウスの前へと立ちはだかった。彼女も混精とはいえ精霊の端くれ。ただの人間よりは強い。だが、それがクラウスほどかといえば、そうではなかった。


「ふぅ……やるしかない、かな」


 彼女は“切り札”の行使を考える。誰にも話していない、精霊のみが使える、究極の切り札を。


 元より、そのつもりで、最悪のパターンを予想していた。

 今が、たまたま、その最悪のパターンであったというだけの話。


 もしも王城攻略が長引き、タイトル戦出場経験者のような猛者が宰相の護衛として現れ、シルビアとエコが暴走し、二人がかりでも敵わなかった時。奇跡的にも、そんな最悪のパターンだった場合は……“切り札”を使う。昨日から、そう決めていた。


 ウィンフィルドにとっては「こう来たらこう」と、定跡のように決まった一手を放つのみ。


 いつも通りの、何てことない、その局面の最善手。


 後は、彼女の覚悟だけである。



「……ガラム。お前は遠征に行っていたのではなかったか?」


 すると、クラウスがおもむろに喋りだした。それは意外にも、ガラム第二騎士団副団長へ向けた言葉。

 怪しい空気を察したウィンフィルドは、暫し様子を見ていることにした。


「はっ……本日、帰還いたしましたっ」


 ガラムは第一王子の言葉を無視するわけにもいかず、エコを封じ込めながらも返事をする。


「おかしい。やはり、おかしいのだ」

「何がおかしいのです、殿下! 早くその女を殺さねば、殿下がやられますぞ!」


 ぶつぶつと呟くクラウスに痺れを切らしたバル宰相が叫ぶ。しかし、クラウスの様子は変わらなかった。


「急に呼び戻されたのだな? その連絡を受けたのは、王国で騎士団の協定違反が話題となった後ではないか?」

「は、それは」

「そうなのだな」

「は……」

「もういい! ガラム、お前は喋るな! 戦闘に集中せよ!」


「宰相! 貴様は黙っていろッ!」


 クラウスは激昂する。これまでの疑念が、確信に変わった瞬間だった。


「お前の妻は知っている。フロン第二王妃の侍女だったな」

「はっ」

「昨日、フロン王妃が王城から出ていく姿を見た。その隣にお前の妻の姿はなかった」

「だから何だと仰るのです!」

「オレが国民に叩かれていた頃、一度バルコニーでフロン王妃を見かけた。その時、お前の妻はまだ彼女のメイドであった。その後に、お前を呼び戻す連絡が送られた。これらを全て加味して、この僅かな期間でお前が遠征先から単身戻ってこなければならない理由など……反吐が出るな。簡単に想像がつく」

「殿下! それは勘違いで御座います! その侍女は粗相をして解雇され――」


「……外道が。オレを、騙していたのだな。オレを、利用していたのだな。ずっと、ずっと、このオレをッ!」


 声を荒げ、バル宰相を睨みつけるクラウス。最早、誤魔化しはきかなかった。



「フロン王妃は、メイドが粗相をしたくらいで解雇するような方ではない。ガラムは、王命である遠征を投げ出し部下を置いて一人帰ってくるような男ではない。オレは……オレはッ、父上が殺されて黙っていられるような男ではないッ!!」



 クラウスは剣を構え、宰相へと向かっていく。


「貴様は王国の膿だ。帝国の犬め。ここで成敗してくれる――ッ」



「――殿下、お許しを。私にも護らねばならぬものがあります」



 その歩みを邪魔立てするは、ガラムであった。



 エコは……《変身》が解け、まるでボロ雑巾のように叩きのめされ、床に転がっていた。



「退け。お前も苦しかろう」

「なりませぬ。最早私は逆らうことなどできぬのです」


 人質をとられていると、そう宣言しているようなもの。だが、どうすることもできない。


 そして、ガラムとクラウスは対峙する。


「何故退かない。お前がその二人を殺してしまえばよいではないか」

「彼らの部下が手を下すでしょう」

「仕方がないのか」

「ええ。家族のつらい顔は、もう見ていられないのです」


 ガラムのクラウスに対する態度は、シルビアたちへのそれとは違い、非常に敬意を払ったものであった。



「……こういった形で師であるお前と対峙することになるとはな」

「できれば、もう少し違った形で恩返しをと。そう思っておりました」

「フッ、言ってくれる」


 じりじりと間合いを詰め合う二人。剣の構えは、とてもよく似ていた。


「ガラム! そいつはもう使い物にならん! 始末してしまえ!」


 何やら喚き散らすバル宰相。だが、そんな声など、集中する二人には聞こえていない。



 瞬間――二人の《銀将剣術》が一閃する。



 その刹那に、一体どれほどの技巧が詰め込まれていたか。それは二人にしか分からない世界だった。




「ぐっ……う」


 クラウスが膝をつく。大腿部には、深い裂傷。回復しない限り、立てないだろう傷だった。


 ガラムは悲しげな顔でその様子を見つめる。妻と子のためとはいえ、一国の王子を、自分の弟子を傷つけたのだ。その事実は、彼の心に修復不可能なほどの傷を刻み付けた。



「いいぞ、ガラム! とどめを刺せ! 殺せ! そして、マインもハイライも、何もかも殺せ! 皆殺しだ! 王国など、滅茶苦茶にしてやる!」


 バル宰相は狂ったように笑う。否、彼はもう狂っていた。王国の傀儡化は失敗し、帝国にも見捨てられ、目指すべき場所など何処にもなくなり。ただただ破滅を願うだけの、復讐に狂った男と化していた。



「…………」


 ガラムは無言で気絶したままのシルビアへと近づいていく。この中で一番の脅威はシルビアだと考え、最初にとどめを刺すことに決めたのだ。




「……やる、かぁ。私に、任せてって、言っちゃったもん、ね」


 頃合を見て。


 ウィンフィルドは静かに動き出した。何の迷いもなく、ガラムへ向かって歩を進める。


 覚悟は、決まった。


「何だ」


 ガラムは警戒し、歩みを止めた。何の構えもなく、丸腰で近付いてくる女。怪しいことこの上ない。


「ううん、別に。ただ、ちょっと、寂しいかなって。最期の挨拶くらい、しておきたかった、かも」

「……?」


 にこっと笑って、そんなことを言う。ガラムは意味がよく分からず困惑した。



「精霊ってね、存在そのものを、燃やすことで、ちょっとだけ、無敵になれるんだ。1分くらい、かな? その間に、君たち三人殺して、シルビアさんと、エコさんを、救出する。それが、私の、責任」



 ウィンフィルドの懸念は、残念ながら当たってしまった。ゆえに、彼女は当然とばかりに“切り札”を使い、責任を取ろうとする。


 他に道筋はいくらでもあったが、これがこの場の最善だった。


 価値観の違い、だろうか。死生観の違い、だろうか。

 その命一つで全てが解決するのなら、喜んで差し出す。ウィンフィルドとは、そのような精霊だった。



「これで、解決。やったね。私がいなくなる、以外、なーんも、問題なし。グッドな結末、だね」



 けろっとした表情で呟いて、自身の胸に手をかざす。



 人間でいう心臓の位置に、精霊の命の根源は存在する。



 それを、破壊する。至極簡単で、とても恐ろしい方法だった。




「ばいばーい――」




 …………





 次の瞬間。



 ウィンフィルドはおろか、セカンドでさえ、知り得なかった方法で。



 暗黒が溢れ、闇が沸騰し、誰もが生を諦めたくなるような威圧とともに。



 ここに現れるはずのない恐怖の存在が、影の中から転移した。




 倒れ伏す“シルビアの影”から。





 ――そして。





「記憶している影ならば何処へでも、か。とんでもねえな。まさか“人の影”に転移できるとは思わなかった」



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
ガラム、王子にまで剣を向けたら反逆罪で結局は家族もろとも処刑になるのにアホすぎない?
ほんまシルカスぼけかす
[一言] 家族を見捨てても主に尽すのが騎士じゃない? 第一も第二も王子を裏切ってるから家族もろとも処刑されてもおかしくないね
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