08 疎まれ女騎士
第一印象は最悪だった。
苦労を知らぬ甘ったれた環境でぬくぬくと育ち、他人にかける迷惑を迷惑とも思っていない、常識知らずの若い貴族の男だと思っていた。
それがどうだ。
スカーレットマンティス6匹をものの30秒で葬った。それも20メートルも離れた位置から、ただのロングボウで、有り得ない威力の弓術でだ。
彼は一体どれほどの努力をしたのだろう。
汚れきった貴族などと一緒にして、最早申し訳が立たない。
私はどうだ?
幼い頃から騎士の道を志し、剣一本で今までやってきたこの私は。
駄目だ。何をやっても駄目だ。剣の才能が無いと家には見捨てられ、やっと入った騎士団の中では下っ端、それも見事に浮いている。
実力が全く伴っていない。
ただ正義正義とうるさいだけの小娘としか思われていない。
その正義でさえ私は貫き通せていない。
貴族の不正を暴き追い詰めれば、必ず上司からストップがかかる。
その上司の不正を暴こうと動けば、同僚から邪魔が入る。
権力の犬め。
まったく嫌になる。
この王国が、この制度が、嫌になる。
見てみろ。
仲間が死んだ今でさえ、この腐りきった上層部は、我ら第三騎士団の命の恩人を取り込んで、良いように使ってやろうと必死だ。
窮地に陥った原因も、無能な指揮官と、上層部からの無理難題のせいだというのに。
これが騎士団なのか?
私がかつて憧れ、目指した、騎士の姿なのか?
だとしたら、私は、もう……
* * *
「セカンド殿。冒険者ギルドに入るつもりはないかね?」
第三騎士団に助太刀したのち、俺が連れて来られたのは高級そうなソファーの置いてある騎士団の部屋だった。
そこで感謝されるのかと思いきや、俺の向かいに座ったオッサンが開口一番に言った言葉がそれだ。
「冒険者ギルド?」
「おおっと、話が急すぎたね。なんでも、セカンド殿は冒険者にもかかわらずギルドに所属していないと聞いたのだ」
確かに所属していない。
しかし、所属する理由もない。
キャスタル王国の冒険者ギルドというのは、魔物討伐などの依頼の斡旋を統括して行う組織である。言わば国民と冒険者との橋渡し的な役割――というのは建前で、その実は王国が冒険者を一方的に管理するために個人情報をすっぱ抜く腐った組織なのだ。
何故そんなことを知っているのかって、メヴィオンのストーリーにそう書いてあったんだから仕方ない。
「ありがたい話ですがお断りさせていただきます」
「……理由を聞いてもいいかね?」
食い下がるなこのオッサン。何が目的なんだろうか?
「特に金に困っていないし、組織に縛られるのが苦手だから……ですかね?」
隠しても仕方がないので俺は正直に理由を話した。
すると、オッサンは「困ったなあ」という表情をする。
「どうしました?」
「いや。我々騎士団としては、セカンド殿のように優秀なフリーの冒険者を放置しておくことはなるべくしたくないんだよ。特に今回、セカンド殿の実力は大々的に明らかとなってしまった。このままでは君を取り込もうと貴族たちが躍起になるだろう」
「……つまり、ギルドが俺を守ってくれると」
「そうなるね」
怪しい。
俺の実力が大々的に明らかとなったと言うが、目撃者はいないんだから第三騎士団の連中が喋らなければいいだけじゃないのか?
オッサンはどうして俺をそこまでしてギルドに所属させたいんだ?
…………うーん、意味が分からん。
別に所属しても構わないが、なーんか「世界一位」の足を引っ張る要素になりそうな気がしてならない。
「やっぱり所属はしないでおきます」
「……そうか」
俺がそう言うと、オッサンは引き下がった。
そして、思案顔で口を開いた。
「では、うちからシルビアを供に出そう。第三騎士団が付いていれば、ある程度の牽制にはなる」
シルビアを供に……。
なるほど。彼女はおつむは弱いが美人だ。男なら傍に欲しくはなる。
だからこそ、このオッサンの提案を受け入れるのは怖い。
恐らく、これが本当の狙いなのだろう。
と言ってもその狙いが何なのか俺にはよく分からないわけだが。
「貴族はどのような手を使って取り込もうとしてくるか分からない。シルビアは貴族に対して厳しい騎士だと王都でも有名だ。かなり効果的だと思うが、どうだろう?」
オッサンの追加攻撃。
……ん、何か分かった気がする。
シルビアは貴族に厳しい。そして騎士団の上層部は貴族と繋がっている。すなわち騎士団はシルビアが邪魔。ということはつまり、シルビアを左遷したいわけか?
おおっと、話が変わってきた。
だとすればだよ、もしかしたらこれ実は俺にとってすごい良い提案なのでは?
何故かって、カモがネギ……じゃなかった。美人の女騎士を仲間に入れるまたとない機会だ。
「どのくらいの期間、共に来てくれる?」
「ふむ。それは本人に聞いてみよう――シルビア」
俺がそう聞くと、オッサンはドアを開けてシルビアを呼んだ。
少し待つと、鎧を脱いだ状態のシルビアが現れた。
「シルビア。お前はこれからセカンド殿の護衛として任についてもらう。任期だが、騎士団としてはお前とセカンド殿の意見を尊重しようと考えている」
「――っ!」
オッサンの言葉にシルビアが驚く。
そうだろう。事実上の左遷だ。それも、俺とシルビアの意見を尊重するだなんて、そりゃつまり俺の言葉一つでシルビアの任期が決まってしまうということ。やはり、騎士団はシルビアを煙たく思っているようだ。
「…………」
シルビアは沈黙し、俯いた。ちらりと胸の谷間が覗く。うーん、ほどよい大きさ。
「任期の希望は特にないか?」
「……はい」
オッサンはシルビアを暗に黙らせた。
そして視線がこちらを向く。俺が任期を決めろということか。それなら――
「2年ではどうだろう?」
決めていたことを口にする。
2年。それだけあれば十分に世界一位を目指せる。
オッサンは表情を動かさずに言った。
「承知した」
こうして女騎士シルビアが俺の護衛となった。
* * *
左遷――。
騎士団に「厄介払い」された。
その事実を噛みしめながらも、私はセカンド殿の護衛として宿屋へ同行し、その一階の酒場で共に酒を飲んでいた。
護衛だからと言って断ったのに、セカンド殿は「いいからいいから」としつこく誘う。
私はショックな出来事が多かったこともあり、その誘惑に負けた。
「なあ、取引しないか」
そんな折である。
セカンド殿が突然そのようなことを言い出した。
良い具合に酔っぱらっていた私は「話を聞こう」などと返してしまった。
その取引が、今後の私の人生を大きく変えてしまうとも知らずに。
「きっとシルビアはもっと騎士として誇り高く働きたいと思っているはずだ。俺はその手助けをしたい」
名前を呼ばれて少しドキッとする。
思えば、セカンド殿の容姿は非常に優れていた。今の今まで剣ばかりで色恋にうつつを抜かす暇などなかったが、こうして酒を飲んでゆっくりしているとそのような女の気持ちも湧いて出てきてしまう。
いや、そんなことより、彼の話だ。
彼の言葉は、今の私の気持ちを的確に表していた。
騎士として誇り高くありたい。それは幼い頃からずっと心にあった私の正義である。
「もしも今の騎士団に、現状に嫌気がさしているのなら、騎士団を辞めてほしい。そして、俺に付いてきてほしい」
衝撃発言だった。
俺に付いてこい!?
こ、こいつは何を言っているんだ……っ!?
「ななな、なん、にゃにをっ」
「待て待て落ち着け! これは取引と言っただろう」
そ、そうだ。落ち着け私。これは取引だ。決して、ぷ、ぷぷプロポーズなんかではないっ。くそっ、顔が熱い!
私はグラスの中身を一気に呷った。
……ふぅ、少しは落ち着いたか。
「思うに、シルビアは権力に屈することが我慢ならないんだろ? なら相応の実力をつければいい。そのための手段を俺は持っている」
うむ、確かにそうだ。
しかし簡単に言う……。
「私はヴァージニア騎士爵の生まれだ。騎士となって武功を立てることこそヴァージニア家次女の役目。ゆえに4歳の頃から剣の道を歩んできた。ずっと、13年間ずっと剣の鍛錬をしてきた……だが、駄目だった。私に剣の才能はなかった。兄にも姉にも、親にすら蔑まれた。私は負け組だ。やっと騎士になったって、正義の一つも貫けやしない……」
ぐちぐちと言ってしまった。結構酔いが回っていたようだ。
「あー……」
すると、セカンド殿は言いづらそうに口を開いた。
「すまないが言わせてもらう。剣の才能がないなら他を試してみるべきだ。槍でも弓でもいいさ」
「き、貴様――ッ」
私はカッとなって、セカンド殿の胸ぐらを掴んで立ち上がり……そして、思いとどまった。
何をやっているんだ、私は。
セカンド殿の言う通りだ。
私はいつの日からか意固地になって、剣ばかりを修練してきた。才能が無いと言われ続けても、剣ばかりを……。
「……騎士とは……鎧を纏い、剣を持ち、馬に乗って……ピンチに颯爽と駆けつけるヒーローなのだ……」
私は騎士になりたかった。立派な騎士に。悪になんか絶対に屈しない、正義の味方に。
……なんとも情けない。涙が出てくる。
幼き日の私が今の私を見たら、一体どう思うだろうか?
きっと嫌われる。鎧を着ていても、剣を持っていても、馬に乗っていても、第三騎士団に所属していても。
だって、私はちっとも騎士じゃない。それが自分で痛いほど分かるのだ。
「そうやって騎士に勝手な憧れを押し付けるのはよした方がいいぞ。武器なんかなんでもいいんだよ。重要なのはピンチに颯爽と駆けつける正義の味方って部分だけで、剣とか鎧とか関係ないだろ?」
「…………」
全くもってセカンド殿が正しい。
その通りだ。
剣に、形にこだわる必要などない。
重要なのは、騎士としての心だ!
そうだ。そうなのだ!
あのような腐った団体など、本当の騎士のいる場所ではない!
騎士団を辞めても、騎士を辞めるわけではない!
私が変われるのは、今この時しかない――!
「セカンド殿! 私は決めた。貴殿に付いていく!」
言ってしまった。
しかし後悔はしない。私はもう彼に賭けると決めたのだ。
私の高らかな宣言を聞いたセカンド殿は「そうか」と言って嬉しそうに笑った。
自然と頬が熱くなる。少々、飲みすぎてしまったかもしれない。
「なら、俺の夢を語ろう」
セカンド殿はそう言うと、熱く語り出した。
なんでも「世界一位」になるのだとか。
呆れて笑ってしまうような、実に大雑把な夢だ。
だが、そう言って微笑む彼の横顔は少年のように朗らかで、その瞳はきらめいて見えた。
――ああ、セカンド殿は本気で世界一位を目指しているのだな。
素直にそう思えた。
ならば、私は共に行き、その手伝いをしてみたい。
きっと面白いことが起こる。
ああ、こんなに楽しい夜は初めてだ。
私の未来は明るかった――!
* * *
「……ふぅ」
シルビアとの酒盛りを終えて部屋に帰った俺は、ベッドに腰かける。
「ふ……ふふ、ふはは、はははは!」
思わず笑いが出た。
美人の女騎士ゲットだぜ!
いやぁー、こんなにも計画通りに行くとは思わなかった。
彼女は多分【弓術】か【魔術】の才能がある。13年も【剣術】をやって鳴かず飛ばずなんて、成長タイプがDEX特化型かINT特化型としか思えない。薄い線で生産タイプの可能性もあるが、それでもいい。とにかく仲間ができたということが非常に大きい。これで安全性が飛躍的に向上する。
面倒くさそうな騎士団と縁を切らせて、こちらに引き込めたのも大きい。
と言っても、今すぐ騎士団に辞表を叩きつけろという指示はしていない。
表面上は第三騎士団の人間として任期の2年を全うしているように見せ、その実は俺に騎士団の情報を垂れ流し続けるという、言わばスパイである。
実際、シルビアには「セカンドを口説き落として騎士団に引き込め」という指示が出ていたようだが、それが馬鹿正直に俺に伝わってしまっては意味がない。
騎士団としては、職務に忠実なある意味「騎士らしい騎士」であるシルビアが、まさか騎士団の指示に従わないなどとは思ってもいないだろう。
まったく一石二鳥、いや三鳥、いやいや四鳥の成果だ。
明日からの日々が楽しみである。
シルビアの育成に、【剣術】の必須スキル習得、ダンジョンにも行きたいし、それに加えて――……
俺はベッドに横になり、そんなことを考えながら眠りについた。
お読みいただき、ありがとうございます。