73 イキヌキJOURNEY 3日目
なげぇ。
久しぶりに会った“あいつ”は、私の予想の10倍くらい格好良くなっていた。
いや、格好良く見えた。かな?
グルタムにあいつが来てるって聞いてから、私の胸はドキドキしっぱなし。いざ会ってみたら、治まるどころか鼓動はもっと速まった。
何度も何度も繰り返したイメトレ通りのセリフで誘って、一緒にお昼ごはんを食べることに。
そこまではよかったんだけど……そこからが笑っちゃうくらい挙動不審だった。
どうやら私は、セカンドを目の前にすると頭の中が真っ白になって、自分でも何言ってるか分からなくなっちゃうみたい。
なるべくいつも通りにって、考えれば考えるほどオカシクなっちゃって。もう最悪よ。絶対、変に思われた。
テラはテラでそんな私が面白いのかずっとニヤニヤしてるし。あいつの仲間はマイペースすぎて頼りにならないし。あいつはあいつで、半年も経ってるのにぜーんぜん変わらない。
むかっ腹が立ちながらも、どこか居心地の良い、そんなお昼の時間だった。
そこで私は、私に似ているという子の話を聞いた。
チェリという名前の、私より少しだけ背の低いこけしみたいな丸っこい黒髪の女の子で、第一宮廷魔術師団のエースらしい。
セカンドへの反発。対抗心。怒り。プライド。嫉妬。意識の高さ、必死さ、余裕のなさ……悔しいことに、話を聞けば聞くほど“昔の私”そっくりだと思ってしまった。
今、彼女は、あの時の私のように背水の陣に立たされている。否、自らそこへ立ちにいっている。
認めたくても認められない。己のジレンマと戦っているのだわ。
なるほど……だから、セカンドはあえて私に相談したわけね。彼女に似ていた私なら、彼女の苦悩を分かってあげられるって、そう考えて。
いいわ、任せておきなさい。
このシェリィ・ランバージャック、借りはきっちりと返す女だわ。
…………。
なんて、意気込んでいたのはいいんだけれど。
流石の私も、女の子をグーで思いっ切り殴るとは思わなかったわよ……。
彼女、ドン引きするくらい吹っ飛んで、鼻血噴き出しながら白目むいてるじゃない。ミスリルゴレムに殴られた私より酷いんじゃない?
「やり過ぎよ!」と。私はそう非難しようと思った。
でも、あいつの横顔を見たら、そんな考えはどこかへ飛んでいってしまった。
もの悲しそうな顔……例えるなら、そう、この間読んだ小説の主人公ね。親の仇の大魔王が実は生き別れた最愛の恋人で、苦悩と激情の末にその手でとどめを刺した後の、虚無の表情だわ。
そうよ、きっとあのアイリーって人は、チェリの親友なのね。だからあいつは、彼女が一時の感情で親友に手をあげてしまうことを阻止して、あえて悪役を買って出たのよ。
あそこまでド派手に殴られたら、四班の人も十六班の人もチェリにはもう何も言えないでしょうし、きっと彼女の心も“折れる”に違いない。
親友同士とその班員との人間関係を守り、彼女を正しい道へと導く――なんて、優しいのかしら。そして、世話焼きというか、面倒見が良いというか。講師としての責任もしっかり果たしてるし、プラスアルファのこともしてる。しかも、あの短い時間でここまで考えられる明晰な頭脳にも恐れ入るわ。
こんな、めっちゃ格好良くて超強くて優しくて頭が良いなんて、もう……私の婿になるしかないわね!!
「エコ、治してやれ」
あいつは溜め息一つ、あの猫ちゃんに回復をお願いして、そそくさと去っていった。
なるほど、分かったわ。「後は任せた」ということね?
ええ、確かに、私が適任だわ。“似ている”私が。
「あんたって面倒見が良いのね。ま、後は私に任せておきなさいっ」
去り際のあいつに、自信満々にそう言ってやった。なかなか普段通りな感じで言えたと思うんだけど、もしかしたら声がちょっと上ずったかもしれない。
「ああ」
短く一言、少しの微笑みと、少しの哀愁で、あいつは頷いた。その深みのある端正な顔と透き通った美声に、あたしはついつい「ぅひっ」と変な声をあげてしまった。これは永久保存ものだわ……思い出すだけで一週間は戦えそう。
私がその後姿をぽへーっと見送っていると、テラが何やら呟いた。
「“あばたもえくぼ”って~、マスターご存知ですか~?」
* * *
「う……っ……?」
目が覚めると、そこは薄暗い旅館の部屋だった。
ああ、私、殴られて……
「あら、お目覚めかしら?」
「――ん、なっ!?」
目を疑う。私の布団のすぐ傍にいたのは、あのシェリィ・ランバージャックだったのだ。
私はすぐさま飛び起きて、居住まいを正す。伯爵令嬢の前で無礼を晒してはならない。
「いいわよ別に礼儀とか。でも、体に問題なさそうでよかったわ。あの子の回復魔術のおかげね」
「えっ?」
言われてみれば、体が軽い。あの馬鹿みたいな衝撃の拳を顔面に受けて気絶したとは思えないほどに。
「あいつのチームメンバーの獣人が治してくれたのよ」
「……ええと。いえ、恐れながら、彼女は」
「そうね。みーんな、あの子は盾使いだと思うでしょうね……」
私が否定しようとすると、シェリィ様は呆れるような顔をしてから、おもむろに立ち上がった。
「元気なら、少し散歩に付き合って頂戴」
「はあ、構いませんが」
二人連れ立って部屋を出る。
風情ある板張りの廊下を歩くと、遠くからガヤガヤと楽しそうな喧騒が聞こえてきた。日はすっかり暮れている。きっと今頃、皆は宴会の時間だ。
……ふと、思い出す。私がついカッとなって班員にぶちまけてしまった言葉を。
私はもう、宴会に顔を出すこともできなければ、一緒に食事を楽しむことさえできないんだろう。
別にいいやと考える自分と、どこか悲しく思う自分がいる。
この気持ちは、一体何なんだろう。私が答えの出ない問題に悩んでいるうちに、シェリィ様はいつの間にか歩みを止めていた。
「この旅館、前に一度だけお父様に連れてきていただいたことがあるのよ」
場所は中庭。シェリィ様は縁側に腰かけて「貴女も来なさい」と誘う。
「良い場所でしょう?」
「……ええ」
灯篭がぼんやりと照らす中庭は、非現実的なほどに綺麗で、神秘的な雰囲気さえ感じられた。ちょろちょろと流れる水の音や、草木が風にそよぐ音、遠くで小さく響く食器の音や人の声、夜風の冷たさ、土の匂い。全てが体の奥底に染み込んでくる。
何となく、ここが何処か夢の中のような、そんな不思議な感覚がして……5分か、10分か、ぼんやりと、私は何も考えずに時を過ごした。
「私ね……前、あいつにとんでもない大迷惑かけたのよ」
ぽつりと、急にそんなことを語り始めるシェリィ様。
その「あいつ」というのが誰なのか、私はすぐに分かった。
「あいつはプロリンダンジョン周回攻略のノウハウを持ってて、私のお父様はそれを気に入ったの。で、大きな取引をしてた。何百億CLとかってね……私はそれが悔しかった」
「ぷろっ……!?」
私は衝撃を受ける。プロリンといえば乙等級ダンジョンでも上位に入る難易度で、攻略者は出てきていないと聞いていた。
いや、違う。随分と前だけど、何でも単独攻略したチームが現れたらしいって……まさか!
「あれ、知らなかったの? まあ、気に食わない相手の情報なんて調べないで当然かしら。あいつら単独攻略しただけじゃなくて、毎日何周もしてたらしいわよ。冒険者はプロキチって呼んで怖がって、誰も近寄らなかったらしいわ。ちなみにチーム自体は4人だけど、攻略メンバーは3人よ」
「…………」
絶句する。
あんなところを毎日3人で周回など、正気の沙汰じゃない。
「で、話を戻すわ。その頃の私は、あいつがそんなヤバイやつだって知らなかったから、そりゃもう噛み付きまくったのよ。気に食わない気に食わない気に食わなーい! みたいに」
「っ……そう、ですか」
不意に共感を覚える。私もあの男が気に食わず、事あるごとに噛み付いていた。
「ふふっ。貴女より酷かったわよ? なんてったって、私は伯爵令嬢だもの。厄介さが違うわ」
「そ、その通りですね」
自慢できることではない。が、それも事実かもしれない。
「……嫉妬、していたわ。どうしてあんな男がお父様に気に入られて、それなのに私は……って。そして1日経てばもう、嫉妬の炎は鎮火できなくなってたの」
「何を、されたのですか?」
「あいつより先にプロリンを攻略してやる! そしたらお父様も周囲も私を認めてくれる! そんな感じで錯乱して、夜中にこっそりプロリンへ突撃したわ」
「それは……」
明らかに無謀。まず間違いなく死ぬ行為だと分かる。しかし、シェリィ様は今こうして生きている。何故なのかは、どうしてか予感できた。
「私がミスリルゴレムの一撃で死にかけてるところに、あいつは来たわ。それまで私はあいつのことを精霊術師だと思ってたんだけど、あいつは剣を持っていた。それから目で追えないくらいのスピードで移動しながらミスリルゴレムを力勝負で圧倒して手も足も出させず一方的にボッコボコ……決着まで2分とかからなかったんじゃないかしら」
「う、嘘です、そんなっ!」
「嘘も何も、この目で見たわよ。それに、今になってアレが何だったのか分かるわ。アレは精霊憑依……精霊召喚四段で解放される上級スキルよ」
「……よ、四段、で……」
ああ、目眩がする。ということは、つまり――
「あいつは精霊術師として一流。剣術師としても一流。後から知ったけど、弓術師としても魔術師としても一流よ。それに、きっと他にも何か切り札があるに違いないわ」
――次元が違う。そんな、陳腐な感想しか出てこない。でも、そうとしか言えなかった。だって、あり得ない。本当に同じ人間? 疑問を持たずにはいられない。あの男と私、一体何が違うっていうの?
「あいつのチームメンバーにしてもそうよ。あの弓と盾のコンビ、今日でグルタム何周したと思う?」
「そういえば、何度も見かけましたが」
「128周ですって」
「ひゃっ――!?」
……狂ってる。私はそう思ってしまった。
私たちがあれほど苦しい思いをしてやっと16周できたダンジョンを、128周? おかしい。これが狂っていないのだとしたら、何だというのか。
でも……彼女たち二人からは、疲れた様子など微塵も見て取れなかった。恐ろしいことに、これが彼女たちにとっての“普通”なんだろう。グルタムの周回程度なら苦にもならない、そんな次元の普通なんだ。
「あの猫獣人のエコ・リーフレットは盾術だけじゃないわ。回復魔術もそこらの専門よりよっぽど凄腕よ。だから貴女はブン殴られてもピンピンしてるってわけ」
「なるほど、そういう理由ですか……」
あの男に殴られた傷は、まるで元からなかったかのように消え失せている。
それでも……私の、あの暴言までは、なかったことにはできていない。
つい、自分のプライドを守るために言ってしまった、班員を傷つける最低の言葉。そうして班員についた傷は、まだ一つも癒えていない。
「――貴女、もう分かっているんでしょ? 自分の何がいけなかったのか」
考えが顔に出ていたのか、シェリィ様は私の顔を覗き見て、諭すように言った。
……分かっているも何も、もう随分と前から思い知っていた。あの男の言葉は正しいって。
それでも、私は、私だけの力で結果を残したかった。でないと、私の今までの努力が全て無駄になるような気がしてならなかったのだ。
努力という名の武器を使い、誰もが認める一人勝ちをして、あの男をギャフンと言わせてやる。そんな無謀な行動は、当たり前に失敗し。そして、私は、他人のせいにして、逃げた。
「それこそ……私の、過去と未来の努力を否定する行為だと、気付けなかった……」
自分のちっぽけなプライドは守られた。代わりに信用を失った。
どうして素直になれなかったのか。どうして嫉妬などしてしまったのか。もっと深く考えて、怒らず、焦らず、冷静に、合理的に行動していれば。のべつ幕なしに後悔が襲いくる。そんなこと、今さら考えたところで、取り返しなどつくわけがないのに。
こうして落ち着いてみて、やっと理解した。嫉妬に狂い、引っ込みがつかなくなった代償は、途方もなく大きい。
「よく、分かるわ。あいつは私ほど努力してないのにって、何かズルしてるに違いないって、そう思っちゃうのよね」
「――っ!」
図星だった。
こんなにも努力して宮廷魔術師となった私の横を、あの飄々とした男が余裕の顔で一瞬にして追い抜いていく。それが、どうしても気に食わなかったのだ。
「私ね、あいつに助けられた後……ちょっと、その、色々気になって、あいつのことスト、えっと、調べてたのよね」
シェリィ様は頬を薄く朱に染めながら語りだす。そのあたふたした様子は年相応の女の子といった風で可愛らしく、私は少しだけ話の内容が気になった。
「聞いて驚きなさい。あいつ、なんと努力してるのよ。意外なことにね。そんな素振り、普段は一瞬たりとも見せないくせに。裏ではこつこつやってんのよ。プロリンダンジョンの周回攻略なんて、ストイックすぎて見てるこっちが疲れるくらいだったわ」
「…………」
ふと、思う。私は乙等級ダンジョンの周回攻略などという“努力”をしたことがあるだろうか、と。それも毎日、一日に何周も。
あるわけがない。丙等級でさえ、殆どない。せいぜいが浅い森での魔物狩りくらい。
……努力をしていないのは、私の方だった。
「あいつらは、苦労せずに努力してる。私たちは、努力せずに苦労してる。どうしても嫉妬しちゃうのは、この違いね」
シェリィ様の分析が、ストンと腑に落ちる。
確かにそうだ。彼を見ていると、いつも余裕で、何だか楽そうなのだ。ゆえに「私より努力をしていない」と勝手に決めつけて、嫉妬してしまう。
「多分、私たちの想像もつかないような遥か高みで、想像を絶するような努力をしているわ。そうね、例えば、甲等級ダンジョンとか」
そうかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
…………。
そうか。私は、そんな人に殴られたんだ。
気に食わないからと反抗的で、誰の言うことも聞かず、努力を怠った自分を棚に上げて嫉妬し、馬鹿な考えで馬鹿な真似をした挙句、他人へ責任を擦り付けるヒステリック女。殴られて当然かもしれない。
「そっか、そうだったんだ……」
私の中にあった僅かばかりの正当性やプライドは、この瞬間、脆くも崩れ去った。
誰を相手に変な意地を張って、これほど嫉妬していたんだろう、なんて、何故だか乾いた笑いがこみあげる。
ああ、こんなことなら、もっと早く――
「どう? 認めちゃえば、結構楽なものでしょ?」
「! ……ええ、本当に」
嘘のように心が軽くなった。
……けれど、問題はそれだけではない。
一度撃たれた魔術は、もう二度と元には戻らないのだ。
「貴女、自分はもう終わったなんて思っているのかもしれないけど、それは違うわ。貴女が何をしたかじゃない、貴女がこれから何をするかで、貴女の真価が決まると思うの」
「しかし、私は、宮廷魔術師としてあるまじき発言を……」
「あいつが何のために貴女を殴ったのか、よく考えることね」
何のために。
最初は、アイリーのためだと思った。
あのままアイリーが私を平手打ちしていたら、どうなっていたか。まず間違いなく、私たちの友人関係は崩れただろう。あの時の私なら、売り言葉に買い言葉で何か酷い暴言を吐いて、彼女を深く傷つけてしまったかもしれない。
だから、彼はアイリーを止めたのではないだろうか。
しかし、ふと思う。だったら止めるだけでよかったのでは、と。殴る必要はなかった。
もしかして、私を助けてくれた……?
まさか――以前の私なら間髪を容れずに否定しただろう、馬鹿げた推理。
でも、考えれば考えるほど、辻褄が合ってしまう。
結果的に私の頭は冷え、加えてあの場にいた人たちの溜飲は下がり、少なからず私の贖罪にもなっている。こうしてシェリィ様と腹を割って話し合う機会も作ってくれた。「あれだけド派手にぶん殴られたんだから反省もしただろう」と、そう考える人もいるだろう。ひょっとすると、宴会の肴は「私の暴走」ではなく「彼の蛮行」にすり替わっているかもしれない。
彼が悪者になってくれた? 考え過ぎかもしれない。けれど、その通りかもしれない。
……不意に、目頭が熱くなる。
全てが終わったと思った。でも、まだ……私は。
「……あの、シェリィ様は、失敗されて……それから、どうされたのですか?」
「謝罪して、感謝して、とりあえず逃げたわ。恥ずかしくて真面に顔を合わせられなかったもの」
「そう、ですか」
私も、相手が彼だけであれば、そうしたかもしれない。ただ、私が謝るべきは、彼だけではない。
「貴女、ここで逃げなかったら、すごいわよ。根性の見せどころねっ」
シェリィ様は楽しそうに微笑む。
何となく理解した。本当の強さとは、そういうものなのだと。
「ヤケっぱちでも破れかぶれでもいいのよ。こんなチャンス、もう二度とないわ。ここが勝負どころ。そう思わない?」
そうだ。これは彼が与えてくれた、最後にして最大のチャンス。
私はぐっと拳を握り締め、そして……立ち上がれた。
「ん! それじゃあ、行きましょっか」
隣を付いてきてくれるシェリィ様が、泣きそうになるほど頼もしい。
できることなら、彼女のように強くありたい。私は心からそう思いながら、皆のいる宴会場へと一歩を踏み出した。
* * *
「反省してまーす」
グルタム周回を終えて、夜。第一宮廷魔術師団による宴会が盛大に開かれる。
俺は旅館の宴会場で一番目立つ上座に腰掛けて、ワイワイ飲んで食ってと大盛り上がりしていた。
「反省してまーす」
ただ、通常の宴会と一つだけ違うことがあるとすれば、それは俺の様相である。
俺にお酌をしに来てくれる団員は、十中八九が“御札”を持っており、お酌のついでと言わんばかりにそれを俺にぺたっと貼るのだ。
その度、俺は「反省してまーす」と大声で発する。すると、宴会場の皆は「わはは」と笑う。なんだよこれ。
「反省してまーす」
今貼られたのは「ぼくは女の子の顔面をぶん殴りました」と書かれた札だ。場所はおでこ。うーん、目立つ。
あっ、肩に貼られていた「かかってこいよクソフェミ」の札がとれた。誰だこれ書いたの。よし、これはちょっと過激だから外しておいても文句は言われないだろう。
「ダメだぞ」
駄目らしい。ちくしょう、シルビアの監視が厳しいな。こいつ正義感強いからなぁ……宴会直前まで部屋でしこたま怒ってたのに、まだ怒ってんのかよ。
あーくそッ、食いづらい! おでこに貼るかよ普通。キョンシーじゃねえんだから……。
「よっ、大将やってる?」
「ラーメン屋でもねえよ! めくるな!」
だんだんイラついてきた。こいつら宮廷魔術師とも打ち解けたはいいが、馴れ馴れしくなってきたというか、ノリが良すぎるというか。酒も入っているから余計に鬱陶しい。
「せかんど、たのしい!? それたのしい!?」
「楽しくないから真似するなー」
エコは楽しくないと知ると、ちぇーっという顔をして、また食料集めの旅へと繰り出した。また数分経ったら皆から貰ったごはんをお皿いっぱいに乗っけて帰ってくるはずだ。そろそろ止めてやらないとまた食い過ぎでぶっ倒れるかもしれないから、シルビアにアイコンタクトしておく。シルビアは察したようで、任せておけと頷いてくれた。
ざわっ――と。突然、宴会場の一角がどよめいた。
チェリちゃんだ。少し俯き、縮こまっているように見える。その後ろにはシェリィの姿もあった。
シェリィと目が合うと、あいつは恥ずかしそうにサムズアップした。意味が分からないが、今はそれどころではない。
俺は静々とこちらへ歩み寄るチェリちゃんを正座で出迎えた。
怒ってんだろうなぁ……と、目の前まで来たところで、恐る恐る表情を窺う。
「…………」
彼女は、俺の顔を見て、きょとんとしていた。
なんで? と思いかけ、すぐさま気付く。御札だわこれ。
俺はおでこの札と「セカンドのSはサドのS」と「悶絶少女専属糞講師」の札をひっペがして、取り繕うように笑った。
「チェリちゃん、正直、すまんかった。殴っちゃって」
頭を下げて謝る。
チェリちゃんは、目を丸くしたまま、無言でその場に立ち尽くしていた。
「せかんど、これあげるー」
と、そこへ。漫遊から戻ってきたエコが、誰から貰ってきたのか、俺のほっぺたに「ナチュラル・ボーン・クソ」の札を貼る。
「反省してまーす!」
つい、条件反射で叫んでしまった。
コンマ何秒おいて、どっ――と、宴会場が爆笑の渦に包まれる。
「……っ……っ」
チェリちゃんも、両手で口を押さえて、小さく震えていた。
よかった、怒ってなさそうだ……俺がそう思った、次の瞬間。
「……う、うぇええええええんっ」
マジ泣きだった。
「えええええ!?」
流石に予想外だ!
ど……どうしたらいい!?
俺は焦って立ち上がり、辺りを見回す。シェリィは何故かドヤ顔でまたしてもサムズアップ。アイリーさんたちの姦しグループは「しょうがないなあ」みたいな感じで微笑んでいる。シルビアは白い目でこちらを見ていて、エコはごはんに夢中だ。
「す、すまん。悪かった。なんだなんだどうした……おおっ!?」
あたふたしていると、チェリちゃんはゆっくりと俺の胸に倒れ込んできた。ぽふっとキャッチすると、チェリちゃんは俺にしがみつきながら大号泣。俺は大混乱。外野からはヒューヒューと冷やかされ、シルビアからは殺気を込められた視線が送られて、何故かシェリィからも睨まれ、エコはひたすらごはんを食べる。
こうして、てんやわんやのまま、騒がしい夜は更けていった――
お読みいただき、ありがとうございます。




