72 イキヌキJOURNEY 2日目
<前回のあらすじ>
メヴィウス大学魔術部のエースで将来を期待される選手だったチェリちゃん。ある日、彼女とほとんど歳の変わらない男がなんとコーチとして入ってきた! しかもその男、容姿端麗の成金で、実績も実力も半端じゃない。「私も死ぬほど努力してるのに!」溢れ出るジェラシー、噛みつきまくるチェリちゃん。しかしそいつは全く意に介さず、コーチという立場を良いことに部の伝統を壊すわ規律を破るわ空気を乱すわ、もう何もかも気に食わないことばかり。それでも何故か、彼の周囲からの評価はじわじわと上がっていって……?
世界の歴史に、また1ページ。
「午前はこれで最後だ。外に出て昼メシ休憩しろー」
俺は5周目を終えた最後の班に休憩を言い渡した。
アイリーさんの十六班とチェリちゃんの四班だけは今6周目を回っている最中なので、後はその2つの班だけ待てば俺も休憩時間だ。
まだかなまだかなーとマジカルファンガスを湧いたそばから瞬殺しながら待っていると、30分ほどで十六班がやってきた。
「お疲れさん。昼休憩ね」
彼女たちは「はーい」と朗らかに返事をして、姦しく去っていく。最早レジャー感覚だ。「一緒に食べませんか」と誘われたが、まだ仕事があるのだと言って断った。
それから3分ほどして、四班がやってくる。
……十六班とは打って変わって、全員が疲労困憊といった表情だった。
否、班長であるチェリちゃんだけは違う。疲労の中に、焦りや怒りなどの負の感情がありありと見て取れた。
「昼休憩な。ゆっくり休め」
そう伝えると、四班の面々は安堵するように溜め息をつく。
この時点で、俺は大体の予想がついた。恐らくチェリちゃんが単独で先を急ぐあまり、班員のコンディション管理をないがしろにしているんだろう。
確かに、チェリちゃんと他の9人の実力差は開いているかもしれない。だが、だからこそチェリちゃんには「下の実力に合わせた立ち回り」が必要なのである。上級者が下級者を連れてダンジョンを攻略する場合もそうだ。メヴィオンではこれをキャリーと呼ぶのだが、「上が下に合わせなければ上手くいかない」というのはキャリーの常識だった。
しかし、口で注意したところで彼女が素直に言うことを聞くとは到底思えない。
どうするべきか。俺が悩んでいると、チェリちゃんがおもむろに口を開いた。
「もう一周してから休みます」
アホだこいつ……!
俺はあまりのアホっぷりに唖然としてしまった。
「チェリさん、ここは休憩した方が」
「今、うちの班は1位ではないんですよ? 本当なら休憩したくないくらいです」
「ですが、やはり休憩は必要では」
「私は特に必要ありません。それに戦場では休憩する時間など一秒たりともありません。まあ、どうしても食事がしたいと言うのなら、歩きながら食べればいいのではないですか?」
班員からは流石に文句があがり、チェリちゃんがそれに毅然と反発する。彼女が第一宮廷魔術師団の序列上位ということもあり、班員はどんどんと委縮していった。
「しかし、私たち、もう……」
「もう、何ですか? そもそも、私が今負けているのは、貴女たちの――」
「セカンド殿!」
そして、最後に、チェリちゃんが禁句を言いかけた瞬間――シルビアのよく通る声が、彼女の言葉を掻き消した。
慌ただしくこちらに駆け寄ってきたのは、高速見回り中のシルビアとエコ。
俺はいつものように腰回りへとまとわりついてくるエコの頭をわっしゃわっしゃと撫でまわしながら、シルビアに声をかける。
「お疲れ。こっちでも点呼は済んでるから大丈夫だと思うが、何かあったか?」
「いや、そっちについては何も問題ない。だが」
「おもいだしたんだってーっ」
「思い出した?」
何を?
「そうだ、本人に会ったのだ! それでハッキリと思い出した!」
本人に? 会った?
俺がはてと首を傾げていると、俺の後方にいた四班の子たちが俄かにざわついた。
何かと思い、彼女たちの視線を辿ると、そこには……
「――久しぶりねっ! セカンド!」
「お久しぶりです~、セカンドさん~」
茶髪のくるくる縦ロールでふんわりオカッパのツリ目なじゃじゃ馬お嬢様と、褐色の肌にくすんだ白い長髪のゆるふわ女精霊の姿があった。
とんだ珍客の襲来に、チェリちゃんの休憩問題は有耶無耶となった。
というか、伯爵令嬢で天才精霊術師のAランク冒険者である超有名人シェリィ・ランバージャックが来たとなっては、勝手な行動などできるはずもない。
「まずはあんたとお昼ごはんを食べるわっ! 話はそれから!」
当然とばかりにそんなことを言うシェリィ。あれよあれよという間に、第一宮廷魔術師団が昼休憩の場として利用している広場まで案内させられる。
広場は騒然となった。例えるなら国民的アイドルがファミレスに突然現れたような騒ぎ、だろうか。予想だにしない有名人の登場に、ゼファー団長でさえ驚きの声をあげていた。
「お前らあんまり動くなよー。メシ食ってちゃんと休憩しろよー」
あまりにうるさかったので、俺は適当な指示を出してから、空いているスペースに腰を下ろす。シェリィは少し迷った様子を見せたのち、俺の真正面に座った。「ずるい」「職権乱用」「クソ講師」と広場のあちこちから文句が噴出する。シェリィのやつ、こんなに人気だったのか……。
「ひ、久々の再会ね?」
お弁当を広げて、こっちを向いて、第一声がそれだった。
「さっき聞いたぞ」
「そっ、それもそうね!?」
「大丈夫か? 頭」
「失礼ね大丈夫よ!」
何故か緊張しているようである。ツッコミにも以前のようなキレがない。
「そうか。じゃあ、とりあえずメシ食おうか」
「それがいいわね」
「いただきます」
「いってらっしゃい」
「お前やっぱり大丈夫じゃないだろ!?」
思わず俺がツッコむと、シェリィは「間違えたわ」と顔を赤くしていた。もしやこいつ、ボケに転向したのだろうか。二重の意味で。
それから15分ほど、昼メシを食べ終わるまで、シェリィのマジなのかボケなのか分からない奇行に俺が延々とツッコミ続けるという、何とも不思議な時間を過ごした。
シルビアはちやほやされるのが嬉しいのか周囲に自慢するようにずっと弓の手入れをしていて、エコはエコでいつも通り食事に夢中、シェリィの隣にいる土の大精霊テラはふわふわ~っと微笑んでいるだけで特に何も言わないため、誰も俺を助けてはくれなかった。まあ元より期待もしていなかったが。
「ねえ、ちょっと。さっきの話、私に聞かせなさいよ」
俺が食後の紅茶を嗜んでまったりしている間、シェリィはシルビアをちょいちょいと手招きしてからそんなことを言う。首を傾げるシルビアに「思い出したとか何とか言ってたじゃない」と伝えたところで、シルビアはポンと手を打った。
「うむ。シェリィ殿に似ている子を見かけたのだ」
「へぇ、私に? さぞかし高貴で美人なんでしょうね?」
「あの岩の傍にいるぞ。ほら」
「ふんっ。なによ、普通の人じゃない。全然似てないわ」
「いや、その隣だ」
「こけしじゃない! しかも目つき悪いわねあの子!?」
おっ、チェリちゃんか。
なるほど。あの余裕のない必死さというか、嫉妬っぽい感じというか、何というか。誰かに似ていると思ったら、昔のシェリィに似ているんだ。スッキリスッキリ。
……ああ、そうだ。ちょうど良いから、“似ている”シェリィに相談してみるか。
「なあ、シェリィ」
「私あんなに目つき悪っ――な、何よぉ?」
あれ? ふと気付いたんだが、シェリィの様子がおかしいのって俺に対してだけじゃない? なんで? 久々に会ったから? ちらりとテラを見やると、にやにやと微笑んでいた。よく分からんけど非常に腹立たしい。
「アンゴルモア出そうか?」
「それだけはご勘弁を~っ」
ひとまずテラに精神攻撃をしてから、シェリィに向き直る。
「あのチェリってやつがさ、毒舌っつーか辛口っつーか、優等生なんだけど反抗的でさ、言うこと聞かないんだよ。さっきも休憩の指示に従わないでもう一周しようとしてたからな」
「まあ! それはそれは~」
反応したのはシェリィではなくテラだった。つい数秒前まで大王の名前にビビって小さくなっていたくせに、もうすっかり回復してニヤついている。一方シェリィはうっすら頬を朱に染めて、抗議するようにテラを睨んでいた。
「あいつの班は今んとこ2位だから、1位を目指して頑張ってるんだろうが、如何せん無理が過ぎる。班長のあいつが自分勝手に突っ走るから、班員がもうへとへとだ。俺が説得するだけじゃあ余計に反発すると思うし……分からせてやりたいんだが、良い方法はないか?」
「えっ。えー……」
聞いてみると、シェリィは一瞬何かを思い付いたような表情をしてから、すぐさま苦虫を口に含んだような顔になる。
しばし閉口して悩み、そして、沈黙を破ったのはテラだった。
「似てますねぇ~、マスター」
「…………っ」
テラの煽りともとれる言葉に、シェリィはばつの悪そうな顔をする。チェリちゃんに何か共感したのかもしれない。
「簡単です~、セカンドさん。分からせるには~、一度だけ手酷い失敗をさせるべきです~」
「失敗させるのか?」
「はい~。それこそ、いつの日かの夜の、うちのマスターのように――」
「言わせておけばーっ!!」
ぶちギレたシェリィによってバビュッと《送還》されるテラ。
あー、思い出した。そういえばこいつ俺より先にプロリン攻略してやろうと単身で乗り込んだ結果ミスリルゴレムにぶん殴られて瀕死になって鼻血たれながら、おもらし……
「……ンフッ」
「もーっ! 笑うなーっ!」
顔を真っ赤にしてぽかぽかと俺の胸を叩くシェリィ。こいつの様子がおかしいのは、俺におもらし姿を見られたからか? 何かそれだけじゃない気もするが、確かな一因ではありそうだ。
「セカンド殿。そろそろ時間だぞ」
そこで、当初予定していた休憩時間が終了した。シェリィは頬を膨らましながらも仕方なしに俺から離れる。ふと周りを見ると、男衆の嫉妬の視線が凄まじいことになっていた。ざまぁ。とりあえず中指を立てておく。
「それじゃ5分後から午後の部開始ー。1時間に1本バナナを忘れずにー」
俺が号令すると、いちいち指示をしなくても各班で集まって準備や作戦会議を始めた。流石は軍人か、毎日毎日飽きもせず陣形の練習ばかりしていただけはある。
さて、俺もボスの湧く空洞に戻るか――と、グルタムダンジョンの方へ足を向けた時。不意に、シェリィが俺の服の裾を引っ張って、こんなことを言った。
「……ねえ。私、良い方法思い付いたんだけど」
シェリィが思い付いた方法。それは、班員の交換だった。
内容は単純。現在1位である十六班の班長アイリーさんと、2位である四班の班長チェリちゃんを交換するというもの。
話を持ち掛けたところ、十六班からは「セカンドさんの指示なら」と、四班からは「是非」と回答を貰い、晴れて班長が交換となった。
さて。
そうして班長を交換した2つの班が、今どうなっているかというと……だ。
「おっ、早かったな四班。13周目。1位継続だぞー」
「やったぁ。セカンドさん、このスタンプカードも、終わったら貰っていいですか?」
「いいぞー」
シェリィの思った通りになっていた。
最初はチェリちゃんの十六班が1位だったが、10周目あたりから明らかに周回ペースが遅れてきて、11周目でついにアイリーさんの四班が抜かしたのだ。
相変わらずマイペースな普通系女子アイリーさんと、独りで突っ走る余裕ない系女子チェリちゃん。どちらがリーダーとして優れているかは一目瞭然だった。
単独での殲滅力には限界がある。個々のMPにも限りがある。肉体にも精神にも疲労はある。数多ある要素を総合的に考慮し最適解を見つけ出せなければ、効率は落ちる一方だ。
レーシングカーがいくら速くても、ガス欠を起こした車を何台も牽引してレースなどできないのである。当然、乗用車10台のチームに後れを取る。
独りで突っ走ればどうなるか、チェリちゃんはもうとっくに気付いているかもしれない。それでも、もう引っ込みがつかなくなっているのか、はたまた……。
「来たか、十六班。13周目。現在2位だ」
「分かっています!」
息の荒いチェリちゃんが、必死の形相でスタンプカードを渡してくる。十六班の班員は皆、へとへとを通り越してふらふらだ。午前中の四班より酷い有様かもしれない。
チェリちゃんは確かに一流のレーシングカー、それもモンスターマシンだろう。初めて組むメンバーで、無理矢理でもここまで引っ張ってこれるならその実力は紛れもない本物だ。
少しでも仲間を振り返り歩幅を合わせることを覚えれば、彼女の班は確実に1位になれる。だが、彼女は前しか、上しか見ない。上を目指すあまり、下に合わせるということがどうしてもできない。プライドが邪魔をするのか、それとも変な意地を張っているのか。今回の失敗で何らかの意識改革が起きてくれると良いんだが……。
そして。
ついに、タイムリミットが訪れた。
四班は1位でゴール。全班の中で唯一の17周という記録を叩き出した。
十六班はというと。
「……遅いですね」
俺の傍でアイリーさんが心配そうな声を出す。四班の9人も俺と一緒に十六班の到着を待っている。
十六班は、2位から更に順位を落としていた。
もう時間がないという俺の言葉を無視して、今、最後の班として16周目を回っている。
順位は5位。すげぇ根性だ。チェリちゃんもまあそうだが、特に十六班の9人が。個人的に特別賞をあげたいくらいだ。
「セカンド殿、今戻った。十六班はすぐ後ろだ」
「たっだいまー」
と、そこで十六班より一足先にシルビアとエコがやってきた。その後ろにはシェリィとテラの姿も見える。どうやら一緒に回っていたらしい。
シェリィは疲れた様子で「この二人タフすぎない?」と愚痴をこぼしていた。まあ、そもそも累積経験値量のケタが違ううえに、今日の周回数のケタも違うからな。うちの自慢の後衛と前衛である。
「あっ」
不意にアイリーさんが声をあげた。直後、空洞の入口にチェリちゃんが見えたからだと分かった。
チェリちゃんの顔は、うーん……“怒り”か。これは嫌な予感がする。
「16周、お疲れ。最終順位は5位だ」
スタンプを押さずに俺がそう言うと、チェリちゃんは拳を握り締めてふるふると震えた。手に持たれたスタンプカードは、ぐしゃりと折れ曲がる。
「あ……」
十六班の誰かがぽつりと声を漏らした。「終わったら記念に貰える」と聞いて喜んでいた子の一人だった。
「――ッ!」
チェリちゃんは班員を振り返る。許せない――そんな表情をしていた。
「私はまだ回れるのに! 何をそんなにヘバっているんですか! 貴女たちのせいで負けたじゃないですかッ!」
今まで溜め込み続けていた彼女の不満が爆発する。貴女たちのせいで、と。「付いてこれない方が悪い」とばかりに暴言を吐き続けた。
確かに、チェリちゃんの方が実力はある。足を引っ張ったのは事実かもしれない。ゆえに、班員たちは何も言えずにいる。
だが……それは違う。違うぞ、チェリちゃん。
こいつ一回分からせなあかんな、と。俺が一歩踏み出そうとした時。
アイリーさんがツカツカと歩き出し、チェリちゃんに接近した。
怒っている……一瞬でそれが分かった。彼女はチェリちゃんを振り向かせ、右手を振りかぶり、そして――
チェリちゃんにアイリーさんのビンタが当たると、この場にいる誰もがそう思っただろう。
しかし、そうはならない。俺にはそれが許せなかったのだ。
「……っ」
振り上げた右手を俺に掴まれたまま、俺と目が合ったアイリーさん。瞬間、困惑の表情を浮かべ……すぐさま、後悔の表情へと変わった。
一時の感情の昂りで、友人に手を出そうとしてしまった――そんな、後悔だろう。
俺はニッと笑ってアイリーさんの手を離すと、チェリちゃんに向き合った。
「な、なんです――」
彼女が口を開き、喋り終わる前に。
俺は思いっ切り拳を振りかぶり、彼女の顔面をモロにぶん殴った。
チェリちゃんは数メートル吹っ飛ばされて地面を転がり、鼻血を流して仰向けにぶっ倒れて気絶した。
「!?!?!?」
皆、驚きと混乱のあまり絶句する。
……拳が触れる寸前で力を抜いて、最大限の手加減をしたはずなのだが、まさかこんなに飛距離が出るとは……ヤッベェ。フリでよかったんだよフリで。殴ったっていう事実だけがほしかったのに。これじゃ完全に傷害事件だ。
い、いや、しかし、今更なかったことになどできない。
「エコ、治してやれ」
「りょーかーい!」
できるだけ平静を装って、何故か上機嫌のエコに指示を出してから、その場を後にする。
去り際、シェリィが「あんたって意外に面倒見が良いのね。ま、後は私に任せておきなさい」なんてなことを言っていた。意味が分からないのでとりあえず意味ありげに頷いておいた。
そして、夜が来る――。
お読みいただき、ありがとうございます。




