71 イキヌキJOURNEY 1日目
「セカンド殿。この色々と大変な時期に3日も王都から離れて大丈夫なのか?」
商業都市レニャドーへの道中、シルビアは不安げな顔で俺にそう聞いてきた。
確かに、俺も王都を離れるのは若干の不安があった。不在中にビサイドの命が狙われる可能性や、宰相が何か仕掛けてくる可能性など、考え出せば切りがない。だが……
「ウィンフィルド曰く“姿焼き”だそうだ」
「ほう」
「すがたやき?」
エコが小首をかしげる。
「牙も爪も全てもがれて、体だけを丸まま炙られている無残な状態のことだ。時間が経てば経つほど熱は回り、苦しみが増していく。攻めに転じようにも武器がない」
「つまりウィンフィルドは、焦らして焦らして、熱さのあまり無謀にも飛び出てきたところを一気に食おうと、そう考えているわけだな」
「だろうな。ま、だから何も心配せず息抜きしてこいってさ」
「軍師殿には全てお見通しか。敵わないな」
エコはよく分からなかったのか「おいしいの?」と聞いてきたので、俺は白目をむいてしゃくれながら「おいしくない」と即答した。傍から見ればアホの一言だが、エコにはバカウケだったので満足である。
……そうして、丸一日。何とか暇を潰しながら、レニャドーへの移動を終えた。
到着後。俺たち3人+第一宮廷魔術師団の全員は、まず宿へのチェックインを済ませることにした。第二王子とランバージャック伯爵の名前をこれでもかとふんだんに利用して、3日前に半ば無理を言う形で貸切予約した高級大型旅館である。
「なんですかこの旅館は……」
チェリちゃんは見るからに高そうな旅館をぽかんと見上げながらそんなことを呟いていた。
「伯爵の紹介だ。良い所だろ?」
「はあ。それで、貴方の泊まる旅館を私たちに見せてどうするおつもりです? 当てつけですか?」
「ん? お前たちもここに泊まるんだぞ?」
「え?」
「え?」
言っている意味が分からないといった風に沈黙した後、だんだんと理解してきたのかチェリちゃんは目を見開いて俺に詰め寄ってくる。
「こ、ここに200人分の部屋を取ったのですか!?」
「いや、貸切だけど」
「かしっ……!」
声を裏返して絶句した。
そんな俺たちのやりとりを聞いていたゼファー団長が、ズンズンとがに股でこちらへやってくる。
「こ、小僧! こんな予算どこにもないぞ! 幾らかかると思っている!」
「宿の手配とか全部俺に任せるって言うたやんけ」
「常識というものがあるだろうが!!」
あーあ、怒られた。
「セカンド殿。まずいぞ」
シルビアが俺の耳元で囁く。言わんとしていることはすぐに分かった。
後ろで隊列を組んで待たされている団員たちは、驚くチェリちゃんと怒る団長を見て「ゲッソリ」としていた。そりゃそうだろう。一日中の移動ですっかり疲れ切った頃、やっと休めると思った矢先にこれだ。嫌にもなる。明日は朝イチからグルタムダンジョンだというのに、士気だだ下がりだ。
「おーい、皆聞け!」
俺はふと思い立ち、隊列の前に歩み出て大声をあげた。
彼らの士気をグッと上げつつ、ついでに好感度を稼げるという、まさに一石二鳥のアイデアを閃いたのである。
「ここの宿代は俺が持つぞー! 好きなだけ飲んで食って遊んで温泉入って寝ろー!」
俺が高らかにそう宣言するやいなや、皆は大歓声をあげた。拍手と指笛が鳴り響く。それでも隊列を乱さないのは流石軍人か。
はした金でここまで喜んでくれるなら、こちらも気分が良いというものである。楽して稼いだ金は、こうして気楽に使う方が良いということを学んだ。
「でも今日は飲み過ぎるなよ。明日もし二日酔いのやつが一人でもいてみろ、魔物じゃなくて俺に殺されると思えよ」
ユーモアを交えて喋ってみると、ことのほかウケた。皆も気分が上がって笑いの沸点が下がっているのだろう。よきかなよきかな。
「小僧。こう言ってはなんだが……本当に良いのか?」
「しょうがないじゃんもう予約しちゃったんだから。こうするしかねえよ」
「で、あるか」
「まあ、団長も開き直って楽しむんだな。大丈夫だ、この程度の出費なら痛くも痒くもない」
「……はは、それが良いな」
ゼファー団長は「かたじけない」と頷くように一礼して、団員たちを引き連れ旅館へと入っていった。憑き物でも落ちたかのような良い笑顔であった。心なしか、その足取りはスキップしているようにも見える。一転して浮かれすぎである。
「ん、どうした? チェリちゃんも入っていいんだぞ」
「露骨な好感度稼ぎ。これだから成金は嫌ですね」
「ああ。急に大金持ちになったからな、金の使い方というものを他に知らんのだ」
「……ふん、そうですか」
チェリちゃんはぷいっとそっぽを向いて、団長たちの後を付いていった。
機嫌悪いなぁーとその後ろ姿を見ていると、疲れてうとうとしているエコをおんぶしたシルビアが寄ってきた。
「あのこけしのような彼女、誰かに似ているな?」
「そうか?」
「うむ。誰だったか……うーん、誰だったか」
「誰だ?」
「……似ていると思わないか?」
「だから誰にだよ」
結局、シルビアはうんうん唸り続けるだけで思い出せなかった。
誰かに似てる、ねぇ……チェリちゃんのあの毒舌と冷淡な感じはユカリに似てなくもない。背格好だけ見ればエコっぽくもある。が、シルビアが思い出せないということは、身近なこの2人ではないんだろうな。
まあいいや。そんなことよりメシに酒に風呂だ。折角の高級旅館、楽しまなきゃあ損である。
俺は「ワイが奢った張本人じゃ!」という顔をして、肩で風を切りながら旅館へと乗り込んだ。
翌日。
まだ空が白んで間もないうちに、総勢200人を超える第一宮廷魔術師団+俺たち3人は、丙等級ダンジョン『グルタム』へと集合した。
グルタムダンジョンは通称「幻覚ダンジョン」と呼ばれている。他には「キノコダンジョン」とか「ガンギマリダンジョン」とか、まあそのままの意味だ。
出てくる魔物はキノコ型の毒々しい化物だったり頭から胞子を振り撒くゾンビだったりと、メヴィオン運営も狙ってやっているとしか思えないゲテモノダンジョンである。
このダンジョン、実を言うと物凄く簡単だ。幻覚さえ対策すれば、これほど簡単なダンジョンは他にないほどに。
出現する魔物は全て《幻覚魔術》を使用してくる。これにちょっとでも当たると、約10秒間は幻覚を見せられて、行動が難しくなってしまう。そうしてラリっている隙に魔物たちが総攻撃してくるという寸法だ。
対策は、2つ。《幻覚魔術》を躱すか――“バナナ”を食べるか。
「何言ってんの?」と嘲笑されるかもしれないが、本当なんだから仕方ない。バナナを食べてから1時間は《幻覚魔術》を受けても何ともないのである。何故バナナなのかは分からない。とにかく“そういう設定”なんだろう。
「は? 何言ってるんですか?」
という話を宮廷魔術師さんたちに話してみたところ、チェリちゃんが代表して呆れてくれた。案の定の反応であった。
「幻覚魔術にはバナナ、常識だ」
「そんなおかしな常識、貴方のおかしな頭の中だけでは?」
どうやら知らないらしい。というか、この世界では幻覚対策が広まっていないらしい。
別にノーヒントというわけではないはずだ。レニャドーのNPCには何の脈絡もなくバナナを推してくる「バナナ推しおじさん」が存在したり、最寄りの商店ではバナナが明らかに不自然なくらい大量に売られていたりする。
それでも知れ渡っていないというのは……おじさんがふと我に返ったのか、はたまた商店の営業方針が変わったのか。そんなに大量にバナナを仕入れても売れないだろうからな。いや、そもそも知らないおじさんから特に意味もなくバナナをオススメされても殆どの人は食べないか。
つまりは、このネトゲ世界が現実世界となったことで、その辺の“ゲーム特有のおかしさ”みたいなものが現実寄りに修正されているのだろう。無理のあったものが、無理のない程度に。なかなか興味深い変更だ。世界一位になった後は、そういった変更点を探す旅をしてみるのも悪くないかもしれない。
「とにかく、1時間に1回バナナを食っとけば幻覚魔術は問題ない。そこだけ徹底してりゃグルタムの魔物なんざ雑魚同然だ」
俺はインベントリから2000本のバナナを取り出して、一人10本ずつ支給した。皆これで10時間は頑張れるはずだ。
「今更聞くのは野暮かもしれんが、セカンド殿のインベントリ、入る量が異常だな?」
隣で暇を持て余したシルビアが、不意にそんなことを聞いてきた。
「多分、人の60倍は入るぞ」
「ろくじゅっ……! 凄いな!?」
この世界の全員が無課金だとして、俺は最大までインベントリ拡張の課金をしているため、その差は60倍となる。お値段なんと諭吉一本という結構な金額。だがこの課金は即決だった。サブキャラなのに、ではない。サブキャラだからこそ、だ。何故ならこのセカンドは元々「倉庫キャラ」だからである。インベントリが多くなければ作った意味がないのだ。
と、そんなことを考えているうちにバナナを全て配り終えた。
「じゃあ、班ごとに分かれて順番に入ってくれ。俺はボスの前で待っている。シルビアとエコは見回りを頼むぞ」
「承知した」
「らじゃー!」
今回は10人ひと組の班でそれぞれ周回を行う。道中の魔物は、バナナさえ食べていれば宮廷魔術師10人の敵ではない。ただ、ボスだけは不安が残るので、俺がボスのスポーン場所に張り付いて“リスキル”し続ける予定だ。
また、万が一という場合もある。そのため、シルビアとエコのタッグにダンジョン内の見回りを頼むことにした。しかし見回りといっても単にうろうろするわけではない。常軌を逸した超スピードで何度も何度も周回するという、彼女たちのコンビネーションを存分に活かした一風変わった見回り方法である。
「では始め」
俺がぽんと手を叩くと同時に、一班から順番にダンジョンの中へと入っていった。
こうして、第一宮廷魔術師団によるグルタムダンジョン周回が幕を開けた。
「はい、十六班ね。お、4周目か。いいねえ。今のところトップだ」
俺がスタンプカードにハンコを押すと、十六班の女子たちは嬉しそうな声をあげた。
ここはグルタムダンジョンの終点、ボスが出現するドーム状の空洞だ。とはいっても一度倒せば15分は出てこないので、今は空き時間である。
ここで俺にハンコを押されることで“一周”とカウントされる。最終的に周回数が一番多かった班に景品を渡す予定だ。ゆえに、皆は休憩もそこそこに次の周回へと向かって進んでいく。
「あの、セカンドさん。このカード、終わったら記念に貰ってもいいですか?」
去り際にそんなことを聞いてきたのはアイリーさんだった。彼女のいる十六班は女子10人組の大変に姦しい班だが、周回ペースがトップということからも分かる通り非常に優秀だ。
俺が「お好きにどうぞ」と返すと、十六班の彼女たちはきゃーっと喜んだ。ジャンケンとかオークションとかいう単語が聞こえてきたような気がしたが、そろそろボスがスポーンする頃なので気にしないことにする。
「といっても、一発なのよねぇ~」
グルタムダンジョンのボスは「マジカルファンガス」というキメキメなでかい毒キノコの化物である。《幻覚魔術》以外に毒効果の付与された攻撃を放ってくる厄介な魔物だ……が、火属性にめっぽう弱い。現状の俺くらいにステータスが育っていれば、悲しいかな《火属性・参ノ型》で一撃確殺、略してイチカクだ。
「ばいばーい」
マジカルファンガスが地面から這い出てきて「グオー!」と唸り声をあげた直後、《火属性・参ノ型》がその腹部にクリティカルヒットする。眩い虹色の閃光が走り、炎が全身を包み込む頃にはもうキノコは息絶えていた。
ざわざわっ――と。空洞の入口付近から、数人の驚いたような声があがる。
その集団の先頭に立って、ずんずんとこちらへ歩み寄ってくる女子が一人。
「とっととスタンプをお願いします」
チェリちゃんである。どうしてこうも機嫌が悪いのか。恐らく彼女たち四班がトップではないからだ。
「はい、四班ね。4周目。今んとこ2位だぞ」
「知っています。早く返してください」
「おいおい何をそんなにカリカリしてる? 余裕を持て余裕を」
「余計なお世話ですっ」
なんだありゃ……。
俺から奪うようにしてスタンプカードを取ったチェリちゃんは、休憩している班員を置いて一人で先へ先へと歩いていってしまう。そんな彼女を、班員たちは困ったような疲れたような顔で追いかけていった。
何をそんなにイラついてんのかは知らないが、あのまま放っておいて良いことは何もないだろう。俺はチーム限定通信でシルビアに一応の連絡を入れておいた。
……あーあ、何か問題が起きそうだ。面倒くさいったらない。
前にもこんなことあったなぁ確か。
はて、誰だったか……
* * *
腹立たしい男。
最初は第二王子殿下のコネで講師になった口だけ野郎だと、そう思っていた。
でも、悔しいことに実力は本物で。
言っていることも、滅茶苦茶に聞こえるけど、きっと正しい。
それが何より気に食わなかった。
その形にとらわれないやり方が、豪放磊落な振る舞いが、自信たっぷりの余裕が、気に食わない。
今までの私の努力を、人生を、全て否定されたような気がして。
とにかく気に食わない。
本当なら、私もそうだったのに。
魔術の才能なら誰にも負けなかったのに。
彼は、私のプライドを粉々に打ち砕いていった。
それだけじゃ飽き足らず、規律も、空気も、常識も、私の周囲の何もかも全てを粉砕していった。
この男の嫌に端正な顔を見ると、どうしようもなく苛立って、心がざわつく。
最早、自分の感情をコントロールできない。
昨日だってそうだ。
私と団長を悪者みたいに仕立てて、自分だけ印象を良くして。
ただ有り余っているお金をちょびっと払っただけじゃない。
確かに、旅館は素晴らしいものだった。ご飯も、お風呂も、お部屋も良かった。
でも、こんな性格の私が、あいつの施しを素直に楽しめるはずもない。
私だって第一宮廷魔術師のエース。この程度の高級旅館、プライベートでも泊まることくらいできる。
私だけは自腹で払ってやるって決めた。
私は、私だけの力で、一流の宮廷魔術師になったんだ。
それは、これからも、そうでなきゃ駄目なんだ。
あんな奴の功績なんかじゃなく、私自身の実力じゃないと。じゃないと……
お読みいただき、ありがとうございます。




