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68 魔術で戦うんだろうが


ちょっと長い。




「ご主人様、こちらヴィンズ新聞の朝刊です」


「んー、さんきう」


 俺は朝メシをもっしゃもっしゃと頬張って食べながら、ユカリから渡された朝刊を何とはなしに受け取った。


 それにしても、なんで新聞? とは思った。俺には新聞を読む習慣などない。まあ、朝の回らない頭で考えても仕方がないので、とりあえず一面を開いて読んでみる。



「んぼぶぅっ――!!」



 スープがモロに気管に入り、そこから間欠泉のようにして口の外に噴き出た。


 ゲホゲホとむせる俺。「うわあ大惨事だな!」と驚くだけで特に何もしないシルビア。その傍らで何故か楽しそうに笑うエコ。ユカリは飛び散った魚介のスープをタオルで拭いてくれるのかと思いきや、俺の股間ばかりを集中的に拭う。若干分かってはいたがドスケベエルフだよなこいつ。


「セカンド殿。何が書いてあったんだ?」


「あー、私が説明する、よ」


 一体いつの間に召喚されたのか、ウィンフィルドがしれっとリビングに現れた。

 彼女は新聞をテーブルの中心に広げて、その内容を解説するように喋り出す。


「見出しはこうなってる、ね。『騎士団協定違反か 義賊弾圧めぐる疑惑』って」

「うむ。何となく意味は分かるが……」

「今回の新聞は、騎士団が義賊弾圧に関わる何かを隠してる、ってことさえ分かってもらえれば、オッケー」

「それは第一や第二第三騎士団関係なく、か?」

「うん。まずは、騎士団に対する疑念を、ひいては第一王子派に対する疑念を、抱かせる。明日か明後日の新聞で、何があったのか、詳しく明かす。情報は小出しで、反復的に、より印象付けられるように、手を変え品を変え。基本だね」


 キャッチーな疑惑を出せば「気になった」民衆が情報を欲しがる。飢えたところへ情報を餌付けのように与えていくわけだな。元より第一騎士団による義賊の徹底弾圧に疑念を抱いていた層も少なくないだろうし、右と左で必ず意見は対立し合うので、情報を出せば出すほど炎上しまくり拡散されると。

 しかも協定違反疑惑の後は、R6の生き残りによる証言、公文書の開示請求、更には改ざん疑惑にその証拠まで控えている。完璧な筋書だなマジで。


「……なあ、この情報流したのって」

「そだよー、私。セカンドさん、褒めてくれてもいいんだ、よ?」

「ベリベリナイス、ウィンフィルド。バッチグー!」

「えー、なんか……まあ、いいや」


 ウィンフィルドは一瞬だけ不満そうな顔をしたが、シルビアとユカリの殺気を感じたのか妥協してくれた。


「あ、シルビアさん。今日、第三騎士団に、呼び出されると思うから。そしたら、こう言うんだよ。あの男なら何か知っているかもしれない、って」


「セカンド殿が何か知っていそうな風に匂わせるということか?」

「そうそう。宿屋の裏で柄の悪い男と話していた、とか。理由を聞かれたら、そんな感じで、いいよ」

「うむ、承知した」

「セカンドさんは、宮廷内で、いつでも動けるように、しといてね。あと、追い出されないようにも、ね」

「前者に関しては任せておけ。後者に関してはまあとりあえず頑張る」


 あの使えない宮廷魔術師たちを使えないまま使えるようにする、というトンチみたいな難題が待っているがな。

 まあ、一晩考えて何とか解答は用意できた。上手く行くかどうかは分からないが。



「――ご歓談中、失礼いたします」


 と、そこへ。珍しく執事のキュベロではなくメイドが現れた。ユカリは彼女の姿を見て「早かったですね」と呟く。何だ何だ?


「R6メンバーのビサイド様を使用人邸にて確保しております。如何いたしましょう」

「おお、頼んでいたあれか。本当に早かったな。ベリナイス!」

「……も、勿体ないお言葉です」


 メイドは照れるように俯いた。ということは彼女が捕まえてきたのか。ユカリは「調査のプロ」と言っていたが……うーん、そんな風には見えない。何処にでもいそうなごく普通の女の子だ。人は見かけによらないな。


「俺とキュベロで、今すぐ会いに行く。準備を頼む」

「かしこまりました」


 そうとだけ指示を出して、俺は朝メシをかき込んだ。ウィンフィルドは「いよいよって感じだね」と何だか楽しそうな様子である。




 そして、数分後。


 俺たちは使用人邸の地下室にて、生き証人と対面を果たした。



「カシラああああッ! よくぞ、よくぞご無事でェッ!」


 うるさっ……というのが第一印象。第二印象は、顔こわっ、だった。


 流石は渡世人とせいにん義賊ぎぞくという大博打に人生を賭けただけはある。騎士団によって牙を折られ群れを散り散りにされても、その眼力は研いだナイフのような鋭さだ。骨ばった顔とオールバックの黒髪も迫力満点である。


「ビサイド。あの地獄の中、よく生き抜いてくれた。私はお前を誇りに思う」

「身に余る言葉です! おいらなんか、生きてようが死んでようが関係あらへん! カシラ! あんたが生きてるってぇことが、R6にとってデカイんじゃ! R6再生も夢じゃあねえ!」

「違う。お前たちが命賭けで逃がしてくれたからこそ、私はここにいる。そして、あの地獄を知っているお前が生きていてくれたことが、我らR6にとって、そして私のご主人様にとって大きな力となる」

「ん……? ご主人……ですかい?」

「セカンド・ファーステスト様。お前も、私と同じく、この御名前を決して軽んじてはならない」

「…………そうか、あの暗殺者」


 キュベロから俺の名を聞いたビサイドは、何やら呟いてから立ち上がった。視線は俺の方を向いている。


「ビサイド! 変な気は起こすな――」


「いや構わない。覚悟あってのものだろう。お前の舎弟らしくていいじゃないか。お前に似て少しヤンチャなところがあるんだ」


「……お恥ずかしい限りです」


 睨み合う俺とビサイド。止めに入ったキュベロは、俺の言葉に少しだけ顔を赤くして身を引いた。



「失礼を承知で……いっちょ試させてくだせぇ」


 ビサイドは首をコキコキと鳴らしながら近づいてくる。構えらしい構えもない。こいつ、相当に喧嘩慣れしてるな。メヴィオンじゃない場所で遭遇したらまず間違いなく勝てないだろう、本場の“喧嘩屋”だ。


「すまんが、喧嘩にはならないぞ」


 だが、ここはメヴィオン。どう足掻いてもネットゲームである。一対一で向かい合えば、それは喧嘩ではなくPvPだ。ステータス差は容易には覆らないし、習得スキルの数やそのランクの差も大きい。そして何より、PSプレイヤースキルの差は絶大。


「――シィッ!」


 ビサイドの右ストレート。まずは小手調べ、とでも言わんばかりの《歩兵体術》だ。見てから回避余裕である。


 ナメプかよ、おいおい……。


「おおっ、こいつを躱しますかい!」


「…………」


 ビサイドは「やりますねぇ!」と調子に乗っている。そんな様子を見て、キュベロは頭を抱えていた。


 そう、それだけはやっちゃあ駄目だった。「敬愛する若頭の主人がどれだけ強いか試してみたい」という気持ちならまだ理解できる。だが、いくら力試しの喧嘩とはいえ、世界一位を舐めてかかるのだけは……大悪手だ。


 俺は少々むかっ腹が立った。


 なので、本気を出してビビらせてやろうと、無言で《精霊召喚》する。


「(アンゴルモア、憑依)」

「(御意)」


 念話で即座に《精霊憑依》を命じる。


 瞬間、アンゴルモアは虹色の光となって俺と一体化した。


「なっ……!?」

「……な、なんじゃあ、そりゃあ……ッ!!」


 ビサイドだけでなくキュベロも驚いている。そうか、見せるのは初めてだったか。


「これは精霊憑依という。九段で全ステータスが4.5倍される」


「く、九段……!?」

「4.5……倍……」


 単純に考えても、どっこいどっこいの相手がいきなり自分の4.5倍強くなるということ。絶望的な差である。

 キュベロは以前俺に一発殴られたことから俺の純ステータスの高さもある程度は予想がついているはずだ。そこから4.5倍となると、どれほど差が開いたのか想像もつかないレベルだろう。青い顔をするのも分かる。



「チッ……やったらァッ! これしきでイモ引くわきゃあるかい!」


 が、忘れていた。こいつはキュベロの舎弟、筋金入りの侠客きょうかく。どれだけ差があろうと、それをものともせず立ち向かってくるような男であった。


 ガツン――と。俺のアゴに《銀将体術》が直撃する。



「い、いでででででッ!?」


 声を出したのはビサイドの方だった。右手を押さえて地面にひっくり返っている。


 俺はというと、びくともしていない。ビサイドのSTRと俺のVITに大きな差があり過ぎたため、ビサイドの攻撃がちっとも通らず、行き場を失ったダメージが全部その拳の方へと返っていったのだろう。


「あーあー馬鹿野郎が」


 俺は仕方なしにビサイドの右手へ【回復魔術】《回復・小》をかけた。打撲程度ならこれで何とかなる。



「……す、すんません。痛み入りやす」


 ビサイドは立ち上がると、恥じ入るように深々と礼をした。完全に戦意喪失した様子だ。


 そして何故か、その隣でキュベロまで頭を下げている。クソ真面目なキュベロのことだ、舎弟の失態は自分の失態とでも思っているんだろう。


「舐めんじゃねえぞ三下」


 俺はアンゴルモアを《送還》しながら、とりあえず叱っておいた。二人は、更に深く頭を下げる。


「一生、舐めたマネはしやせん。このオトシマエ、おいらのエンコで何とか堪忍してつかぁさい」

「いえ、この件は若頭であり兄貴分である私の責任。私が詰めます。ビサイドにはここで責任の取り方というものを学んでいただく」


 ちょっと予想外の方向へ話が進んでいく。


「おい待て、話をでかくするな。もういいよ舐めないんなら」

「それでは筋が通りません! セカンド様は我らR6再生の希望。私を拾い救っていただいた大恩人。知らぬとはいえ牙を剥いたとなれば、セカンド様が許しても私が許しません」

「そんな……そう、だったんですかい。おいらは何てことを……こうなったらもう、おいらのタマで」

「だから待て! どいつもこいつも人の話を聞かねえ……ん?」


 ふと気付く。もしやキュベロ、お前、そういうことか?


 ちらりと表情を窺うと、キュベロも丁度こちらを向いていた。ああ、やっぱりそういうことね。


「……分かった、ビサイド。責任を取るというのなら、一つ頼みたいことがある」

「頼みたいこと、ですかい……?」

「ああ」


 キュベロの誘導でスムーズに行った。おかげさんで臨時講師の仕事に遅刻しなくて済みそうだ。俺は心の中でキュベロに感謝を言いつつ、そんなことを考えながら口を開いた。



「お前には、民衆の前で証言を頼みたい」







「魔幕、だと?」

「ああ。お前らが大活躍するにはそのくらいしかない」


 宮廷付近、訓練場にほど近い会議室にて。

 現在行っているのは班長会議。第一宮廷魔術師団における各班の班長を集めて、今後の方針について決定する場である。


 俺はそこで、昨夜考えたアイデアを話してみた。


 本当は“弾幕”と言いたかったが、砲撃戦のないこの世界で通じるか分からなかったので“魔幕”という単語を新たに作って説明する。


 魔幕――まあ、つまりは弾幕のことである。クールタイムの短い魔術、すなわち壱ノ型を全員で撃ちまくって幕のように張り巡らせ、敵を圧倒する。攻撃にも防御にもなる、余りにも有名な戦術だ。


 これは、とにかく「ばらまき続ける」ことが重要である。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるし、ある程度までなら質より量で対抗できるのだ。防御面では、敵の弓矢や魔術をかき消し、かのカミカゼのような捨て身の突撃さえ撃墜ないし牽制できるすぐれものと言えるだろう。陸上ならば、だが。


「待て小僧。それでは威力が減り、殲滅ができないではないか。遊撃も援護も補助も怪しいぞ」

「そりゃそうだよ。肆ノ型すら覚えてないやつらが大半だ。ならもう全て諦めるしかない。それにな、殲滅とかそもそも必要ないし、魔術師の仕事じゃない」

「どういうことだ?」

「お前、仮にも戦争経験者だろうが。“死者より負傷者を増やす”ってのは、戦争のセオリーだろ」

「む……なるほど」


 そこまで言ってゼファー団長はやっと気が付いた。前回の戦争から二十二年、相当に焼きが回ったんだろう。


 ちなみにドヤ顔で戦争を語っている俺だが、全て『チーム戦』の知識である。現代日本人でおまけに引きこもりネトゲ廃人の俺が戦争経験者なわけがない。


「死者より負傷者を? どういうことですか?」

「チェリちゃんにはちょっと難しかったかなー?」

「貴方には聞いていません」

「む、儂か。つまり、敵兵を殺してしまえばそれまで。あえて負傷兵として残すことで、敵に負担を強いることができる。移動、回復、介護。必ず人員が割かれ、相応の金がかかるということだ」

「なるほど納得しました。ありがとうございます団長。では魔術師の仕事ではないというのは?」

「……それは、すまん。儂には分からぬ」


 団長にギブアップされたチェリちゃんは、心底嫌そうな顔でこっちを向いた。


「ンン~?」

「くっ……」

「なにかな?」

「……教えて、もらえないでしょうか」

「しょうがないなあ、いいよ」


 悔しそうに申し出るチェリちゃん。彼女をいじるのは実に楽しい。シルビア以来の逸材だと思う。


「魔術師ってのは本来、“高火力広範囲中距離攻撃兵”だ。高ランクの肆ノ型や伍ノ型のたった一発で敵陣に大穴をあけたりできちゃう、すげぇポテンシャルの高い兵なのよ」

「矛盾していません? だったら尚更その魔幕とやらの方が魔術師の仕事ではないと思うのですが?」

「お前らが、俺が今言った通りの魔術師ならな。お前らの中に高ランクの肆ノ型や伍ノ型を使えるやつは何人いる?」

「……使えるのは20人ほど。高ランクとなると、少ないですね……私は水属性・肆ノ型が七段ですが」

「えっ、マジで?」


 意外だ。七段、かなりの高ランクである。


「ええ。どうです、恐れ入ったでしょう?」

「ちなみに他は?」

「水属性は壱ノ型から参ノ型まで全て九段です」

「いいね。他は?」

「風属性なら、参ノ型までそこそこ。その他は特に」

「我が団においては、水属性でチェリの右に出る者はおらん」


 ドヤ顔のチェリちゃんと、誇らしげな団長。いやいやいや……。


「他の属性は、壱ノ型すら上げてないのか?」

「ええ。それより伸びのある属性を優先した方が良いに決まっていますから」

「覚えてはいるんだろ?」

「もちろんです。ただ、壱ノ型だけ上げたところで――」

「話にならん。魔術師志望なのに、どうして一辺倒に上げてんだ?」

「……はい? 貴方こそ何を言っているんですか?」

「いや、全属性満遍なく上げるのは魔術師として常識だと思うんだが」


 必要経験値量の少ない壱ノ型から順に全属性を上げていけば、INTの絶対量を効率良く上げることができる。一属性だけ全て九段にした場合と、四属性全て九段にした場合とでは、単純にINTが4倍の差にもなるのだ。

 ゆえに、序盤から魔術師として火力を出したいのなら、絶対に満遍なく上げた方が良い。特に肆ノ型や伍ノ型は必要経験値量が多いため、そこを上げにかかる頃までには壱弐参を全て高段まで上げておきたいところである。


「馬鹿ですか、貴方。真逆です。皆それぞれ得意属性があるんですから、それを集中して上げた方が良いに決まっています。苦手属性に時間をかけるなんて無駄でしかありません。まあ中には全属性得意な人もいるにはいるでしょうが、何百万人に一人ってところでしょう」


「――!」


 得意属性……その発想はなかった。


 そうか。魔導書をチラ見しただけで覚えられる俺みたいなやつが特殊なだけで、皆はきちんと魔術学校に通うなり何なりして時間をかけて魔術を覚えたんだよな。その時間のかかり具合に大きな個人差があるってわけか。となると、下手すりゃ不得意な属性の弐ノ型を覚えるのに十年以上かかる人もいるかもしれない。そこまで酷いのなら、得意属性だけを頑張ろうって気になっても無理ないな。


 しっかし、どうしてそんなにも個人差が生じてしまうのか。何か見過ごせない理由がありそうだ。


 魔術の行使は理解の深さが重要――ふと、魔術学校で初日に受けた授業の内容を思い出した。なかなかに核心っぽいが……いや、駄目だ分からん。今度ウィンえもんに聞いてみることにしよう。


 そんなことより、このままではマズいぞ。今は何とかしてこいつらの幻想をぶち壊さなければ。



「よし、じゃあチェリちゃんの言うその常識を取っ払うところから始めよう」

「え?」


 俺は椅子から立ち上がり、アイリーさんに「対局冠持ってきて」と頼んだ。アイリーさんは「はいっ」と良い返事をして駆けていく。


 それから、場所を訓練場に移した。


 目的は「壱ノ型一発分の威力をチェリちゃんと俺とで比較する」こと。これで恐らく彼らの常識はプライドもろとも崩れ去るだろう。


 ゆえに、“対局冠”を使用する。設定は「DPS表示機能ON」のみ。俺が一番よく使う設定だ。


 DPSとはDamage Per Second、つまり一秒あたりのダメージ量を意味する。本来は一定時間内の連続攻撃において秒間ダメージを割り出してその概ねの火力を測定したい場合などに用いるが、今回は魔術一発分のダメージを測るために用いる。


 秒間に一発しか攻撃がないのなら、結局、表示されるDPSはその一発分のダメージだけとなるという寸法だ。一発分の攻撃を1秒で割れば、その攻撃分のダメージがそのまま表示される。だったら今回は「ダメージ表示機能ON」でいいじゃないかと思うだろうが、それだと攻撃が当たったと同時に表示されるため、攻撃エフェクトが邪魔で少し見にくいのである。ゆえに、少し遅れて表示されるDPS表示を選んだ。


「対局冠は害悪なのではなかったのですか?」

「こういう使い方ならむしろ歓迎だな」

「はあ。どういう使い方でしょう」


 俺は対局冠の片方をゼファー団長に、もう片方をチェリちゃんに持たせる。


「団長は棒立ちね。チェリちゃんは水属性壱ノ型で団長を攻撃しろ」

「儂はマトか……」

「なるほど、分かりました」


 全てが仮想なので、痛みは一切ない。ゆえに気兼ねなく生身の人が的の役をできる。


「行きますよ」


 衆人環視の中、チェリちゃんの掛け声とともに対局が開始される。


 向かい合って間もなく、チェリちゃんの《水属性・壱ノ型》九段が発動されると、バスケットボール大の水の塊が渦を巻きながら団長の頭部を目がけて飛んでいった。


 バシャァッと命中する。クリティカルなし。遅れて、団長の真上に「DPS:873」と表示された。



「まあ、こんなものです」


 チェリちゃんは何故か胸を張る。ボブカットの黒髪と低身長に寸胴体形が相まって、こけしにしか見えない。


「こけしみたいだなお前」

「誰がこけしですかっ!」


 通じた。この世界にもあるんだな、こけし。



「じゃあ、次は俺と団長で。お前ら、しっかりDPSを見ておけ」

「また儂が的か……」


 団長を何だと思うておる、とか何とか言っているゼファー団長を無視して向かい合う。


 そして、対局開始。


 チェリちゃんと同様に、俺も《水属性・壱ノ型》を発動する。ランクは同じく九段。しかし、彼女と比べると明らかに――



「……うわっ」


 誰かが声をあげた。そう、チェリちゃんの壱ノ型より明らかに小さい。ソフトボールほどの大きさである。


 メヴィオンの【魔術】は、使用者のINTが高ければ高いほど発動エフェクトがコンパクトになる特徴がある。何故か。一説では、PvPにおいて魔術発動時に相手のINTをある程度看破できるようにするための仕様、と言われている。また、エフェクトが小さくなることで視界的な邪魔が減り、扱い易くなる。逆に、相手は躱し難くなる。


 まあ、つまり。「魔術が小さい=威力がでかい」ということ。ゆえに、その仕様を知っている者から驚きの声があがったのだろう。


「行くよー」


 気の抜けた声でわざわざ合図をする。大したことないよ、という風に。だが、内心は違った。



 これでもくらいやがれ、と。思いっ切り《水属性・壱ノ型》をぶっ放す。


 ……この一発で、これから出る数字で、お前らがどんだけ浅いところでイキがっていたのかっつーことを、嫌と言うほど分からせてやる。


 たかが壱ノ型。どうせ大した威力なんて出ないだろう、と。そう思ってんだろ。



 これは、今の今までお前らが宮廷魔術師という地位に胡坐をかいて基礎をないがしろにしてきた結果だ。せいぜい悔しがれ。そして改めろ。俺の目の前で「他属性の壱ノ型も九段まで上げます」と誓え。


 人生かかってんだぞ。エンジョイ勢じゃねえんだ、甘えんな。常にガチ勢たれ。それでも王国随一の魔術師かよ。



 命を賭けて戦うんだろうが。魔術で戦うんだろうが!




「ぬわあッ!?」


 着弾。団長は後方に数メートル吹き飛ばされ、地面に倒れた。


 DPSが表示される。


 一瞬の静寂。


 直後、どよめきが起こった。


 誰もが驚いたんだ。そして自分の目を疑ったに違いない。


 しかし、表示された数字は、無慈悲に俺と彼らとの“差”を突きつける。偽りようのない事実として。




「DPS:4693」――と。



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] あれ?昔読んだ時はダメージパーセックって、略語表記でモヤッとした記憶があるんだけど、他の作品だったかな。
[一言] いつも後手からな
[一言] 脳みそまでアンゴルモアに憑依されちゃった?笑
感想一覧
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