65 謁見、判決。え?
「むっ、珍しいな。ユカリは寝坊か?」
朝食時、リビングに集まったのは3人。そこにユカリの姿はなかった。
シルビアは「寝坊のようだな」と一人納得して、すっくと立ちあがる。
「仕方がない、私が作るか」
「つくれるの?」
「うむ。作れる」
朝食係はシルビアに決定した。エコが若干不安そうな顔でその背中を見送る。そして、俺の方へ顔を向けて「だいじょぶかな」というような表情をしながら首を傾げた。
「ア゜ー」
俺は適当に何らかの音声を発しておいた。言葉らしい言葉を返す余裕がない。
「せかんど、つかれてる?」
「……死ぬほど疲れてる」
そう、俺は疲れ切っていた。やつは強敵だった。準備万端で挑み、手を替え品を替え飽和攻撃を仕掛け、持久戦に次ぐ持久戦、しかし何度でも蘇るその無尽蔵の体力と底の見えないエロスにこちらが段々と押され始め、一進一退の攻防、ポーションのドーピングも殆ど意味をなさず、最終手段の《変身》を使う始末。そこまでして何とか勝てた。あんことの死闘でもここまで疲れることはなかったのに。恐ろしやダークエルフ。
ひとつ勉強になったのは、夜の総合格闘技にステータスはそれほど関係ないということ。これはマズイ。早急に攻略法を編み出して研究しなければ、俺が負ける日は近いだろう。
エコは口をポケーっと開けてフンフンと小さく頷き「そうなんだ……」と一人納得するように呟く。何がそうなんだろう。
「おーい、できたぞー。持っていけー」
早っ。所要時間10分足らずだ。キッチンの前までゾンビのように歩いていくと、そこには焼いた白パンが6枚と大皿にてんこ盛りの肉野菜炒めが置いてあった。なかなかに異色の取り合わせである、が、なかなかに美味しそうでもある。
やたら豪奢なテーブルの真ん中にドーンと置いて、各自トングで皿に取って、こんがりもちふわなパンに乗っけてかぶりつく。
「おっ。うん、美味しい」
いいじゃないか。いかにも男の料理って感じの大味だが、勢いにまかせてモリモリ食える。こういうのでいいんだよ、こういうので。シンプルイズベスト。家庭の朝食は主食と主菜の素朴なタッグで、飽きないうちに一気にかき込むが吉だ。
「おいしーかも!」
「かもって何だ、かもって」
シルビアはエコにツッコミつつも、どこか安堵したような顔で笑っていた。
その後、ちょうど食い終わる頃合いでリビングにユカリが現れた。
珍しく照れた様子で寝坊を謝り、今日の予定を俺に伝えようと手帳を開く。その横顔には少々の疲れが見てとれた。
「ユカリ、今日は休んでろ。エコも休んでていいぞ」
「いえ、そのような」
「予定は昨日ウィンフィルドから聞いている。今日は国王に謁見して、それから職場見学だ。シルビアは第三騎士団に出向くと言ってたな? ウィンフィルドは王都で何かやるってさ。ほら、大した用事はない」
「はあ、そう仰るなら。しかしご主人様、これだけは確とお伝えしておきます。王への謁見は大した用事です」
「なるほど」
「……いやなるほどではなく」
俺は冗談だと笑って席を立った。すると、その瞬間を見計らったかのようにキュベロが現れ、一礼して口を開く。
「馬車のご用意は既に」
凄いな、無駄が一切ない。本当は少しゆっくりしてから行こうと思っていたが、ここは流れに乗っておこう。馬車の中でもゆっくりできなくはないだろうしな。
「ユカリ、あいつ出してくれ」
「畏まりました」
間髪を容れずにユカリの《精霊召喚》が発動し、ウィンフィルドが喚び出される。
「やっほー。じゃ、行こっか」
「おう。さくさく行こう」
俺はウィンフィルドとシルビアを連れ、キュベロの後を付いていった。「おやすみーっ!」と休暇にはしゃいでるんだかこれから寝るんだか紛らわしいエコと、若干だが足元の覚束ないユカリに見送られて、ヴァニラ湖畔の家を出る。
馬車の中に乗り込むのはウィンフィルドを含めて4人。俺が最初に乗り込み、一番奥の席に座る。次にシルビアが乗り込んできて、一瞬の逡巡の後、俺の向かい側に座った。ウィンフィルドはというと、迷わずシルビアの隣。結果、キュベロは俺の隣に座ることとなった。
「あ、そうだキュベロ。R6の生き残りを探しているんだが、何か知ってるか?」
馬車が出発して間もなく、会話がなくなったので、適当に話を振ってみる。
「生き残り……そう、ですね。弟分にビサイドという男がいます」
「舎弟か」
「はい。といっても私より年上ですが。確か、29だったかと」
「ふーん」
「……まさか、セカンド様」
「ああ、捜索する。昨日ユカリに頼んでおいた。何でも万能メイド隊に専門の部隊があるらしい。あいつ自信満々の顔してたからな、すぐに見つかると思うぞ」
捜索の件について伝える。キュベロは「ありがたき幸せ」と座った姿勢から土下座のようにして頭を下げた。俺は慌てて頭を上げさせて、そのR6のメンバーを“生き証人”として利用する作戦についても伝える。すると、キュベロは更に深く頭を下げて口を開いた。
「待ちに待った復讐の機会、これ以上のものが御座いましょうか。このキュベロ、感謝に堪えません」
「そうか。まあ、感謝するならウィンフィルドにもな。こいつの立案した作戦だ」
「はい。ウィンフィルド様、このような活躍の場をご用意いただき、誠にありがたく存じ――」
「待って、待って。そもそも、私は、復讐とかどうでもいい。私は、セカンドさんにとっての最善を考えて、そうしただけ」
「それ即ち、お気遣いいただけたのだと、私はそう思うのですが……」
「まあ、感謝したければ、勝手にして、って感じだね」
ウィンフィルドはなげやりに言う。対してキュベロはそれを許可だと思ったのか、一方的に感謝の言葉をつらつらと述べていた。こいつ良いやつなんだけど、時たま真面目すぎるんだよなぁ。
「あ、ところでシルビア。お前ってまだ第三騎士団と関りあんの?」
「うむ、恐らく問題ないぞ。私自身すっかり忘れていたが、ウィンフィルドに報告へ行っておけと言われてな。今日は第三騎士団への報告も兼ねている」
なんだそりゃ。
「シルビアさん、2年契約、でしょ?」
「ああ、確かそうなっているはずだ。セカンド殿の護衛、という名目の監視。任期は2年とな」
あーはいはい、何か思い出してきたぞ。そういえばシルビアには第三騎士団から「セカンドを口説き落として騎士団に引き込め」という指示が出ているんだった。ここのところずっと第三騎士団からの接触は皆無だったので完全に忘れていた。
「第三騎士団と、シルビアさんとの関係を利用すれば、公文書と、原本の在り処のヒントが、分かる。かも」
なるほど。だからウィンフィルドはわざわざ今日に合わせてシルビアを報告に行かせるわけだな。
突如として謁見の場に登場した第一宮廷魔術師団特別臨時講師の男、うーん実に怪しさ満点。そんな奴の情報を得ようとするならば、以前から護衛の任に出している第三騎士団所属のちょっと抜けてる正義大好き下っ端女騎士なんておあつらえ向きだ。ここで第三騎士団に味方するような行動を取っておけば、見事に二重スパイの完成である。
つまり、これから俺とシルビアは王国の中枢とも呼べる人たちを面と向かって騙しに行くわけだ。そう考えると大した用事だな。あっちを騙しこっちを騙し、果ては洗脳して、一国の政治をまるっと変えようとしている。これはその記念すべき第一歩ということか。
「……なあウィンフィルド。宰相を直接洗脳するってのはどうだ?」
不意に思い浮かんだアイデア。それが出来れば苦労しないだろうとは思うが、聞かずにはいられなかった。
俺の単純すぎる案を聞いたウィンフィルドは「そうしたいけどねー」と前置きしてから口を開く。
「多分、すっごい、警戒してるよ。女公爵の件が、あるから。もしかしたら、既に対策してるかも、ね」
「あぁ」
ルシア・アイシーン女公爵を陥れたのは宰相本人、しかもその理由が「洗脳魔術を恐れて」だったな。そりゃ警戒して当然か。うーん、対策するとしたら……MGRをガン上げするか、魔術防御系の効果があるアクセサリでも装備するかだな。宰相の場合は後者だろうか。
「じゃあ気絶させて素っ裸にひん剥いてから洗脳するとかどうだ?」
「それは、装備で対策されてた可能性、だね。装備だけなら、それでいいけど」
「けど?」
「問題は、洗脳の解き方を対策されてた場合、かな」
「!」
うわぁ、やられた。盲点だった。
「それに、宰相を洗脳しても、結局は、似たようなことをしなきゃだから。だったら、いっそ宰相を無視して、最初から民衆に働きかけた方が、効率良いなって」
「……仰る通りで」
流石っすウィンフィルドさん。作戦に抜かりはないご様子である。こりゃ面倒臭がって近道しようとすると余計なリスクを背負うことになりそうだ。
「間もなく到着いたします」
窓から景色を見て、キュベロが一言。そこで全員の会話はなくなった。後は各々、やるべきことをやるだけである。
王宮に到着すると、第二王子付きのメイドが俺を待ち構えていた。そしていきなり謁見の間の前まで通される。そこでマインと合流した。
「……セカンドさん、緊張してる?」
「まさか」
「あははっ、ですよね」
少々の軽口を叩き合ってから、謁見の間に足を踏み入れる。遠くの方に国王らしき男が玉座にデーンとふんぞり返っているのが見えた。その横にはクラウス第一王子とホワイト第一王妃、バル・モロー宰相の姿もある。
俺はマインと共にバウェル国王の前まで歩み出ていって、頭を下げた。
「面を上げよ」
以前の俺なら、ここで頭を上げていたことだろう。だが俺には天才軍師様からの入れ知恵があるのだ。一度目の催促で頭を上げない方がいいよ、と。どうもこれがこの王への謁見のマナーらしい。
「よい、面を上げよ」
バウェルは第一声より少しだけほぐれた口調で、再び促した。俺とマインはゆっくりと顔を上げる。
「その者が第一宮廷魔術師団の臨時講師か」
「はい、名をセカンドと申します」
俺の代わりにマインが答えた。バウェルは俺を品定めするように見つめる。
バウェルと目が合った。俺の知っている通りの、なんてことはないくすんだ金髪の中年。ただよく眠れていないのか、目の下に化粧で隠しきれないほどのクマができていた。
メヴィオンでは、国王バウェル・キャスタルは病に倒れ王位を退くことになる。だが、それはまだまだ先の話のはず。もしかすると、この世界では宰相が洗脳魔術を手に入れられなかったように、バウェルの病状にも何らかの変化があるのかもしれない。
「そのセカンドとやらは一切の素性が分からぬ怪しい人物。宮廷魔術師の講師に相応しくはないかと存じます」
急に横槍が入る。案の定、それは宰相であった。
「オレも反対です、父上。この者は騎士団への勧誘を二度も断っております。王国に貢献せんとする意図を感じられない」
続いてクラウスも口を開く。こいつマジか。謁見の場で「オレ」とか「父上」とか、俺ですら「それは流石に駄目だろ」と分かるレベルの失言だ。しかも誰も注意しない。教育係は何をやっているのかね?
「まあ! クラウスの勧誘を断ったのですか? なんと失礼な輩! この者を追い出しなさい!」
分かった、第一ハナタレ王子があんな感じになっちゃったのはこの第一アバズレ王妃のせいだ。
……と、ここで俺の傍に第一騎士団と思われる騎士が二人やってきた。これは、そういうことなのかな? やっちゃっていいってことなのかな? ちらりと横を見ると、マインは青い顔をして小刻みに首を横に振っていた。どうやら駄目らしい。フン、命拾いしたな。
「お待ちを。冒険者とは元来、素性などあってないようなもの。また地位や名誉に興味がなく、その上で優秀な者は、騎士団よりも冒険者としての稼ぎの方が魅力的なこともまた事実で御座いましょう。勧誘を断ったからと追い出すなど尊大に過ぎますぞ」
「なんですって! ハイライ!」
おっ、あの人がハイライ大臣か。分厚い丸眼鏡をかけたバーコードハゲのTHE管理職といった風貌のおじさんだ。ウィンフィルドからはあのハゲ眼鏡こそが第二王子派の筆頭であり、心強い味方と聞いている。
「騎士団より冒険者の方が稼げるからと勧誘を断ったのなら、今回は何故に宮廷魔術師団の臨時講師へと希望したのだ。ハイライ、申してみよ」
大臣の反論に宰相が切り返す。この二人、バチバチだな。
「セカンド殿はマイン王子と懇意であると聞きます。同じ学び舎で過ごし、同じ釜の飯を食べ、時には魔術の対局をして高め合った仲だとか。今回の臨時講師の件も、ひとえに好誼というものでしょう。二人が友人関係にあるということはクラウス王子もご存知のはずですが」
「私からも補足を。大臣の言に間違いはありません。今回、セカンドさんには私のたっての願いで無理を聞いてもらいました。しかしながら、彼以上に講師に適した存在を私は知りません。彼が講師を務めたならば、宮廷魔術師団は必ずや飛躍的な成長を遂げることでしょう」
ハイライ大臣は宰相の指摘に対してすらすらと返答する。そこへマインからの援護射撃。宰相はクラウスへと視線をやって事実を確認する。クラウスは苦虫を噛み潰したような表情で小さく頷いた。そして、宰相はついに口を噤んだ。
「セカンド殿の実績は王も既にご存知のはず。何卒ご一考を」
「彼の特別臨時講師就任を認めていただけないでしょうか。一ヶ月で効果が見えなければ、私が全ての責任を取ります。ですからどうか、認可をよろしくお願い申し上げます」
マインが頭を下げたので、俺も一緒になって頭を下げた。邪魔者トリオは今にも舌打ちしそうなくらいに顔を歪めている。しっかし、マインが一人称「私」で喋っているともう本当に女にしか見えないな。
「面を上げよ。セカンドとやら、君に一つ聞きたいことがある」
とか何とか関係のないことを考えていると、バウェルが唐突にそんなことを言った。聞きたいこととは、一体何だろうか。
「半年以上前の話だ。君は大図書館で何をしていたのか。魔術学校の図書室で何をしたのか。その後数回に渡りチームメンバーと共に大図書館を訪れ、何をしていたのか」
――ひやり、とする。
王立大図書館で何をしていたか? そりゃスキル本をチラ見して回っていたに決まってる。図書室では弐ノ型と参ノ型の魔導書をチラ見。その後の大図書館では3人にスキルを覚えさせていた。俺のwikiばりの解説で通常の何倍もの習得スピードとなるように。
「報告は上がっている。私が思うに、君の強さの秘訣はそこにあるのではないか?」
恐らく、バレている。俺がチラ見だけでスキルを覚えられることを。シルビアやエコやユカリが俺の“ゲーム的視点からのアドバイス”によって異常なほど早くスキルを習得できていたことを。
「…………」
どうやって誤魔化そうか。それとも話してしまおうか。俺が悩んでいると、バウェルは口の端で笑いながら言った。
「よかろう。セカンド、君を第一宮廷魔術師団特別臨時講師として認める。一月後の成果を期待している」
……実に、あっさりと。肩透かしを食らったような気分である。
バウェルのその一言で、謁見は瞬く間に終了した。邪魔者トリオは口々に俺とマインに対する呪詛を吐きながら退場し、大臣は納得したように頷きながら眼鏡をクイッとさせて退場する。
最後の、俺に対するバウェルの言葉。あれは何だったのか。「お前を監視しているぞ」と脅してきたのかとも思ったが、ちと違う気もする。秘訣を教えてほしかっただけ? そんな馬鹿な。俺が悩む素振りを見せたから認可されたようにも感じる。だとしたら何故? 狙いが分からない。
ただ、一つ言えることは。この世界のキャスタル国王バウェルは、俺の知っている「利益第一の利己的な拝金主義の王」とは少し違っているということ。根はそうなのかもしれないが、この世界では、以前のように物語の登場人物の如く脚色されていない。少なくともこの謁見においては真面な人物だった。
「よかったね、セカンドさん」
隣には嬉しそうな顔のマイン。だが、俺はいまいち安心してその言葉に頷けなかった。
* * *
「さて。私も、やることやらないと、ね」
セカンドが謁見へと向かっている間、シルビアは第三騎士団へと報告に、ウィンフィルドは王都ヴィンストンの中心へと繰り出していた。
ただ、中心といっても暗くじめじめとした場所。光がさせば影ができる。当然のことだが、王都ヴィンストンにも“裏”があった。
顔を仮面で隠し、体は外套で隠す。怪しいことこの上ない様相だが、場の雰囲気には合っていた。高身長ということもあり、一見すると男のようである。そのため、柄の悪い男たちの巣くう路地裏でありながら、彼女に声をかけようという者は誰もいない。
「ねえ、ちょっと、話があるんだけど」
「あぁ? 誰だ?」
ウィンフィルドは路地裏の突き当たり、浮浪者のような格好をしたみすぼらしい男に声をかけた。一見すると、その男は周囲の浮浪者たちに溶け込んでいたが、たった一つだけ違う箇所があった。彼の目は死んでいなかったのだ。
「浮浪者ごっこ、楽しい?」
「…………場所を変えよう」
男は沈黙の後、冷や汗を垂らし、喉奥から搾り出すようにして言った。
男は焦る。そして考える。何故バレたのか、と。確かに危ない橋は幾度も渡っていた。数え切れないほどの修羅場を掻い潜ってきた。今回もそうである。「浮浪者のフリをして『王立公文書館』職員の住む集合住宅のゴミ捨て場を漁る」など、過去の修羅場に比べたら軽いものであった。
「君、ブン屋でしょ? ヴィンズ新聞、かな?」
「……だったらどうした」
男は更に焦る。ものの見事に言い当てられたからだ。
ヴィンズ新聞社の新聞記者がこんな場所でこんな格好をして何をしているのか。関係者なら一目である。消されたって仕方がない、と。本人でさえそう思えた。ゆえに、男は恐れおののいているのだ。
そんな様子を見たウィンフィルドは、鼻で笑い、口を開く。
「良いネタが、あるんだよね」
精霊界一の軍師による仕掛けが始まった。
駒がぶつかる時は、近い――
お読みいただき、ありがとうございます。