64 中指人差し指親指
午後。
家のことはユカリに任せ、俺とウィンフィルドはセブンステイオーにニケツして王立魔術学校へと向かった。第二王子のマインを訪ねるためである。
「なあ、どうしてアポ取らないんだ?」
道中どうしても気になったので聞いてみる。今回の訪問は驚くべきことにアポなしである。仮にも王子を訪ねるというのにだ。俺はその理由が分からなかった。
「キャスタル王国より、ジパングの方が、上。っていうアピール」
「あー……」
ジパングとか久々に聞いたわ! そういやそんな設定あったなあ。
当事者が忘れてるくらいの微細な情報をよくもまあキッチリと把握してるなこいつは。これで召喚されてまだ一日しか経ってないなんて信じられん。昨日シルビアあたりから聞いたんだろうが、きっと情報の聞き出し方が物凄く上手いんだろう。常に最高効率で必要な情報ばかりを吸収してなきゃこうは行かない。まるで歩くRTAだ。
「感心してるトコ、アレなんだけど、着いたんじゃない?」
「おう。着いたな」
こいつのエスパーっぷりももう慣れた。
俺たちはセブンステイオーから降りずに、そのまま校門へと突っ込んでいく。
「きゃあっ!」「セカンド様!?」「うそっ!」「どうして!?」
あちこちから悲鳴……というか黄色い声が響く。主に女生徒たちが興奮した様子できゃあきゃあと言っていて、誰も馬のまま乗り入れてることにツッコんでくれない。
「おるかーー?」
しょうがないので校庭でぐるぐるしながら「マインおるかー?」と繰り返し呼び出し続ける。
すると、俺がマインを探していると気付いたのだろう生徒が何人か校舎の方へと全力疾走していった。
……数分後、マインが血相を変えてこちらへ駆け寄ってきた。
「セカンドさぁん!? 何やってんの!?」
「馬を置いとく場所がないんやで」
「だからって乗り入れないでくださいよ!」
久々に会ったのに良い感じでツッコんでくれる。嬉しい。
「あのさ、落ち着いて話せる場所とかない? あと馬を何とかしたいんだけど」
「落ち、えっ、馬、えぇ? ちょ、もう急すぎるんですよ! そこで大人しく待ってて!」
「早くしろー」
「何なのもうっ! 久しぶりに会えたと思ったら! あぁーっ!」
マインは情けない声をあげて頭を抱えながら校舎へと戻っていく。その数秒後にマインの指示でやってきた第二王子付きのメイドが厩舎まで案内してくれた。
「現在サロンを手配しております。少々お待ちください」
何ともご丁寧にお辞儀までしてそんなことを言う。うちのメイドと違って落ち着きがあるな。これが一流か。
ちなみにサロンの意味がよく分からなかったのでウィンフィルドに聞いてみた。談話室みたいなものらしい。流石は百科精霊。
「セカンドさん! 無茶苦茶ですよ! アポはないわ馬のまんま乗り入れるわそのうえ校庭を走り回るわ!」
しばらくして移動、サロンに到着するや否やお冠のマインに罵倒される。
俺は「すまんすまん」と適当に謝りながら、右手をグーにして前に突き出した。
「ぁ…………もうっ」
マインは少しの逡巡の後、同じようにして拳を突き出し、俺の拳にコツンとぶつける。「えへへっ」と、どこか嬉しそうにはにかむ笑顔は相変わらず女子にしか見えない。だが王子だ。
「あれ、そちらの方は? それに、シルビアさんとエコさんの姿も見えませんが……」
すっかり機嫌の良くなったマインが、ウィンフィルドに視線を向けて言う。
「こいつは俺の軍師だ。ウィンフィルドという」
「どーぞ、よろしくー」
「あ、はい。よろしくお願いしま、え、軍師?」
軍師という単語に目が点になる第二王子。元ネトゲ廃人の俺なんかよりはそっちの分野に精通してるはずなんだがな。
「人払いを、お願い、します」
ウィンフィルドが言うと、マインは控えていたメイドに視線を向ける。メイドは「許可できません」と首を横に振った。
うーん、困ったぞ。ウィンフィルドが人払いが必要だと思ったのなら、本当に必要だ。どうしてもこのメイドに話を聞かせるわけにはいかない。
……あ、そうだ。
「洗脳するか?」
俺は覚えたての洗脳魔術を試してみたくなったので、小声で聞いてみた。すると、ウィンフィルドは「ダメ」と一言。続けて理由を話してくれた。
「多分、洗脳魔術には、回数制限が、ある。私の予想では、4回だけ」
「…………マジ?」
回数制限? それも4回? どうしてそんな中途半端な回数なんだ?
「マスターと、モーリス商会長フィリップで、2回。拷問で、習得方法を吐かないように、自分に1回。あと1回どこかで使ってて、それで、宰相に目を付けられて、公爵家を取り潰された。合計4回、じゃないかなーと」
アイシーン公爵家は、謀反の罪で取り潰された。しかしそれは表向きの理由である。本当の理由は、洗脳魔術の存在に気付き恐れた宰相による謀略だった。それは俺も分かっていた。
前世のメヴィオンでは、バル・モロー宰相が《洗脳魔術》を手に入れてキャスタル国王のバウェルを洗脳し、マルベル帝国の従属国となるように仕向けるのだが、プレイヤーの活躍によってなんやかんやあり宰相は打倒されて国王の洗脳は解かれ事なきを得る、というストーリーだったはずだ。MMORPGらしい取って付けたような内容である。
しかしこの世界では、今のところ国王が洗脳されている様子はない。ルシア女公爵から《洗脳魔術》が奪われ宰相の手に渡ることはなかったのだろう。それはひとえにルシア女公爵の念入りな慎重さによると言える。主人に反抗する奴隷を受け入れ洗脳を見抜き解決できるような異常なまでに優秀な善人へと辿り着き継承されるようにと、少ない使用制限の中2回もの洗脳を使って継承を重視するくらいに彼女は慎重だった。
「慎重すぎた可能性は……?」
女公爵はヒントすらない状況で4回も使って見せた。後継者へ「4回は確実に使える」という情報を残した。だが、どうしても俺は思ってしまう。「4回も」ではなく「4回しか」だったとしたら? 本当は回数制限などなかったとしたら?
「それなら、それで、ラッキー。でも、今は4回って考えといた方が、安全。ここは、温存の一手」
ぐうの音も出ない正論。この世界はゲームと違ってやり直せない。何回使えるか試そうなんて考えるだけ無駄だ。何とも言えないもどかしさにため息を吐いたら、「気持ちはすっごい分かるけど」とフォローまでしてくれた。この精霊は良い精霊だ。
「さて。じゃあ、仕方ないから、このまま、話を始めますね」
いいのかよ。俺とマインはガクッとずっこけた。メイドも若干の困惑顔を見せている。
「えーっと、あ、まずセカンドさんの希望から、話します。セカンドさんは、マイン王子に王位を継承してほしいんだって」
「は、はあ」
「そのためには、第一王子と、第一王妃と、宰相が、邪魔。だから、追い詰めようと思います」
「ふぁっ!?」
いきなりの爆弾発言にマインがケツを浮かせて驚きの声をあげる。メイドは目が点になっていた。
「でもさぁ、その邪魔者トリオをぶっ殺すだけじゃ駄目だよな?」
「うん。多分、民衆が、納得しないよ。第一王子派の人たちも、帝国の工作員と一緒になって、騒ぎ立てると思う」
「ちょ、待って待って待って! 何の話をしてるのさ!? え、どういうこと!?」
マインは理解が追い付かないようで、俺たちに説明を求めた。その時点で、メイドは両手で耳に蓋をしていた。自分が聞いてはいけない話だということを理解しつつ、意地でも出ていかないつもりのようだ。
「お前の話をしてんだよ。どうやってマインを新国王に内定させよっかなーって」
「ボクを!? 国王に!? 兄上ではなく?」
「ああ。お前だって嫌だろ? あいつが国王になったらこの国もう終わりだぜ多分」
「……ま、まあ、それは嫌だけど。でもボクなんかが王様になんて」
「相変わらずうじうじしてんなぁ。なりたいのかなりたくないのかハッキリしろ」
「そりゃ、なれるもんならなりたいよ。でも兄上が」
「でももヘチマもねえって。国王になりたいんだろ?」
「…………う、うん」
「言ったな。王子に二言はないぞ」
「うん」
「本当か?」
「心配しないで、本心だよ。ただ……自信がないだけなんだ」
「そうか、なら大丈夫だ。自信なんざ後からどうにでもなる」
「あははっ、相変わらずだね」
よーし、言質は取った。後は肝心の方法だ。
ちらりとウィンフィルドを見やると、彼女はニッと笑って口を開いた。
「3つの手を、使うよ。まず1つ目から説明する、ね」
指を3本立てて、作戦の内容を話し始める。どうでもいいが、ウィンフィルドは中指と人差し指と親指を立てるタイプみたいだ。ちなみに俺は中指薬指小指タイプである。親指から順に折れていかないと何故か落ち着かないのだ。
「王都ヴィンストンにいた義賊R6の弾圧は、親分リームスマの首と引き換えに手打ちになったはずなのに、処刑後に約束を無視して、続行された。その公文書が、何処かに存在する、はず」
「あ、その話ボクも聞いたことがある。反政府勢力の弾圧は徹底して行うべきだって、珍しく第一騎士団が出張ったんだ。それが双方の協定の後だったってこと?」
「そう。義賊は、特にR6は、民衆の支持を集めていた。これは、帝国との歩み寄り政策のための、民意誘導に、邪魔」
「だからって、潰したってこと? それは、兄上が?」
「ううん。宰相が、第一王子を誘導してる。宰相は、帝国の人間」
「えぇえええっ!?」
あ、知らなかったのか。なんか俺の中ではもう常識になりつつあったが、確かにメヴィオンを知っている人か、ウィンフィルドのような天才じゃないと知り得ない情報だな。
「義賊弾圧の半ばで、R6と第二第三騎士団は、停戦協定を結んだ。その時の公文書を入手して、開示すれば、第一騎士団への批判は高まる」
なるほど良い作戦だ。だが、一つ気になることがある。俺はまだ驚いたままのマインに代わって口を開いた。
「入手できたとして、改ざんされていた場合はどうする?」
「それが、2つ目の作戦。同時に原本も入手して、改ざんした事実と一緒に提示すれば、更に批判が高まる」
うーむ簡単に言ってくれる。そりゃ入手できれば上等だろうが、その入手するのが難しいんだよ。しかも、どうせ原本を入手するのは俺の仕事なんだろ……?
「うん、正解」
ほらね。
「待って。公文書もその原本も消されてた場合はどうするの?」
復活したマインが質問する。おお、確かに。
「なかったことには、できない。もし、消されていたら、自白したようなもの」
「なるほど。でも、作戦が成功した時よりダメージは弱まるよね?」
「その通り。だから、そんなこともあろうかと、3つ目の作戦」
ふと気付く。マイン、そういえばこいつも頭が良いんだった。なんとなく疎外感。
「生き証人を、見つけ出して、連れてきて、民衆の前で、大々的に訴えさせる」
生き証人……R6の生き残り、つまりキュベロの仲間だな。
「えっ……そんなことをしたら」
「うん。多分、その人は、命を狙われる。工作員や、第一王子派から」
うわぁ、俺、分かっちゃったよ。
「囮作戦、か」
「そだよー」
ウィンフィルドはケロっとした顔で言った。マインは顔を青くしている。
「セカンドさんが、護衛するなら、多分、この世で一番安心。まんまと引っ掛かったら、当然返り討ちで、第一王子派の印象は、大いに悪化」
褒められて悪い気はしない。だがまたしても簡単に言ってくれるなぁ。
「以上、3つの作戦で、第一王子派は、すっごい追い込まれます。そこからの作戦は、また、成功したら発表する、ね」
微笑むウィンフィルド。「必ず上手くいくよ」と、そう言っているように感じる。
……よーし、やってやろうじゃねえか。
「じゃあ、俺はまずどう動けばいい?」
「まず、王宮に入りたい、かな」
二人してマインを見つめる。マインは少々渋い顔をして答えた。
「ボクと懇意というだけじゃ入れないと思う……うーん、どうしよう」
何か理由を作る必要がある。と、そこまで考えて、俺はウィンフィルドの方へと向き直った。こいつが理由を考えていないはずがない。
「ふふ、簡単だよ。そろそろじゃ、ないかな~」
ウィンフィルドは機嫌が良さそうに体を左右に揺らして「まだかな~」と言う。どういうことだ? 何かを待っているのか?
――と、次の瞬間。
「ん、おお。セカンド殿。本当にいるとは思わなかったぞ」
「せかんどー、おっすおっす!」
サロンの扉を開けて入ってきたのは、シルビアとエコだった。
「あっ、シルビアさん。エコさん。お久しぶりです」
「おひさー」
「ああ、マイン王子。お久しぶりです。セカンド殿が多大なるご迷惑をおかけしたことでしょう。代わってお詫び申し上げます」
「やめろや恥ずかしい。俺のカーチャンでもあるまいし」
「そもそも迷惑をかける自分が悪いとは思わないあたりがセカンド殿らしいな?」
「ねー」
急に賑やかになった。マインも楽しそうに笑っている。
……いやいやいや、そうじゃない。
「なあ、ウィンフィルド。王宮に潜入する理由、もう考えてあるんだろ?」
「うん。シルビアさん、持ってきた?」
「勿論だ。これがポーラ校長の推薦状で、これが生徒230人分の署名だ」
「…………は?」
推薦? 署名?
「宮廷魔術師団」
ウィンフィルドが呟くと、マインがハッとした顔をする。
「そうか! ボクの派閥にある第一宮廷魔術師団になら融通が利く。それを利用すれば……」
「特別臨時講師、あると、思います」
「第51回魔術大会優勝。冒険者ランクA到達王国最速記録保持者。プロリンダンジョンのチーム単独攻略。加えて、王立魔術学校校長の推薦状と、生徒230人の推薦。ボクだったら、断る方が難しいくらいだね」
「それでも、邪魔者トリオは、多分、反対してくる。国王が、賛成してくれなかったら……一回考え直し、かな」
いや、待て、分からないことが多すぎる。ええと、何処から聞こうか……
「どうして校長が推薦してくれるんだ?」
「ポーラ・メメントは、フロン第二王妃と、仲が良い。当然、第二王子派」
フロン第二王妃。マインの母親か。なるほど魔術学校の中でマインの護衛が少ないのはそのせいか。しかしそれにしては学内でのマインの風評は悪すぎる気がする。きっとクラウス派の人間も少なからずいるんだろうな。うわーややこしい。
「じゃあ、生徒の署名ってのは?」
「そういう、組織が、ある。巨大組織が」
「今朝言ってたやつか」
「……知らない方がいいぞ」
シルビアが慈しむような表情で首を横に振った。なんだそれ。逆に気になる。
「というか、なんで講師なんだよ。団員でいいじゃん」
「それなりに、権力があった方が、動きやすいよ」
「いや、まあ、そうだろうが」
「セカンドさん」
「あ?」
「もう、なろう。なっちゃおう。特別臨時講師」
「…………」
面倒臭くなったんだろうウィンフィルドが乱暴にゴリ押ししてくる。そんな荒々しく言われると弱い。ノリで頷きたくなっちゃうだろ。
……こうして、俺は何故か第一宮廷魔術師団の特別臨時講師として推薦されることとなった。早くも明日、謁見だという。とんとん拍子だな。
まあ、そんなことは最早どうだっていい。
マインとの話し合いが終わり、日暮れの帰り道。俺は3人に先に帰っていろと言って、こっそり薬局へ寄った。探しに探しても見つからず、結局店員に聞いて、やっと近藤さんを発見、即購入する。こちらの世界の近藤さんは、魚型の魔物の浮袋を加工した物だった。ちなみに我が家の目の前にあるヴァニラ湖産である。
そして、浮袋を持って浮かれた状態のまま晩メシを食べて、念のため晩酌はせず、ふわふわ気分で長風呂して、うっきうきでスキップしながらユカリの部屋を訪ねた。
いざ、決戦の刻――。
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