62 ミニ懇親会
「ご、ごごご、ごっ、んご、ごしゅっ……!?」
あっ、ごごご星人だ。初めて見た。
「ごご主人様!? ど、どうしてこちらに!?」
俺とウィンフィルドが使用人用の豪邸に入ると、庭を歩いていたメイドの一人がこちらに気付くや否や口をあんぐりと開けながら驚愕の声をあげた。俺を珍獣か何かと思っているのだろうか?
「イヴに用があるんだが……まあいいや、使用人がいっぱい集まってそうな場所ってどこだ?」
俺は使用人たちに軽く挨拶しようと思い、なんとなくそんなことを尋ねてみる。
「はいっ。現在、しゅおっ、食堂にてっ、隊長クラスの休憩時間となっておりますわ! ごあ、ご案内、いたしますわ!」
メイドはピンと直立不動になって、舌を噛みつつもなんとか説明をやり遂げ、ロボットのようにぎこちなく動きながら食堂までの道を案内してくれた。
あまりに緊張しているのでいたたまれなくなる。俺は彼女の緊張をほぐそうと道すがら雑談に興じた。
「名前は?」
「ま、マリーナと申します。エス隊の、ふく、副隊長を務めておりますわっ」
「へぇ~」
エス隊って何? と思った瞬間、ウィンフィルドが俺の耳元でこっそりと説明してくれた。何でもユカリが最初に連れてきた10人のメイドがそれぞれ隊長をやっている部隊のうちの一つらしい。それぞれ10人以上の隊員を持っているんだとか。え、じゃあ今メイドって10×10で100人以上いるわけ? こりゃまた随分と増えたな……と思ったが、この広すぎる我が家にはそれでも足りないくらいなのかもしれない。
「マリーナ。緊張しない方法を教えてやろうか?」
「そ、それはっ……も、申し訳ございません。わたわたく私、こ、これ、これほど緊張してしまうとはっ」
「うわっ! すまん違うぞ、別に責めてるわけじゃない」
マリーナは今にも泣き出しそうな顔で謝ってきた。ブロンドの長髪につり目の“気の強そうなお嬢様”といった風の見た目とは裏腹に、随分と気の弱い子のようだ。
「大抵のやつはな、普段と違った状況で全力は出せない。何かひと工夫しない限りは、だ」
「……ひ、ひと工夫、ですか?」
「そうだ。願掛け、自己暗示、ルーティーン。まあ人それぞれだな」
こればかりは自分に合った方法を探すよりない。
「だがある時俺は気が付いた。平常心でいようとか、持てる力を出し切ろうとか、そういう“それっぽいあれこれ”を考えること自体が雑念なのだと。平常心、集中力、コンディション。心技体を完全に整え、それらを凌駕するためには、ひとえに没入することだ」
「没入……?」
「ああ。要は覚悟だ。それ専門のバカになる覚悟だ。よだれを垂らそうがションベン垂れようが止めない覚悟だ。もう二度と元に戻れなくなるくらい没入しろ。全身全霊を注ぎ込め。そしたら緊張なんてしない」
マリーナは目を丸くして感心した様子で俺の話を聞いていた。そこへ若干呆れ顔のウィンフィルドがツッコミを入れる。
「セカンドさん、それ、ここぞって時じゃないと、無理、だよね?」
「当然だ。日常でそんなことやってたら疲れて話にならん」
「だよねー」
「…………?」
あれ? という顔をするマリーナ。そしてだんだんと気が付いてくる。「私もしかしてからかわれた?」と。
「からかって、ないと思う、よ。でも、緊張は、ほぐれたんじゃない?」
ウィンフィルドが優しく微笑みながらフォローをする。マリーナはハッとした顔をしてから「ありがとうございますわ」と恭しくお辞儀をした。
「あそこが食堂だな」
廊下の先から美味しそうな匂いが漂ってくる。それと、賑やかな声も。こういう食堂の雰囲気って何か良いよな。メシ食ったばっかりだけどまた食いたくなってくる。
「ご、ご主人様がいらっしゃいましたっ!」
到着の寸前でマリーナが先行して食堂全体に報告する。
一瞬の静寂。
――直後、食堂は騒然となった。
ガタガタン! と椅子が転げるような音と同時に、食堂にいた10人ちょっとの使用人たちは一斉に立ち上がり、俺の方へと頭を下げる。いやいや王様じゃないんだから……。
「すまん食事中に。気にせず食ってていいよ」
……誰も微動だにしない。どうなってんだこりゃ。
「おい、メシが冷めるぞ」
そこまで言って、やっと一人二人と顔を上げる。真っ先に上げたのは髪も肌も真っ白の赤い目をしたメイド、次いでコックの服を着たボサボサ髪のイカしたオッサンだった。
「食べましょう。セカンド様に余計な心配をかけてはなりません」
おっと、一番奥にキュベロもいた。流石は執事、皆の統率役なのだろうか? あの真面目な感じ、なんとなく委員長っぽい雰囲気がある。
そんな委員長の一声で、全員が席に着いた。しかし……なんだろう、まるでお通夜のようだ。会話のかの字もない。
「あー……お前、名前は?」
俺は、何故か俺と露骨に目を合わせないようにしてキョドっている真っ白なメイドをスルーしつつ、コック姿の男に話しかけた。
「ソブラと申します。料理長を務めております」
「タメ口でいいぞ」
「ご、ご冗談を」
「冗談じゃねえって。あれ? お前タバコ吸ってる?」
「あ、はい。止めた方が」
「いや、良いセンスしてるよ。食い終わったら一服いくか」
「は、ははっ! ありがとうございます。こりゃ、嬉しいお誘いだ」
メヴィオンにはMMORPGにしては珍しく嗜好アイテムとしてタバコが存在する。しかもやたらと凝っていた。架空のメーカーが20社以上も用意されていて、葉っぱの産地だとかそれぞれの特色だとか事細かに設定されている。恐らく開発者の誰かが相当なスモーカーだったのだろう。
その後ソブラと雑談を続けていると、まだ若干ぎこちないが不自然な敬語は少なくなってきた。
「ん? お前、一皿で足りるか?」
そんな中。ふと目に付いたのは、ムキムキマッチョの……化粧が濃いオネエさんだった。
「あ、あらぁ。アタシもうお腹いっぱいですわよぉん」
「馬鹿言え、いつもその三倍は食いやがるくせに」
「ちょっとソブラちゃんっ!」
なるほど俺の前だから遠慮しているわけだな。
「遠慮しないでいいぞ。名は何という?」
「リリィですわ、セカンド様。園丁頭をやっております」
「タメ口でいいぞ。ああ、皆も同じだ。必要な時以外、俺に対しては砕けた口調で構わない」
改めてそう宣言すると、渋い顔をする者とありがたがる者とで二分した。前者はメイドの大半とキュベロ、後者はソブラやリリィ、茶髪をオールバックにしたヤンキーみたいなやつとか、セミロングの赤毛で鋭い目つきのメイドとか。うーん、よく見りゃ皆やたらと個性的だ。
「それにしても良い筋肉してるなリリィ。すごいな芸術品のようだ」
「ずきゅーん!!」
「……お?」
筋肉を褒めたら、リリィは一言だけ叫んで固まった。気のせいかもしれないが、彼女の目にハートが浮かんでいるように見える。
「アタシ……アタシ! この体、コンプレックスだったのっ! でも! もう、迷わないっ! これからは完全究極ボディ目指して筋トレよぉん!!」
オネエ口調の野太い決意表明だった。リリィは俺の方を向き直ると、頬を紅潮させながら口を開く。
「見ていてちょうだいね、愛しのセカンド様。アタシ、蝶になるわっ……!」
そして何かわけの分からないことを言って去っていった。
「……あいつ、いつもああなのか?」
「いえ、普段は優しいお姉さんって感じで……」
俺の呟きに答えてくれたのは、赤毛をサイドポニーにした優しげな顔のメイドだった。
「そうか、よかった。お前は?」
「エスと申します。そしてこちらが姉のエルです」
「お、おう。あたしがエル、です。よろしくご主人様」
「ああよろしく。しっかしなんだそりゃあ。どっちかに振り切れ」
「いやあ、いざ砕けた口調でっつっても緊張しちまって……」
そう言ってぽりぽりと頭を掻く姉の方は、さっきタメ口をありがたがっていたセミロングの赤毛の子だった。女の子らしい妹とは逆で、見た目といい口調といい男勝りな感じである。
「そういや、マリーナはエスの部下か。あいつに緊張しない方法を教えておいたぞ。後で聞いてみろ」
「ええっ、緊張しない方法があんのか! そいつはすげーや」
「素晴らしいです。流石ご主人様です」
……なんだかキャバクラにいる気分だ。何を言っても手放しで褒めてくれる気がする。こりゃ自分の話をするのはやめておくべきだな。
「お前ら、普段は何をしてるんだ?」
「隊でそれぞれですね。私の隊は給仕や掃除についての修練や、種々の勉学に励んでおります」
「あたしんトコはもっぱら戦闘だな! ダンジョン行って修行したり、組手で訓練したり」
「へぇー、それぞれねぇ……ん? 戦闘? メイドが戦闘?」
「おう。バリバリの武闘派メイドだ」
「武闘派メイドか……格好良いな!」
「おおっ、分かるか! 流石はご主人様だ! 歪みねぇな!」
戦うメイドってのは良いね。浪漫だね。何より目立つのが良い。メイド服でタイトル戦なんか出た日にゃ大注目されること間違いなしだ。
「どんだけ強いのか気になるなあ。試してみたくなる」
「あたしとか? ……いっちょ対局すっか?」
お、いいねぇ痺れるねぇ。血気盛んだね。
「止めておいた方が身のためです」
とか何とか思っていると、委員長のキュベロ君が止めに入ってきた。
「なんでだよ? あたしの勝手だろ?」
エルが食ってかかる。が、キュベロは意に介さず言葉を続けた。
「……夜半、私がセカンド様へと挑みましたから」
食堂が俄かにざわついた。そりゃそうだ。普段は真面目な委員長が実は夜な夜な校舎の窓を割って回っていたようなものだろう。
そして、キュベロは更に爆弾を投下する。
「私の体術は有段。以前はこの拳ひとつで義賊の若頭を務めておりました」
皆、驚きの声をあげた。そりゃそうだ。真面目な委員長だと思っていたのに実はその正体が暴走族の総長だったようなものだろう。
「……勝負は一瞬です。私は何のスキルを使われたのかも分からないまま数メートルの距離を殴り飛ばされました」
「マジかよ!? こ、高段の体術か? いや」
「ええ。私が思うに、あれはスキルなど使わず単に殴っただけ……では?」
「ああ、うん。殴っただけだ」
俺がそう返すと、話を聞いていた皆は絶句する。
だって【剣術】スキルが殆ど九段の俺のSTRでスキルなんて使ったらマジで殺しかねないんだもの。仕方ないね。
「次元が違いますよ。挑むなら相応の覚悟が必要です」
キュベロはひとしきり語ってから、どこか満足げに笑顔を見せた。覚悟を示し終えた男の余裕というやつだろうか。
「うわーハンパねぇなご主人様。こりゃうちの隊ももっと修行しねーとな……」
話の流れでエル隊所属メイドへのとばっちりが確定する。俺は悪くない。恨むならキュベロを恨んでほしい。
「マスターが来るよ」
と、ここでユカリが登場するらしい。ウィンフィルド告知は今のところ信頼度100%である。
「――ご主人様、こちらへ。イヴ、貴女も来なさい」
やっぱり来た。
さて、いよいよ洗脳魔術の習得だ。
俺は「ではまたな」と言って食堂を後にした。皆笑顔で見送ってくれた。ソブラには「また今度」とタバコのジェスチャーをしておく。
俺の3歩ほど後ろを付いてきたのは、頑なに目を合わせてくれないあの真っ白なメイドだった。ちらりと様子を窺うと必ず目が合うのだが、すぐに逸らされてしまう。頬がほんのり赤い気もしないでもないが、顔は無表情そのものである。どうやら彼女がイヴらしい。
「イヴさん、きっと、口下手で、人見知り、だよ」
ウィンフィルドによる分析。どこか通じるところがあったのかもしれない。いや、こいつの場合は口下手というより単に喋り方が下手なだけか。喋る内容は口下手どころか核心しか出てこないくらいの密度の濃さだからな。
「こういうタイプは、向こうに喋らせて、ゆーっくり、時間をかけて、しっかり聞いてあげれば、オッケー」
攻略法まで飛び出てきた。すげーや。百科精霊と名付けよう。
「……? ろくでもないこと、考えてる?」
「何で分かるんだよ……」
怖いわこの精霊。
「ご主人様。こちらなら誰にも見られることはないでしょう。私としては心苦しいのですが……必要とあらば、致す覚悟はできております」
しばらく歩いて到着した先は、使用人用の豪邸にある薄暗い地下室だった。何故に地下室?
そしてユカリは神妙な面持ちでそんなことを言う。なんだかその言い方だとまるでこれからここでいかがわしいコトをするみたいじゃない?
「イヴ、貴女は目隠しをしていなさい」
「ぁ……は、ぇ……?」
どうして目隠しを? というか今の反応からしてイヴはこれから何をするのか知らないんじゃ……?
「こちらは先ほど専門店から取り寄せた“痛くない鞭”なるものでして、これならば苦痛なく安全に遂行することが可能です」
えぇ……もっと他になかったんですかね? というか専門店ってお前もう確信犯だろそれは。
「では、参ります」
ユカリは糸を構え、イヴを相手に《桂馬糸操術》を使用する。本来は他人や人形を操り動かして攻撃するスキルのはずなのだが、今は目隠しされたまま状況も分からず右往左往する女の子を縛り付けて楽しんでいるようにしか見えない。
「す、スピーディに頼む」
「はい」
こっそりお願いすると、とても良い笑顔で返された。
……それから小一時間。俺は褐色美女と長身美女が見守る中、目隠しをした少女に鞭で300発しばかれ続けた。
なかなか、悪くなかった。
* * *
「兄貴~。エルパープルの蹄鉄なんすけどぉ――あれ?」
セカンドが去った直後、食堂に馬丁のプルムが現れた。兄貴分の馬丁頭ジャストを訪ねてきたようだ。
「何か……すっげぇ静かっすね?」
今までにも度々訪れていたプルムだからこそ分かる違和感。確かに食堂は普段と違って明らかに静かであった。
「ああプルムか。今よォ、セカンド様がいらしてたんだ」
「マジすか!? ご主人が!?」
「おう。しばらく雑談してくださってよ……いやァ、最高だった」
「うわぁ、兄貴が見たことねーくらいだらしねぇ顔してる……」
プルムはジャストから目を逸らし、食堂を見渡した。食堂には同じく「ほわぁ~」とした顔の隊長クラスのメイドが数人、そして何故かタバコを見つめてニヤニヤしている料理長ソブラの姿があった。
「ソブラ兄さんはどうしちゃったんすかあれ」
「良いセンスだって褒められて調子乗ってんだよ。ありャしばらくダメだ」
「聞こえてんぞジャストこら!」
「うわァ! すんません兄さん!」
ジャストが反射的に謝る。プルムも一緒になって謝ったら、一瞬で許された。
「マジっすね。すんげー機嫌良いじゃないっすかソブラ兄さん」
「おう。いつもなら一時間みっちり説教コースなのになァ」
こそこそと喋る二人。確かにソブラはおかしくなっていた。否、食堂にいた者は全員が大なり小なりおかしくなっていた。
4ヵ月経って初めての主人との時間。誰もが心待ちにしていたがゆえに、まだ心の準備ができていない状態でのサプライズ対面は破壊力抜群だったのだ。
「……皆、大好きなんだなァ。あの人のことがよォ」
ジャストは呟く。改めて湧き上がる強い気持ちは、食堂にいる皆が同じであった。
「それにしても兄貴はそこそこ普段通りっすね? 流石、兄貴っす!」
「いや、俺さァ……喋ってもらえんかった……」
「あっ……」
「てめェ! アッてなんだアッて!」
「ひいぃすんません!」
「ったく舐めやがって。あァん? 最近だらしねぇな、プルムよォ。こりゃあちょいと教育が必要かな?」
「ぎゃあ! それだけは勘弁を!」
「嫌だべんべん」
「ひぇえええっ!」
お読みいただき、ありがとうございます。




