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60 良い顧問もサモンも査問も来いよ


 キュベロの力になると約束し、数刻。

 明け方から寝る気にもならなかった俺は、ぶらぶらと湖畔を散歩しながら思索に耽っていた。


 考えるべきことはいくらでもあった。

 あのね、「To Do」が多すぎるんだわ。


 マイン第二王子との約束、ユカリとの約束、ルシア・アイシーン女公爵から託された洗脳魔術、加えてキュベロとの約束。どれも頭が痛くなる。


 全てが政治的で入り組んでいて、もうどこから手を付けていいやら。


 以前は「あんこさえテイムできりゃどうとでもなる」とか思っていたが、全然そんなことはなかった。いくら戦闘力が増えようと、流石に国を相手に喧嘩はできない。何故かって相手に明確な形がないからだ。「こいつをぶっ殺せばいい」とハッキリ分かっていれば話は早いのだが、俺にはどいつをぶっ殺せばいいのかがイマイチ分からないし、ぶっ殺したところで万事解決ともいかないに決まっている。


「あんこもどうすっかなー……」


 ふと、昨日の夕方のことを思い出した。あいつの常識の無さはいずれ何とかしてやらないといけない。何とかなるならば、だが。


 折角あれほど苦労して手に入れた切り札だ、できれば良好な状態で末永く運用したい。



「……ん~っ」


 朝日に向かって伸びをする。思えば随分と久しぶりの朝日だ。こうして目の当たりにするのは一体何ヶ月ぶりのことだろう。

 日差しで湖面がキラキラと光って綺麗だった。ゆっくり深呼吸をすると、少し冷えた朝の空気が清涼で心地良く、だんだんと頭が冴えてきた。


「あ」


 そして、思い付く。


 分からないのなら、誰かに聞けばいいのだ。





 朝食後。俺は三人を前に口を開いた。


「誰か政治に詳しいやつ知らないか?」


 政治的なアドバイザー、つまりは“顧問”を探す。これが俺のアイデアだった。


 突然の質問に、シルビアとユカリはきょとんとしてから首を傾げ、エコはふるふると首を横に振った。


「幾人か思い当たりますが……信用できる者とは言えませんね。残念ながらご紹介はできそうにありません」

「そうか。シルビアはどうだ? ノワールさんとか」

「ううむ。父上は武功を立てて爵位を得た根っからの騎士だからな、あまり期待できそうにないぞ」

「そうか」


 駄目だった。うーん、この三人以外となると……


「ご主人様、少々お待ちを。使用人たちにそのような知り合いを持つ者がいないか聞いてまいります」

「いや、その前にこいつにも聞いてみる」


 俺は席を立ちかけたユカリを手で制し、《精霊召喚》でアンゴルモアを喚び出した。もしかしたら政治に詳しい精霊の知り合いがいるかもしれないと思ったのだ。腐っても大王だし。



「…………つーん」


 アンゴルモアは完全に拗ねていた。腕を組んでそっぽを向いて漫画のように口を尖らせている。なんだこいつ。拗ねてますアピールがすごい。


 そういえばあんことの喧嘩中に送還してからずっと放置していた。マズいな、なんとか機嫌を直さないと。


「今あんこは謹慎中だ」

「フンッ。我がセカンドのチームメンバーを殺しかけたのだ、当然である」


 いかん、更に機嫌が悪くなった。恐らく“一体感”で俺から情報を得たのだろう。アンゴルモアとしては「そら見たことか!」と声を大にして言いたいはずだ。信用に値しないと思っていた相手が故意ではないとはいえ裏切るような行為を働いたのだから。


 ただ……一体感で読み取ったのなら、同時に俺の考えも分かってくれているはずである。


「あいつは俺の最大戦力なんだ、大目に見てやってくれ。というかあいつの更生にお前も協力してくれ」

「……無論。我がセカンドが困っておることも知っている。ゆえに我も心を砕こうとは思う。だが、決して馴れ合いはせん。信用もせんぞ。それでもよいか?」

「ああ、それでいい。ありがとう」

「そして我がセカンドよ。あんな狼より我をもっと使うのだ。憑依以外にも役に立って見せるぞ」

「いや憑依以外はいいや」

「オイ! 今のは頷く流れだったであろうが!」

「すまんすまん」


 怒りつつも協力してくれるらしい。なんだかんだ優しいやつである。


「ところでアンゴルモアよ。政治に詳しい知り合いはいないか?」

「……フッ、我を誰だと思うておる。精霊界を支配する精霊の大王、アンゴルモアぞ」

「おおっ、いるのか!」

「フッハハ! 応とも!」


 やっぱり知っていたか、流石だアンゴルモア。


「そいつは何処の誰だ?」

「名をウィンフィルドという。我の代官である。軍師でもある」

「代官? 軍師?」

「我の代わりにまつりごとの一切を取り仕切っておる、水と土の混精よ」

「待て待て待て。なんだ、精霊界に政治なんてあるのか? それに混精? と言ったか?」

「うむ。当然、政治はあるぞ。火水土風を一つに纏め上げ支配するとはそういうことであるな。ああ、混精とは、つまりハーフを言う。やつは水の精霊と土の精霊のハーフである」


 なるほど。精霊大王も名ばかりかと思っていたが、きちんとやることはやっていたんだな。

 しかし、精霊かぁ……。


「そいつを喚び出せるか?」

「此方へと直接的に喚び出すことはできん。だが間接的になら喚び出せよう」

「間接的とは?」

「我がセカンドが我と契約を結んだように、何者かがウィンフィルドと契約を結べばよい。我がその場に立ち会えば確実にウィンフィルドを喚び出して見せようぞ」

「…………は?」


 え? 今こいつ何て言った?


「おまっ、お前、精霊召喚の対象を指定できるのか!?」

「無論。精霊大王にとっては造作もないことよ」

「嘘だろォ!?」


 なんだそりゃオイ! 激レア引き放題じゃねーか!!


「まあ……我が声を掛けて断られなければの話であるが」

「……ああ、そういう」


 駄目じゃん。こいつ性格最悪だから絶対断られる。喜んで損した。


「ウィンフィルドは問題あるまい。我の代官であるからな」

「本当か?」

「う、む……恐らく」

「…………」


 嫌な沈黙が流れる。


 まあ、でもここはアンゴルモアを信じてチャレンジしてみるべきだろう。

 問題は誰に使役させるかだ。


「そのウィンフィルドって精霊は強いのか?」

「弱い。甚だ弱い。水も土も中途半端の出来損ないよ」

「マジか。弱いのか」

「しかしこと戦略においては右に出る者などおらんだろう。なんせ大王にまつわる政治のありとあらゆる全てを任せておるからな。精霊界で軍師とはあやつのことを言う。精霊界はあやつが統治していると言っても過言ではあるまい。ハッハッハ!」

「いや笑えねえよ」


 かわいそうにウィンフィルドさん。会う前からなんとなく分かってしまう。きっと相当な苦労人だ。


 しかし、そうか、弱いのか。じゃあ召喚するメンバーは決まったな。


「おし……ユカリ、精霊召喚しよう」


 弱い精霊ならばなるべく非戦闘員が召喚するべきだ。シルビアとエコにはいずれもっと強力な精霊を召喚してもらわないと困るからな。


「わ、私ですか」


 少し戸惑いながらも一歩前へ出るユカリ。表情変化が微々たるもののため実際はどうだか分からないが、どことなくウズウズしているように見える。一方でシルビアとエコは「うらやまし~っ」というような大変分かりやすい顔をしていた。


「精霊召喚はもう覚えてんよな?」

「ええ。16級で習得しています」


 《精霊召喚》の解放条件は「【魔術】スキルを一つ以上習得」とごく単純だ。解放後に経験値を割り振ればスキルを習得できる。だが、当然これだけでは精霊を召喚することなどできない。召喚には『精霊チケット』が必要なのである。


「さて、チケットをどうするか……」


 入手方法は2つある。1つは魔物からのドロップ、もう1つはダンジョン攻略の報酬だ。どちらもかなりの低確率。丙等級や乙等級の魔物からもごく稀に出現するが、この世界に来てから今まで一度もドロップしていない現状を見るにその確率の低さが推察できるだろう。


 ここはオークションで買っちまうのが一番手っ取り早いな。相場が何億CLか分からんが金なら腐るほどあるから心配いらない。ただ問題は、オークションに出品されているかどうかだが……



「――ふっふっふ、はぁーっはっは!」


 すると、シルビアがいきなり笑いだした。鬱陶しいほど自信満々の笑みである。


「おい急にどうした。あっ……ついに来たか」

「ついに来たかってなんだ! 違う! これを見ろ!」

「何? ん、おおっ!?」


 シルビアが高々と掲げて見せたのは、なんと精霊チケットだった。マジかよ! 渡りに船とはこのことだぜ。


「エコと共にリンプトファートダンジョンで特訓していた際に岩石亀からドロップしたのだ!」

「すごいな! でかしたシルビア!」

「うむ! そうだろうそうだろう! ……で、だ。セカンド殿に一つお願いがあるのだが」


 シルビアは精霊チケットを二本の指で挟み、拝むように右手を前に出す。ユカリから「チッ」という舌打ちのような音が聞こえてきたが、多分気のせい。


「これはユカリの精霊召喚に使ってくれて構わない。その代わりと言ってはなんだが、その、あれだ、あー……私と、休日に買い物でもどうだ?」


 代わりに買い物、か。なるほど“おねだり”ってなわけだ。よーし、ここは漢気の見せどころだな。


「ありがたい、勿論それでいいぞ。武器だろうが防具だろうが何でも好きな物を一つ買ってやろう」

「う……む? いや、そういう意味ではっ」

「エコも欲しいか? シルビアがドロップさせたとはいえエコもその場にいたのならこれは二人の物だろう。だったら報酬は二人に渡さないと不公平だ」

「いーの!? いく! あたしもいく!」

「そうか。よし、決まりだな」


 シルビアの指の間に挟まれた精霊チケットをピッとつまんで受け取る。シルビアは何故か不服そうな顔をして「くっ……まあ及第点か」と呟いていた。報酬がエコにも渡ったことが気に食わないのかな? シルビアったら欲張りさんだなあ。


「と、そういうことになった。ウィンフィルドとやらはユカリがこのチケットで召喚する」

「合点承知之助よ。あやつには既に伝えてある。いつでも召喚してよいぞ」

「だとさ、ユカリ。召喚してみろ」

「……呆れるほどのトントン拍子ですね。いや、悪い意味ではありませんよ? いつものことですから。ご主人様は4ヶ月経っても何一つ変わらぬ平常運転で逆に安心したくらいです」


 ユカリこそ相変わらずの毒舌だと思うが、それを言うと倍返しされるので黙っておく。



「では」


 淡白な掛け声を一つ、ユカリは《精霊召喚》を発動した。


 ふうっ――と、頬をそよ風が撫でる。


 瞬間、俺たちの目の前にスラリとした長身の美人が現れた。


 グレーのショートの髪はツーブロックになっていて、刈り上げられた部分が唯一男性っぽさを感じさせるが、それ以外は殆どが女性的な見た目をしていた。切れ長のつり目は少し眠そうで、あまり覇気を感じられない。


「……えっと、ウィンフィルドです。どうも」


 しばらくの沈黙の後、やっと口を開いたかと思えば、出てきたのは実にアッサリとした自己紹介だった。そしてまた口を閉じ、沈黙。


 痺れを切らしたシルビアが「それだけか?」と突っ込む。ウィンフィルドはこくりと頷いて、更に沈黙で応えた。どうやら本当にそれだけらしかった。


「こやつは口下手なのだ。だがその政治手腕は他の追随を許さぬものがある」


 あのアンゴルモアが珍しくフォローしている。ということは、その能力は紛れもなく本物なのだろう。


「ウィンフィルド。お前にはこれから俺の政治の顧問として役に立ってほしいんだが構わないか?」

「マスターの許可が、いる。けど、私としてはオッケー」

「マスター? ああ、私ですね。勿論許可します。ご主人様に誠心誠意仕えなさい」

「うん。了解です、マスター。セカンドさん、よろしくね」

「ん、よろしく」


 握手をする。優しい手の握り方だった。確かに会話が苦手そうだが、礼節を欠くことのないきちんとした人物だと分かる。こいつとは上手くやっていけそうだ。



「じゃあ、早速だがウィンフィルドと情報共有を――」

「ちょ、ちょっと待て! セカンド殿、昨夜は私とエコの成長具合を確かめるとか言っていなかったか?」


 ……あれ、そうだったっけ。酒の席だったからあやふやだが、うーん、確かに言ったような気がしないでもない。


「そうか。じゃあ二人とダンジョンに」

「お待ちくださいご主人様。ダンジョンへ向かわれるのならば、私のアレのチェックの方が先では?」


 ……あ、確かにそうかもしれない。4ヶ月前ユカリに頼んでいた“アレ”ができているのなら、先に見ておいた方がいいか。


「そうだな。先にユカリの方を」

「待て。あの狼はどうするのだ? このまま放置というわけにも行くまい」


 ……いやホント、仰る通り。ちょうど皆が揃っている今、相談してみるという手も……


「せかんど! みずうみいこ!」


 ……うん。湖に行こう。


「よし、湖に」


「――お待ちを。セカンド様はお疲れのご様子。一度お眠りになられた方がよろしいかと」


 エコの手を取っていざヴァニラ湖へという寸前、タイミング良くリビングを訪れた執事キュベロが俺を制止した。

 流石エスパー、実にナイスな提案だ。ちょうど腹もふくれて眠くなってきたところだったんだ。ここは一度横になって気分をリフレッシュしよう。


「おう、そうするわ。おやすみー」


 何か言いたげな皆に背を向けて、キュベロの案内で自室へと向かう。自室の扉の前でキュベロに感謝を伝え、ベッドに倒れ身を沈ませて目を閉じた。



 去り際に見たウィンフィルドの横顔が、瞼に浮かぶ。まるで全員の一挙手一投足を余すことなく観察しているような、非常に冷徹な目をしていて、どこか達観的な印象だった。


 果たしてどれほど役に立ってくれるだろうか。若干の期待を胸に、俺は微睡みの中へと溶けていく。



 この時、俺は知らなかったのだ。ウィンフィルドの、その異常なまでの優秀さを――


お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 国相手の喧嘩は首脳部と上層部を根絶やしにしたら良いよ。
[良い点] 270部から来ました、セカセブ3周目です。ウィンフィルド大好き〜〜〜!!
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