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閑話 ジャリガキ学習中

おまけです。けっこー長め。



 オレの名前はプルム。今年で14歳、ファーステスト家の馬丁だ。馬丁ってのは馬の世話をするやつのことだな。オレみたいな脳ミソ空っぽ野郎でもできるってんで配属されたんだが、冗談きついぜ、最初の数週間はてんで駄目だったよ。雑用すら満足にできねえクソっぷりで、馬に蹴られるわジャストの兄貴に殴られるわで頭がデコボコになっちまった。


 ああ、ジャストの兄貴ってのはオレの上司だ。「馬丁ガシラ」っつう、まあ簡単に言やぁ馬丁の中で一番偉い人だな。オレの2つ上で、茶髪のオールバックに鋭い三白眼、ガンを飛ばしゃあ誰でも逃げ出す鬼の馬丁たぁ兄貴のことよ。そして『四天王』の一人でもあるスゲェ人なんだ。


 マジでスゲェんだぜ? 四天王ってのは。執事キュベロを筆頭に、料理長ソブラ、園丁頭リリィ、ほんで馬丁頭ジャストときたもんだ。4人それぞれヤバイくらいスゲェって噂だが、中でも特に兄貴がスゲェとオレは思う。なんでって、そりゃオレの兄貴だからよ! マジでカッケーんだ。ツッパってるっつーか、バリバリっつーか、よく分かんねぇけどとにかくカッケーんだわ。


 ……ああ。こんなくだらねぇコソ泥のガキの面倒見てくれるマブい男なんてよ、兄貴しかいねーんだわ。見捨てずにゲンコツで叱ってくれる男なんて、兄貴しか――


「おいプルム。こんな食堂の隅っこでよォ、メシも食わずに何やってんだお前?」

「げぇっ、兄貴! 覗かないでくださいよ! メモっすよメモ!」


 いつの間にか兄貴がこっちに来てたみてーだ。


 オレ、実は文字が書けない。だから今こうやってコツコツ練習してるってワケよ。いつかは伝記か何か書いてみてーなと思ってよ。

 ただ……兄貴にバレるのはなんかこっ恥ずかしい。ので、オレは反射的に嘘をついちまった。


「はぁ? お前、字ィ書けたんか?」

「……いや、ハイ。まあ書けるっちゃあ書けるみたいなとこもあるっすけど」

「マジかよ! 何処で覚えたんだァ?」

「親に習ったんす。9歳の頃に」

「へぇ! 英才教育っつーやっちゃな。良かったじゃねェか役に立ってよ」

「うっす」


 書けるってのは嘘。親に習ったってのはマジ。実際、オレのクソ親はそうやって“オレを奴隷にして売っ払う時の値段”を底上げしようとしてたんよなぁ。読み書きできる奴隷の方が高く売れっからな、先行投資ってやつだ。


 でもよ、オレは読み書きをちょろっとだけ習った時分で、親がオレを奴隷として売ろうなんて商人と相談してたところをたまたま聞いちまって、さぁー大変。「ヤベェ売られる」と思ってソッコー家出して、そっからはスラムでコソ泥生活よ。だから読み書きもアイウエオくらいしかできねぇ。泥棒に読み書きなんて必要ねぇからよ。まぁ、最終的に盗みに失敗して捕まって奴隷にされてんじゃあ世話ないわな。


 ……そういや、ふと思ったけどよ。オレって今、一応は奴隷なんだよな? 給料は出るわメシはうめーわで実感がこれっぽっちも湧かねぇけど。


 奇跡だな、奇跡。買われた家がここでマジ助かった。オレみたいな14のクソガキの奴隷っつったら、死ぬまでタダ働きさせられるか、裏ルートでド変態に引き渡されるかのどっちかだからな。いっくら運が良くても貴族の家で下男にされるくらいなもんだ。オレなんかは顔が良くねぇからそもそも無理だろうがな。


 ん、待てよ……? 今まであまりにデカすぎて想像すらついてなかったが、よくよく考えるとよ、ファーステスト家って異常じゃね? オレみてーな下っ端の馬丁でも十分な給料貰ってて、仕事はそこまでキツくねぇ上にやり甲斐あるし、使用人用の寮は豪邸だし、家賃も食費もかからねぇし、奴隷だから自分で税も納める必要がねぇ。


 うっわ、ハンパねぇなマジで。この世の楽園か? オレでこんなんだったら、兄貴とか他の四天王は一体いくら貰ってんだ? つーか、兄貴はどうしてここで馬丁をやることになったんだろうな? もしかして兄貴も四天王もオレと同じ奴隷なのか?


 …………あれ。よく考えりゃオレ、兄貴のこと何も知らねぇな……。


「で? 何メモってたんだよ?」

「あ、えー、っと」


 色々と考えてたら兄貴がさっきの話を蒸し返してきやがった。兄貴って意外としつこいんだよなぁ。


 うわーどうやって誤魔化そう。全然思い浮かばねぇ。あー駄目だ怪しまれる。くっそ、こうなったらもう出たとこ勝負するっきゃねぇ。


「お、オレ……実は、兄貴とか四天王とか……の伝記、とか、ちょっと書いちゃおうかなー……なんつって思ってたりして」


 あーあ、終わった。完全にバレたわ。恥っず。「くだらねェ嘘ついてんじゃねえ」って殴られる。10000CL賭けてもいい。


 兄貴は16歳とは思えねぇ眼力でオレを睨んでくる。オレは思わず目を閉じて歯を食いしばった。



「――ナイスなアイデアじゃねェかプルム!」


 が、飛んできたのは怒号でもゲンコツでもなくノリノリな言葉だった。


「俺の伝記かぁ~、楽しみだなァ~」

「う、うっす。楽しみにしとってください兄貴」

「おう! あ、そうだ、やっぱインタビューとか受けた方がええんか?」

「い、いや」

「あ゛?」

「そ……そうっすね。インタビューいいっすね」

「そうだろうそうだろう」


 ヤベーことになった。メモ取ってるフリして覚えとかなきゃマズいぞこりゃ……。


「おっし。じゃあ何でも聞いてくれィ」

「兄貴ぃ、仕事大丈夫っすか?」

「心配すんなっての。今は休憩中だ」


 兄貴、めっちゃ機嫌が良い。ニッコニコだ。伝記がそんなに嬉しかったんかな。


 ……兄貴が喜んでるんだ、裏切るワケにはいかねぇ。オレは腹を括って、紙とペンを構えた。


「じゃあ、まず兄貴はここに来る前は何してたんすか?」

「チンピラ」

「チンピラ!?」


 最初の質問で驚愕の事実が判明しやがった! 兄貴がチンピラ!? あのカッケー兄貴が!? マジかよぉ!


 今の今まで伝記がどうのこうのとか考えてたあれこれが頭ん中から一瞬で吹っ飛んで、オレは前のめりになって質問を続けた。


「何すかチンピラって!」

「いや、最初は孤児だったんよ。それがグレて浮浪児になって、色々ヤンチャして、結果がチンピラだ」

「あっ、スラムで番を張ってたとか?」

「そんな立派なもんじゃねェよ。盗んで奪ってその日その日を食いつなぐクソ野郎だった」

「…………」


 オレと、一緒だ。盗るか盗られるか、奪うか奪われるか。他人を踏みにじって薄汚く生きる。生活するってのはそういうことだった。それしか方法を知らなかったんだ。


「下手やってパクられて、金払えねェから自分を奴隷にして金作るしかなかった。ま、結果的にこれが良かったんだけどな」


 兄貴はそう言うと、何処か遠くを見つめて言葉を続けた。


「檻ん中でクソ垂れるだけの生活してたらよ、いきなり出ろって言われてさァ。んで連れてかれた先にあの二人がいたんだ」

「あの二人?」

「セカンド様とユカリ様だよ」


 セカンド様! オレなんかの下っ端はまだ目にしたことすらねぇ、オレたちのご主人だ。家令兼メイド長のユカリ様は何度か見かけたことがあるが、まだ話したことはねぇ。オレにとっちゃ二人とも天上の人だな。うわー、兄貴はそんな二人と直接対面したのかぁ。やっぱ兄貴はスゲェや。


「ハンパねぇオーラしてたわ。俺はただただ圧倒されるしかなかったな。生まれたてのスライムみてェに震えちまったよ」

「マジっすか!? 兄貴がっすか!?」

「おう。シルビア様もエコ様もヤベェが、あの二人はマジでヤベェぞ」


 兄貴の顔が綻ぶ。思えば、皆そうだった。ファーステスト家の四人の話をしている時は、何だか良い顔をしていることが多い。まるで一番仲の良いやつのことを話してる時みてーに。



 ……嫉妬、だろうな。オレはつい言ってしまった。


「でも兄貴もスゲーっすよ。だって四天王っすよ? ひょっとしたらセカンド様にも負けてないんじゃなッ――」



 次の瞬間、兄貴の鉄拳がオレの腹にぶち当たる。


「っぐ……かはっ!」


 息ができねぇ!


「おいプルム。お前はバカだからよ、ついそういうことを口走るってのは俺も分かってんだけどな。許せるもんと許せねェもんがあるってのはお前も分かっとけ」


「う……ぅ」


「どんな冗談でも、どんな理由があっても、常に主人に敬意を払え。自分の兄貴分の方が上だと思っても構わねェ。そりゃ大きな間違いだが、人ってのは間違いをする生きもンだ、今はまだしょうがねェよ。でも、決して口には出すな。クソほどイラつくんだよ」


「……うっ……す」


「まぁ、まだ会ったこともねェ人を敬うってのはなかなか難しいだろうがな。ただ……俺が、お前が、この家にいる全員が、大きな恩のある人だってのは胆に銘じておけ」


 ああ、兄貴の言う通りだ。オレ、バカだったわ。何も考えてなかった。好きな人を侮られるなんてイラつくに決まってる。オレだって他の奴に兄貴をそんな風に見られたら絶対にイラつく。手が出るかもしんねぇ。


 いや、でも……それでも、オレは兄貴が好きだ。こうしてオレのために叱ってくれる兄貴が一番好きだ。


「すんませんっした、兄貴……!」

「あ? 何だお前泣いてんのかァ? だっはは! バカじゃねーの! 情けねェなぁ!」


 スゲー意地悪で柄が悪くてすぐ手が出る人だけど、初めてできたオレの兄貴なんだ。一生付いていきたいって思った男なんだ。


 オレってとんでもねぇバカだけど、それでも兄貴に付いていきたい。だから、今はまだ「兄貴が尊敬しているからオレも尊敬する」ってくらいにしか思えねぇが、それでもご主人を尊敬することにした。兄貴が言うことは絶対だ。


 ただ、やっぱり大きすぎて想像ができねぇ。スゲェ人なんだろうけど、いまいち実感がわかない。なんつーか「この世界は神様がお創りになられたんだから神様に祈りを捧げなさい」みたいな? 見たことも会ったこともねー神なんて信じられないのと似てるような気がする。


 しっかし、どうして兄貴はそこまで尊敬しているんだろう? もしかして、四天王もか?


 ふと、オレはご主人に興味が湧いた。並み居る猛者たちからそれ程に尊敬を集める男。一体どんなスゲェ男なんだ、と。神と違って会えるんだから、その偉業を知ることもできるはずだ。だが、お目にかかれる機会なんてそうそうねぇ。うーん、どうしたもんか。


「おし、じゃあ俺のインタビューは終わりだな。明日はリリィちゃんとこでも行ってきたらどうだ? 話は通しといてやるよ」

「……! うっす、お願いしやす!」


 そうだ、四天王から話を聞きゃあいいんだ!


「流石、兄貴っす!」

「あ? おう、そうだな」





 翌日。オレは園丁頭のリリィさんにインタビューするため、昼過ぎに食堂へと向かった。


「あぁら、プルちゃんね? 待ってたわよぉ」

「うっ……す。プルムです、リリィさん」

「嫌だわぁん、さん付けだなんて。リリィちゃんって呼んで、ねっ?」

「う、うす。リリィちゃん」


 野太い声で挨拶する園丁頭リリィ――筋肉もりもりマッチョマンの“オネエ”さんだ。

 今までは遠巻きに見かけるくらいのもんだったが、いざこうして対面してみると威圧感がスゲェ。色々な意味で。


「ジャスちゃんから話は聞いてるわ。アタシの伝記を書いてくれるんですってね! もう何でも答えちゃうわぁん!」


 くねくねと巨体をよじらせて……オェ。


「じゃ、じゃあ、さっそく……リリィ、ちゃんは何歳っすか?」

「乙女に年齢を聞くなんてダ・メ・だ・ゾ。でも答えちゃう。今年で38よん」


 38歳で乙女かよ。確かにMハゲと青ヒゲが歳を感じるなぁ……でも筋肉のキレだけはスゲェわ。


「ここに来る前は何やってたんすか?」

「冒険者よん。Cランクの体術師だったわぁ」


 兄貴と同じように、遠い目をする。リリィさんも過去に何かあったのか……?


「正直言って、冒険者なんてやりたくなかったの。でもお花屋さんみたいなやりたい仕事は見た目で断られちゃうから、力仕事をやらないと暮らしていけなかったわ」

「でも強そうっすよね、リリィちゃん」

「ううん全然。確かに力は強いけど、冒険者っていう職業はそんなに甘いものではないのよ。だからアタシみたいな中級冒険者は、チームを組んでダンジョンに挑むの」


 リリィさんの化粧された明るい顔が、少し暗いものに変わった。


「気持ち悪い……って、みーんな言ってたわ。面と向かって言われたり、陰口叩かれたり、言葉に出さなくても視線とか態度で丸わかりだった。オネエってだけで苛められるの。ハブにされたり物を盗まれたりね。どうしてこんな体に生まれたんだろうって思ったこともあったけど、悩んだってどうにもならないって痛いほど知ったから……」

「リリィちゃん……」


 苦労してたんだな、この人も。


「ある日、アタシのいたチームに新しく女の人が入ってきたの。その子はアタシの心に理解のある子だった。出会って初日だったけど、とっても仲良くしてくれたのよ」

「おお、捨てたもんじゃないっすね」

「……その子が着替え中の見張りにアタシを指名してくれて、アタシとっても嬉しかったの。女として扱ってくれてるって、そう思ってた。でもね、その子は数分後に悲鳴をあげたわ」

「は……?」

「罠だったの。チームからアタシを追い出すためのね。チームメンバー全員が結託して、アタシを罠にハメたのよ」

「…………」


 ……酷ぇ。そんな酷ぇ話があんのかよ。リリィさんが何をしたっていうんだ、クソが。


「アタシは覗きの罪で奴隷に落とされた。もうホントのホントに絶望したわ。だって、こんなオネエの大男なんか気持ち悪がって誰も買いやしない。買われたとしても過酷な肉体労働で使い潰されて終わりよ。ね? アタシは完全に詰んでたの」


 そりゃ絶望して当然だ。オレだったらもう誰も信じられなくなるだろうな。しかし、そうか、リリィさんはそれで奴隷になってこの家に拾われたのか。



「――ここまでが、アタシの輝いていなかった時の話。これからが、アタシの輝きまくっている時の話――」


 …………ん?


「あぁん! 一目惚れってね、ホントにあるのよ! 初めてセカンド様を目にした時の衝撃といったらもう、んもぉーっ一生忘れられないっ!」

「……あ、ハイ」

「超絶美人っていうのもそりゃあ理由の一つだけどね? セカンド様がいなければ、アタシは終わりだったのよ。惚れるなっていう方が無理な話! そのうえ何不自由ない生活もくれて、やりたい仕事もやらせてくれて……アタシ、アタシッ! んもぅ感激ィ!!」


 ついさっきまでズーンと暗い顔をしてたのに、ケロっと普段の感じに戻ったと思いきや、テンション爆上がりしやがった。


 それからリリィさんはご主人の何処が素敵かという話を延々と語りだす。オレはゲッソリしながらテキトーに相槌を打った。


「――って、ねぇん! プルちゃんちょっと聞いてる?」

「う、うす。でも、そろそろ次の質問に」

「あらやだ、アタシったらついつい熱くなちゃったわぁん。ごめんなさいね」


 助かったー……。


「じゃあ、えーと次は、どうして園丁になったんすか?」

「んー、そうねぇ。一番の理由はやっぱりなりたいと思ったからかしら」

「なりたい?」

「ええ。庭園のお世話ってとっても素敵だと思わない? アタシ、昔からそういうお仕事に憧れてたの。可愛いお花を育てたり、思い描いた通りにお庭を綺麗にしてみたり、ね」


 そういや、お花屋さんになりたいなんて言ってたっけこの人。結構可愛らしいところもあるんだな。


「でも、園丁の仕事ってそれだけじゃなかったの。実は敷地の見回りも兼ねてるのよ。警備員みたいなものよね。アタシは見た目が強そうだから向いてるってキュベちゃんが言ってたわぁん」

「確かにリリィちゃんがいたら泥棒もバケモンが出たと思って逃げ出しますわ」

「なんですって?」

「い、いやなんでもないっす」


 やっぱ怖ぇーわこの人。


「ふぅ……あらっ、もうこんな時間じゃない。そろそろお開きにしようかしらね。どう、参考になった?」

「うっす。めっちゃ参考になりました」

「よかったわぁん。それじゃ、ソブラちゃんに話を通しておいてあげるわ。またねぇ~ん」


 リリィさんは手をヒラヒラと振って去っていった。リリィさん、初めて話したけど良い人だったな。園丁の部下には慕われてると同時にスゲー恐れられてるらしいけど。


 明日は料理長のソブラ兄さんか……オレあの人苦手なんだよなぁ。





「おっ、来たかジャリガキ」


 翌日の夕方。厨房の裏口前に行くと、ソブラ兄さんがタバコを吸いながらオレを待っていた。

 ボサボサの黒髪と無精ヒゲに眼鏡。とても料理人には見えない風貌だ。


「ジャリガキってなんすか。プルムですよ」

「あーそうだったか。まあいいや、そこ座れ」

「そこって地べたじゃないっすか!」

「あ? そうか。まあいいや、どっか座っとけ」


 どっかって地べたしかねぇよ……もう嫌になってきたわオレ。


「料理長ソブラ。35歳独身。彼女募集中~」


 ソブラ兄さんはオレの質問を先読みして自己紹介してきた。ってか、あれ、ちょっと待てよ。彼女募集中?


「彼女と別れたんすか?」

「はぁあああ? 俺に彼女なんていたことねーぞボケ」

「じゃあこないだ一緒に歩いてた女は誰っすか?」

「タレ」

「…………はぁあ」

「あっ、何だお前そういうことか? よーし分かった、弟分のそのまた弟分のよしみだ。女の一人や二人くらい俺が用意して――」

「だああっ! いいっすいいっす大丈夫っす! それよりインタビューいきますよ!」


 駄目だこの人、女グセが悪すぎる。


「ここ来る前は何してたんすか?」

「Bランク冒険者」

「えっ、マジすか」


 意外だ。しかもBランク。結構スゲェな。


「剣術と槍術でブイブイ言わせてたぜ。もちろん夜の方もヒイヒイ言わせたもんだ」

「そっすか。じゃあなんでここ来たんすか」

「女に騙された」

「んぶふっ!」


 ヤベェつい吹いちまった。


「親が勝手に決めた許嫁のクソ女がいてな。しこたま借金背負わされた挙句に逃げられた。元からテメェの借金ちゃらにするために家族ぐるみでこっちを騙してたってぇワケだ」

「……そりゃ、キツイっすね」

「よりによって本気になった女がそれだからな。しかもヤベェとこから借りてたみたいでよ、さっさと返さねーと膨れ上がる一方だった。だから自分を奴隷にして作った金で全額返済したんだが……」

「だが?」

「実はそのクソ女まだ借金隠してやがった。後から判明してな、俺もう奴隷だしどうすることもできないって言ったら、俺を購入した主人に返済させるんだとさ。とんだ地雷奴隷の完成だ」

「マジで酷ぇ女っすね」

「まぁぶち犯してやったけどな」

「台無しっすよ……」


 でも、だからか。なんか納得したわオレ。ソブラ兄さんは時間が空きさえすれば街へとナンパに繰り出す筋金入りの女たらしだけど、絶対に特定の一人とは一緒にならねぇって噂だ。こないだ街でデートを見かけた時にようやく身を固めることに決めたんかと思ったが、やっぱり遊びだったしな。


 ……本気にならないんじゃねぇんだな。本気になれないんだ、この人は。なんだかんだイケイケなこと言ってるけど、実はそんなに遊んでないんじゃねぇか? 本気になりたくてもなれない苦悩ってのもあるんだろうなぁ。


 あ、一つ気になることが浮かんだ。いっちょ聞いてみっか。


「ソブラ兄さん。そんなん言ってますけど、なんでメイドには手ぇ出さないんすか?」


 軽い気持ちでした質問だった。



 直後――オレの股間の真下の地面に包丁が突き刺さった。



「うぇひっ!?」


「舐めた口利いてんじゃねえぞ」


 静かな声だった。怒ってるんだとすぐに分かる。オレ、またやっちまったのか?


「す、すんませんでした兄さん」

「何も考えずに謝んなクソボケが。テメェまだ自分の立場ってもんが分かってないみたいだな。はぁーったくジャストのやつ……」


 ソブラ兄さんはガシガシと頭をかいて、明らかにイラつきながらそう言った。


 オレはハッとする。オレの軽率な言葉で、兄貴が侮られちまった!


「……いいか、メイドってのは誰のもんだ。言ってみろ」


 大きなため息の後、ソブラ兄さんが口を開いた。


 メイドは誰のもの……誰のもの? …………あ。


「……セカンド様っすか?」


「即答しろクソカス。テメェは誰のもんだ? 誰に買われて、誰にこんな良い生活させて貰ってる?」


「セカンド様、っす」


「俺は誰のもんだ。えぇ? 三十半ばのくたびれたオッサン奴隷を買ってウン百万の借金肩代わりして衣食住に給料までくれるのは誰だ? 言ってみろッ! 言えッッ!」


「せ、セカンド様ですっ!」


「……ボケが。セカンド様のものに手ぇ出すワケねえだろうがたわけ。二度とふざけたこと言うんじゃねえぞ。次は股間にぶっ刺すからなクソガキ」


 ソブラ兄さんはタバコの火を消して、オレに背中を向けて去っていった。



 仰る通りだ……愚問だった、な。


 オレはガクッと項垂れて、反省しながらトボトボと自室に帰った。使用人用のドでかい豪邸の、これまた馬丁の奴隷のもんとは思えねぇくらいマブい部屋だ。夜になりゃ何もしなくてもあったけぇメシが食堂で出る。


 ふかふかのベッドに寝っ転がり、ぼんやりと天井を見上げる。


 ……なんとなく、ここは楽園だなぁなんて思ってた。オレは恵まれてるって。でも、誰のお陰で楽園なのかは実感できずにいた。


 ジャストの兄貴に、リリィさんに、ソブラ兄さん。あの四天王の三人に言われて、ようやくほんのちょっぴり分かったような気がした。


 いつかオレにも実感できる日が来るんだろうか。もしそうなら、早く来てほしい。


 そんなことを考えながら、少し眠った。



   * * *




「近頃の若ぇもんはよー、なってねえなー。なんか軽いんだよなー。そもそも考えが甘ぇんだよ。分かるかジャストよー」

「違ぇねェっすわ、ソブラ兄さん」


 夜。食堂の片隅で酒を酌み交わす二人がいた。

 ボサボサ髪で無精ひげをはやした眼鏡の男「ソブラ」と、茶髪をバシっとオールバックにキメた若い男「ジャスト」である。


「でも兄さんのアレは流石に効いたみたいですねェ。あいつ寝込んでましたぜ」

「はン。ありゃいじけてるだけだ」

「まあまあ兄さん、飲んでくだせェ」


 ジャストがソブラの機嫌を取るように酒を注ぐ。


「おお、悪いな。ん? いや、悪くねえ。元はといえばお前がしっかり教育しねえからだろうが」

「いやほんと、すんませんねェ」


 ジャストはへらへら笑いながらぺこりと頭を下げた。ソブラはため息ひとつ、酒を呷ってから口を開く。


「伝記ねえ。あんなバカに書けるようなもんとは思えねえが」

「これから学んでいくんですよ、きっと。俺たちだってそうだったじゃァないですか」

「まあ、なぁ」


 二人は目を閉じて思い出す。自分がこのファーステスト家へ来たばかりの頃のことだ。


「……必死だったな。元々料理は得意だったが別にプロじゃねえからよ。猛勉強猛特訓だ。あれほど本を読み漁ることは後にも先にもねえだろうな」

「俺も必死でしたわ。俺は文字が読めねェんで手探りでやりましたよ」

「そいつはキッツイなあ。いやでも俺もキツかった。いきなり毎日3食14人分作れってんだからよ。嫌でも料理が上手くなるってもんだ」

「ははは、そりゃ上達しますねェ」


 これがキツかったあれがキツかったと笑い合う。


 本当にキツかったなら、笑い合えるわけもない話。何故それほどにキツかったのか。それほどに必死だったのか。二人は言葉にせずとも分かり合っていた。ただひたすらセカンドの役に立ちたかったのだ。



「おっと、もうこんな時間か」


 ソブラが時計を見てそんな声をあげる。


「普段ならとっくにキュベロさんが来て追い払われてますもんねェ」


 ジャストはけらけらと笑いながら言う。執事のキュベロは夜の見回り中に酒盛りする二人を見つけたら、確実に注意するのだ。


「ああ、そうか。キュベロのやつ迎えにいってんのか」

「はい。いよいよ、明日です」


 グラスの酒をなくしながら、二人は明日へと思いを馳せる。思い浮かべるのはある一人の男の顔。


 4ヶ月ぶりに見る、彼らの主人の顔であった。


お読みいただき、ありがとうございます。


次回から『第六章 政争編』です。

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― 新着の感想 ―
[一言] タバコを吸う料理人は非一流
[一言] こ う い う の で い い ん だ よ
[一言] 紫さんは一介の暗殺者とは思えない実務能力がありますね。やはりその辺も女公爵さんに仕込まれていたのかな。
感想一覧
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