56 逃げたら終わりだ馬鹿たれ
お ま た せ
更新遅れてしまい申し訳ございません。
インフルエンザでぶっ倒れておりました。
しばらくは更新ペースが落ちます。
2月中旬までには元のペースに戻したいと考えております。
何卒よろしくお願い申し上げます。
今日、2000回を超えた。
かれこれ3ヶ月半。毎日欠かさず18回はテイムをかけて、ようやっと2000回だ。sevenの頃には1回15分でこなせていた戦闘は、今や40分近くかかる。それでもめげずに2000回はやってやった。我ながらオカシイ。
「のう我がセカンドよ。そろそろ戻ってもよいのではないか?」
アンゴルモアと顔を突き合わせての酒盛りもほとんど毎晩である。12時間ぶっ通しでテイムかけ続けてからの酒だ、癖にもなる。
しかし最近のこいつは「帰ろう戻ろう」とうるさい。飽きがきてんのかと思って本人に聞いてみりゃあ、なんでも俺が心配らしい。ありがたいことだが、もうしばらく心配してもらうことにする。
「まだ頃合いじゃない。何か問題があったらすっ飛んで帰るけど、週間報告にゃ大したことは書かれていないからな」
嘘だ。三人からの週間報告にはそこそこの懸念事項があった。
王都ではクラウス第一王子を担ぎ上げたバル・モロー宰相率いる改革派がいよいよ動き出さんとしているらしい。残された時間は少ない。それに加えてシルビアとエコの成長具合も気になるし、ユカリに頼んでおいたアレコレも気になる。完成した豪邸も気になる。セカンド城(仮)の進捗も気になる。何もかも気になる。
正直言って、さっさと戻りたい。
では、何故……俺は帰らないのだろうか?
自分でも分からない。ただ、何かきっかけがほしい。帰らざるを得ないきっかけが。
……ああ、依存症だな。
視野が狭い。正常な判断ができていない。諦めをつけなきゃいけないところでつけられていない。テイムに固執するあまり問題を先送りしている。結果が分かっているのに僅かな可能性に期待して自ずと破滅へ向かっていっている。
だが。
明日もテイムする。明後日も。来週も再来週も。何かきっかけがない限り、ギリギリまで、手遅れになるまで、俺はテイムを続けるんだろう。
仕方ないさ。当然だ。暗黒狼のテイムってのはな、決して抗えない麻薬のようなもんだ。あのテイムの瞬間の快楽を知っちまったら終わりだ。頭が弾けてブッ飛ぶくらいの衝撃と目の前がチカチカするようなクソ多幸感が一気に押し寄せて余韻の脳汁がバケツ何十杯も止まらなかった。そうしてテメェの小っせえ脳ミソに一生消えることのない刺青が刻まれる。救済の方法はただ一つ、またテイムすることだけ。まったく嫌になるな。
「…………寝る」
「うむ……」
早く終わってくれ、と。目を閉じてそう願った。眠気はすぐに訪れた。そしてまた、作業の日々が始まる。
2159回目。
ちょうど4ヶ月経った日の午後だった。
疲れからなのか何なのか知らんけど、俺はここにきて初めてミスをした。
《変身》のクールタイム管理を間違えて、あんこの暗黒魔術を回避しきれなかったのだ。
「(我がセカンドよッ!)」
アンゴルモアが叫ぶ。おい無駄なことはやめろって精霊大王様よ。叫んだって何にもなんねえから。それも念話で。
「…………」
――“使う”か、どうするか。一瞬の逡巡。
杖術モードのあんこが影杖を目にも止まらぬ速さで四方八方に回しながら接近してくる。現在の俺のHPは1。一発でももらえばアウトだ。
どうする。このまま躱すか、それとも奥の手を使うか。先にポーションを飲むという選択だけはない。飲んでる最中に一撃で終わる。
まあ、今回の場合は既にほぼ答えが決まっていた。
「(む、無茶だッ!)」
俺は“回避”を選んだ。あんこの後ろ側へ向かって、その真横を通り抜ける。
杖術モード中の弱点は後方。回り込めれば、あんこが振り返る時間で安全にポーションを飲むことができる。そう、回り込めれば。
距離は約2メートル。俺は【杖術】スキル発動後の僅かな硬直時間を狙ってあんこの右肩に背中を擦り付けるようにして飛び込み、そのまま勢い良く駆け抜けた。
――ヒュンッ、と。影杖が耳のすぐ近くを通り抜ける音が聞こえた。掠ったらアウトだったよ。あぶねーあぶねー。
「Foo! 九死に一生スペシャルだったな!」
「(いい加減にしろ! 心臓がいくつあっても足らんぞ!)」
さながら3時間特番の如く回避に成功。ポーションを飲みながらアンゴルモアのお叱りを受ける。さて、あとは少々苦労するが《飛車弓術》でダウンとって振り出しに戻せばいい。
…………まだやれる。まだ大丈夫。
俺は高鳴る心臓を押さえ付けながら心の中で呟く。
死にかけた。この世界で、初めて。
想像以上だった。
――滾る。この高揚。この興奮。長らく忘れていた感覚が呼び覚まされる。
楽しい。楽しい。楽しい……!
思えば俺は初心を忘れていた。何故メヴィオンを始めたのか。何故世界一位を目指したのか。その原点がここに蘇った気がした。
メヴィオンは俺の人生の全てが“沈殿”した場所だ。逃げて逃げて逃げまくって、持てる全部を掻き集めて凝縮して逃避させた終点。これ以上逃げることなどない。後は前進するのみ。全てを楽しめばいい。
「行くぞオラァ!!」
作業だなんて、あんこに失礼だった。
これは世界一位の戦いだ。俺とお前の、精神のぶつかり合いだ。
気合一発、俺はミスリルロングボウを構えてあんこへと向かって行った。
2168回目。
いつか必ず来ると思っていたが。
ついにと言うべきか。いよいよと言うべきか。よりによってと言うべきか。
暗黒変身から暗黒召喚と《虚影》のタイミングが合わさり、あんこの「最強モード」突入を阻止できなかった。
状況は“最悪オブ最悪”だ。あんこの残りHPは25%を切っている。すなわち「バーサクモード」中でもあるということ。
最強モード+バーサクモード。
全身から黒炎を迸らせ、黒炎之槍からも広範囲に黒炎が噴き出す。大槍を腰で支えて虚空を薙ぎながら、優しげに細められた目と微笑をたたえた穏やかな顔で静々と歩むその姿は、まさに鬼神そのものだった。
黒炎之槍は馬鹿みたいに高い攻撃力に加えて3メートル近いリーチがあり、そのうえ黒炎の遠距離攻撃が常時発動するバケモノ武器だ。最強モードの名に恥じないえげつなさである。
ちなみに現在の俺のステータスだと黒炎に2秒でも触れていたら良くて瀕死、大抵の場合は死ぬ。黒炎之槍で一発貰ったら確実に即死だ。エグいと言う他ない。
さて。
こうなりゃ、もうどうしようもない。
俺は奥の手を使おうと思い、インベントリから「ゴブリンメイジの角」を取り出した。
まあ、奥の手と言ってもこいつは“逃げの一手”だ。
丙等級ダンジョン『アシアスパルン』のボス「ゴブリンケイオウ」の取り巻き「ゴブリンメイジ」は《ランダム転移》という魔術を使う。このゴブリンメイジの角は、魔物に突き刺すことでその《ランダム転移》を発動させることのできるアイテムだ。しかし揃えるべき条件が多く、基本的にダンジョン内の魔物相手には効果がない。そのうえランダム転移させた魔物からは経験値も入らない。つまり、もの凄く使い勝手の悪いアイテムである。
ただね、これを別にあんこに使おうってわけじゃないんですよ。俺に使うんです俺に。グサッと。そしたらスタコラサッサだぜ。ゆえに、これが緊急時の脱出アイテムとして奥の手となり得る。
「長かったなぁ……」
「(本当にな)」
俺はゴブリンメイジの角を逆手に持って、黒炎之槍を大きく振りながらじわりじわりと間合いを詰めてくるあんこに目を向ける。
まるで暗黒に輝く太陽の化身のように、妖艶な肢体を包む黒衣の表面からは禍々しい黒炎が荒れ狂い、黒炎之槍からは空間を切り裂くように黒炎が噴き出し、今にも俺に襲い掛からんとしていた。
あれに2秒当たったら終わりとか、鬼かよ。近付けねえっす。無理だわこんなん。
勝てっこない。勝ちようがない。これは逃げても仕方ない。
「また来るからな」
再会の約束と共に、俺はゴブリンメイジの角を振りかぶる。
…………。
不意に。あんこの表情が、変わったような気がした。
優しく閉じられた糸のような目と、微笑みに固定された口。それが僅かばかりに開き、こう言ったような気がしたのだ。
行かないで――。
…………。
「(……? どうしたのだ、我がセカンドよ)」
俺は。
俺は、何を……こんなに強い相手をほっぽり出して、何をしようとしてんだ……?
何をビビっちまってんだ? 何で初っ端から逃げ腰なんだ? 一体どうしたってんだ?
つい6時間前に初心を思い出したばかりだというのに、俺は、どうして、こうもッ。
馬鹿がッ。
――“メヴィオンで逃げたら終わり”だ。馬鹿たれ!
絶対の掟を破ろうとしてんじゃねえよ。
普通に「死にたくない」なんて思って腑抜けてんじゃねえよ。
メヴィオンからも逃げたらお前、何が残るんだ。何も残んねえよカス。死ね。
世界一位は強くなきゃならん。誰よりも。何よりも。強さってのはステータスだけじゃねぇ。全部だ。何度も言ってんだろ。メヴィオンじゃあ“逃げは無し”だ。そんな根っこの部分どうして忘れてた?
たわけが。世界一位ぞ。逃げたら終わりなんだよお前は。逃げ場所なんて何処にもねぇんだよ。逃げんな。言い訳すんな。踏ん張れ。立ち向かえ。情けねぇとこ見せんな。血反吐飲み込んででも強がれ。世界一位だろうがお前。世界で一番強いんだろうが! 世界一位が逃げるなんてな、死ぬよりよっぽどひでぇんだよッ!!
「変、身――ッ!!!」
直後、黒炎がぶわりと俺を包み込む。無敵時間は8秒。チャンスは6秒後の2秒間だけ。逃げ場なんて何処にもない。辺り一面が黒い炎の海。あんこはもう目の前まで迫っている。無敵が解けたら、確実に死ぬ。
……大丈夫。こんなの怖くねぇ。
「ハハ、ハハハハッ!!」
笑いがこみ上げてきた。抑えることなく全て吐き出す。
気のせいじゃない。見間違いじゃない。ゆらゆらと燃える黒炎の奥で、あんこも笑っている。嬉しそうに。幸せそうに。俺の目の前で。
ハハハハハ! これが、世界一位だ! そしてお前は! この俺をここまで追い詰めたんだ! お前は強い! 凄い! 最高だ! 嗚呼、幸せで幸せでもう堪らん!
「飛車弓術じゃいッ!」
決め技の名前を叫ぶ。こりゃ礼儀作法だ。
足なんか狙わん。ド頭ぶち抜いてやる。そら見たことか! クリティカルヒットだッ。だぁと思ったよ。これであんこのHP残量は2割を切った。
残り0.2秒。
逃げる? 馬鹿言うな。
俺は、仁王立ちで、堂々と、当たり前に――
――黒炎を全身に浴びながら《テイム》を発動した。
…………馬鹿だよねぇ。
0.0001%だよ? 成功するわけないよねぇ。
あー、死んだ死んだ。でも悔いはない。ここぞというこの場面で、俺は逃げなかった。死ぬ瞬間まで、最期の最後まで、俺は世界一位だった。
どうだ、見たか。恐れ入ったか。これが世界一位だ。凄かろう。強かろう。真似できまい。尊敬しろよ、お前ら。
………………。
とか言うと思った?
俺さぁ、おかしいと思ったんだよ。
今までさ、最強モード+バーサクモード中に《テイム》かけた人って存在しないよね。
というか無理なんだよ。近付けないから。そもそもセオリーとして「最強モードにはさせない」んだから尚更。
進み得る道はただ一つ。バーサクモード中に《虚影》状態で最強モード阻止を失敗した場合にHP2割以下まで削って《変身》の無敵時間を利用して接近し《テイム》をかけること。
誰が気付く? 誰が出来る? 誰が試す? こんなもん。
……俺だよバーカ。くたばれカス。ざまぁ見ろクソッタレ。
「はぁっ……はぁっ……はっ……」
苦しい。呼吸のリズムが狂う。血の巡りがおかしい。心臓が痛いくらい鼓動している。目眩がぐわんぐわん激しい。耳鳴りがちっとも止まない。
俺はへろへろになりながらポーションを飲んだ。全身の熱が引いていく。体調は徐々に戻っていった。
だが、熱に浮かされたようなふわふわとした感覚はより一層増していく。
まあそれは仕方のないことだと知っている。当然のことだと。
「――お逢いしとうございました、私の主様」
目の前で跪くこいつを見たらな。
お読みいただき、ありがとうございます。




