53 激闘アイソロイス
明くる朝。
俺はクーラの港から小船を一隻チャーターして、アイソロイスの島へと向かった。
それほど沖ではないので2時間もすれば到着する。
島に降り立って、ふと思い出す。アイソロイスは朽ち果てた巨大な古城のダンジョンである。メヴィオンでは「そういう設定」で片付いていたが、この世界には「歴史」がある。もしかするとこの古城の主もかつては存在したのだろうか? だとすれば、ここはいつからダンジョンになって、いつから魔物がはびこっているのだろう。一度文献を漁って調べてみるのも面白いかもしれない。
などとどうでもいいことを考えながら歩いていたら、アイソロイスダンジョンの目の前に到着した。全貌が分からないほど大きな古城はやけに暗く、不気味な静けさがある。入口は正面の城門ただ一つ。門番の魔物が2匹いる。ボスは二つある最深部のうちの一つ“最上階”にいるが、俺の目的地はもう一つの最深部である“地下大図書館”だ。
「とりあえず図書館までちゃちゃっと行こう」
「御意である」
俺は駆け出し、2匹の門番の前で止まった。門番は禍々しい黒の鎧を着た身長3メートル近くあるゴツい騎士の魔物である。
「変身」
前方から迫ってくる門番が長剣を振り下ろさんとした瞬間を見計らって《変身》を発動する。体を捻り、右手を前へ、左手は腰へ。即発動できるよう、ポーズはなるべく簡素に設定した。
「――――!」
俺の全身から迸った青黒い雷で、門番の鎧騎士2匹が吹っ飛ばされる。
変身過程中に一定範囲内にいる敵性キャラクターは必ずノックバックを食らう。約8秒間の無敵時間と同様、変身において非常に重要な効果の一つである。メヴィオン運営は変身の“お約束”をよく分かっていたようだ。
そして、更に重要なことが一つ。それは無敵時間が約8秒に対し、変身完了まで約6秒ということ。すなわち「2秒間だけ無敵のまま行動できる」のである。
それがどういうことかというと……
「こういうことだッ」
俺は6秒経つやいなや、鎧騎士へあえて接近した。
すると鎧騎士は未だ健在のノックバック効果でバシッと弾かれて、大きく距離が開く。こうすることでこちらは十分なスキル準備時間を用意できるという寸法だ。
騎士系の魔物には魔術攻撃がセオリーである。俺は《飛車弓術》と《雷属性・参ノ型》を複合させ、未だ遠くでダウンしている片方の鎧騎士へと放った。ボガッと頭部が吹き飛ぶ音がした。残りの1匹は丁度起き上がるところだった。スキル準備が余裕で間に合ってしまう距離である。同様に「飛車雷参」で仕留めた。
「圧倒的ではないか!」
アンゴルモアが機嫌良くそう言った。
「今回はどっちもクリティカルが出たから一撃で倒せたが、出なかったらもう少し時間がかかった。圧倒的ってほどではない」
俺はアイソロイスダンジョンを奥へ奥へと進みながら説明する。
そう、このクリティカルが何とも曲者なのである。別に出なくてもいい時にバカスカ出て、ここぞという時に全く出てくれない。こいつに頼ったら終わりだ。あくまでオマケ程度に考えておかないと痛い目を見る。
ユカリに頼んで《付与魔術》でクリ率上昇の効果を装備に付与しまくって「クリ100%装備」を作ってもよかったが、それをやり始めると泥沼だ。金と時間が湯水のように減っていく。前者は容認できても、後者ばかりは許容できない。
しっかし、《変身》九段・《クリティカル》九段・《飛車弓術》九段と《雷属性・参ノ型》六段の《複合》、攻撃速度特化とはいえ五段階強化のミスリルロングボウで、魔術耐性の低い騎士系を相手にクリが出てギリギリ一撃か……少々キツイかもしれん。
門番の黒い鎧騎士は、だいたいメティオダンジョンの白龍と同じくらいの強さである。そう聞くと「アイソロイスダンジョンって別に大したことないな」と殆どのプレイヤーは思ってしまう。いやいやそんなことはない。何故かってメティオは常に1対1だが、アイソロイスの道中は常に2対1以上で襲いかかられるからだ。最上階手前の部屋なんて白龍の8倍強い金龍レベルの魔物と3対1を余儀なくされる。
ただ、確かにアイソロイスの魔物は柔らかい。出現する魔物は全て攻撃特化型で、HPやVITは甲等級の魔物にしてはかなり低い方なのである。それは道中に限らずボスであっても同様だ。特に「暗黒狼」は、甲等級のボス級魔物の中でも頭一つ抜けてHPが低い。その代わり他に類を見ないほどえげつない攻撃をしてくるワケだが。
「まあ予定変更だな。地下大図書館までは安全第一。じっくり時間をかけながら激辛で行くぞ」
「激辛とな?」
「甘えは許さない的な雰囲気」
「なァるほど。頑張るのだぞ我がセカンドよ」
「頑張ってじゃねぇよオメェも頑張んだよ」
焦りや苛立ちは禁物である。俺は気を引き締めて、アイソロイスの最奥を目指した。
入城から6時間ほどだろうか。
適度に休憩を挟みつつ慎重に進み、ついに地下大図書館の入口が見えてきた。
「ここをキャンプ地とする」
「……ただの道端だが?」
図書館入口手前の廊下の脇、大きな甲冑の置物などが並べてあるステージのような場所の奥の置物と置物の隙間にテントを設置する。
「安地だ。この付近に出る魔物はゴースト系だけだろ? ゴーストはジャンプができないから、一定の高さ以上の段差を越えられない」
「…………」
アンゴルモアは無言のまま呆れたような顔をする。敵にほど近い場所で寝るということが納得いかないのだろうか? でもしょうがないじゃん安全なんだから。
「じゃあ行くぞ」
「うむ。ようやく暗黒狼であるな」
「そうだ。扉を開けた瞬間に憑依で頼む」
「御意」
しばしの休憩の後、いよいよ死闘へと挑むことにした。
俺はアンゴルモアに指示を出してから、光源を設置できるアイテムを準備する。
暗黒狼戦で重宝するのは、いわゆる“焚き火シリーズ”の中でも最も長持ちするアイテム『大文字用篝火』である。過去にメヴィオンであった「大文字焼きイベント」で使われたアイテムで、《作製》スキル16級で篝火と米俵を素材に作ることができた。
このアイテム、なんと1つあたり336時間燃え続けるという驚異の性能である。イベント期間の2週間ずっと消えないようにという設計だったのだと思われるが、何故かイベント終了後も《作製》スキルで作ることができてしまった。恐らく運営の消し忘れだろう。そのため暗黒狼テイムの時には光源として大変お世話になった一品である。
そして案の定、この世界でも作製できてしまった。ゆえに今回もお世話になる。
左手にミスリルロングボウを持ち、腰にはミスリルロングソードを携え、右手に大文字用篝火を持ち、俺は扉を蹴り開けた。
次の瞬間、《精霊憑依》が発動する。赤黒い雷が全身を駆け巡り、薄暗い図書館を仄かに照らし出した。
――連なる本棚の、奥。朽ちた木と紙の折り重なる小山の上に、彼女はいた。
「(彼奴が……ッ!)」
憑依中にも関わらず、アンゴルモアから念話を受け取った。それほどの驚きだったのだろうか、若干の戦慄が伝わってくる。
大きくもなく、小さくもない、真っ黒い狼。それが彼女の姿だ。俺の記憶の中にある通りの、そのままの姿だ。
その美しい毛はゆらゆらと黒い炎のように波打っている。瞳はまるで深淵を覗いているかのような黒色。どこを見ているのか、何を考えているのか分からない目だ。爪や牙は、長すぎず短すぎず。一見して、ただの黒い狼。
「(今のままでは間違いなく敵わぬ! 我がセカンドよ、ここは退けい!)」
アンゴルモアはそんなことを言う。なるほど素晴らしい観察眼だ。流石は精霊大王、実に真っ当な評価をしている。確かに今の俺のステータスでは、暗黒狼のような化物とタイマン張って勝てるわけがない。言わば大人と子供だ。
……たださぁ、これってゲームなのよね。
「(ちょっと黙って見とけ)」
俺は入口から4番目の本棚の左2メートルあたりに落ちている本の上15センチほどの位置に大文字用篝火を設置して、そのまま暗黒狼を見つつ横方向へと駆け出した。
暗黒狼は現在“狼型”。狼型の場合、初手は必ず「突進」である。
俺は突進してきた暗黒狼を飛車雷参で迎え撃った。赤と青の雷がねじれ合い尾を引きながらレーザーのように発射され暗黒狼を襲う。狼型時は物理攻撃が一切効かないため【魔弓術】か【魔剣術】の《複合》で攻撃する。ちなみに当然だが足を狙う。ダウン値を溜めるためだ。
そして突進からの行動は4パターンに別れる。今回は左前足をクイッとさせたので「体当たり」のようだ。この場合は、回避がベター。寸前で横方向へジャンプして躱す。
体当たりもしくは爪攻撃が失敗した際、暗黒狼は確実に暗黒転移→暗黒変身→暗黒召喚と行動してくる。
暗黒転移で本の小山の位置まで瞬間移動した暗黒狼の様子を、俺は暗黒狼から1つだけ離れた本棚の横の位置まで移動しながら観察した。
行動パターン通り、暗黒変身が行われる。暗黒狼はその場でひゅうっと格好良くジャンプすると、全身を黒い炎で包み込み、その姿を瞬時に人型へと変えた。
――漆黒の長髪に狼の耳。目は優しく閉じられており、ほんのりと微笑む口元には黒子がひとつ。全身に纏った闇の黒衣でも隠しきれない妖艶な肢体は、その高い身長に負けないほどメリハリのある豊満さだ。
久々にこの目にすることができた。彼女は、俺の「あんこ」は、この世界でも何一つ変わらぬ姿をしていた。
……おっと、感慨に浸っている場合ではない。
体当たりルートの暗黒変身後は、必ず暗黒召喚を発動する。
俺は《龍王剣術》を準備しながら、あんこの影を見る。よし、影がある。《虚影》状態ではない。
「フッ……!」
あんこが暗黒変身を終えて暗黒召喚発動のその瞬間に合うように計算し、3歩だけ前進して《龍王剣術》をぶちかます。この時、変身終了を見てから準備するようでは全くもって遅い。タイミングとしては変身時の黒炎が収まってから着地する間の約0.2秒に《龍王剣術》の準備を開始できれば、そのまま3歩進んで即発動でバッチリだ。ちなみに《龍王剣術》準備時は移動ができない。準備時間は六段で約4秒。リスクの大きいスキルである。
「――ッ!」
ド派手なエフェクトの衝撃波が前方に放出され、直撃したあんこはそのままスタンした。《龍王剣術》は準備時間が長いうえ非常に当て難いという点を除けば、大変強力なスキルである。その理由の一つがこのスタン効果だ。そう、当てさえすれば強いのである。当てさえすれば。
さて、ここでクリティカルが重要になってくる。このスタン中にあんこの足めがけて《飛車弓術》を2発撃つのだが、2発ともクリティカルでダウン確定、クリ1発だけorクリなしならスタンが解けてしまう。そうなるとその後もう1~2発《飛車弓術》を当てなければダウンがとれない。前者と後者では安全性に雲泥の差があるのだ。
「よっ……ほっ、と。おっしゃ」
まあ今回はどっちもクリだったんですがね。
さて、暗黒召喚後にダウンをとるとどうなるか。暗黒変身から、また突進。つまり振り出しに戻る。
あんこはせっかく人型に変身したのに、何もできないまま暗黒変身で狼型へ戻り、また突進してくる。
俺は変身中に十分距離を取り、入口から4番目の本棚の列を横方向に移動しながら飛車雷参で迎撃。さあ次はどう来る?
おっ、頭を下げた。つまり「噛み付きルート」突入だ。俺はミスリルロングボウをインベントリにしまい、全力疾走で回避に専念した。
噛み付き後は暗黒咆撃である。準備時間が2秒もあるので回避は楽勝。ちなみに直前で噛み付かれていた場合は99%回避できない。
あんこは暗黒咆撃を明後日の方向へぶっ放してから、暗黒転移で本の小山へと戻る。暗黒咆撃後は突進or暗黒変身だ。どうやら今回は変身らしい。
俺は既に例の本棚まで移動を終えている。そして例のタイミングで《龍王剣術》を準備して、変身後しっかり《虚影》チェックしてから、3歩進んで発動する。噛み付きルートの場合あんこはここで暗黒魔術を発動するが、《虚影》状態じゃない限りは問答無用で発動を潰せる。
で、スタンする。《飛車弓術》でダメージを稼ぐ。残念ながらクリは1発だけだった。
あんこはスタンが解けると暗黒転移で瞬間移動し、暗黒召喚を発動する。さて、どっちだ……今回は『影杖』の方だった。よしよし。
暗黒召喚の結果「杖術モード」に突入する。が、あまり関係ない。先ほどの2発でダウン値が溜まりきっているので足に《飛車弓術》1発でダウンしてしまう。俺は杖術モードの初動で暗黒魔術の準備を始めたあんこの足に《飛車弓術》を放ってダウンをとった。
ダウン中におまけの《銀将弓術》《桂馬弓術》の複合でダメージを稼いでおきつつ例の本棚まで移動、横方向にランニング開始。
暗黒召喚後のダウンは? そう、また暗黒変身からの突進である。
俺は飛車雷参を準備しつつ、しみじみとこう思う。
あー……楽しっ。
お読みいただき、ありがとうございます。




