51 準備完了
更新遅れてごめんなサイドチェスト
俺たちは丸三日かけて《変身》を習得した。
人事を尽くして天命を待つというべきか、各ゾロ目ダメージを出しやすいだろう装備・スキル・対象の3つを用意したら後は全て運だ。ゆえにそこそこ時間がかかってしまった。
まあ、それはいいのだ。それは。
……恐れていたことが現実となった。
「騎士の正義の名のもとに、私が貴様を断罪する――変身ッ!」
東の豪邸の庭にて。
誰も見ていないと思っているのか、ヤシの木に向かって一人でポーズを練習するシルビア。いつの間にか掛け声まで用意してやがる。
「うーん、我が騎士道の……いや、貴様の罪を数え……」
そして改良に余念がない。
変身後の姿でアゴに手を当てながらぶつぶつ呟いて歩き回るのは大変怪しいのでやめてもらいたいところだが、一度変身すると変身時間終了まで変身が解けることはない。
ちなみに変身後はどのような姿になるのかというと、結構シンプルだ。現在付けている装備の色と模様が変わり、仮面とマントが追加で装備される。《変身》は四大属性の中から好きな属性を選んで変身することができる。シルビアの場合は『火属性変身』だから、つまり装備は炎の色となり、炎そのもののようなマントと炎をモチーフにした仮面を装着している。
ただ、流石はゲームというべきか、単に“炎の柄”になるわけではない。“動く炎の模様”となる。それも3Dだ。実際に全身が燃えているようである。これが現実には有り得ない姿であるからゆえ、非常に格好良いのだ。シルビアがハマった原因は主にそこだと言えるだろう。
さて。この属性選択で、俺に予想外のことが起こった。
そう、俺の場合は『雷属性変身』が選択できたのだ。四大属性以外の変身なぞ、もちろん聞いたこともない。
実際に変身してみて更に驚いた。アンゴルモアの赤黒い雷とは違う、青黒い雷。それが俺の全身で迸っていた。マントも仮面も見たこともない模様だ。
初めて見る“デザイン”――まさか。隠し要素として元からあったのか、それとも、新たにデザインされたのか。
前者ならば問題ない。後者ならば、恐らくこの世界は“アップデート”されている。
つまりはこの先、俺の知らない要素が加わってくるということ。それは不安でもあり、同時に楽しみでもある。
まあ、今気にしても仕方のない問題だ。しかし心に留めておかなければならない。世界一位として君臨すれば、いずれ直面することになるだろうから。
「天誅のォ――ファースト・ショットォ!」
俺はいよいよ必殺技の練習を始めたシルビアを見なかったことにして、ユカリのもとへ足を運んだ。
とある武器と防具、それに加えて《性能強化》の注文をするために――。
あれからしばらく経った。
2週間くらいだろうか。俺たちはずっと経験値稼ぎをしていた。
仲間がいる。帰る家がある。その家は豪邸である。これがなんとまあ良いことか! 俺たちのやる気は漲りっぱなしだった。
しかしながら、シルビアとエコの龍馬・龍王はなかなか上がらない。必要経験値がバカみたいに高いのである。そのくせシルビアなんかは《変身》を無駄に上げてみちゃったりなんかして、更に効率が悪いことになっている。
一方ユカリは《解体》スキルがなかなか良い感じに上がっていた。いよいよ鍛冶師としてバリバリ活躍し始める時がやってきそうだ。
そして、俺は――
「……うん、準備完了」
――完了した。準備が完了してしまった。
たった今、《変身》を九段まで上げた。
“準備”に必要なスキルは《飛車弓術》九段、《角行剣術》九段、《龍王剣術》六段、《雷属性・参ノ型》六段、《クリティカル》九段、《精霊憑依》九段、《変身》九段、《テイム》11級。
魔術はどの属性でも良かったが、折角なので雷属性にしておいた。《変身》は必要経験値が少ない方なのですぐに九段に。《龍王剣術》は本音を言えば九段は欲しかったが、六段から九段まででもえげつない量の経験値がいるのでやめておいた。
《テイム》は【召喚術】系にある魔物調教スキルで、11級から「狼系の魔物」のテイムが可能となる。魔物のHPが残り2割未満となった時に使用でき、成功確率は平均20%と言われているが、対象の魔物の種類と強さによって確率は大きく異なる。ちなみにスキルランクを上げれば成功確率の補正値とテイム可能な魔物の種類が増加する仕組みだ。
さて。
俺が一体「何の準備」をしていたか。
それは、とある魔物……否、“魔人”をテイムするための準備である。
その名は「暗黒狼」
甲等級ダンジョン『アイソロイス』のボス「黒炎狼」の突然変異種「暗黒狼」が常闇の中で何百年もの孤独によって進化した世にも珍しい狼の魔人――という設定の敵性キャラクターである。
……単刀直入に言おう。
俺がメヴィオンで世界一位に君臨し続けられたのは、この魔人をテイムしたおかげと言っても過言ではない。他にテイムできるどの魔物よりも圧倒的に強力なチート級の存在だった。
すなわち、俺的「何としてもテイムしたい魔人ランキング」ぶっちぎり第一位。
過去に暗黒狼をテイムしたことがあるのはたった一人だけ。そう、俺だ。少なくとも俺がメヴィオンをやっていた間は俺以外のプレイヤーにテイムはできなかった。
何故か。それは限りなく不可能に近いレベルで難しいからである。
そもそも「暗黒狼をテイムしよう」という発想すら一般のプレイヤーには無理だ。だって「ボスはテイムできない」んだもの。常識中の常識である。
それに加えて、暗黒狼はクッソ強い。当時の廃人が苦労するくらいに強かった。だから誰もテイムしようなどと考えられなかったのだ。
だが事実として暗黒狼はテイムできる。理由は単純。暗黒狼はボスの突然変異種が更に進化した存在であり、ボスとは別の存在として扱われているから。
俺は「死体の消え方」でその事実に気が付いた。本来、甲等級ダンジョンのボスを倒せば必ず専用のムービーが挿入され、死体はムービー中に何処かへ消えてなくなる。だが暗黒狼の場合はムービーなどなく、死体はそのまま一定時間経過後「通常の魔物と同じように」消えたのだ。
ううむ、実に怪しい。もしかしてワンチャンあるんじゃないか――そう考えた俺は、暗黒狼のHPを残り2割以下まで削っては《テイム》をかけてという作業を繰り返した。
結果は惨敗。1000回を超えたあたりで「やっぱテイムできねえんだわこれ」という気持ちが九割九分九厘だった。
当初はとりあえず1000回までは試してみるつもりで作業のようにこなしていた。そしてキリ良く1000回、もちろんダメだった。だが、何故だろうか。不思議と諦めがつかない。何度見ても死体の消え方は通常の魔物と同じなのである。だから暗黒狼はボスではないはずなのだ。
どーーーーーーしても、俺の推理が間違っているとは思えなかった。
俺はだんだんムカついてきて、というか意地になって、その後も延々と暗黒狼狩りを続けた。2000回、3000回と。毎日毎日、朝から晩まで。なるべく早く決着をつけたかったので半ば無理をした。これが功を奏した。短期決戦ゆえに、モチベーションを維持できた。
そして、ついにその時がくる。4600回を超えたある時、ころっとテイムできてしまったのだ。そう、やはり俺の予想は正しかったのである!
後々判明した事実だが、テイム確率は約0.0001%の据え置きでスキル補正無効だったらしい。何かのゲーム内イベントでたまたま会ったGMから「冗談で用意していたんですがよくテイムできましたね(笑)」と言われてキレそうになった覚えがある。
暗黒狼がテイムできる――その情報を聞いた廃人たちはこぞってテイムに乗り出した。しかしテイムが成功したというプレイヤーはその後一人も出てこなかった。
当然だ。廃人でさえ苦戦する相手なのにそのうえテイム確率が0.0001%だなんて、もう修羅という他ないのだ。「不可能だろ」と、wikiにはそんな文句が大量に書かれていた。
…………その不可能に、今一度挑戦する。そのための準備が整った。
ヤリ方は過去の俺が編み出した。全て身に染みて覚えている。完全攻略法と言ってもいい。暗黒狼に手も足も出させずHPを削ることができる。だが、この世界はメヴィオンと同じようで決定的に違う。
「死んだら終わり」だ。
しかし暗黒狼さえテイムできれば世界一位は掴んだも同然。やらない手はないだろう、そうだろうよ。
いやあ、怖いと感じたのは久々だ。
死ぬかもしれない。できるだけリスクは抑えた。いざという時の保険もある。だが、不安は拭えない。
……念のため《龍王剣術》を九段まで上げてから。《雷属性・参ノ型》も九段まで上げてから。単純にもっとステータスを上げてから。更に安全性を確保してからでいいんじゃない?
そうだその通りだ! と。俺の中の弱い部分が声高に叫ぶ。俺はそいつらを無理矢理ごくりと飲み込んで喉奥へ押しやった。安全性なんて言い出したらキリがなくなる。そのまま逃げ続けて言い訳し続けて一生立ち向かわなくなるだろう。ことメヴィオンにおいて、俺に「逃げ」はない。一度でも逃げてしまえば、俺の全てが崩れてしまう。
現状、キャスタル王国とマルベル帝国は水面下で争っている。もたもたしていたら手遅れになりかねない。その火の粉が俺に降りかかってくる前に、どうしても暗黒狼はテイムしておきたい。
テイムできるまでにどれくらい長い時間がかかるか分からない以上、タイミング的には今しかないのだ。それが痛いほど分かっていた。
「おーし、最後の仕上げだ」
俺はとっくに決まっていたはずの覚悟をじっくりと反芻してから、ユカリのもとへ向かった。
彼女のことだ、俺が頼んでいた装備は他の何よりも優先的に完成させているだろう。
ミスリルロングボウとミスリルロングソード、加えて各種ミスリル合金製防具。武器は全六段階中五段階強化で、防具は全五段階中四段階強化で注文している。強化はそれぞれ攻撃速度特化と攻撃力特化。防具は全て防御力特化だ。更に『追撃の指輪』の三段階強化も依頼していた。
ふと気付く。ユカリの酷使がヤバイことになっている。
だがユカリなしの世界一位など最早考えられない。うーん……そうだな。俺が暗黒狼とヤリ合ってる間くらいは、悠々自適に過ごしてもらおう。
ただしシルビアとエコ、てめーらはダメだ。
最近こいつらは豪邸での優雅な生活にうつつを抜かしていやがる。本業に身が入っていない時が増えた。このままではいつか痛い目を見る。下手をすれば命の危険に繋がるだろう。ということで、二人用に猛特訓メニューを考えておいた。
俺はユカリから装備を受け取るついでに、全員で作戦会議を開くことにする。
皆に伝えておかなければならないことは大量にあった。そう、たとえば、万が一、俺が死んじまった場合はどうするか、とかね。
さぁて、今夜は長くなりそうだ……
お読みいただき、ありがとうございます。




