47 美・差異レント
更新が遅くなりまして申し訳なく存じます。
体調不良で不本意ながらお休みをいただいておりました。
小腸と大腸が入れ替わったうえ心臓がケツから出ちゃってる感じでニュアンスが全体的にガッとなってて内臓がわりとはちゃめちゃだったのですが何とか峠を越えました。
更新を再開します。
メティオダンジョンに出現するドラゴンは、ボスを含めて7種類。
白龍・青龍・黄龍・緑龍・赤龍・金龍の6体と、虹龍という七色の鱗を持つ巨大なボスドラゴンだ。
白龍の強さを10とすると、青龍は12、黄龍は14、緑龍は16、赤龍は20くらいの強さになる。金龍は80くらいと一気に跳ね上がり、虹龍はもう456くらいはあるだろう。やはりボスとなると桁違いの強さである。
いざ戦闘となった場合、赤龍まではまあ余裕だろう。ただ白龍の8倍ほど強い金龍を相手にするのは、少々手こずる場合があるかもしれない。俺は問題ないがシルビアとエコがである。
ボスの虹龍は論外だ。今倒せと言われたら“ソロでなら”長時間かけて倒すことはできる。だが3人で挑んだ場合、2人のフォローをしながら戦うのは不可能に近い。ゆえに現状この虹龍とおまけに金龍とはできれば戦闘をしたくないと言える。
さて。
今回の俺たちの目的は、メティオダンジョンの攻略ではない。龍馬と龍王の習得である。
龍馬の習得条件は「歩兵~飛車の7種スキルで最低一度ずつ攻撃、最後の一撃を角行で、これを5種のドラゴンに対して行う」こと。龍王の習得条件は「飛車のみでドラゴンを10匹仕留める」こと。
これをメティオダンジョンにおいて最も効率良く行えるよう当てはめると、こうなる――「飛車のみで白龍を10匹仕留め、白龍・青龍・黄龍・緑龍・赤龍に対して龍馬の条件を満たす」こと――と。
そう。抜きん出て強い金龍と虹龍の2体に、わざわざこちらから触れる必要はないのである。
よって自動的に一番の強敵は赤龍となる。白龍の2倍ほどの強さの赤い鱗をしたドラゴンだ。
つまるところ、俺が何を言いたいかというと。
「楽勝、と言わせてもらおう」
夕飯時。バッドゴルドの酒場にて、俺はジョッキをドンと置いてそう宣言した。
進捗は半分ほど。今日一日で、シルビアは《龍王弓術》を、エコは《龍王盾術》を、俺は《龍王剣術》と《龍王弓術》を覚えることができた。犠牲になった白龍くんは軽く30匹を超える。
「こっちは一日中緊張しっ放しでヘトヘトだ……」
「へとへとへとー」
シルビアとエコは机に突っ伏す。シルビアは精神的に、エコは肉体的に参ってしまったようである。
今日の工程で最も厄介だったのは、エコの《龍王盾術》の条件「パリィ100連続」だ。パリィはタイミングを掴むまでが非常に難しいので、やはりと言うべきかかなりの時間がかかってしまった。ちなみにエコは白龍の攻撃を「肩パン」と表現していた。流石のエコでも少しだけ痛かったらしい。
「明日は4体だけだ。あとちょっとだぞ」
二人を激励しておく。シルビアとエコの龍馬の条件は今日で白龍だけ埋めておいた。明日は青龍・黄龍・緑龍・赤龍の4体で条件を満たせば晴れて習得となる。
「その4体が白龍より強いんだろうが! 言っていたではないか、赤龍は白龍の2倍くらい強いと」
「ああ、そうそう。ひとつ注意が必要だ。そして丁度良い名言を思い出した。これだけは覚えておけ」
「む、なんだ?」
「当たらなければどうということはない」
「……誰が言ったかは知らんが確かにそれは“迷言”だな。巻き込まれる部下の身にもなってみろ」
「ん?」
「つまり、セカンド殿にはできて私にはできない時点で駄目だろう?」
「ん?」
「いやいや、ん? ではなく」
「ぬっ?」
「まず“避け方”を教えろと言っているんだ馬鹿者!」
「痛ぇ!」
怒られた。ちょっとおちょくりすぎたかもしれない。
でもまあ机の上でぐったりしているよりは、このくらいの方が平常心でいられるだろう。
俺はシルビアの目を正面から見つめて、なるべく真剣な表情をして言った。
「……シルビア。マジな話、明日は油断できない。ちょっとでも迷ったら回避だ。いいか?」
「うっ……うむ」
俺が急に真面目になったからかシルビアは面食らっている様子だが、話の内容には素直に頷いてくれた。
「エコ。お前も迷ったら角行、間に合いそうにないなら回避だぞ」
「わかった」
エコも相変わらずの従順さである。
俺は二人が集中して聞いていることを確認したのち口を開く。
「回避の仕方は3つだ、絶対に覚えろ。1つ、マヌケに鳴いたらドラゴンを中心に大きく円を描くように走ること。2つ、飛び上がったらドラゴンの進行方向と直角方向に走ること。3つ、ドラゴンが斜め下方向に顔を逸らした瞬間その場に伏せること」
順に、ブレス回避・プレス回避・尻尾回避の方法だ。ブレスは無駄なく、プレスは全力で、尻尾は伏せて回避する。
本来はドラゴンに何度も何度も殺されて辿り着くだろう“最適解”。だが、この世界では一度たりとも死ぬことはできない。ゆえに知っている者は相当に少ない対策だろう。
「ああ、承知した」
シルビアが頷く。彼女はきっと言葉を呑んだはずだ。過去にもあった「どうして知っているのか?」という疑問を。その理由は明かさないことに決めている。それが互いに分かっているから、彼女は何も言わずに頷いてくれた。
魔物がとる行動と、その対策。これを把握していることがこの世界で一体どれだけのアドバンテージとなるのか。まだ不明なことばかりだが、世界一位への復帰もそう遠くはないのではないか――俺はそう感じていた。
「よし。今言った3つだけ意識していればとりあえず命は大丈夫だ。後は白龍で練習したようにやればいい。何か質問は?」
「メティオダンジョンの攻略はするのか?」
「しない」
「む、そうか」
シルビアは意外という風な顔をしている。エコもきょとんとしていた。まさか攻略できないと思われたか? だとすれば訂正しなければ。世界一位が舐められるわけにはいかない。
「きちんと準備すれば現状でも攻略できなくはないが、攻略しても旨味がない」
「や、やはり攻略自体はできるのか」
「すごい!」
二人は驚きつつも呆れるように俺を見る。
そう、その目だ。白龍の40倍以上は強い虹龍を倒せることへの衝撃と、それが俺だからという謎の信頼と納得。すなわち、呆れるほどの強さ。世界一位とはそうでなければならない。
「しかしなんだ、セカンド殿は相当に“変”だな。世界一位という定義の曖昧な名誉に強いこだわりを見せながら、ダンジョン攻略のような具体的な名誉については目もくれないだろう? そのくせ豪邸を欲しがったと思いきや、蓋を開けてみれば世界一位にふさわしい家が云々……強欲なのか無欲なのか分からんな?」
不意にシルビアが疑問を口にした。どうやら俺を変態だと言いたいようである。大歓迎の大正解だ。世界一位とはある種変態的でないと務まらない。
「無駄なことはしたくないだけだ。どうせ世界一位になるんだから全て過程でしかない」
「その異常な余裕とブレない自信が変だと言っているんだがな……」
「良いことだろ?」
「まあ、うむ。そうだな」
何故か笑い合う。お互いにそこそこ良い感じに酔っ払ってきて、このようなどこかズレたあけすけな会話が弾んだ。
それからしばらくして、エコがどんぶりに顔を突っ込んで眠り始めた頃にお開きとなった。
明日はいよいよ龍馬の習得。皆の緊張感は良い感じに抜けていた。
* * *
私の目の前で凄まじい戦闘が繰り広げられていた。
怒り狂う赤龍、対するは剣を握り七色のオーラを纏ったセカンド殿。
私は既に《龍馬弓術》を、エコは《龍馬盾術》を習得している。常に3対1で当たることで、緑龍だろうが赤龍だろうが私たちの敵ではなかった。ひとえにセカンド殿の異常に的確なアドバイスのおかげと言えるだろう。
セカンド殿も《龍馬弓術》を覚えたと言っていた。では何故、今戦っているのか。それは《龍馬剣術》習得のためだ。
折角だからソロでやる――つい先ほど彼はそう言って、まるで散歩にでも出かけるかのように赤龍へとすたすた歩いていった。
そして戦闘が始まる。
一言で表すならば、それは“美”だった。
極限まで無駄を省き洗練し尽くされたセカンド殿の動きが、容赦なく赤龍を追い詰める。
如何に効率良く、そして安全に殺すか――その2点のみを究極に突き詰めた集大成がこれだと言っても過言ではないと私は感じた。
どこまで学び、どこまで練習し、どこまで危険を冒せば、ここまでの高みに到達できるのか。私には想像すらつかない。
食い入るように見つめる。一挙手一投足を見逃さないよう、真剣に。私もエコも、無言で見入っていた。
しばらくして、赤龍が倒れる。
当然だ。セカンド殿は一撃も食らわずに《飛車剣術》を考え得る最高の効率で当て続けたのだから。
「オッケー覚えた。帰ろう」
彼はこちらを振り返り、こともなげに言う。
いつも通りの表情だった。宿屋で角部屋を取れた時、酒場で美味しそうな料理を見つけた時、買い物が丁度10000CLに収まった時、私たちに見せる顔だ。
平常心という言葉ではきかない。その一言で片付けていいものではない。
世の中にはドラゴンを倒せる人間は多数存在するだろう。だが呼吸するようにドラゴンを倒せる人間が果たして存在するだろうか?
今まで私は数え切れないほど彼の異常性を垣間見てきたが、今日ほど深く感じたことはない。
そして、強く憧れる。私もこうありたい、と。
敵いっこないと分かっていても、その偉大な背中を追いたくて堪らなくなった。
「かえろー」
エコがセカンド殿の隣に並ぶ。そうして私たちは帰路に着いた。
来た道を戻っていると、遠くから微かに剣戟の音が聞こえてくる。
「セカンド殿」
「ああ、誰かヤってんな。見ていくか」
ダンジョンで人と会うことは珍しい。特にこのメティオダンジョンのように未攻略だと尚更だ。何故なら、こんな所に来るのは余程の命知らずか、余程の実力者であるから。どちらも稀有な存在だ。
「剣術だな。しかもソロっぽい」
セカンド殿が呟く。
なんと驚くべきことに、ドラゴンと戦っているのは一人の金髪の男だった。その男の後方には一人の女が見える。手出しをしていないところを見ると、後方支援というよりは回復魔術師だろうか。ひとつ気になるのは、何故かその女がメイド服を着ているということ。となると男は何処ぞの貴族か?
「おー、つよい?」
エコが首を傾げながら言う。
まあ、確かに強い。ソロで黄龍を圧倒しているのが見てとれる。
「おお、倒した。ダウンとってないあたりを見ると俺より火力ありそうだな」
「なに……?」
セカンド殿より火力がある? それはつまり、とんでもない化物ということではないか? それこそ、タイトル戦に出場するような……ううむ、にわかには信じられない。
「あ、もう一戦やりそうだぞ。今度は緑龍」
金髪の男剣士は立て続けに緑龍へと挑んでいった。
毒々しい緑色の鱗に【剣術】を叩き込む。緑龍でさえも黄龍と同様にたった一人で圧倒している。
……強い。強い、が……うむ、なるほど。私の抱いていた違和感が何か分かった。
彼は、美しくない。
突進もブレスもプレスも尻尾も打ち消したりカウンターを放ったり回避したりと良く立ち回っているように見える。だが、つい先ほどのセカンド殿の戦闘と比べてしまえばまさに雲泥の差であった。
動きに無駄が多すぎる。攻防に隙がありすぎる。その上セカンド殿よりも攻撃回数が少なく、何より常に危なっかしい。
比べるのがかわいそうなくらい、彼とセカンド殿との差は歴然としていた。
もし彼とセカンド殿が戦ったとすれば、どちらが勝つかは目に見えている。いくら彼のステータスがセカンド殿より高くても、それを覆して余りあるほどの大きな差が二人の間にあると分かるのだ。
「…………!」
そしてはたと気付く。私が、その“決定的な差異”を理解できるまでに成長していることを。
以前の私ならば、セカンド殿を見ても金髪の男を見ても、初めてタイトル戦を見たときのようにただただ興奮するだけで何にも気付くことはなかっただろう。
だが今は違う。その美しさが、差が分かる。セカンド殿と共にあり成長した今、またタイトル戦をこの目で見たら、もしかするともっと何か気付けることがあるかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
私は金髪の戦闘にもはや興味を失い、いずれ来るタイトル戦に思いを馳せた。
「ありゃ虹龍いったら死ぬな。金龍でもヤバそうだ」
セカンド殿は金髪の身を案じている。
その通りだとすればマズいな、ここは忠告に行くべきか?
などと考えていると、考えが通じたのか金髪の男とメイド服の女は去っていった。曲がりなりにも一応は実力者と言うべきか、身の程を知っているようだ。
「よし俺たちも帰ろう。とっととユカリと合流して、明日は豪邸を見にいくぞ~」
うきうきでメティオダンジョンを後にするセカンド殿と、手をつないでスキップするエコ。
その気持ちは分からんでもない。実を言うと私もニヤついている。
スキル欄には待ちに待った《龍馬弓術》と《龍王弓術》の名が並び、これから300億CLの大金が入ってきて、物凄い豪邸にセカンド殿と一緒に住めるというのだ。順風満帆すぎて怖いくらいである。
エコはセカンド殿と一緒にさえ居られればそれでいいという感じだからあまり変化はないが、ユカリの喜びようは実に顕著だった。プロリンダンジョンの周回が進むにつれ日増しに口角が上がり、最後には普通に微笑んでいたほどだ。あの無表情ダークお化けのユカリが、だ。
しかしあれは単に喜んでいるというよりは何かを企んでいそうで怖い。ううむ、警戒が必要だな……。
「おーい、シルビア置いてくぞー」
「ああ、すまん今行く!」
とにもかくにも、私は言われた通りに龍馬と龍王を上げてタイトル戦を目指そう。
セカンド殿に付いていけば間違いない。今回それが身に染みてよく分かった。
私は一人頷いて、薄情にも私をドラゴンの巣に置いていこうとしているその憎たらしくも愛おしい大きな背中に駆けていった。
お読みいただき、ありがとうございます。




