閑話 噂
おまけです。
バッドゴルドの町。冒険者ギルドの並びにある、冒険者たちが集う酒場でのとある会話。
「聞いたか? あの噂」
「あん? どの噂だ?」
「“プロキチ”だよ」
「あー! 聞いた聞いた。ヤッベェなあれは」
体格の良い男の問いかけに、タッパのある男が食いつく。
「確か“悪魔の飼い主”って男がマスターなんだろ?」
「それだけじゃねえ。冒険者ランクA到達王国最速記録保持者の4人組、プロリンダンジョンのチーム単独攻略、実力はあのシェリィ・ランバージャックのお墨付きだ。冒険者・商人・鍛冶の三ギルドがビビってちょっかいすら出せねえって噂よ」
「なんだよそれ。ありえねーな」
「そのうえプロキチときたもんだ。もはやバケモンだな」
「……なあ、そのプロキチってさ、実は俺あんまりよく知らねーんだわ。プロリン攻略したすげーヤツってのは分かるんだが」
「マジ? プロキチってのは、あれだ。プロリン・キ○ガイ」
「なんじゃそりゃ」
「なんでも毎日5周はしてるらしいぞ」
「うわ、狂ってんなあ! 頭おかしいわ……」
「奴らの真似っこしてくたばった冒険者が何人出たことか」
「馬っ鹿だなー。そう簡単に儲けられるかっての」
「俺たちゃ丙等級の攻略だって毎回毎回ヒヤヒヤもんだってのに、乙等級を日に何周もするなんざ……ちびっちまいそうだな」
「違いねえな」
ガハハと笑い合う。かくいう二人もそろそろAランクになろうかという熟練のBランク冒険者である。
「やっぱいるんだよなー世の中には。次元の違う奴が」
「タイトル戦の奴ら的な?」
「そうそう。プロキチの4人も近いうちにあの舞台に上がるだろうなぁ」
「はっ、まさか! 俺ぁ三回見にいったことがあるが、そんな生易しいもんじゃねーよ」
「あ、そういやお前……」
「あん?」
「ファンだったよなぁ~カワイコちゃんの! ほら、あの弓の、エルフのお嬢ちゃん、えーと」
「うるせぇ! 違う! 俺は単純に弓術の最高峰を見たくてだなぁ」
「バーカお前バレバレだっての! この俗物が!」
「違うっつってんだろ!」
酒盛りから取っ組み合いへ、男たちの夜は続く……。
* * *
「お帰りなさいませお嬢様」
ランバージャック伯爵家の屋敷。
バッドゴルドから帰還したシェリィを家令のフォレストが出迎える。
「またすぐに出るわ」
「……畏まりました」
シェリィは「何も問題はなかったから放っておいて」と言わんばかりに手をヒラヒラとしてフォレストを追い払い、準備を始めた。
何の準備か――それは、ダンジョン攻略の準備である。
セラムに絡まれたあの日、町から逃げ出すと決めたシェリィだったが、実はあれから数日間バッドゴルドに滞在していた。
一体何のために? 言わずもがな“ストーキング”である。
彼女は分析していたのだ。セカンドの全てを。
そして今日、答えが出た。
「私に足りないのは知識量、練度、それと経験値よ」
セカンドにあって自分にないもの。裏を返すと、それさえあればセカンドに追いつけると考えられる要素。
「ですが~、危険では~」
土の大精霊テラは、ダンジョン攻略への準備を着々と進める主人を心配するように声をかけた。
「まあ一般的には危険だと言われているけれど。私はあいつを見ていて気付いたわ。危険っていうのはね、言わば“無知ゆえの詰み”なのよ」
「無知、ですか~?」
「ええ。ダンジョン内で起こり得る危機を全て網羅して、知識として頭に叩き込む。それに合わせた対処法を一つずつ精査しながら作成して、何度も何度も体にすり込むようにして身に付ける。そしたら徹底したリスク管理が可能だわ。詰みようがないもの」
「……そんなことが、可能なのでしょうか~?」
「可能もなにも、あいつができてるんだから私もできなきゃダメなのよ!」
シェリィは準備を終えて、屋敷を後にする。
向かった先は商業都市レニャドーの冒険者ギルドだった。
シェリィが中に入ると、冒険者たちがにわかに沸き立つ。バッドゴルドでも相当に有名だったシェリィは、ホームであるレニャドーでは知らない者がいない程の有名人である。
「ふん、悪い気はしないわね」
「ウフフ~」
シェリィの呟き。それを聞いたテラは、シェリィの“変化”を感じ取り、嬉しくなって微笑んだ。
以前なら「うるさいわね!」と怒鳴っていただろう冒険者たちの喧騒。今や大して気にもせず、静かに鼻を鳴らす程度だ。彼女は自分より圧倒的に上の存在を間近で目にして、心に余裕を得たのだと、テラはそう考えた。
「ねえちょっと。グルタムダンジョンについて色々聞きたいんだけど、詳しい冒険者とかって集められる?」
「は、はい! 少々お時間いただけますでしょうか!」
「いいわよ。なら明日の朝にでも招集してくれるかしら?」
「畏まりました!」
シェリィは受付嬢にそう告げると、近くの宿屋で部屋をとった。
特段高級な部屋ではない。ベッドと机と椅子があるだけの、ごく普通の一人部屋だ。
机の上には、何処から持ってきたのか丙等級ダンジョン『グルタム』の構造が描かれた地図。彼女はそれを見つめながら難しい顔をしてあれこれと考えていた。
「ウフ、ウフフ」
テラは、垣間見える主人の変化にどんどんと嬉しくなる。
「なによテラ、気持ち悪いわね」
「いや~。マスター、丙等級ダンジョンを選んで~。冒険者から情報収集して~。しかもご自分でお部屋を取って~。私、も~嬉しくって仕方がないです~!」
「う、うるさい! なに、悪い!?」
「いえいえ~。どうかそのままで~」
分相応のダンジョンと、冒険者に頼り、屋敷に帰らず宿屋に泊まる。今までのシェリィだったら有り得ないことのオンパレードであった。
そう、例えば――「丙等級ダンジョンなんて行く意味ない!」「雑魚冒険者に頼るなんて屈辱!」「私を待たせるつもり? 今すぐ招集しなさいよ!」「なんで私がこんな安い宿屋なんかに!」――今まではこのような感じだった。
それが、この短期間でこうも変わった。
そこまで必死なのだ。あれほど大事だったプライドを捨て、セカンドに追いつこうと必死なのである。
そして。そのプライドを一度捨ててみれば、実は何ともくだらないものだったと、今更ながらにそう気付けたのだ。
大きな成長である。シェリィの姉のような存在として、シェリィが幼い頃からずっと一緒に過ごし、ずっと見守ってきたテラが、この成長を喜ばないわけがない。
「ウフフフ~」
「……はぁ、もう勝手にしなさい……」
微笑むテラと、諦めるシェリィ。
こうして、二人のダンジョン攻略生活が幕を開けた。
その後、二人がどうなったのか。それはまた別のお話である。ただ一つだけ言えることがあるとすれば、二人は更に大きく成長したということだろう。
* * *
商業都市レニャドー。冒険者ギルドの並びにある、冒険者たちが集う酒場でのとある会話。
「聞いたか? あの噂」
「どの噂だ? 色々あるぞ」
「“グルエン”だよ」
「あー! はいはい。シェリィ様」
「そうそうシェリィ様。すげぇよな!」
「2週間くらい前までは毎日必ず1周してたって噂だったがなぁ、今日ついに毎日3周になったって聞いたぜ」
「おう。若くて可愛くて天才精霊術師で伯爵令嬢で、極め付きにゃあグルタム・エンジェルときたもんだ! もう無敵だな!」
「……ああ~、お前そういえば」
「いや違うから。追っかけとかそういうのじゃないから全然。俺はただ彼女の精霊術師としての腕前を評価していて……ん? というかお前もやたら詳しいな?」
「えっ!? い、いや俺もほら、精霊術かじってて?」
「嘘つけよ! お前は剣だろうが!」
「テメェこそ斧だろうが!」
「うるせぇコラ! 追っかけで何が悪い!」
「あ、認めたな? 認めたな? このストーカー野郎が!」
「なっ! お前もだろ!?」
「いや俺はどちらかというとテラ様のファンだ!」
「余計にたち悪いわ!」
……男たちの夜は続く。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回から『第五章 暗黒狼編』です。