45 犬の災難
更新遅れました。申し訳ない。
ポカやった。あー、ポカやりすぎた……。
正直、スマンカッタ。
会議を終えて酒場を出ると、なんか気持ちの悪いロン毛の男がにじり寄ってきた。
「せ、セカンド様っスか!?」
なんだこいつ。どうして俺の名前を知っているんだろう?
「そうだけど」
「やっぱり! 自分、精霊術師のセラムっス! シェリィ様のご紹介で、セカンド様のことを知りました!」
へぇ。シェリィの紹介でねえ。
「風の精霊ニュンフェでございます。セカンド様におかれましては大王様の主様とのことでこの度私は風の精霊の端くれとしてご挨拶に参りました次第でございまして」
ちょっと日本語がおかしい精霊が詰め寄ってくる。エメラルド色の短い髪をした真面目そうな女精霊ニュンフェ、こいつは確か精霊強度17000くらいだったか。
「何の用?」
「それが、そのぉ……是非とも、精霊大王様の方をっスねぇ、見せていただきたくぅ……」
手をこすり合わせて俺のご機嫌を窺うロン毛。
こういう輩って「媚びとけば余裕っしょ」とか思っていそうで嫌いだ。
――んっ?
チーム限定通信だ。
差出人はユカリ。内容は――「暗殺の心得あり、警戒を」……?
……あ、ええ? このセラムとかいう奴に? 暗殺の心得が? 嘘だろ?
「いかがっスか? やっぱ駄目っスか?」
赤毛の長髪をサラリと流しつつ軽薄なニヤケ面で揉み手をするセラムは、まるで居酒屋のキャッチのようである。とてもじゃないが暗殺者には見えない。むしろ精霊術師というのさえ疑問なくらいだが、人は見かけによらないっつーことは以前に学んでいる。こうやって小者に見せかけて接近するのが暗殺のテクニックなのかもしれない。いやきっとそうだ。甚だ、甚だ信じられないが、きっとそうである。
まあいいや。よし、仮にセラム君が暗殺者だったとしよう。こいつの目的は何だ?
それを考えると急に分からなくなる。
アンゴルモアを見ることがこいつにとって一体何の得になるっていうんだ? 全然分からんぞ。
「どうしてそんなに見たいんだ?」
分からなかったら聞く。それが俺のスタイルである。そこに暗殺者がどうとかは関係ない。
セラムはほんの一瞬だけキョトンとした後、口を開いた。
「あの土の大精霊様をして“怖いお方”と言わしめた精霊界の頂点! いち精霊術師として何としても拝見したいと願うのは極々自然なことっスよ! こんな機会、一生に一度あるかないかっスから!」
なるほど納得の答えだ。お前が本当の精霊術師ならな。
「…………」
うーん。
あ、いいこと思い付いた。
「分かった見せてやる」
「ま、まっ、マジっすか! あざーっス!」
ちらりとユカリを見ると「いいのですか?」というような表情をしていた。いいのです。
俺は《精霊召喚》でアンゴルモアを召喚する。
そしてすかさず、
「(跪かせろ)」
念話でそう指示をした。
「(御意)」
アンゴルモアは顕現すると同時に赤い雷光を迸らせ、セラムを地面へと縛り付ける。
「ぐっ……うわっ! な、なんスか!?」
セラムは両手両膝と頭を地面につけて、その場に這いつくばった。そして何故かニュンフェも同じようにして跪いた。
……これ、一体どういう仕組みなのだろうか。この這いつくばらせる技を戦闘中にできたら最強だと思うんだが。
「(精霊大王たる我の特権、支配の雷である。だが、腑抜けておる精霊とその主にのみ通用するゆえ、使いどころは限られる)」
なるほど。ビビってる奴の頭を強制的に下げさせて更にビビらせるってわけね。ひっでぇ……流石アンゴルモアらしい性格の悪い技だ。
「だ、大王様。お目にかかれて光栄でございます」
地面に頭をつけたままのニュンフェが少し震えながら言った。
かわいそうに見えてきた。そろそろ顔を上げさせようか。
「面を上げよ」
素晴らしい一体感。俺が思うと同時にアンゴルモアは二人の顔を上げさせた。
セラムは困惑と恐怖に加えて興奮の表情を、ニュンフェは畏怖の表情を浮かべている。
「おぉお。す、すげぇっス……精霊大王様……!」
目を見開き、感嘆の声を漏らすセラム。それは本当にアンゴルモアをひと目見たくて俺に近付いてきたのだろうと、そう思わせるのに十分なリアクションだった。
だが、その巧妙な演技を見逃さない者が二人。
「(……この男、少々おかしい。ニュンフェを通して調べる。暫し待て、我がセカンドよ)」
「ご主人様。あの男、逃げ出す隙を窺っております」
アンゴルモアの念話と、ユカリの耳打ち。
本当に役に立つなこの二人は。
「――――う゛ッ!」
なんて考えていると。
突然のバリィッという強い電撃で、ニュンフェがその場に崩れ落ちた。
「な、なにを!?」
セラムが焦る。
「動くな小童」
「ぐぅうっ!!」
アンゴルモアが支配の雷で無理矢理に押さえつけた。やりたい放題だな大王様。
「(分かったぞ。こやつはマルベル帝国とやらの間者よ。キャスタル王国の冒険者界隈を嗅ぎ回っておるようだ)」
「へぇ!」
俺は懐かしい単語に思わず声を出した。
マルベル帝国――メヴィオンでは「武闘派国家」として有名だった。侵略戦争大好きの強国という印象で、いずれはキャスタル王国とも戦争をすることになるはずである。
そんなところの間者が俺に声をかけてきた、と。
ただの偵察か、はたまた勧誘か。よく分からないが、あまり良い理由ではなさそうだ。
「な、なんスかこれぇ……自分、何か気に障るようなことしちゃいましたか……?」
セラムは怯えた様子を見せている。アンゴルモアに言って顔を上げさせると、彼は涙目で少し震えていた。これが演技だとすれば大したものだ。流石はかの帝国、犬であっても一流である。
俺はマルベル帝国のことが嫌いじゃない。実力第一主義、小細工無用、真っ向からの力勝負で周辺国家を打ち倒し強国まで成り上がったその在り方は、どこか世界一位に似ている。
……よし。
ここはひとつ、いずれ世界一位となる男の名を二度と忘れられないようにしてやって、それからお帰りいただこう。
俺はそう考えて、ニヤニヤしながら口を開いた。
「ご苦労さん、帝国の犬」
* * *
シェリィ・ランバージャックの精霊を間近で観察できたのは僥倖だった。
流石は天才精霊術師と言われるだけのことはある。土の大精霊、あれは相当に厄介だ。来る戦争に向けての勧誘候補に入れても良い。
いや、しかしあの性格はいただけない。精霊術師といえば精霊に頼りっきりで気弱な者が多いという統計が調査の過程で取れているが、彼女はまるで真逆だった。もし土の大精霊が表に出ていない状況で話しかけたら恐らく観察は失敗に終わっていたことだろう。
まあ、そんなことよりも今は優先すべき大物がある。
精霊大王だ。まさか存在するとは、そして巡り会えるとは思っていなかった。
精霊界の頂点を使役する者が仮想敵国にいると判明した以上、こちらはこのままではいられない。それがどれほどのものかを調査し、一度帰還して対応を検討する必要がある。
幸いにもシェリィ・ランバージャックから芋づる式に繋がった。この好機を逃してはならない。
「せ、セカンド様っスか!?」
私はたわけを演じて接近する。
精霊大王の使役者セカンドは、絶世の美男であった。彼は切れ長の目をちらと動かして「そうだけど」と一言冷静に返した。たったそれだけで侮れない男だと分かる。初対面の相手であっても無駄な言葉を交わさないという、その念入りな警戒心には恐れ入る。
彼の立ち居振る舞いは一見して隙だらけに見えるが、精霊大王を使役するような男が見ず知らずの人間を前にそんな愚かなことをするはずはない。恐らくはこちらを誘っているのだろう。だが今の私の目的は暗殺ではない、調査だ。
それから幾つかの言葉を交わす。どうやら相当に警戒されているようだった。しかし、精霊大王はどうしても見ておかなければならない。私は必死に食い下がろうとする。
「どうしてそんなに見たいんだ?」
不意にそんな質問が飛んできた。
どうして見たいのか? 既に私は自分の精霊を見せている。今更私が精霊術師だということに疑いはないはず。にも関わらず「どうして」と問う意味。分からない。もしや私の正体がバレている? いや、そんなはずは……。
「あの土の大精霊様をして“怖いお方”と言わしめた精霊界の頂点! いち精霊術師として何としても拝見したいと願うのは極々自然なことっスよ! こんな機会、一生に一度あるかないかっスから!」
私は当然のことを当然のように、少し強調して返した。
瞬間。セカンドの顔から、すっと表情が消える。
間違えたか……!?
私は焦る。やはりあの問いかけは試されていた! では、まさか。このセカンドという男は、つい数十秒前に顔を合わせてからの僅かの間に、私の本業が精霊術師ではないと見抜いていたというのか? 有り得ない。暗殺者でもあるまいし、精霊術師にそのような観察眼があってたまるか。だが、事実、私はいま窮地に立たされている……。
「分かった見せてやる」
……なんだと?
あまりにも予想外の一言。私は喜ぶ演技を一拍置いてしまった。これがセカンドの“揺さぶり”だったとすれば、私は愚かにも最大の隙を露呈してしまったことになる。
いや、しかし結果的に精霊大王をこの目で見ることができる。この目的を果たせるならば、多少の綻びには目を瞑っても良いだろう。お釣りが貰えるくらいだ。後はニュンフェに記憶させ、帝国に情報を持ち帰れば――
「ぐっ……!?」
体が勝手に動く! なんだこれは!?
ニュンフェまでもが地に手をついている。精霊を跪かせるだと!? 有り得ない!
「面を上げよ」
透き通った中性的な声。私は自由になった首を動かして、前を向いた。
…………こ、これが、精霊大王。
聞いていない。く、狂っている。これは、まずい。こんな精霊が、こんな……。
私が放心している間に、ニュンフェが気絶させられる。たったの一撃だった。抵抗すらできない。
「動くな小童」
「ぐぅっ!!」
抜け出そうともがいたが、ぴくりとも動かない。駄目だ。
精霊大王とは、ここまで圧倒的な存在だったのか。
これは絶対に知らせなければならない。この大王の存在は、たった一つでも帝国にとって脅威足り得ると。
そのためには、何としてもこの場を乗り切らなければならん。
「な、なんスかこれぇ……自分、何か気に障るようなことしちゃいましたか……?」
迫真の演技だ。私はこの世に生を受けた時からマルベル帝国の諜報員として日々研鑽してきた。実力主義の帝国で、一流なのだ。こんなところで、こんなところで――!
「――ご苦労さん、帝国の犬」
セカンドは、そう言って笑った。
頭の中が真っ白に、そして、目の前が真っ暗になる。
この男、最初から気付いていたのか……!?
何故!? どうやって!? 有り得ない!
精霊大王が何かをしたのか? いやしかしセカンドと言葉は交わしていない。となればあのダークエルフか? だが私が帝国の間者だと見抜ける要素など何一つない。まさか、心が読めるのか……? くそっ、分からない!
……ああ。いや、一つだけ分かる。
私は負けた。己の土俵で。セカンドは一枚も二枚も上手だった。それだけだ。
私の命運はここまで。最期の抵抗だ――私は懇願をする。
「ま、参った……死ぬ前に、できれば、家族へ手紙を書きたい」
この事実を何としても帝国に報告する。それが私に残された最後の使命だと見い出した。
「ん? 何か勘違いしているようだから言っておくが、別に殺さないぞ」
…………?
何を言っているんだ?
「私を……殺さないのか?」
「ああ、自由にするといい。何なら俺たちに付いてくるか? この後プロリンダンジョンを攻略するんだが」
「――――」
私は絶句する。
この男、頭がおかしい……!
最初から私を帝国の間者だと分かった上で、あえて対面し、泳がせ、試し、転がし、遊んでいる!
奴の異常なまでの余裕は、これが奴にとって“遊戯”だからだ!
私はマルベル帝国の諜報員だぞ!? 命の駆け引きだぞ!? それを知っていて何故“遊べる”!? 何故そこまで余裕を持てる!?
恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい……ッ!
「え、遠慮、させていただくッ」
声が、体が震える。もはや演技などできない。
「そうか。じゃあ帰るといい」
拘束を解かれた私は力の入らない足で立ち上がると、気を失い倒れ伏しているニュンフェを送還し、ゆっくり後ずさりする。この男に背を向けることは恐怖でしかなかった。“戯れ”に背中をえぐられるかもしれないと邪推してしまう。
「お前たちのボスに伝えておいてくれ。世界一位の男セカンドはマルベル帝国の在り方を好んでいると」
私たちのボス――即ち、皇帝に。
それが意味するところは。
「……承知した。必ず伝えよう」
世界一位の男、セカンド。
私はこの化物を決して忘れまいと心に誓い、キャスタル王国を後にした。
* * *
「よろしかったのですか?」
セラムが去った後、すかさずユカリが聞いてきた。逃がして良かったのかと、そういった意味だろう。
「勿論」
「しかし帝国の間者だったとは……よくお分かりになりましたね」
「ああ。アンゴルモアが調べてくれたからな」
完全に服従している精霊からは記憶を抜き取ることができるのだと後になって知った。更に低級の精霊相手では操ることもできるらしい。精霊界の支配者ってすげぇ、改めてそう思った。
「でもまあ、なかなか良い印象を与えられたんじゃないか?」
「えっ?」
「……ん?」
俺がそう言った瞬間、ユカリだけでなくシルビアにも「こいつマジか」みたいな目で見られる。あれ?
「あ、知らなかった? 俺そこそこ帝国のこと好きなんだよね」
「我がセカンドよ。我も好きであるぞ」
「だよなぁ。良いよね帝国」
「うむ。良いな」
アンゴルモアと二人で共感していると、ユカリとシルビアの目が「ダメだこいつ」に変わった。
「ご主人様。お気付きでないようなので申し上げますが、あれでは“上から”すぎます」
「帝国が好きだと言いながら帝国の間者を精神的にボコボコにして追い払ったうえで皇帝に喧嘩を売るなど鬼畜の所業だぞ」
お叱りを受けてしまった。なるほど一理ある。
「そっか。まあいいやプロリン行こうぜ」
さっきから「いこーいこー」と腰に絡みついてくるエコを「お待たせ」とひと撫でして、俺は馬小屋へと足を向ける。
「切り替え早いなあ……」
「まあ、ご主人様らしいですが」
シルビアの呆れ声とユカリの諦め声が後ろから聞こえた。でも何だかんだ言いつつ付いてきてくれる二人が好きだ。
これから約二ヶ月間、俺たちファーステストはプロリンダンジョンで経験値をガッポリ稼ぎつつミスリルを収集する。帝国がどうとか言っている場合ではないのである。
……だが。
そう遠くない将来。このセラムの一件がまさかあんな事態を巻き起こすことになるとは、この時の俺は知る由もなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は閑話です。