44 第四の目的に向けて
「――――はっ!?」
ガバリと起き上がる。
3秒経って、ここがバッドゴルドの宿屋だと分かった。
私、どうしたんだっけ?
「マスタ~!」
テラが抱き着いてきた。
ああ、そっか。私……。
「テラ……ごめんね、私のせいで」
巻き込んでしまった。
主人と精霊は一心同体。バカな主人に付き合わされたテラは死にかけた。あんなに必死で止めてくれたのに、私は止まらなかったから。
プロリンダンジョン攻略を思い付いた時はこれ以上ない良案だと浮かれたけれど、実際は絵に描いた餅。到底実現不可能なおバカの考えだったわ。目先の報酬に踊らされて、私は全てを失うところだった。
「謝らないでください、マスタ~。私がもっと前に良いアドバイスをすべきでした……」
テラはそんなことを言う。私は思わずベッドから飛び降りた。
「違うっ! あなたに責任はないわよ! 全部私が勝手に突っ走ってやったことで、テラは何も悪くない!」
そう怒鳴りつつ、私はふと違和感を覚える。
あれ、体が軽い? それに、なんかスカートが……
「いいえ、私は分かっていました~……マスターがセカンドさんに好意を抱いているって」
「にゃあにいってんにょおっ!?」
好意!? 私が!? あいつに!? 冗談じゃないわよ!!
「そうして顔を赤くしているのが何よりの証拠です~」
「ちっ、違うわよ! 有り得ない!」
「では何故あんな無茶を? プロリンを攻略しようと? 一緒にこの町まで来ようと~?」
「そ、それは」
返答に困る。何故って……あれ? 私、どうしてあんなこと……?
「――それが、好意というのですよ。マスター」
好意? これが?
認めてほしいって、こっちを見てほしいって、それで、もっと会話したいなって思うことが、好意なの?
…………。
……そっか……これが、好きってことなんだ。
「もっと早くに指摘して差し上げるべきでした。そしたらマスターが死にかけることもなく~……こんな、恥をかくことも~……」
………………ん?
「え? ちょっと待って。え? 恥?」
確かに私、セカンドに助けてもらったわ。ええ、それは恥よ。でもそんなわざわざ特筆するような恥じゃない。この後に謝って、それで、都合が良すぎるかもしれないけど、もしよかったら、その、えっと……。
いや、そうじゃない。友達になってほしいとか、あわよくば……とか考えている場合じゃない。
……でもチョー格好良かったわよねアレは。七色のオーラとか、瞬間移動とか、精霊術師じゃ有り得ない威力の剣術とか、もう痺れまくりよ。ピンチに颯爽と現れて、勝てっこない敵を倒すとか……ま、まあ? 惚れるなっていう方が? 無理な話よね?
って、いやいやいや! じゃなくて!
「は、恥ってなによ……?」
私は猛烈に嫌な予感がしていた。微妙に抱いていた違和感、それってもしかして……。
「マスターは鼻血たれてぶっ倒れていたところをセカンドさんに助けてもらいました~。セカンドさんが意識のないマスターにポーションを飲ませたら瞬時に回復して~、それでここまで担いでもらって帰ってきたんですけど~……」
ポーションを飲ませてくれたのね。あの状態を治すレベルの即時回復ポーションってかなり高価じゃなかったかしら。色を付けて返した方が良さそうだわ。いや、それにしても鼻血って……ちょっと恥ずかしいわね。あらら、服も結構汚れて――
…………。
あ、れ……? 私、こんなスカートだったかしら?
「実はマスタ~、その時おもらししてまして~……ウフフ!」
「 」
き、聞き間違いかしらね?
「……て、テラ? 今、なんて?」
「おもらし、してました~!」
F*ck!!!!!!!
* * *
「あ……の、その、ええとぉ……!」
明け方。激しいノックの音で叩き起こされ何事かと出てみれば、ドアの前では顔を真っ赤っかにしたシェリィがめちゃくちゃ挙動不審でもじもじしていた。
「なに?」
まだ眠い半開きの目で威圧的に言う。昨日の件もあって俺は少々不機嫌だった。
「こぉ、これっ……!」
すると、バシッと何かを乱暴に渡される。よく見るとそれは手紙のようだった。
「ご、ごめんね! あとありがとう! また会いましょうね!?」
シェリィは頭のてっぺんから煙を出しつつ半泣きで目をグルグルと回しながら、手と足を一緒に出してブリキ人形のようなぎこちない動きで去っていく。くるくる縦ロールが頭の横でぴょこぴょこ弾んでいた。
「セカンドさん、このご恩はずっと忘れません。大王様にもそうお伝えください~」
テラさんは微笑みながらそう言って、深くお辞儀をすると、シェリィの後を付いていった。
……何だったんだあいつら?
よく分からない急なお別れの後、俺はとりあえず手紙に目を通す。
手紙には「謝罪・感謝・また会いたい」という3点について長々と書かれていた。さっき別れ際に聞きましたよ? とツッコミたくなる。なんとも拍子抜けだ。
ツンツンぼっちのシェリィお嬢様らしからぬ素直な手紙に首を傾げつつ、俺は二度寝した。
「作戦会議だ」
「いえーっ!」
昼食をとりつつ、いつものように今後の方針を決める会議を開く。ただの会議でなくわざわざ作戦会議と表現しているのは、単にこう言えば“作戦好き”のエコが喜ぶからである。
ああ、そういえば結局シェリィはレニャドーへ帰ったようだ。そして宿屋の受付さんがシェリィから俺への荷物を預かっていると言って渡してきたのが金貨の詰まった袋だった。200万CLほど入っていた。世話になった代金だという。意外と律儀なやつだ。
うーん……うるさいのが減って平和になったような気もするし、なんだか寂しいような気もする。まあ、また会おうと言っていたしいずれ会えるだろう。今ならあのやかましさもそこそこ我慢できそうだ。
さて、気を取り直して会議だな。
「まずシルビア。お前に今後の方針を言い渡す」
「よしきた、待っていたぞ」
ここのところ成長著しいシルビアは自身の育成にとても意欲的だ。習得済みの【弓術】スキルはすべて高段で、【魔術】も壱弐参すべてが高段、【魔弓術】も高段に差し掛かっている。このまま進めばオール九段も秒読みである。
ちなみに【魔弓術】のスキルは《複合》の他に《相乗》と《溜撃》が存在する。どちらも火力を出すための攻撃スキルで、魔弓術師としてやっていくなら覚えておかなければならない。
「シルビアは全てのスキルで九段を目指せ。加えて魔弓術の相乗と溜撃を覚えること。そして余裕があれば龍馬弓術と龍王弓術を習得だな」
「む、待て。セカンド殿は龍馬も龍王もゴミスキルだと言っていなかったか?」
「ああ。使い勝手の悪いスキルだし、消費も大きいうえ、必要経験値量も多い。控えめに言ってゴミだな。だが火力だけはある。それに何よりタイトル獲得のためには全部のスキルを九段にしなければならない」
「ほう、タイトル獲得のために……タイトル獲得のために!?」
あ、なんか久々のリアクション。
「誰がだ!?」
「お前だ」
「私か!?」
「最終的には弓術のタイトル獲得が目標だな」
「きゅ、弓術のタイトル……」
いずれは俺が奪取することになるだろうが。
「はい終わり。次、エコエコ~」
「はーい!」
俺は呆然とするシルビアを放置して、エコに方針を伝える。
「エコはまず何より龍馬盾術の習得が優先だ。習得したら初段までガンガン上げて、それから回復魔術を覚えよう。その後に余裕があったら残りの盾術スキル全部覚えて、タイトル目指そう」
「わかしーくれっと!」
「……うんよく分かんねえけど分かったってことね」
エコのあごを撫でて開きっぱなしの口を閉じさせる。本当に分かってんのかなこの子?
「じゃあ最後にユカリ」
「はい、ご主人様」
ユカリの名前を呼ぶと、彼女は待ってましたとばかりに返事をしてスススと音もなく身を寄せてきた。ちょっとこわい。
「あー……ユカリはこのまま鍛冶九段まで上げ切って、あと付与魔術を習得して九段まで上げよう」
「付与魔術、ですか?」
「ああ。装備品に特殊効果を付与するスキルだ。こいつは九段にすりゃ、ヤバイことになる」
「ヤバイことに……」
俺の言葉を聞いたユカリは目を爛々と輝かせて「分かりましたお任せください」と頷く。鍛冶に付与に秘書に身の回りのお世話にとユカリに色々任せすぎな気もするが、彼女がこれだけ嬉々としてこなしてくれるならきっと大丈夫だろう。
「ところで、ご主人様の方針は如何されるのですか?」
不意に質問が飛んでくる。そうだな、俺の予定も伝えておいた方がいいか。
「俺は第一に龍王剣術の習得だ。第二に精霊憑依を高段まで上げる。第三に変身スキルを覚える。そして第四に……まあこれはその時になったら伝えよう。で、第五にマインのところで肆ノ型を。第六に伍ノ型の習得を。第七に剣術のタイトル獲得だな」
「……ちょっと待て。ツッコミどころが多すぎる」
「へんしん?」
「展望が具体的すぎて恐ろしいですね……」
習得予定の《変身》はまあまあ面倒なクエストをこなす必要がある。だが、龍馬・龍王に比べたら幾分かマシな方だろう。
《変身》は《精霊憑依》と同じようなバフスキルだ。一時的に自身のステータスを大幅に上げることができる。これを覚えることで、やっと俺の“準備”が整う。「第四の目的」に向けての準備が。
「まあ、とにもかくにもプロリンで経験値稼ぎ、ついでにミスリルで大儲けもしておこうってなもんだ。これから大体2ヶ月はプロリンと宿屋を往復する生活だから、そこんとこ頼むぞ」
俺がそう言うと、皆は頼もしく頷いてくれた。
かわいそうなミスリルゴレム君はこの瞬間アワレにも大量に狩られることが確定的に明らかとなった。お前それで良いのか?
「しかし、ついでに大儲けというのがなんともセカンド殿らしいな」
「この調子で数十億CLの豪邸もポンと買ってしまわれるのでしょう。“ついで”に」
「がんばろー! おー!」
唐突なエコの号令に全員で「オー!」と返して、俺たちファーステストの決起集会は終了した。
* * *
宿屋の外。遠く離れた位置で、セカンドたちが話し合う様子をこっそりと観察している影が2つ。
16歳にしてAランク冒険者の天才精霊術師、伯爵令嬢シェリィ・ランバージャックと、その精霊である。
シェリィは未だに少し赤面したままセカンドを遠巻きに見つめていた。手紙を渡した「その後」がどうしても気になるのだ。セカンドが一階の酒場で食事を始めてからかれこれ1時間ほど、彼女はここで観察を続けている。世間はこれをストーカーと呼ぶ。
「マスタ~、誰か近付いてきます~」
「え?」
彼女の使役する土の大精霊テラが、何者かの接近を告げた。
「――あ、あのぉ! シェリィ・ランバージャック様っスよね!?」
現れたのは赤茶色をした長髪の男。高い身長をできるだけ縮めて下手に出ている。
「なに? いきなり失礼ね。あんた誰?」
シェリィは相変わらずのキツイ言葉を発して男を睨む。男は慌てて一歩引き、頭を下げて口を開いた。
「す、すみません! 自分、シェリィ様の大ファンで! セラムと言います! 冒険者ランクCの19歳、まだまだ修業中の精霊術師っス!」
セラムと名乗る精霊術師の男。ペコペコと謙るさまはまさに小心者といった風で、ついつい気分を良くしてしまいそうな雰囲気を持っている。
しかしシェリィには通用しない。彼女は常々「自分が上で相手が下は当然」と思っているがゆえ、いつも「それ以上」を求めている。土下座をするだとか、靴を舐めるだとか、そういった類の言動を。ただ実際にされたらされたで「気持ち悪いわね!」だのなんだの罵声を浴びせかけるため、実は彼女に話しかけた時点で最早どうしようもないのである。
「うるっさいわね。だから何? 私いま忙しいんだけど?」
熱中していた(ストーカー)行為を邪魔されて、どんどんと不機嫌になるシェリィ。彼女は「話が長引きそうならもう無視しよう」と考え始めた。
「自分、どうしても土の大精霊様を間近で見てみたかったんスよ! いや、すげぇーっス! ニュンフェと比べると、オーラが断然違うっスね!」
「オーラのない精霊でごめんなさい、主」
セラムはいつの間にか精霊を召喚していた。ニュンフェという名前の精霊である。
一方で、シェリィはついに無視をすることに決めた。テラに「後は任せた」というような視線を送る。
「あら、あなたもしかして風の~」
「はい。私は風の精霊ニュンフェです。ノーミーデス様のお目にかかれて光栄です」
「そう? 私も会えて嬉しいわ~」
ニュンフェとテラは意気投合し、精霊談議に花を咲かせる。
セラムはシェリィにあれこれと質問するが完全に無視され、かといって精霊談議に入ることもできず、右往左往していた。
「――そういえば、昨日の夜に大王様にお会いしたわ」
「だ、大王様に!?」
テラの何気ない一言に対するニュンフェの大声で、セラムは会話に入る機会を得る。
「大王っスか! それって精霊の大王っスか!?」
興味津々といった風に食いつく。
「ええ。精霊大王アンゴルモア……精霊界の頂点よ。こわ~いお方です」
「私はまだお会いしたことがありません。私のような木っ端精霊にとっては天上のお方です」
「そ、そんなすげぇ精霊が!? どどど何処にいるんスか!?」
「セカンドさんって人が使役しているわ~。ほら、丁度あそこに――」
「ふぇえ!?」
突然の叫び声はシェリィだった。
シェリィは無視しているようで、会話の内容はちゃんと聞いていた。
精霊大王アンゴルモア――土の大精霊よりも上、精霊界の頂点。そんな凄い存在とテラはいつの間に会ったんだろう? と考えていたところで、セカンドの名前が飛び込んできたのだ。
「……ね、ねぇテラ? なんで言わなかったの? セカンドがそんな、そんなとんでもない精霊を使役してるなんて……そんな……」
土の大精霊であれほど自慢していた自分は一体何だったのか……と、カタカタ震えるシェリィ。またしても耳まで赤くなる。
これが唯一認めた相手であるセカンドだからよかったが、もしセカンド以外の者が精霊大王を使役していたとすれば彼女はまた嫉妬に狂って暴走していたかもしれない。好意ではない方向へ。
「忘れていました~」
「わっっっすれてたじゃないわよっ! 超~っ重要なことじゃないの!」
「ごめんなさいマスタ~」
「はぁー……ったく。もういいわよ……」
精霊大王を使役する精霊術師。そりゃあ敵うわけがないとシェリィは納得する。
勿論、彼女は少しばかり嫉妬していた。だが、それ以上に嬉しくもあった。自分が唯一認めた相手が強くあることは、彼女にとって喜びでもあるのだ。
「……あれ? ところであのきもロン毛は何処いったの?」
「きもロン毛はあちらです~」
「げぇっ!」
セラムはニュンフェと共にセカンドのいる宿屋一階の酒場へと向かって歩いていた。恐らくは精霊マニアであろう彼。テラの時と同じように精霊大王の姿をひと目見せてもらおうと思っての行動だろう。
「に、ににに、逃げるわよテラっ!」
シェリィは「セカンドにバレる!」と焦り、バッドゴルドの町から逃走することに決める。
「はい~、マスタ~」
その後ろを追いかけていくテラは、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
お読みいただき、ありがとうございます。